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第十章 大地の谷
大地の谷 第十二節
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結界が震撼するよりも少し前。依然として猛吹雪が荒れ狂う谷の結界の外側に、三人の姿が見える。黒いローブで身を包んだエリク。鋭い目を持ち、他の二人と明らかに浮いたアーミージャケットを着ているギルバート。そして、不気味な仮面を被ったザナエルだ。
「こうも早くメルテラ山につくとは…さすがギルバート殿、とても快適な空中の旅でした」
「お褒めに預かり光栄だエリク。…んで、こんな吹雪の中に本当にウィルたちがいるのかい、ザナエルの旦那」
「勿論ですとも。そなたの仲間と巫女らは今、この吹雪の結界の裏側で谷ごと隠れておる。これは女神ガリアが直々に施した結界ゆえ、並大抵の力ではまず破ることはできん」
(ガリア…?)
エリクが聞き慣れない単語に困惑する。
「ならどうすんだ?俺はこういうのは完全に専門外だから力にはなれないぞ」
「ご心配なく、これぐらいのことなど、ギルバート殿の手を煩わせるまでもない」
ザナエルがその蒼白な手をエリクに差し出すと、エリクは丁寧に彼に手渡した。柄の宝石に不穏なオーラを堪えた異形の短剣を。ザナエルはそれを大きく掲げては唸った。
「大地の谷を覆う吹雪の結界よ!我が神ゾルドの名において命ずる!その冷たきヴェールを退いて道を開けるがいい!」
今まで黙したままの異形の短剣が、ザナエルの呼び声を呼応するかのごとく赤黒のオーラを放ち始めた。それがザナエル自身を覆う闇のオーラと絡み合い、短剣が怨嗟とも絶叫ともつかぬ凄惨な音を挙げると、彼はそのまま何もない所へと振り下ろした。短剣が空間そのものに深く刺し込み、山全体が震撼した。
******
「ラナ様!」
「アラン!騎士と兵士達を急いで招集だ!早く!」
「マティ!一部編隊を村の防衛に回して!」
「了解ですレクス様!」
連合軍のキャンプ地が先ほどの安寧な光景から一変し、全軍が慌しく武装しては、ラナ達の指示の元に隊列を組んでいく。
「私も村の戦士達に収集をかけます」
「ああ、気をつけてくれリアーヌさん!」
他の民とともに村へと走るリアーヌを見送っては、カイは弓矢と超振動ナイフを装着し、既に構えているウィルフレッドとエリネの傍に駆けて行く。
「兄貴!」
「カイっ」「お兄ちゃんっ!」「キュ!」
ランブレを始めとした連合軍と騎士とともにウィルフレッド達は構えた。彼らの前方にある、徐々に広がる空間の亀裂に向けて。
さきほど谷全体を震撼させる震動とともに、その亀裂はキャンプ地から少し離れた空間に出現した。そして亀裂は断続的に震動が発生するごとに一段と大きくなっていく。それを見たリアーヌは何者かが吹雪の結界を破ろうとすることを理解した。
(((ガリア様の結界を特別な儀式なしに力ずくで破る人がいるなんて…っ)))
彼女の一言でラナ達は瞬時に理解した。それを成そうとするのがどこの誰なのかを。
「ラナ様!全軍位置についたよ!」
「全員そのまま待機!」
ズウウゥゥゥンッ!
構える連合軍の前に亀裂はどんどん広がり、断続的に谷を揺らす震動も大きくなっていく。鳥達は騒いで飛び離れ、穏やかだった谷に不安を広げていく。
「まったく、誰か知らないけどせっかくの綺麗な景色を台無しにするなんて、情緒のない人たちだねラ…ラナ様っ?」
レクスが驚愕する。常に凛々しく毅然としたラナの顔に、冷や汗が流れていたからだ。そしてすぐ傍に構えてるアイシャもまた、今までに見ない険しい顔をしていた。
「アイシャ様まで…」
「ラナちゃん…っ」
「ええ、アイシャ姉様も感じるのね」
冷や汗をかきながら話す二人は、灼けるような感覚をする自分達の聖痕に触れる。加えて亀裂の向こうから感じられる異様な嫌悪感。相手がただの教団兵ではないのは明らかだった。ラナが兵士達を激励する。
「気を引き締めろっ!今度の相手は一筋縄ではないぞっ」
ズガアアァァン!
湖の水面さえも波立つほどの強烈な爆音と震動とともに、空間が割れた。おぞましい黒の瘴気が、外の吹雪に挟んで亀裂から谷の中へとなだれ込んでくる。
「――月極壁!」
アイシャの月の結界が黒き瘴気を阻み、一瞬すくんだ兵士達は毅然と構えなおす。
やがて瘴気が散ると、空間に空いた穴、吹雪と谷の景色が重なる結界の亀裂から、まず一人の男が姿を現した。
「これはまた盛大な歓迎式ですね」
「てめぇは…エリクとか言ういけ好かない野郎だなっ?」
「覚えて頂いて光栄です」
カイの威嚇にエリクは落ち着いた笑顔を見せると、彼の後からもう一人が前へと歩み出た。
「ギル…っ!」
「よおウィルっ。前の飲み会以来だな。元気にやってるか?」
まるで友人に挨拶するような軽さのギルバートに反し、ウィルフレッドは顔を強くしかめていた。
「なにしに来たギル。ラナ達に手を出そうというのかっ」
「そう緊張するな。今回用事があるのは俺じゃない」
「なんだって…」
ギルバートとエリクが道を開けるよう傍へ立つと、冷たき仮面が亀裂の中からゆらりと顕現し、漆黒のローブを纏っては前へと歩み出た。その男の出現に、連合軍の兵士や騎士たちが不意に体がすくむ。彼がそこに立ってるだけで、心に冷たく触れてくる不気味さと恐怖を感じられるからだ。
「これはまた大道芸っぽい人が出てきたねぇ。まさか芸の一つでも見せるつもりなのかい?」
いつもの調子で冗談を言うレクスだが、その目は笑ってはいなかった。その男の異様な雰囲気を、彼を含めその場全員が感じ取れたからだ。仮面の下で小さく笑い声を発しながら、男は丁寧に一礼して挨拶した。
「お初にお目にかかる、女神の巫女殿にその戦士達よ。我はゾルデ教団の大神官にして最高指導者であるザナエルと申す。今後どうかお見知りおきを…」
「なっ、邪神教団の…」「大神官ですって!?」
その一言にレクスやアイシャ達を含んだ連合軍が騒然とする。
「いかにも。今まで各地でお世話になったにもかかわらず、挨拶の一つもできなかった無礼をどうかお許ししていただきたい。なにぶん、皆様の健闘によりこちらの作業がかなり遅れが出ている故…くくく…」
(こいつが…)(邪神教団の最高指導者…っ!)
レクスやカイ達は驚愕とともに僅かにたじろく。表情の伺えない仮面の下から発せられる、背筋をも凍える低くおどろしい笑い声。しめやかに動く蒼白の手はおぞましく、その背中に目視できずとも重々しく自分達にのしかかる何かを感じられた。
そして、それを誰よりも強く感じ取るのは他ならぬラナとアイシャ、二人の女神の巫女と、感覚が人一倍敏感なエリネだった。
「うう…っ」「エリーっ?」
ザナエルから伝わってくる身も灼けるほどの悪寒に、エリネは思わず震えて腕を組む。変異体みたいな異質な恐怖とは違う。同じ世界のものでありる故にその恐ろしさを理解できてしまう。そういう悪寒だった。彼女の肩に乗ったルルもまた震えてうずくまっていた。
「あの人から、凄く冷たい感覚が流れてきて…っ、それにこんなに邪悪な声の表情、初めて…っ」「キュウ…ッ」
ウィルフレッドの大きな手が、エリネの肩を掴んでは彼の傍にそっと寄せていく。
「あ…」「大丈夫だ。俺やカイ達がすぐ傍にいる」
その手と体から流れる彼の体温が、体を震えさせる悪寒を駆除し、心も温めていく。
「…うんっ」
勇気を取り戻し、エリネは杖を毅然と構えた。
彼女に微笑むと、ウィルフレッドは改めてザナエルと呼ばれる男を見やる。なるほどたとえマナを感じられない自分でも、ザナエルが放つ極めて不穏な雰囲気はこうして直面するだけで感じられる。自分の世界でも時折遭遇する、凶悪な思想を持った異常者に似たものだ。
(聖痕が熱い…っ、ザナエルから発するこの悍ましい魔力に反応しているというの?まさかこれが邪神ゾルドの力…?)
アイシャは熱で痛む腕の聖痕を抑える。
彼の凶悪な雰囲気に触れてすくむのはエリネやアイシャだけでなく、連合軍の歴戦の騎士達までもその肌に、胸に刺さる悪寒に思わず一歩後ずさろうとした。
だがその時、ざしゃりとラナが前へと踏み出し、エルドグラムを地面に刺しては堂々とザナエルと対峙する。
「こちらこそ、すぐに貴様の首を刎ねられなかったことをお詫びせねばなるまい、ザナエルとやら。何分そちらの鼠の如き姑息っぷりに手を焼いてしまってたからな。そんな臆病者の集まりの大神官が自ら我らの前に出てくるとは、いったいどういう風の吹き回しだ」
先ほどの険しい表情はもはやなく、力強いその言葉と後光さえ感じる凜としたその威厳に、全軍が勇気を取り戻して構えなおす。
「ンくくくく、さすが高潔にして勇猛なる女神、エテルネの魂の力を賜った太陽の巫女。正に戦の申し子と呼ぶに相応しい勇敢ぶりですなラナ殿。そこの女神ルミアナの月の巫女殿共々、実に侮れん」
先ほどの冷や汗ももはやなく、ラナ同様に毅然と構え立つアイシャを見やるザナエル。カイは思わず彼女の傍に並び立つ。
「かくいう貴様もな、ザナエル。オズワルドめを唆してわが父上を、皇国を陥れるその狡猾さ、実に邪神教団に相応しい姑息っぷりだ。いったいどんな手を使ってあ奴を篭絡したのか指導して欲しいぐらいだ」
「お褒めに預かり光栄ではあるが、残念ながら我の浅智慧で高貴なるラナ殿に指導などとあまりにも恐れ多い。その件についてはどうかご自分でオズワルド殿に確認した方がよろしいかと…」
恐縮そうに頭を下げるザナエルに、アランの剣を握る手に密かに力が入る。既に知ったことであっても、教団の指導者本人からオズワルドが彼らに与した事を認めたのは、やはり多少複雑に思うところがあったようだ。
「頭だけでなく口もよく回るな。邪神なぞを崇拝し、復活させて荒廃した世界を作ろうと目論むようなアホにはとても見えんが」
すかさず話を続けるラナ。いきなりの急襲に村人が体制を整え、マティ達が一部兵士を率いて相手の軍勢を見極めるための時間を稼ぐために。
「どうやら巫女殿も他の人々同様、我々の目的に大きな誤解があるようですな」
「なに?」
「わが主神ゾルドが作り出す世界は全てが滅ぶ廃れた世界ではない。我らの目的、その教義は常に一つ、ゾルド様の名の元、あまねく罪人たちに幸福の福音をもたらすことだ」
「罪人たちに…」「幸福の福音だと…?」
レクスやカイ達はその意味を理解しようとする。ザナエルの仮面が陰加減で歪んで笑ってるように見えた。
「いかにも。人々はよく言う、この世に生きる命に幸福を求める権利があると。だがそれはいつも如何なる理由で罪を背負った人が含まれていない。盗み癖が抜けない人、放火癖が染み付いてしまった人、そして人を苦しませるだけが生き甲斐な人…。彼らはこの世界のあらゆる善に許されず、ただ抑制の一途を辿るだけ。命あるものに全て幸福を求める権利があるのなら、そんな罪人と呼ばれる人にもその欲求を満たす幸福を授けるべきではないのかね?人々が定める善き人だけが幸せを手に入れるのは、あまりにも不公平だ」
両手を広げ、異様な穏やかさでさえ感じられる口調でザナエルは語る。
「ゆえに、ゆえに我らは請い願う、ゾルド様が罪人と呼ばれる我々が欲望を満たす幸せを求めるのを赦してくれる、そういう世界を作り出すのを」
「なにを言ってるのこの人は…っ」
アイシャやカイ達は目をひん剝いていた。理解できない。その人が被るか面が、その狂った倫理感をより人外じみたように感じさせる。ザナエルが再び陰湿な笑いを含んでは語る。
「くくく、もちろん、巫女殿や他の人々には今まで通り生活をしていただいて結構。寧ろそうであるべきだ。罪人の幸せは皆様抜きでは成立しない故に」
(この人…?)
エリネが杖を強く握るとともに困惑する。今の言葉に、まだ他に何かの感情を含んでいると感じたから。
「ふ、ふざけんな――」
カイがザナエルの言い分を必死に理解しようとして反論しようとすると、ウィルフレッドの手がカイを阻んだ。
「やめろカイ、奴のペースに飲まれるな」「兄貴…っ」
「思想が根底から違う奴の話に無理に付き合う必要はない」
「さすがねウィルくん。私も全面的に同意よ」
ラナが不敵に微笑むと、彼女の鋭い視線がザナエルを射抜く。
「どんな大言壮語が出てくるかと思えば、ただの犯罪大国建国宣言とは、世界征服以上にケチっぽい内容だな。歪んだ癖があれば治すっ、罪を犯したら贖うっ。そのような人の業を受け止め、乗り越える為に助け合い、法律、そして処罰と寛容があるのだ!その業に面を向き合うことさえできない己の無能さを美辞麗句で偽るなど片腹痛いっ。そこまで自分の都合よい歪んだ思想が好きのであれば、家に引き篭もって信者と好きなだけ盛り上がってろ無能者めっ!」
「フくくくく、辛らつよな。噂どおりの強気さよ」
ザナエルは余裕に笑い、そしてウィルフレッドに顔を向ける。彼のすぐ傍に立つエリネは軽く身をすくんでもすぐに立ちなおした。みんなが、ウィルフレッドがすぐ自分の傍にいるのが分かるから。
「…そなたがギルバート殿の言うもう一人の異世界の魔人ですな?」
「断っておくが俺は特に話すことはない。おまえのようなイカレた奴は今まで山ほど見てきたからな」
ウィルフレッドは意味ありげにギルバートを一瞥し、彼はただフッと一笑する。
「ンくくく、ギルバート殿の言うとおり、戦乱を日常とする世界から来られた方だけであって迷いがない。実に美しく、素晴らしい気概だ…」
(え…?)
エリネがまた顔をしかめる。ザナエルの賞賛の声は、意外と真摯で憧れにも似た表情を含んでいたのだ。先ほどザナエルがゾルデの教義を説いていた時に、声の表情の奥に他に何か別の表情が潜んでいたのと併せて、エリネは疑惑を感じる。
(やっぱりこの人、まだ何か隠して…?)
「そなたが巫女たちに与するのは、やはり正義感とかに掻き立てられてるゆえなのかな?」
それを聞いたウィルフレッドは珍しくもおかしそうに笑い、ギルバートもまた苦笑する。
「あーすまねえ、こればっかりは突っ込ませてもらうわ旦那」
「ほう?」
「俺達の世界で正義感とかで行動する奴らは一人もいないさ。例えウィルでもな。そんなことを口する奴は真っ先におっちんじまう。俺達の行動原理なんざ常に一つだけ。そうだろウィル?」
親しい友人に向けるような笑顔で見つめるギルバートに、ウィルフレッドは湧き出る苦い思いに顔をしかめる。
「御託はいい」
ラナが話を切り上げる。傍の木陰から、マティが他に敵無し、村での戦闘用意もできたとの合図が来たからだ。
「貴様がどんな目的でこの谷に来たのは知らないが、たった三人でわが女神連合軍に急襲してくるとは無謀が過ぎると言わざるを得ないな。もっとも、こちらとしてはその方が助かるが」
ラナがエルドグラムを構え、レクス達や木陰にいるマティ達もそれぞれ武器をザナエル三人に狙いを定める。
「ここで首謀者である貴様を倒し、すべての禍根を絶つっ!」
「くくく、勇ましいかな女神の巫女とその戦士たちよ」
だがザナエルはやはり悠然として不気味な笑いをその仮面から発する。
「本来ならばここで巫女殿のお相手をするのが礼節というものだが、残念ながら今回はほかに用件もあってな」
そう言いながら、ザナエルが懐から禍々しい装丁がなされた一冊のの魔導書を取り出す。
「とはいえ、このまま巫女殿を無視するのも礼を失するというもの。貴方がたにはこちらをお相手願いましょうか。…イーディカナン、闇よりも暗き地の底より来たれ――」
ザナエルが何かを詠唱した瞬間、ラナがすかさず魔法を打ち出した。
「――光矢!」
光の矢が閃光の如く詠唱中のザナエルに飛翔する。だがそれらはすべてエリクが張り出した瘴気の帳にさえぎられる。
「させませんよラナ様」「ちぃっ!」
「――古き契約に従い顕現せよっ!」
(もう詠唱が終わった!?なんて早さなのっ!)
発散する魔力の規模から長い詠唱だと予想してたアイシャが驚嘆するとともに、ザナエル達の背後に禍々しき赤の魔法陣が浮かびあがる。地の底から響くかのごとき唸りが響くと、常人の二倍の高さをもち、歪んだ山羊の角が竜に似た頭から生え、頭上に黄金の冠を被り、蝙蝠の体と鷹の足をもった異形が浮上した。
「な、なんだぁこの魔獣は!?」
カイが思わず叫ぶ。
「この感覚…まさかライムと同じ…!?」
咆哮とともにまとわりついてくる魔力の寒気から、エリネの脳裏にかつてミーナが妖魔と称したライムを思い出す。
「いかにもっ。かつて古代の小国ナバレウスの王が狂った末に作り上げて使役した十三体の妖魔の一体よっ。そしてこの妖魔アガエラの能力の一つは―――」
掲げるザナエルの手に呼応するかのように妖魔アガエラが吠える。
「ギェエエエアアアア!」
アガエラを中心に魔力の波動がはなたれ、アイシャは即座に結界防壁を張る。
「みんな後ろにっ!」
魔力と結界が衝突し、まばゆい光を発する。
迸る魔力の波動が地面に怪しき魔法陣を描き、そこの土がまるで命を持ったかの如く人の形を無数に成していく。レクスが瞠目する。
「な、土から兵隊がっ?」
「御覧のように、魔術媒体なしに使い魔のゴーレムを作り出せるのです。エリクっ!」
ザナエルの指示とともにエリクが地面に骨の欠片を撒くと、今度は死霊兵が次々と立ち上がってきた。
「行きなさい。巫女殿のお相手をしてあげるのですっ」
「ギアアアアアア!」
ザナエルの一声でアガエラが咆哮し、エリクが手を振ると、使い魔のゴーレムと死霊兵が一斉にラナ達目掛けて突撃する。
「連合軍前進!敵を蹴散らすんだ!」
「「「おおおおおおっ!」」」
レクスの号令のもと、連合軍もまた鬨をあげてはアガエラとその軍勢目掛けて進撃する。
「――翼よここに来たれ」
ザナエルがまた別の呪文を唱えると、人を乗せるぐらいの大きさの怪鳥が現れた。
「エリク、ギルバート殿、ここは任せるぞ」
「御意」「あいよ」
ザナエルは怪鳥に跨り、空へと飛び上がる。その瞬間だった。
「ザナエル!」
輝けるエルドグラムを構えたラナが、ゴーレムと死霊兵を瞬時にかわしてザナエル目がけて一直線で駆けていくっ。
「むっ」
エリクはそれを阻止しようと動くと「――凍戟!」アイシャが放った氷の弾丸が襲い掛かり、彼は後退を余儀なくされる。
ギルバートもまた動くに動けなくなっていた。すぐ向かい側に彼をにらむウィルフレッドがいるために。二人はここで出会ってからずっとこうして対峙してけん制しあっていたのだ。
「ギエエェェエエッ!」
自分に目掛けて吠えながら吐き出されるアガエラの黒紫の魔力の炎をも飛び越え、ラナは逆にアガエラの頭にとびかかり「ギエアア!?」その頭を振り回す勢いを利用して空のザナエルに接近したっ。
「覚悟っ!」
エルドグラムが怪鳥に乗ったザナエルの頭、その仮面に振り下ろされるっ、乾いた金属音が空中で響いた!
「ザナエル様っ」「ラナ様!」
エリクとレクス達が見上げる。
「なっ…」
ラナは目を大きく見開いた。鋼鉄をも容易く切断するエルドグラムの刃は、ザナエルが手に持った一本の短剣により受け止められた。どこか生物的に見える異形の短剣に。
「ンくくく、せっかちよなあラナ殿」
ラナの背筋に寒気が走る。ザナエルが持つその短剣から、それを持った本人以上の悪寒を、数万の氷の針の如く心底まで突き刺さってくる。聖痕が反応するように淡く光り、短剣の宝珠が堪えるオーラもまた応じるように不気味に脈動する。この短剣は、普通じゃない。
「ぬんっ!」「くあっ!」
短剣を介して放つザナエルの魔力の衝撃にラナは弾かれる。
「ラナ様っ!」
地面に落ちるラナをレクスは急いでキャッチする。
「そう急ぐ必要もなかろうラナ殿」
二人はザナエルを見上げる。
「機が熟れれば否が応でも巫女殿はわれらの相手をすることになる。今はまだその時ではないのだ。ンくくくく」
薄気味悪い笑いをしながら、ザナエルは怪鳥とともに飛び離れていく。
「まてっ、ザナエ―――」
「ギエエェェエッ!」
ザナエルを追おうとするラナに、アガエラが翼を広げて迫ってくる。
「ラナ様っ、まずこっちを対応しないとっ!」
「ちぃっ…!いくぞレクス殿!」
「りょーかい!」
【続く】
「こうも早くメルテラ山につくとは…さすがギルバート殿、とても快適な空中の旅でした」
「お褒めに預かり光栄だエリク。…んで、こんな吹雪の中に本当にウィルたちがいるのかい、ザナエルの旦那」
「勿論ですとも。そなたの仲間と巫女らは今、この吹雪の結界の裏側で谷ごと隠れておる。これは女神ガリアが直々に施した結界ゆえ、並大抵の力ではまず破ることはできん」
(ガリア…?)
エリクが聞き慣れない単語に困惑する。
「ならどうすんだ?俺はこういうのは完全に専門外だから力にはなれないぞ」
「ご心配なく、これぐらいのことなど、ギルバート殿の手を煩わせるまでもない」
ザナエルがその蒼白な手をエリクに差し出すと、エリクは丁寧に彼に手渡した。柄の宝石に不穏なオーラを堪えた異形の短剣を。ザナエルはそれを大きく掲げては唸った。
「大地の谷を覆う吹雪の結界よ!我が神ゾルドの名において命ずる!その冷たきヴェールを退いて道を開けるがいい!」
今まで黙したままの異形の短剣が、ザナエルの呼び声を呼応するかのごとく赤黒のオーラを放ち始めた。それがザナエル自身を覆う闇のオーラと絡み合い、短剣が怨嗟とも絶叫ともつかぬ凄惨な音を挙げると、彼はそのまま何もない所へと振り下ろした。短剣が空間そのものに深く刺し込み、山全体が震撼した。
******
「ラナ様!」
「アラン!騎士と兵士達を急いで招集だ!早く!」
「マティ!一部編隊を村の防衛に回して!」
「了解ですレクス様!」
連合軍のキャンプ地が先ほどの安寧な光景から一変し、全軍が慌しく武装しては、ラナ達の指示の元に隊列を組んでいく。
「私も村の戦士達に収集をかけます」
「ああ、気をつけてくれリアーヌさん!」
他の民とともに村へと走るリアーヌを見送っては、カイは弓矢と超振動ナイフを装着し、既に構えているウィルフレッドとエリネの傍に駆けて行く。
「兄貴!」
「カイっ」「お兄ちゃんっ!」「キュ!」
ランブレを始めとした連合軍と騎士とともにウィルフレッド達は構えた。彼らの前方にある、徐々に広がる空間の亀裂に向けて。
さきほど谷全体を震撼させる震動とともに、その亀裂はキャンプ地から少し離れた空間に出現した。そして亀裂は断続的に震動が発生するごとに一段と大きくなっていく。それを見たリアーヌは何者かが吹雪の結界を破ろうとすることを理解した。
(((ガリア様の結界を特別な儀式なしに力ずくで破る人がいるなんて…っ)))
彼女の一言でラナ達は瞬時に理解した。それを成そうとするのがどこの誰なのかを。
「ラナ様!全軍位置についたよ!」
「全員そのまま待機!」
ズウウゥゥゥンッ!
構える連合軍の前に亀裂はどんどん広がり、断続的に谷を揺らす震動も大きくなっていく。鳥達は騒いで飛び離れ、穏やかだった谷に不安を広げていく。
「まったく、誰か知らないけどせっかくの綺麗な景色を台無しにするなんて、情緒のない人たちだねラ…ラナ様っ?」
レクスが驚愕する。常に凛々しく毅然としたラナの顔に、冷や汗が流れていたからだ。そしてすぐ傍に構えてるアイシャもまた、今までに見ない険しい顔をしていた。
「アイシャ様まで…」
「ラナちゃん…っ」
「ええ、アイシャ姉様も感じるのね」
冷や汗をかきながら話す二人は、灼けるような感覚をする自分達の聖痕に触れる。加えて亀裂の向こうから感じられる異様な嫌悪感。相手がただの教団兵ではないのは明らかだった。ラナが兵士達を激励する。
「気を引き締めろっ!今度の相手は一筋縄ではないぞっ」
ズガアアァァン!
湖の水面さえも波立つほどの強烈な爆音と震動とともに、空間が割れた。おぞましい黒の瘴気が、外の吹雪に挟んで亀裂から谷の中へとなだれ込んでくる。
「――月極壁!」
アイシャの月の結界が黒き瘴気を阻み、一瞬すくんだ兵士達は毅然と構えなおす。
やがて瘴気が散ると、空間に空いた穴、吹雪と谷の景色が重なる結界の亀裂から、まず一人の男が姿を現した。
「これはまた盛大な歓迎式ですね」
「てめぇは…エリクとか言ういけ好かない野郎だなっ?」
「覚えて頂いて光栄です」
カイの威嚇にエリクは落ち着いた笑顔を見せると、彼の後からもう一人が前へと歩み出た。
「ギル…っ!」
「よおウィルっ。前の飲み会以来だな。元気にやってるか?」
まるで友人に挨拶するような軽さのギルバートに反し、ウィルフレッドは顔を強くしかめていた。
「なにしに来たギル。ラナ達に手を出そうというのかっ」
「そう緊張するな。今回用事があるのは俺じゃない」
「なんだって…」
ギルバートとエリクが道を開けるよう傍へ立つと、冷たき仮面が亀裂の中からゆらりと顕現し、漆黒のローブを纏っては前へと歩み出た。その男の出現に、連合軍の兵士や騎士たちが不意に体がすくむ。彼がそこに立ってるだけで、心に冷たく触れてくる不気味さと恐怖を感じられるからだ。
「これはまた大道芸っぽい人が出てきたねぇ。まさか芸の一つでも見せるつもりなのかい?」
いつもの調子で冗談を言うレクスだが、その目は笑ってはいなかった。その男の異様な雰囲気を、彼を含めその場全員が感じ取れたからだ。仮面の下で小さく笑い声を発しながら、男は丁寧に一礼して挨拶した。
「お初にお目にかかる、女神の巫女殿にその戦士達よ。我はゾルデ教団の大神官にして最高指導者であるザナエルと申す。今後どうかお見知りおきを…」
「なっ、邪神教団の…」「大神官ですって!?」
その一言にレクスやアイシャ達を含んだ連合軍が騒然とする。
「いかにも。今まで各地でお世話になったにもかかわらず、挨拶の一つもできなかった無礼をどうかお許ししていただきたい。なにぶん、皆様の健闘によりこちらの作業がかなり遅れが出ている故…くくく…」
(こいつが…)(邪神教団の最高指導者…っ!)
レクスやカイ達は驚愕とともに僅かにたじろく。表情の伺えない仮面の下から発せられる、背筋をも凍える低くおどろしい笑い声。しめやかに動く蒼白の手はおぞましく、その背中に目視できずとも重々しく自分達にのしかかる何かを感じられた。
そして、それを誰よりも強く感じ取るのは他ならぬラナとアイシャ、二人の女神の巫女と、感覚が人一倍敏感なエリネだった。
「うう…っ」「エリーっ?」
ザナエルから伝わってくる身も灼けるほどの悪寒に、エリネは思わず震えて腕を組む。変異体みたいな異質な恐怖とは違う。同じ世界のものでありる故にその恐ろしさを理解できてしまう。そういう悪寒だった。彼女の肩に乗ったルルもまた震えてうずくまっていた。
「あの人から、凄く冷たい感覚が流れてきて…っ、それにこんなに邪悪な声の表情、初めて…っ」「キュウ…ッ」
ウィルフレッドの大きな手が、エリネの肩を掴んでは彼の傍にそっと寄せていく。
「あ…」「大丈夫だ。俺やカイ達がすぐ傍にいる」
その手と体から流れる彼の体温が、体を震えさせる悪寒を駆除し、心も温めていく。
「…うんっ」
勇気を取り戻し、エリネは杖を毅然と構えた。
彼女に微笑むと、ウィルフレッドは改めてザナエルと呼ばれる男を見やる。なるほどたとえマナを感じられない自分でも、ザナエルが放つ極めて不穏な雰囲気はこうして直面するだけで感じられる。自分の世界でも時折遭遇する、凶悪な思想を持った異常者に似たものだ。
(聖痕が熱い…っ、ザナエルから発するこの悍ましい魔力に反応しているというの?まさかこれが邪神ゾルドの力…?)
アイシャは熱で痛む腕の聖痕を抑える。
彼の凶悪な雰囲気に触れてすくむのはエリネやアイシャだけでなく、連合軍の歴戦の騎士達までもその肌に、胸に刺さる悪寒に思わず一歩後ずさろうとした。
だがその時、ざしゃりとラナが前へと踏み出し、エルドグラムを地面に刺しては堂々とザナエルと対峙する。
「こちらこそ、すぐに貴様の首を刎ねられなかったことをお詫びせねばなるまい、ザナエルとやら。何分そちらの鼠の如き姑息っぷりに手を焼いてしまってたからな。そんな臆病者の集まりの大神官が自ら我らの前に出てくるとは、いったいどういう風の吹き回しだ」
先ほどの険しい表情はもはやなく、力強いその言葉と後光さえ感じる凜としたその威厳に、全軍が勇気を取り戻して構えなおす。
「ンくくくく、さすが高潔にして勇猛なる女神、エテルネの魂の力を賜った太陽の巫女。正に戦の申し子と呼ぶに相応しい勇敢ぶりですなラナ殿。そこの女神ルミアナの月の巫女殿共々、実に侮れん」
先ほどの冷や汗ももはやなく、ラナ同様に毅然と構え立つアイシャを見やるザナエル。カイは思わず彼女の傍に並び立つ。
「かくいう貴様もな、ザナエル。オズワルドめを唆してわが父上を、皇国を陥れるその狡猾さ、実に邪神教団に相応しい姑息っぷりだ。いったいどんな手を使ってあ奴を篭絡したのか指導して欲しいぐらいだ」
「お褒めに預かり光栄ではあるが、残念ながら我の浅智慧で高貴なるラナ殿に指導などとあまりにも恐れ多い。その件についてはどうかご自分でオズワルド殿に確認した方がよろしいかと…」
恐縮そうに頭を下げるザナエルに、アランの剣を握る手に密かに力が入る。既に知ったことであっても、教団の指導者本人からオズワルドが彼らに与した事を認めたのは、やはり多少複雑に思うところがあったようだ。
「頭だけでなく口もよく回るな。邪神なぞを崇拝し、復活させて荒廃した世界を作ろうと目論むようなアホにはとても見えんが」
すかさず話を続けるラナ。いきなりの急襲に村人が体制を整え、マティ達が一部兵士を率いて相手の軍勢を見極めるための時間を稼ぐために。
「どうやら巫女殿も他の人々同様、我々の目的に大きな誤解があるようですな」
「なに?」
「わが主神ゾルドが作り出す世界は全てが滅ぶ廃れた世界ではない。我らの目的、その教義は常に一つ、ゾルド様の名の元、あまねく罪人たちに幸福の福音をもたらすことだ」
「罪人たちに…」「幸福の福音だと…?」
レクスやカイ達はその意味を理解しようとする。ザナエルの仮面が陰加減で歪んで笑ってるように見えた。
「いかにも。人々はよく言う、この世に生きる命に幸福を求める権利があると。だがそれはいつも如何なる理由で罪を背負った人が含まれていない。盗み癖が抜けない人、放火癖が染み付いてしまった人、そして人を苦しませるだけが生き甲斐な人…。彼らはこの世界のあらゆる善に許されず、ただ抑制の一途を辿るだけ。命あるものに全て幸福を求める権利があるのなら、そんな罪人と呼ばれる人にもその欲求を満たす幸福を授けるべきではないのかね?人々が定める善き人だけが幸せを手に入れるのは、あまりにも不公平だ」
両手を広げ、異様な穏やかさでさえ感じられる口調でザナエルは語る。
「ゆえに、ゆえに我らは請い願う、ゾルド様が罪人と呼ばれる我々が欲望を満たす幸せを求めるのを赦してくれる、そういう世界を作り出すのを」
「なにを言ってるのこの人は…っ」
アイシャやカイ達は目をひん剝いていた。理解できない。その人が被るか面が、その狂った倫理感をより人外じみたように感じさせる。ザナエルが再び陰湿な笑いを含んでは語る。
「くくく、もちろん、巫女殿や他の人々には今まで通り生活をしていただいて結構。寧ろそうであるべきだ。罪人の幸せは皆様抜きでは成立しない故に」
(この人…?)
エリネが杖を強く握るとともに困惑する。今の言葉に、まだ他に何かの感情を含んでいると感じたから。
「ふ、ふざけんな――」
カイがザナエルの言い分を必死に理解しようとして反論しようとすると、ウィルフレッドの手がカイを阻んだ。
「やめろカイ、奴のペースに飲まれるな」「兄貴…っ」
「思想が根底から違う奴の話に無理に付き合う必要はない」
「さすがねウィルくん。私も全面的に同意よ」
ラナが不敵に微笑むと、彼女の鋭い視線がザナエルを射抜く。
「どんな大言壮語が出てくるかと思えば、ただの犯罪大国建国宣言とは、世界征服以上にケチっぽい内容だな。歪んだ癖があれば治すっ、罪を犯したら贖うっ。そのような人の業を受け止め、乗り越える為に助け合い、法律、そして処罰と寛容があるのだ!その業に面を向き合うことさえできない己の無能さを美辞麗句で偽るなど片腹痛いっ。そこまで自分の都合よい歪んだ思想が好きのであれば、家に引き篭もって信者と好きなだけ盛り上がってろ無能者めっ!」
「フくくくく、辛らつよな。噂どおりの強気さよ」
ザナエルは余裕に笑い、そしてウィルフレッドに顔を向ける。彼のすぐ傍に立つエリネは軽く身をすくんでもすぐに立ちなおした。みんなが、ウィルフレッドがすぐ自分の傍にいるのが分かるから。
「…そなたがギルバート殿の言うもう一人の異世界の魔人ですな?」
「断っておくが俺は特に話すことはない。おまえのようなイカレた奴は今まで山ほど見てきたからな」
ウィルフレッドは意味ありげにギルバートを一瞥し、彼はただフッと一笑する。
「ンくくく、ギルバート殿の言うとおり、戦乱を日常とする世界から来られた方だけであって迷いがない。実に美しく、素晴らしい気概だ…」
(え…?)
エリネがまた顔をしかめる。ザナエルの賞賛の声は、意外と真摯で憧れにも似た表情を含んでいたのだ。先ほどザナエルがゾルデの教義を説いていた時に、声の表情の奥に他に何か別の表情が潜んでいたのと併せて、エリネは疑惑を感じる。
(やっぱりこの人、まだ何か隠して…?)
「そなたが巫女たちに与するのは、やはり正義感とかに掻き立てられてるゆえなのかな?」
それを聞いたウィルフレッドは珍しくもおかしそうに笑い、ギルバートもまた苦笑する。
「あーすまねえ、こればっかりは突っ込ませてもらうわ旦那」
「ほう?」
「俺達の世界で正義感とかで行動する奴らは一人もいないさ。例えウィルでもな。そんなことを口する奴は真っ先におっちんじまう。俺達の行動原理なんざ常に一つだけ。そうだろウィル?」
親しい友人に向けるような笑顔で見つめるギルバートに、ウィルフレッドは湧き出る苦い思いに顔をしかめる。
「御託はいい」
ラナが話を切り上げる。傍の木陰から、マティが他に敵無し、村での戦闘用意もできたとの合図が来たからだ。
「貴様がどんな目的でこの谷に来たのは知らないが、たった三人でわが女神連合軍に急襲してくるとは無謀が過ぎると言わざるを得ないな。もっとも、こちらとしてはその方が助かるが」
ラナがエルドグラムを構え、レクス達や木陰にいるマティ達もそれぞれ武器をザナエル三人に狙いを定める。
「ここで首謀者である貴様を倒し、すべての禍根を絶つっ!」
「くくく、勇ましいかな女神の巫女とその戦士たちよ」
だがザナエルはやはり悠然として不気味な笑いをその仮面から発する。
「本来ならばここで巫女殿のお相手をするのが礼節というものだが、残念ながら今回はほかに用件もあってな」
そう言いながら、ザナエルが懐から禍々しい装丁がなされた一冊のの魔導書を取り出す。
「とはいえ、このまま巫女殿を無視するのも礼を失するというもの。貴方がたにはこちらをお相手願いましょうか。…イーディカナン、闇よりも暗き地の底より来たれ――」
ザナエルが何かを詠唱した瞬間、ラナがすかさず魔法を打ち出した。
「――光矢!」
光の矢が閃光の如く詠唱中のザナエルに飛翔する。だがそれらはすべてエリクが張り出した瘴気の帳にさえぎられる。
「させませんよラナ様」「ちぃっ!」
「――古き契約に従い顕現せよっ!」
(もう詠唱が終わった!?なんて早さなのっ!)
発散する魔力の規模から長い詠唱だと予想してたアイシャが驚嘆するとともに、ザナエル達の背後に禍々しき赤の魔法陣が浮かびあがる。地の底から響くかのごとき唸りが響くと、常人の二倍の高さをもち、歪んだ山羊の角が竜に似た頭から生え、頭上に黄金の冠を被り、蝙蝠の体と鷹の足をもった異形が浮上した。
「な、なんだぁこの魔獣は!?」
カイが思わず叫ぶ。
「この感覚…まさかライムと同じ…!?」
咆哮とともにまとわりついてくる魔力の寒気から、エリネの脳裏にかつてミーナが妖魔と称したライムを思い出す。
「いかにもっ。かつて古代の小国ナバレウスの王が狂った末に作り上げて使役した十三体の妖魔の一体よっ。そしてこの妖魔アガエラの能力の一つは―――」
掲げるザナエルの手に呼応するかのように妖魔アガエラが吠える。
「ギェエエエアアアア!」
アガエラを中心に魔力の波動がはなたれ、アイシャは即座に結界防壁を張る。
「みんな後ろにっ!」
魔力と結界が衝突し、まばゆい光を発する。
迸る魔力の波動が地面に怪しき魔法陣を描き、そこの土がまるで命を持ったかの如く人の形を無数に成していく。レクスが瞠目する。
「な、土から兵隊がっ?」
「御覧のように、魔術媒体なしに使い魔のゴーレムを作り出せるのです。エリクっ!」
ザナエルの指示とともにエリクが地面に骨の欠片を撒くと、今度は死霊兵が次々と立ち上がってきた。
「行きなさい。巫女殿のお相手をしてあげるのですっ」
「ギアアアアアア!」
ザナエルの一声でアガエラが咆哮し、エリクが手を振ると、使い魔のゴーレムと死霊兵が一斉にラナ達目掛けて突撃する。
「連合軍前進!敵を蹴散らすんだ!」
「「「おおおおおおっ!」」」
レクスの号令のもと、連合軍もまた鬨をあげてはアガエラとその軍勢目掛けて進撃する。
「――翼よここに来たれ」
ザナエルがまた別の呪文を唱えると、人を乗せるぐらいの大きさの怪鳥が現れた。
「エリク、ギルバート殿、ここは任せるぞ」
「御意」「あいよ」
ザナエルは怪鳥に跨り、空へと飛び上がる。その瞬間だった。
「ザナエル!」
輝けるエルドグラムを構えたラナが、ゴーレムと死霊兵を瞬時にかわしてザナエル目がけて一直線で駆けていくっ。
「むっ」
エリクはそれを阻止しようと動くと「――凍戟!」アイシャが放った氷の弾丸が襲い掛かり、彼は後退を余儀なくされる。
ギルバートもまた動くに動けなくなっていた。すぐ向かい側に彼をにらむウィルフレッドがいるために。二人はここで出会ってからずっとこうして対峙してけん制しあっていたのだ。
「ギエエェェエエッ!」
自分に目掛けて吠えながら吐き出されるアガエラの黒紫の魔力の炎をも飛び越え、ラナは逆にアガエラの頭にとびかかり「ギエアア!?」その頭を振り回す勢いを利用して空のザナエルに接近したっ。
「覚悟っ!」
エルドグラムが怪鳥に乗ったザナエルの頭、その仮面に振り下ろされるっ、乾いた金属音が空中で響いた!
「ザナエル様っ」「ラナ様!」
エリクとレクス達が見上げる。
「なっ…」
ラナは目を大きく見開いた。鋼鉄をも容易く切断するエルドグラムの刃は、ザナエルが手に持った一本の短剣により受け止められた。どこか生物的に見える異形の短剣に。
「ンくくく、せっかちよなあラナ殿」
ラナの背筋に寒気が走る。ザナエルが持つその短剣から、それを持った本人以上の悪寒を、数万の氷の針の如く心底まで突き刺さってくる。聖痕が反応するように淡く光り、短剣の宝珠が堪えるオーラもまた応じるように不気味に脈動する。この短剣は、普通じゃない。
「ぬんっ!」「くあっ!」
短剣を介して放つザナエルの魔力の衝撃にラナは弾かれる。
「ラナ様っ!」
地面に落ちるラナをレクスは急いでキャッチする。
「そう急ぐ必要もなかろうラナ殿」
二人はザナエルを見上げる。
「機が熟れれば否が応でも巫女殿はわれらの相手をすることになる。今はまだその時ではないのだ。ンくくくく」
薄気味悪い笑いをしながら、ザナエルは怪鳥とともに飛び離れていく。
「まてっ、ザナエ―――」
「ギエエェェエッ!」
ザナエルを追おうとするラナに、アガエラが翼を広げて迫ってくる。
「ラナ様っ、まずこっちを対応しないとっ!」
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【続く】
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