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第十章 大地の谷

大地の谷 第十四節

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蝙蝠じみたその翼を大きく広げて飛翔するアガエラが、目下にいる連合軍と武装した谷の民達に魔力の炎を吐き出す。黒紫の炎がまるで戦場に鋭い切り口をつけるように横切る。炎はゴーレムや死霊兵ドラーグルもろとも騎士や民達が慌ててそれを避けるように四散する。

風塊ヴィンダート!」「ギェアアアッ!」
ラナが放つ緑色の風の塊が、空中で旋回してさらに炎を吐き出そうとするアガエラに直撃し、その巨躯が地面へと叩かれた。
「いまだ!やれ!」
「おおおおっ!」
ラナの号令とともに、騎士達が予め用意した鉄の鎖を次々とアガエラに投げつけ、その動きを制限するよう鎖の末端を鉄の楔で地面に打ち込む。

「ギエアアア!」「うわあ!」
鎖に縛られるアガエラが激しく暴れ、幾つかの楔が外れて騎士に直撃される。
「投げろ投げろ!鎖をもっと投げ込むんだ!」「ギエエエエ!」
兵士たちが吶喊とともに次々と新しい鎖を投げつけ、そして外れた鎖を掴んでは楔を打ち直す。

騎士達の拘束から逃れようとするアガエラに、エルドグラムを構えてラナが致命の一撃を打ち込むように走り出した。
「おおおおっ!」

だが、ラナの剣がアガエラに届く直前、その目と王冠が怪しく光り出した。広げた蝙蝠の翼がガクガクと震動しては身の毛もよだつ震動音を発し、その怪奇なドラゴンの口が禍々しい言葉を紡ぎ始める。
「クナン・クナン・ゾーア・ラ・デュンダ!」

「太陽よ、加護を!」
異変を察したラナはとっさに立ち止まって周りに加護の魔法を唱える。
「う、うわあああっ!」
アガエラの言葉を聞いてしまった騎士達は苦しみ悶え始め、ラナの加護が及ばない騎士の体は突如黒紫の炎に包まれて燃えていく。

「ぐっ!ライムと同じ呪詛の言葉かっ!」
燃え始めたのは騎士達だけではない、他の騎士と戦っているゴーレム、新たに地面から立ち上がったゴーレムもまた黒紫の魔力の炎を纏い始め、先ほど以上のスピードと膂力で反撃をし始めた。一部ゴーレムに至っては、燃えたまま騎士や民達の群に飛び込んでは派手に自爆し、飛散る炎がそれに巻き込まれた騎士達を苛む。

「エンチャントの一種かっ、小賢しい真似を!」
剣を改めて構え、ラナは果敢とアガエラに駆けて行く。


******


(さすが百戦錬磨の連合軍、こちらにアガエラの助力があっても既に押され始めてますね)
敵陣の後ろに紛れているエリクは情勢を見てさらに兵力を増やすよう、死霊兵ドラーグルを喚び出すための骨が入った袋を取り出し、地面へと撒こうとした。
「――凍結獄クリュスタラス!」

突如降りかかる冷気の塊にエリクは咄嗟に後退する。地面にぶつけられた冷気団は地面に落ちた骨もろとも周りの木々を凍結させた。
「これ以上の狼藉は許しません」
舞い散るダイヤモンドダストの向こうに、数名の連合軍騎士を従えたアイシャが立っていた。

「これは、美しきルーネウスの王女たるアイシャ様。月の巫女自ら立ち向かってくるとは光栄の至りです」
慎むように一礼するエリクに騎士達は油断せずに構える。
「貴方がエリク殿ですね。ミーナ先生から貴方のことを聞き及んでいます。教団に加担し、ハーゼンやソラの町で行った悪行の数々…それで本当にミーナ先生が喜ぶとお考えですか」

エリクは穏やかに微笑むばかり。
「当然です。彼女の生徒でしたらその頑固な性格も勿論存じていますよね。今こそ私にご立腹のようですが、ひとたび里の拘束から解き放たれればミーナ殿もきっと分かってくれます」

アイシャは少し切なそうな表情を見せる。
「貴方にかけられた認識操作の呪術は思った以上に強力のようですね。…貴方の、そしてミーナ先生のためにも、私がその呪縛から解き放つようお相手いたします」
彼女が構えるのに応じて、騎士達がエリクを囲むように陣取る。

「仕方ありませんね。王女である貴方との交戦は可能な限り避けたいところですが…」
「どうか見くびらないでください」
いつもの儚く感じられる王女はそこにはなく、固き決意の篭った目で毅然と立つアイシャ。

「これでも私は誇りあるルーネウスの第三王女。ルミアナ様のご加護を賜った月の巫女。邪神と与するものたちと戦う決意は、決して他の方たちに劣りませんっ」
その後ろに凜とした月光が見えるほどの高潔さが、彼女を美しくも強かに見せていた。

「…これは確かに、ただの箱入り王女で見ると痛い目に会いそうですね」
のんびりとしていた表情がエリクの顔から失せ、目に宿る邪悪なオーラが秀麗なその顔に幾分のおどろしさを増していく。
「このエリク、全力でアイシャ様のお相手になりましょう」

双方が瞬時に駆け出しては呪文詠唱に入り、アイシャの騎士達も合わせてエリクを囲むように動き出す。

「永久凍土に吹き渡る氷の塵よ、鋭き刃と化して冷酷なる制裁を下せ――凍戟グラステラ!」
アイシャの周りに生成された無数の氷の弾が、冷気を纏ってはエリクめがけて打ち出される。
「夜よりも暗き闇の帳よ。害なるものを深き深淵へと誘えよ――闇錦幕ネクリヴェール

エリクの前方に張られた闇のカーテンが、アイシャの氷弾をすべて飲み込んでは消える。だがその隙を狙い、連合軍の騎士たちがすかさずエリクに襲い掛かる。
「おおおっ!」「はあっ!」
騎士達が振り下ろされるよりも早く、ふっと鼻で笑うエリクが地面に小さな小瓶を投げ込むと、割れた小瓶からおびただしい量の煙が吹き出して彼と騎士達を包む。

「ぬあっ!?」「こ、これは…、がっ!」
煙の向こうから騎士達の苦悶の声が聞こえる。彼らを支援しようとも、煙に阻まれてアイシャは迂闊に魔法を撃てない。
「みなさま…!」
「――闇影縛ネクリバイド

エリクが放つ金縛りの魔法が煙を突き破ってアイシャを襲う。
「――月極壁フィブレア!」
とっさに結界の壁を張ってそれを防ぐアイシャに、煙から飛び出たエリクがさらに追撃の魔法を放つ。
「――黒雷噛ネクリファス」「くっ!」
暗黒の雷を防いだアイシャは結界を張ったままエリクと一定距離を保ちながら並走する。
魔法使い同士が戦う場合、詠唱する呪文の種類と長さなどから生まれる『間合い』を保つために。

アイシャは呪文を詠唱しながら、先ほどの煙が散った場所で苦悶の表情で固まっている騎士達の姿を確認する。
(命に別状はないようですけど、あれはいったい…)
「――黒炎喰ネクリフィム
考える暇もなく、闇の炎が虫の如き奇声を上げながら彼女に襲い掛かると「――破魔エグゾミナス!」アイシャが放った銀色の光が黒き炎をかき消して貫き、そのままエリクに命中した。

「ぐぅっ!この破魔エグゾミナス、ゾルド様の洗礼を受けた私には少しばかりまぶし過ぎますね…っ」
その機を逃さず、アイシャはより近距離から攻撃を仕掛けるようエリクに向かって走りだした。

「迂闊に接近するのはよくないですよアイシャ様っ」
エリクは呪文を素早く詠唱した。
「――闇影縛ネクリバイド!」「――月極壁フィブレア!」
再び放たれた呪縛の魔法を月光の防壁が遮る。だがエリクは小さく笑った。
(この距離、どんな短い呪文でも結界を解いてからではこちらの攻撃に間に合いませんねっ)

エリクが懐に手を伸ばして何かを取り出そうとする時、アイシャは結界を解けるどころか、更に魔力を込めては結界防壁を爆発的に拡大させる。
「はああっ!」「なっ」
思いがけない速度で拡大した結界は、そのままエリクにぶつかり、まるで大岩に叩かれたかのような衝撃が全身を襲っては遠くへと弾かせる。
「ぐはあぁっ!」

地面を何度も転がるエリクに、アイシャはすかさず急接近して次の魔法を撃ちこもうとした。
「これで暫く安静させてもらいま――」
だが先ほどエリクが吹き飛ばされた場所を走り過ぎると、突如地面から無数の蔦が生えてはアイシャの全身に纏わりついて縛る。
「きゃああっ!?」

「ぐぅっ、まさか、結界をそのまま攻撃に転用するとは…強化された結界魔法を駆使する月の巫女様ならではの荒業ですね…」
胸を苦しそうに抑えて立ち上がるエリク。
「しかし、実戦の経験がまだまだ不足してますよアイシャ様。魔法使い同士の戦いは、何も呪文の間合い取りだけではありません」

彼は懐からいくつか色違いの小瓶を取り出して見せた。
「様々な魔法アイテムを利用して呪文と近接戦の隙を埋め、相手の不意を突くことこそ魔法使いの戦いの極意。さきほどの騎士殿たちを金縛りにしたバジリスの骨の粉末や、今あなたを縛っている魔噛蔦マギーラの種みたいにね」

「あぐっ、くぅぅ…っ!」
アイシャは自分に絡みつく蔦を取り除こうとするも、蔦はまるで生きているかのようにより彼女を強く縛り、喉に絡みついてる蔦は彼女が声を出すことを許さない。
(じゅ…呪文が、唱えられない…っ)

「予定にはありませんでしたが、ここはついでにあなたを確保――」
「アイシャっ!」
彼女の後ろから突如放たれた数本の矢を、エリクは咄嗟にバックステップしてかわす。その隙にカイは縛られたアイシャの元へとかけつけた。

「カ、イ…っ」
カイは腰に付けたナイフを抜き出し、アイシャに絡みついてる魔噛蔦マギーラをすべて切り払った。崩れ落ちそうとする彼女をカイは支える。
「けほけほっ!」
「大丈夫かアイシャっ!?」
「え、ええ、ありがとうカイくん…」

エリクは少し困惑する。
魔噛蔦マギーラをああも簡単に…、たとえ鋼鉄製の剣でもその蔦を切るには結構時間かかるはず。あのナイフはいったい――)
改めてみると、そのナイフの雰囲気がどこかギルバートが見せる異世界の物品に似てることに気づいた。
(なるほど異世界の武器ですか。これは少し厄介ですね)

超振動ナイフを鞘に戻し、カイはアイシャの傍に並んで弓を構える。
「俺が一緒に戦うよアイシャっ」
カイの言葉とともに強い安心感と勇気がアイシャを支えた。
「分かったわっ」
カイに合わせて構えるアイシャ。二人を前にエリクは逡巡する。

(さて、どうしたものでしょうか…)

ゴゥッ!

一陣の風が三人の頭上を横切った。
「なにっ?」「なんだあっ!?」「あれは…っ」

その風はエリク達だけでなく、戦闘中の連合軍であるレクス達、負傷した兵士や騎士達を癒しているエリネ、そしてラナの頭上にも吹き過ぎていき、巻き上げる風圧はアガエラの巨体をも揺れ動かす。
「ギエエェッ!?」
「あれは…っ」
ラナ達が思わず顔をあげる。
「ウィルさん!」
エリネが叫ぶ。

「オオオォっ!」「ハハハハっ!」
雄叫びと狂笑の中、青と赤の閃光はまるで無数のメビウスの輪を描くように切り結んでは離れ、双剣と黒槍がぶつかるたびにきらめく火花を放つ。

「いいよなあウィル!この結界とやらの中はどうやら外より頑丈らしい!少しばかり力を入れておくかぁっ!?」「ギル!」
並行して飛行しながら、黒き魔人が腕の結晶を槍に当てて打ち滑らせ、銀色の魔人もまた双剣を打ち鳴らした。
「「コーティングおおあああっ!」」

アスティルエネルギーが両方の武器に付着コーティングし、二つの太陽が空に一瞬だけ灯される。
「ルアアアっ!」
突進しながらギルバートの赤黒の槍が薙ぎ払うよう大きく振り下ろされ、
「カアアアっ!」
ウィルフレッドは双剣をツインランスにして大きく回転させては打ち払うように槍身に叩き込む。

ガガァンと轟雷の如きアスティルエネルギー同士衝突の爆音と閃光が明るい空をより照らした。
「うわああっ!」「クカカカッ!」
その衝撃で地面の騎士や死霊兵ドラーグル達までもが怯むっ。

「ぬううっ、おおおおおっ!」
衝撃で少し揺らいだギルバートは体勢を体直しては、ウィルフレッドに向けて赤黒の槍の乱れ刺しを繰り出す。
「うおおおおっ!」
ウィルフレッドもまたツインランスを振り回して迎撃し、青い円の軌跡と赤い線の軌跡が空中で激しく混じり合い、そのたびに爆音と閃光が空を震撼させた。

「ルオオオアァっ!」
拮抗に見えたなか、ギルバートの肩と腕の結晶からエネルギーの雷光が走っては、まるで電磁コイルかの如く槍の速度と威力を増していく。
「ぐぅっ!」
同じくアスティルエネルギーでパワーと速度を増加させるも、ウィルフレッドのツインランスの勢いは徐々に無数の槍の雨に押されるっ。

「気持ちいいなあ!模擬戦でもとでもこれほどの戦いはできねぇもんだ!」
「ぐっ…、うおおっ!」
押されそうなウィルフレッドは瞬時にツインランスを分離させて双剣に戻し、さらに体を強くひねっては剣の勢いを増して槍の雨を切り払う。アスティル・クリスタルが血肉に力を注ぐようにエネルギーラインを激しく全身に駆け巡らせ、無機質な筋肉が大きくバンプアップするっ。

「ヌアアァァっ!」「オラオラオラァっ!」
切り払いっ!振り下ろしっ!さらに切り払う!
赤黒の槍と青き双剣のアンサンブルが、天空を埋め尽くすほどの光の嵐を作り出すっ!

「カァっ!」「うおっ!?」
双剣の一振りが、ついに槍のパワーを凌駕して弾き、ギルバートは体勢を大きく崩すっ。最良の機を逃さず、ウィルフレッドは更に双剣を切り込もうとするっ、だがっ。
「ぐあっ!」
弾かれた勢いを利用し、ギルバートは体を一回転させてムーンサルトの蹴りを繰り出すと、ウィルフレッドはもろに蹴り上げられたっ。

「オオっ!」
ギルバートの槍が蹴り上げられたウィルフレッドの体を捕えようとするっ!
「ガアアァっ!」「ぬあっ!」
ウィルフレッドが胸のアスティル・クリスタルのエネルギーを爆発的に暴発させ、青き閃光とともに谷全体を震わせるほどの震動が二人を弾くっ!

「ぐっ…ギル!」「ウィル!」
互いに立ち直した二人は再び高速飛翔し、槍と双剣による二色の轟雷を轟きさせては空中を駆け回った。

(す、すげぇ…。ギルバートといい、兄貴といい、前の戦いよりもよほど早くて強い…、これが本当の魔人同士の戦い、なのか?)
(ウィルさん…っ)

カイとエリネ、そして鬼神如き戦いに目を引かれた地面の人々は、やがて二人が離れていくと再び目の前の戦いに集中した。


******


「――腐敗の坩堝に新たな贄を捧げん、腐獄息ネクリレーズ!」
「――其の身により滴る熱き血で大地を祝福せん、地霊山脈ベルネクローナ!」
ザナエルから解き放たれた腐食性の瘴気を、エウトーレが地面から呼び出した無数の小さな山の如き岩に遮られる。

「ほっ!」「はっ!」
そしてお互いに投げ出した小瓶は空中でぶつかり、うねる死霊たちが緑色のオーラに包まれて断末魔をあげながら消え去っていく。

「さすが当代の大地の谷の管理者、我を相手によく善戦する」
仮面から発する余裕の声に、エウトーレもまた疲れを見せずに杖を構える。
「そうして余裕でいられるのも今のうちです。死者たちの安らぎを妨げるのは、墓守であるこの私が決して看過しません」
「くくく、そうなのか。ここは我の罪を赦してくださるよう乞い願うべきか?女神ガリアが提唱した理想とおりに」

エウトーレは目を大きく見開く。
「ガリア様の慈悲を曲解しないで頂きたい!――散岩撃クローナベレット!」
「――闇錦幕ネクリヴェール
地面から跳ね上がる無数の岩の弾を、闇の帳が吸い込んでは消える。二人は一時攻撃をやめ、構えながら次の攻め時を伺う。

「これは失礼。どうやらそなたには我ら罪人を赦す余裕はないようですな。…これ以上長引いては疲れるであろう。そろそろ幕引きといこうか」
低く不気味な口調で言いながら、ザナエルはその後ろにうねる暗黒の靄がさらに躍動させるほど魔力を高める。

(ガリア様のことも知っているとは、彼はいったい何者…いえ、今はその正体を探る暇はありません)
その異様な雰囲気に警戒し、エウトーレも杖を構えては意識を集中する。

「冥府で流るる黒き溶岩よ、怒涛に猛り爆ぜては生ある物を全て溶かし、飲み込め――爆闇砕ネクリドーカ!」
鍛冶場を破壊した闇の炎の塊が、先ほど以上の破壊力を孕んではエウトーレに放たれる。
「命の守護者たる大地の息吹よ、我が身に纏え――地峰円イルクローナ!」

闇が暴発し、禍々しい炎がエウトーレを中心に渦巻かれ、大地の力の結界で守られた彼の視線が遮られる。そして未だに周りが燃え盛んでいるのに関わらず、ザナエルが炎の向こうから姿を現してエウトーレに飛び掛った。
(結界を張っている術者に接近戦をっ?正気ですか――)

一瞬、エウトーレは体の芯まで刺さる悪寒に襲われ、慄いた。自分に向かってくるザナエルが懐から取り出した、一本の異形の短剣に。
(あ――)
時間の流れがドロリと遅くなるなか、結界の力をより強化するエウトーレに向けて、短剣がゆっくりと接近し、結界に触れた。――そして、まるでナイフを入れられたケーキかのような脆さで、結界は切り裂かれ、その切っ先が、彼の胸へと深く突き刺さった。

ドォォン!

時間の流れが戻り、爆音とともに燃え盛る黒炎と瓦礫が散ると、短剣を強くエウトーレに押し込むザナエルの姿が見えた。
「かっ、はっ!」
「く、くくく…っ」
嗜虐的に笑いながら手に込めた力を強め、刺さった短剣をより深く地面に倒れたエウトーレの奥へと押し込もうとするザナエル。
「ぐあっ!」

喀血したエウトーレの血がザナエルの仮面にかかり、彼はハッと正気に戻っては短剣を抜き出し、赤い鮮血が地面を染めていく。
(いかんいかん。今は欲望を貪る時ではないな)
冷静さを取り戻すかのように頭を振るうザナエル。

「あ…あれ、は…」
息苦しそうに胸を押さえるエウトーレは、ザナエルが手に持った自分の血が滴る短剣を見据える。
「中々の切れ味でしょう。この短剣は、くくく…」
「ま、まさか…結界が…こうも簡単に、切り裂かれて…」
「当然でありましょう。この短剣がゾルド様から生み出されたものなれば」

エウトーレは苦しそうに治癒セラディンを唱えるが、その光は胸に纏わりつく黒い瘴気に阻まれる。
「無駄なことです。まだ覚醒してはいないが、この短剣は既に数万の人々の混沌カオスを吸収しており、ゾルド様の力も相まって纏う闇の力はそう簡単に取り除くことはできませんぞ」

「げふっ!」
再び喀血するエウトーレを、ザナエルは陰湿な笑い声を発しながら見下ろす。
「んくくく、墓守が己が見守る墓で命果てるのも乙なもの。そうは思わんかねエウトーレ殿」
不気味に冷笑すると、ザナエルは今や瓦礫の山と貸した鍛冶場を、そしてさらに外の風景を見渡した。

(…ふぅむ。魔素マナが感じ取れんな。てっきりこの谷で傷を癒していたと思ったが…ここが被害をこうむるのを避けたかったのであろうな。まあいずれにせよ、あやつはもはや障害にならん。なったらそれはそれで面白かろう、んククク)
怪鳥を再び喚び出して跨るザナエル。

「あ、あなた…は…っ」
「ガリア様の御慈悲がそなたを安らかに包むように。んハハハハっ!」
ザナエルを乗せ、翼を広げて飛び離れる怪鳥。鍛冶場に燃える瘴気の炎が風に吹かれては揺らぎ、エウトーレの目は虚ろに空を見つめるままだった。



【続く】

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