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第十章 大地の谷

大地の谷 第八節

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「第二級貨物船ウィンザー。前方宙域で捉えました」
「テロリストの様子は?」
「視認範囲内では特に目ぼしい活動はありません」
情報端末から浮かび上がる様々なホロモニターを操作しながら、オペレータのビリーはミハイルに逐次状況を報告する。彼は後ろに立っているギルバート達、アルファチームに振り返る。

「先ほどのブリーフィングで話した通り、本艦はステルスモードでテロリストに占領された貨物船に可能な限り接近する。その後、君達はアルマ化して貨物船へと潜入してテロリストをしたまえ。アルマは『組織』の最高機密ではあるが、後でかける妨害電波ジャミングで映像などが外部に漏れる心配はなく、貨物船の乗組員も既に彼らにより全員殺された。手加減する必要は皆無だ」

第二級貨物船ウィンザー。『組織』の表向きの輸送会社に属する船で、普段は月と地球を行き来しては民間の物資以外に、武器などの密輸を担っていた。いつものように民間の物資の中で『組織』用の武器や資材を積んで地球へと向かってる最中、過激派組織により武装占拠された。地球と月のコロニーの資源不均等に不満を持った人々の集まりだ。このようなテロリストの活動が恒常化している現代では、毎日必ず世界のどこかで起こるぐらい一般的なものだった。

「へっ、護衛のエージェントがまさかただのテロリストに遅れを取れるったあ、情けねえ話だな」
鼻を鳴らすサラにウィルフレッドがフォローする。
「仕方ないさ。この『アースブルー』は過激派組織の中でもトップ5に入るぐらいの規模で、かなり新しいアームドスーツやサイボーグを保持しているからな」

「物々しい警備じゃかえって目立つから配備は普段どおりだったけど、それが裏目に出たって感じかねえ」
腕を組んでいるキースがホロデータに目を通す。

「んで、テロリストはまだ積荷の重要さには気付いてねえよなミハイル」
ギルバートに頷くミハイル。
「そうだ。そのために迅速に敵を排除し、極力船体への被害を抑える必要がある。君達アルマなら難なく成し遂げられるだろう」

「…質問、していいでしょうか」
おずおずと手を挙げるアオト。
「許可する」
「その…僕達アルファチームは対異星人の専門部隊ですよね。このような対人の任務は普通、『組織』の特殊部隊が対応すべきではありませんか?」

「そうだな。説明しようか。まず、いま貨物船に最も近い位置にあるのは演習を行っていた我々のステルス艦だ。そして積荷の重要性から考えて早期奪還が望ましいし、アルマの対人データを積む良い機会にもなるからだ」
「対人データ…」

意味ありげに復唱するアオトにサラは皮肉するように一笑する。
「はんっ、別におかしくはないさ。『組織』のことだ、どうせ異星人の件が片付いたらそのまんま技術を一般軍事方面に応用するつもりだろ?てかそうしない方がおかしいぐらいだ」

ミハイルは特に顔色を変えることもなく率直に答えた。
「そのとおりだ。『組織」は全ての面に置いて最先端に立たなければならない。アスティル・クリスタルは絶対数が極めて少ないため、君達のようなアルマを量産することはまず出来ないが、アニマ・ナノマシンは既に精製技術が確立した。あとは様々な局面に対するデータが必要だ」

少し冗談じみて話すキース。
「『組織』のことをいまさらどうこう言うつもりはありませんよ。アルファチームという名前ですし、後継タイプの話があっても不思議じゃないですから。けどまあ、異星人と戦い終わって、データも取りたいとこ取った後は使い捨てってことだけは勘弁したいね」
ミハイルはペースを崩さずに答える。
「『組織』が有能な人力資源を無碍むげにしないことは、長年エージェントを勤めてきた君達なら存じているはずだ。己の価値を示すためにも、今回の戦闘データは貴重なものだと理解して欲しい」

「はっ、それぐい分かってるさ。今までこっちとの約束を『組織』はちゃんと果たしてるしな。互いへの利用価値による契約関係、それが今の時代の全てだ」
それがサラの父を探すことを指していると、ウィルフレッド達はすぐに理解できた。サラだけではない、キースの犯罪歴の消去、アオトの本集め、そして当然、ギルバートにウィルフレッドが『組織』に入った際の条件を、組織は全て受け止め、履行してきた。

裏の顔を持った巨大な『組織』だが、相互利益を踏まえた対応を履行しているあたり、ビジネス面の信用を何よりも重視する今の時代らしいとも言えた。裏切りばかりの仲介人に仕事は舞い込まないように、どれほど悪徳な商売であろうとも、最低限履行する信頼を築かなければビジネスは成立しないのだ。

「そうだ。『組織』は利用価値だけを搾り出して捨てるような管理方法を取らない。君達が一定の価値を示す限り、『組織』は益をもって答える。だからいかなる任務にも常に最善を尽くすように」
「言われなくても分かってる。…けど忘れんなよ」
立ち上がってミハイルに近づいては、サラは彼の襟を掴みあげる。
「万が一でも『組織そっち』がアタシ達を裏切った場合…ただじゃおかねえことをな」

サラだけではない、ウィルフレッドたち全員がミハイルの方を厳つい眼差しで見つめ、ギルバートは意味ありげに鼻で笑った。ミハイルはサラの手をゆっくりと退いては襟を正す。
「それはお互い様だ。君達が変な真似をしたら、『組織』もまたそう易々と許しはしない。ゆめゆめ忘れないように」

不満げに座るサラは首元に触れて舌打ちする。
「ちっ、わーってるよ。アタシ達にはがついてるしな」
「なら良い。…余談はここまでだ。出撃準備にかかりたまえ。いいか、全員排除だ。誰一人残すな」


******


エンジンを全力でふかして地球へと向かってる貨物船ウィンザーの近くにある、ステルス迷彩状態の艦から五つの光が飛び立った。五つの光であるアルマ化したウィルフレッド達は一瞬にしてウィンザーの小さな作業員ハッチへと張り付く。そこでサラは手をドアに置くと、小さな光の波紋がドアに広がった。
「…よし、誰もいないな。アオト、出番だ」「うん」

アオトの腕から幾つかのケーブルが延び、すぐ傍にある操作パネルに接続してハッキングする。出入り口は即座に開かれ、ギルバート達は難なく内部へと入った。減圧が終わり、内部へのハッチが開く。全員カバーを取りながら、サラの手に黄色いアスティルエネルギーが走っては無数のビットが生成される。

「まったく、こんな仕事はマイクロドローンにやらせればいいのによ」
「今回はアルマの対人データが重要だからなぁ。腕の見せ所ってところだサラ」
「わーってるよ、いちいち突っ込むなキース」

苦笑するような声をウィルフレッドとアオトに発するキースに、二人も苦笑したかのような仕草をする。
「んだよてめぇら、気色わりぃ声出しやがって」
「なんでもないよ。ただ今のサラ、チーム結成したばかりの頃とは大違いだなあと思っただけ」
「る、るせーっ!首へし折るぞアオトっ!」

チームが結成したばかりのギスギスした空気はもはやなく、ギルバートは不敵に笑いながらサラを急かす。
「おいサラ、仕事」
「わかってらっ、気が散るからそれ以上喋んなっ」
サラは生成したビットを船内へ飛ばす。それらは光学迷彩モードに入っては、貨物船内を飛び回った。

「捉えたぜ…。ブリッジに9人。貨物室にアームドスーツ3機を含んだ21人。エンジン室に18人。廊下を巡回してるのが17人ってところだ。どこにもサイボーグ化した戦闘員が数名配置されてやがる」
サラのビットから送られた生命反応や視覚情報は、彼女の網膜に映り出される貨物船の見取り図に反映される。サラはそれらをギルバート達にも分かるように送信した。

「それともう一つ、エンジン室に一つ大きな爆弾が仕掛けられてるな。どうだアオト、スキャンに反応する爆弾かもしれないから視覚情報しかないが、分かるか?」
サラから送られた爆弾の視覚映像がアオトの脳裏で浮ぶ。
「…どうやらそんなに複雑なタイプの爆弾じゃないみたいだね。実際触れてみないと分からないけど、僕が直接ハッキングすれば解除できるかも知れない」

「よし、ブリッジと巡回はサラ、貨物室は俺とキース、エンジン室はアオトとウィルが行け。いいか、アルマの力を過信するなよ。最終的に頼れるのはいつも鍛えた自分の直感ってことを忘れるな」
「あいよ。んでは行きますかっ」
キースのかけ声に応じてウィルフレッド達は頷き、五人とも瞬時に船内へと飛翔していった。


******


船のブリッジ内で、フルフェイスのヘルメットを被り、防弾用アーマーとアサルトライフルで武装したアースブルーの戦闘員が操舵を行ってるメンバーに確認する。
「船の状況は?」
「問題ない。このまま進めばあと二時間で大気圏突入できる」
「そうか。周りの状況に随時注意しろ。企業コープは間違いなく船の奪還にやってくる。それがいつどこからかの問題だ」

もう一人、片手が戦闘用サイバーアームとなっている戦闘員が一笑する。
「なあに、こっちにはクレッセント社の新型アームドスーツがあるし、軍用サイボーグ級の改造をされた奴もそれなりにいる。あいつらがどんな手を使おうとも返り討ちにするさ。万が一の場合、船を奴らもろとも爆破すればいい。俺達の命と一緒にな」
「そうだな。全ては地球で苦しむ同胞のためだ。この命を捧げるのになんのためらいも――」

戦闘員の言葉は、己の頭を貫通して破砕するビットにより遮られた。
「へ――」
残りの人達が反応するよりも早く、天井の換気口からドカンと大きな轟音とともに深紅のアルマが降り立った。
「なら言葉どおりその命を捧げろ!このアタシにな!」
サラが大きく手を振ると、黄色のエネルギーを纏ったビットが散弾の如く四方八方へと飛散り、次々とテロリスト達の胸を、頭をピンポイントで貫通し、爆散させていく。

「ぬあっ!なんなんだっ!?」
体一部をサイボーグ化した数名の戦闘員は辛うじて攻撃を避けては、追撃してくるサラに向けて発砲していく。乾いたライフルの銃声がブリッジ内に響いた。
「ばっきゃろ!」
だがそれら全ては腕部から発するバリアにより弾かれる。その流れ弾をサラのビットがブリッジ内に当たるのを防いだ。

「ブリッジが破損したら船がやばいだろうが!」
頭部をサイバー化したサイボーグのカメラアイでさえも辛うじてしか捉えられないサラの腕の一振りは、その頭を容易く粉砕した。サイボーグ特有のオイルがブリッジの床にぶちまけられる。

「うあああぁぁっ!」
得体の知れない物体の襲撃に、半ばパニックに陥った腕部サイバー化したサイボーグが拳にパワーを集中させてストレートをサラに見舞う。はずだが、その腕はまるで大人に捕まった幼児の腕の如く、サラに掴まれてはそのまま彼女に握りつぶされ、勢いで地面に押し付けられた。

「ぐふっ!」
「はっ、軽い軽い!そんなんではアタシに傷一つ付けやしねえよ!」
「だっ、誰か、応答を…っ!敵襲だ!巡回班!エンジン室…!」
「無駄だよ。ブリッジの通信はアタシのビットのジャミングで遮断シャットアウトしてる。廊下の巡回班も今はぜ~んぶあの世にいるぜ」
「な…」

サラの言うとおり、船内の廊下を巡回するテロリスト全員が、既に彼女の玉により急所を貫かれ、絶命していた。
「てめえも会いにいきな!その命を捧げてよ!」


******


「撃て!撃てーーーー!」
アサルトライフルが、成人の倍以上高いアームドスーツから発するレールガンの特殊な爆音が貨物室内を戦場と染めた。

「ウオオォッ!」
アルマ化したキースがエネルギーを纏ったハルバードを手に、まるで重戦車かの如き勢いでそれらを全て弾いては、重火力を持つ標準アームドスーツを最優先に狙っていく。エネルギーコーティングされたハルバードの重々しき一撃の前に、アームドスーツの強化装甲は何の意味も成さずに破砕し、3機のアームドスーツは瞬く間に1機だけとなった。

「キース!やりすぎんなよ!荷物に傷をつけたら大事だからなっ!」
「分かってますって!」
片方、黒きアルマのギルバードはその槍を巧みに振り回して銃撃を全て払い落とす。腕や足などをサイバー化したサイボーグでさえ悠々と切り倒しては全て掃討していく。

「うらあっ!」
「があああっ!」
腕部を重点的にサイバー化したサイボーグの肩にギルバートの投げた槍が迅雷の如き速度で貫き、そのまま壁へとはりつけにした。

「ははぁっ!」
ギルバートはそのまま突進し、サイボーグの生身の首を掴んだ。
「ぐは…っ!な、なんなんだ貴様らは…っ!新型のアームドスーツかっ!?そんな技術どこにも…っ」
「そんな古臭いものと比べんな。青二才めが」
「く…っ、ち、地球に公正と正義を――」

サイボーグがその体内に内蔵された爆弾で自爆するよりも速く、ギルバートの腕は彼の体を貫いた。
「がはっ!」
思い切って腕を引き出すと、その心臓部と爆弾を同時に体から引きちぎりだした。
「すまねえが、殉教したいのなら人のいないところで勝手にやりな、負け犬ルーザーめ」

スクラップと化したサイボーグを地面へと投げ捨て、ギルバートは自分にサムズアップするキースを見やる。戦闘は、1分足らずに決着がついた。圧倒的だった。サラの通信が二人に入る。
「こっちは片付いたぞギル。そっちはどうなんだ」
「丁度終わったところだ。残るのはエンジン室だな」


******


「早く!爆弾を起動さ――ぎゃあっ!」
爆弾の周りに陣取りする戦闘員を、ウィルフレッドのナノマシンソードとアオトの光矢が容赦なく切り裂き、貫いていく。

「僕が爆弾処理するからフォローお願い、ウィル」
「ああ」
爆弾の操作パネルに、先ほどドアをハッキングしたようにアオトの腕からケーブルが延びて接続される。ウィルフレッドは爆弾に駆けつけようとするテロリスト達を強化アーマー諸とも次々と切り倒していく。

8…9…10…

倒した人数を心でカウントするウィルフレッド。久しぶりの、人の命が自分の手により消される感触。暫く異星人の変異体ミュータンテス相手に戦い、陰から平民を守る側として活動していた自分に、かつて初めて人を殺めた時の戸惑いを少しだけ思い出したが、すぐに慣れた。

どうという事はない。今まで『組織』のエージェントとして数多の戦場とミッションをこなし、生き残るためにやり続けたことだ。今まで対峙してきた相手もまた同じで、あくまでありふれた生存競争の一環に過ぎない。そんな残酷な競争の中、自分が生き残った。ただそれだけのことだ。

だからウィルフレッド迷わない。アオトは迷わない。それがこの行為を罪と見なさない今の時代の、罰する神の存在しないこの世界のルールが故に。

「この爆弾、ちょっと凝ってる部分もあるね…っ」
アオトが爆弾解除に専念する中、ウィルフレッドは迅速にテロリストの脅威を排除していく。
15…16…17…っ、残り一人。

「うああぁっ!」
フル装備していた最後のテロリストが声を上げながら銃を乱射する。当然それを意に介するウィルフレッドではない。銃撃をバリアで受けながら彼はテロリスト目がけて駆け出す。

「あぅっ!」
後ずさるテロリストが滑稽にもこけてしまい、不相応に大きいヘルメットが転げ落ちて素顔が晒された。

「あ」
彼をチラ見したアオトが声をあげる。既に駆け出したウィルフレッドの目が見開く。

13歳ぐらいのやや長身の子供だった。見開いたその目は自分への恐怖に溢れており、半ばパニックしたその手は、後ろに置いてある予備爆弾の束を引き寄せた。

圧縮される時間の中、ウィルフレッドは機能をフル稼働し、光にも近い早さでスキャンを行って状況分析した。少年は、彼の手に握る起爆スイッチと爆弾を体に密着するよう抱えている。手とスイッチだけを切り落とすのは、自分と彼の体勢や反応時間では不可能だ。少年の目には恐怖が混じりながら決意が固まっていく。

―――選択肢は一つしかなかった。

「ウィル――」
アオトが叫ぶよりも先に、剣は振り下ろされた。少しの躊躇いもなく。爆弾の信管とスイッチが切断される。幼子の体と共に。悲鳴も苦痛も感じないほどの鋭い一撃。撒かれた子の返り血が真っ赤な涙のごとくウィルフレッドの異形の顔に浴びられた。

「爆弾解除!」
メイン爆弾からケーブルを外し、アオトは立ち尽くしているウィルフレッドに近づく。彼は微動せずに、血溜まりに倒れた子供をただ見つめた。
「ウィル…」

「おいアオト!ウィル!」
他のところの制圧を完了したサラがエンジン室内に入る。キース、ギルバートも彼女に続いた。
「制圧し終わったら通信ぐらいよこし…なんだこいつは」
地面に倒れた子供と、それを見つめるウィルフレッドに気付くサラ。

「これ、ウィルがやったのか?」
「うん。予備爆弾を起爆しようとしてたから…」
アオトは少年兵の身元を、事前に手配された貨物船のデータと照合する。
「…テロリストの少年兵だね。貨物船の従業員の家族として登録されてるようけど。連中を手引きするために偽造されたデータかもしれない」

恒常化した戦争と同じく、これぐらいの年の子供が戦いに駆り出されることはさして珍しいことではなかった。幼い頃から拉致して少年兵として教育することは、テロリストに限らず大手の軍事企業でも取る一般的な手段だ。自分が生き残るだけで精一杯なこの世界に、ストリートの子供がギャング闘争などで普通に命を奪われる時代に、拉致された子供を気にする団体なぞ、上流階層の実子に対する場合か、頭のイカレたチャリティ団体ぐらいだった。

それ故に、子供のことになるといつも妙に意固地になるウィルフレッドがお人よしと呼ばれるのは当たり前だし、それを知っているサラはそんな彼が子供に手をかけたことに驚きを禁じえなかった。

ウィルフレッドの肩を、ギルバートがポンと手を置く。
「ギル…」
「作戦完了の報告はミハイルに伝達済みだ。もうアルマ形態を解いてもいいぞ」
そう聞いて、キースやサラ達は次々と元の姿に戻り、同じくアルマ形態を解いたウィルフレッドの顔は、無表情だった。

「いつものように5分だ。外で待ってる」
「…ああ、ありがとう」
ギルバートは小さく笑い、サラ達に手で指示しては、ウィルフレッドを残してエンジン室の外へとでた。

――――――

「驚いたな。あの子供に甘い甘ちゃんが、まさか自分でガキに手をあげるだなんて」
廊下で壁に背を持たせたサラが呟く。
「まあ、さっきはあの子のせいで爆弾が誘爆する可能性もあったし、いきなりだったからけど…、そういえばサラはまだ知らないよね、ウィルのこういうとこ」
「なんのことだ?」

「昔も似たようなことがあったのさ。俺とアオト三人で組織のエージェントをやって間も無くの頃に」
ギルバートはどこか懐かしそうに語る。
「ありゃ確かトロムシティの出来事だったな。銀行を占拠したテロリストの排除に現地警察機構と俺達が連携して解決しようとした事件だったが、連中が脅しのために確保した人質の中で、奴らの自爆少年兵が紛れ込んでやがったのさ」
アオトが続く。
「人質交換の最中、少年兵はいきなり警官のところへと走って自爆を図ろうとしたんだけど、その時ウィルが一番その少年に近かった」

「…まさか、ウィルの奴…」
キースにアオトは頷く。
「あの時、ウィルは少しだけ銃を撃つの躊躇った。その結果、警官だけでなく周りの野次馬まで自爆に巻き込んで…多くの死傷者が出たよ。小さい子供も含めてね」
「それ以来、ウィルは例え少年兵相手でも容赦ないようになったな。その代わり、ことが落ち着いたら今みたいに彼らの死体と一緒にいる短い時間をもらうようにしている」
「はあ?何のためだよ?」
「祈る時間だよサラ。亡くなった少年兵の彼らにね」

――――――

ウィルフレッドは、目を半開きにし、口元は何故か僅かに笑ってる少年の死体の目を閉じさせた。
彼は、どんな理由で少年兵になったのだろう。ストリートの孤児として拉致されたのか。または身の拠り所もなく、食い扶持を繋ぐために自ら進んでテロリストに参加したのか。

彼は死ぬ前に何を思ったのか。地球に虚無の正義をもたらすという崇高な理念か、または死後に幸せな世界が約束されると信じて、希望を抱いて逝ったのだろうか。あるいは…自分という得体の知れない化け物に対する恐怖だけを感じて。

死体の顔が、無意識に幼い自分の顔へと変わる。

…どこかで道が違えば、ここで横たわってるのは彼でなく、同じストリートの孤児である自分になったのかもしれない。そして彼は自分に代わって、大事な家族ファミリーが出来て、複雑な心境で自分の死体を見つめることになるかも。

だが、そうはなってはいない。死んだのは血溜まりに倒れた少年で、それを見つめるのは自分だ。ならこれ以上考えても意味はない。ウィルフレッドは目を閉じて黙祷する。いもしない神に、矛盾に満ちた滑稽な祈りを捧げながら。



【続く】


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