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第十章 大地の谷

大地の谷 第五節

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連合軍の兵士達が弓矢と魔法を次々と吹雪の中に屹立するイダカの影に向けて放つ。

「ウウウゥゥッ」

だが弓矢と魔法は、まるで何もない空間に放たれたかの如く虚しく吹雪の中へと消える。イダカの影が哄笑しながら別のところで顕現すると、空中に無数の氷柱つららが生成され、連合軍に向けて放たれた。

「「――月極壁フィブレア!」」
アイシャ達が咄嗟に結界を張り、氷柱つららがことごとく弾かれる。その隙にラナが反撃するよう魔法を繰り出す。
「――光矢ヘリオアロー!」
だがやはり先ほどと同じように、光の矢が届くよりも先に影が吹雪の中へと雲散し、唸り声とともに別の場所で顕現する。

「ちょっと、これじゃキリがないよミーナ殿!」
レクスが呆れたように叫ぶ。
「この吹雪は恐らくやつの結界っ。イダカの奴、本体を結界の中に隠して移動しているに違いないな!」
「ならまずこの結界をなんとかしないと…っ」

「ヌウウゥゥゥッ」

ミーナやアイシャ達が動くよりも先にイダカが咆哮をあげると、壁を成せるほどのの数の氷柱が空中で形成され、一斉発射される。
「いけない!」
アイシャが再び結界を張って攻撃を防ぐも、先ほどとは異なる怒涛の連射に彼女は身動きが取れなくなる。

「くぅ…っ」
「アイシャ姉様!」「アイシャ!」
ラナとカイが彼女を支援するよう駆け出そうとするとき、ドンッとウィルフレッドから蒼き雷光が爆ぜる。

「ガアアァァァッ!」
巻き上がる粉雪から銀色の魔人アルマが飛び出た。
「ウィルさん!」
エリネ達が叫ぶなか、ウィルフレッドは左手をかざして蒼きバリアを張り、触れる氷柱つららを一瞬に蒸発させながらイダカに向けて突進する。

「ヌウウゥゥッ!?」

見たこともない存在にイダカは困惑の声をあげる。ウィルフレッドのバリアが氷柱つららを全て防いでは右手にナノマシンソードを生成して影に切りつけた。
「ウウウゥゥッ」
「ぬあっ!?」
だが影があると思しき位置に切り込んだ剣はやはり空振りしてしまい、影を抜けてしまう。

「ウィル!このイダカという精霊は恐らくマナの塊だ!剣などだけでは太刀打ちできないぞ!」
(なるほど、ならっ!)
ミーナの警告を聞くと、腕の結晶からアスティルエネルギーを走らせては剣に付着コーティングさせる。

「ヌウウゥゥゥ!」
ウィルフレッドの存在に脅威を感じたのか、イダカの影は今度は彼を囲むように無数に分裂しては顕現し、全方位から氷柱を生成しては彼に集中砲火を浴びせる。

「ウィルくん!」
レクスは心配するも、それら攻撃は球状のバリアによって全て防がれた。変異化していおらず、膨大な魔力も含んでいない攻撃では、アルマ形態のウィルフレッドにただの氷柱で傷つけるのはバリアがなくても不可能だ。

「おおおっ!」
再び氷柱射撃を突破し、自分を囲む影の一つに切りつける。蒼い雷光が爆音とともに弾け、イダカの影が苦悶しながら消えていく。
「ヌアアアァァァッ!」
だがその他の影は何事もなく、荒れ狂う吹雪に乗っては高速で彼を再び取り囲み、氷柱射撃を浴びせる。

「悪あがきをっ!」
ウィルフレッドは高速飛行し、蒼の三日月の剣閃が煌いてはそれら影を次々と爆散させていく。
「よっしゃ!そのままやっちまえ兄貴!」

「ヌオオアァァッ」
だがイダカの影は更に分裂速度をあげた。今度は氷柱だけでなく、一部の影が一際大きな唸り声を上げては巨大な冷気の塊を練り上げ、ウィルフレッド目がけて撃ち出す。

「ぐぅっ!」
氷柱射撃と影の対応で追われた彼に冷気団が炸裂する。体が衝撃で微かに震えるが、受けたダメージはやはり軽微であり、ナノマシンの再生能力で容易にカバーできた。
(この超低温の塊、氷付けされた人がある噂はこの攻撃によるものか?)

「ヌウウゥゥンッ!」
そう考えてるうちに、イダカの影は更に多く分裂していき、最大の脅威となるウィルフレッドだけを焦点に絞って攻撃を加えていく。大きなダメージにならなくとも、ここまで攻撃が集中しては容易に動くことはできない。加えて吹雪を隠れ蓑とするイダカの影の移動速度は思ったよりも早く、それもまた攻撃の妨げの要因となっていた。

(どうする?いっそエネルギーの大放出による全方位攻撃で一網打尽するか?いや、下の人達を巻き込んでしまうし、そのせいで雪崩が起きない保証もないっ)

同じように状況を理解したミーナが顔をしかめる。
「まずいな。イダカの攻撃はウィルには殆ど効かないが、吹雪の結界を隠れ蓑にされてはウィルも決定打に欠けている。このまま長引いてはこっちが吹雪のせいで持たないぞ」
「じゃあなんとかウィルくんをサポートしないとっ」
「分かっておるっ、今やってる最中だっ!」

レクスに怒鳴るミーナは先ほどから杖を地面に刺したままこの吹雪の正体と解除方法をずっと探っていた。
(妙だ…吹雪で感じる魔力が、あのイダカからのものとどこか違う。この結界、奴が張ったものではないのか?)

「「「ヌウウアアァァ」」」
今や大小無数の影へと分裂したイダカは、バリアを張っているウィルフレッドを中心に黒い球体を成すほどに飛び回っては、氷柱と冷気の攻撃を絶えずに浴びせてくる。ウィルフレッドは逡巡する。
(このままじゃ埒が明かないっ、一度こいつをここから引き離してから――)
「ウィルさん!」
「エリーっ?」

下の方で、カイに守られながらエリネがウィルフレッドに向けて叫んでいた。
「ウィルさん!今あなたを囲んでるイダカっ、その中で僅かにマナの濃度が高いものがあります!」
(マナの濃度が高いところ…?奴の本体かっ!)
「動きがあまりにも早くてどこにいるか教えられないけれど、試しにそこを狙ってください!」

だがウィルフレッドは戸惑った。マナはセンサには勿論引っかからないし、知覚することさえできないものを果たしてどうやって捉えるのか。

(((なに無様な姿晒してんだウィル?)))
「…!」
ウィルフレッドの脳裏に、かつて地球でギル達との訓練光景が今の状況と重なるよう浮んできた。

(((前にも言っただろう。たとえアルマになったとしても、敵がこっちを撹乱する方法はいくらでもある。例えば今サラがあんたに仕掛けたダミー達とかな)))
(((おいウィルっ!アタシがせっかく時間を空いて訓練に付き合ってんだから少しは根性見せろよなっ!)))
(((サラのビットが作り出すホログラムや撹乱電波、音声に惑わされるな。落ち着いて状況を分析できれば、撹乱を見破る方法なんざごまんといる。例えば敵ではなく、そいつが周りに及ぼす影響にも注目しろ。環境との関係を簡略化して自分の直感をフル稼働させろ。感覚を研ぎ澄ませるんだ)))

ウィルフレッドはわざとバリアを解除し、イダカの集中砲火に堪えながら目を閉じた。より精神を集中するために。
「ウィルさん…!」

かつて森の中でライムの存在を感じた時以上に、ウィルフレッドは人を超越したその感覚センサ全てを外界に集中し、痛みを無視して周りとの関係を単純化させる。吹雪。寒さ。轟音。下で戦いを見守る連合軍たち。そして、飛び回るイダカの存在。

無数に分裂し、高速に自分を中心に囲んでは攻撃を仕掛けてくるイダカの分身体、その一つ一つどれもが同じ感覚を発散する生命体。だが、そんな群の奥に隠れ、一つだけ、たった一つの点だけが、僅かに他の分身体の動きよりも周りの空気などに重い変化を与えている個体があった!

「そこかっ!」
蒼い雷光がより一層に輝いた剣を、彼はその点に向けて振り下ろし、轟くビームが吹雪を切り裂いては、イダカの一つの影を貫いた!

「「「ヌウゥゥギャアアアァァァッ!」」」

身も凍る断末魔が吹雪さえ震わせては周りにコダマする。無数に分裂していたイダカの影もまた弱々しく揺らいで喚いた。
「おおおっ!」
ウィルフレッドはそれを機に一瞬にして加速し、残った影を次々と爆散させていく。奴らが一つに纏まって再生する可能性をも潰すために。

「カアァッ!」
残り最後の影の群れを、蒼のエネルギーがコーティングされたナノマシンソードを突き刺し、一気に力を込めては腕の結晶とともに剣から雷光が影を絡めるかのように迸る!
「ヌギヨオオォォォォッ!……」
電光が拡散し、影の霧は苦悶するかのように悲鳴に近い断末魔をあげては蒼の雷に喰われ、消えていった。

「よし!イダカの魔素マナが完全に消えた!」
「やった!さすがウィルくんだ!」
ミーナ、レクス達連合軍から歓声が上がる。敵が確実に消滅したのを確認し、ウィルフレッドはカイとエリネのところに降りては元の姿に戻った。

「ウィルさん!」「兄貴!」
がくりと膝を付く彼にエリネとカイが急いでかけつける。
「大丈夫ですかウィルさん?いま治癒セラディンかけますね」
「頼む」

「やったなウィル殿!」「さすが我らの魔人殿、頼りになるな!」
そんな彼らに、連合軍の兵士やランブレを含めた騎士達が集まってはウィルフレッドに賛辞を送る。少し照れながらも彼は笑顔で応じた。
「君達も怪我はないか?」
「貴方のお陰ですよ。いくら巫女様がご一緒でも死傷は免れないと思ってましたが、本当に心強いこの上ないです」

今度の旅では新参者が入るごとにランブレやボルガ、レクス達を介して彼らと身分を打ち明かし、受け入れられる努力をし続けていたウィルフレッド。今や彼らも普通に接してくれて、時には一緒に食事や酒まで楽しむ仲ともなった連合軍の面々に、感慨深く感じられた。

だがそんな彼の気持ちとは裏腹に、カイや一部兵士達の顔はあまり明るくはなかった。
「…吹雪まだ止んないのか?」

イダカを倒した今でも彼らが置かれた状況は変わらず、吹雪は依然として容赦なくその猛威を振るい続けていた。いや、寧ろその勢いはイダカが倒れるより前に増していたとも感じられた。
「ミーナ殿ぉ!そろそろ避難できそうな場所探さないと本格的にヤバイよ!」
「分かっている!…おかしい、なぜだ、イダカはもう倒したのにっ」

ミーナはさっきのように杖を地面に叩くが、やはり精霊による導きの光はあらぬ方向へと走ってしまう。その異状に察したラナがミーナに声をかける。
「ミーナ先生、どうしましたかっ」
「この吹雪、道案内の魔法の働きを乱す類の結界だっ!てっきり今のイダカによるものだと思ったが、どうやら違うようだ!」
「結界そのものを解除することはできないのですかっ?」
「試してはいるが、結界の規模と複雑度が高すぎるっ!なんの道具もなく解除するのは無理だ!」

いよいよ厚手のコートでも効き目が薄くなると感じるほどの寒さがレクスの体を震わせた。
「うう~、こうしちゃいられないっ。ラナさ――」
ラナに呼びかけようとする時、レクスはふと、前方に現れたあるものに目がとどまった。

(なにあれ…?)
全てを白く染める猛吹雪の中で、淡い青の明かりをまとう女性が、ポツリとそこに立ってあった。

「先生!これ以上ここに留まっては危険です!一度元の道に辿って戻った方が良いのでは!?」
「うむむ…」

青い衣を纏った女性の穏やかな微笑みに、レクスは現実離れした感覚を覚えた。目をこすって改めてみると、それは女性ではなく、星空が具現化したかのような美しい毛並みの青い鳥だった。青い鳥は輝く宝石の如く吹雪の奥へと飛んでいった。

「仕方ない!いったん引き返そう!レクス!マティとアランに引き返すよう…レクス!?」
「レクス殿っ?」
二人が気付くと、レクスは隊列から離れ、何もない方向へと歩いていった。

「レクス殿!どこへいくつもり!?」
「ラナ様!こっちです!こっちに何かあるよ!」
「そこ!?何かあるってなによ!?」
「とにかく付いてきて!」
「あっ、ちょっとレクス殿!」

ラナに構わず、レクスはさっき青い鳥が飛んでいった方向へと走って行く。顔に向けて猛る冷たい雪と風に逆らっては、何かに取り付かれたかのように走るレクスをラナは追いかける。

「レクス殿っ!勝手に一人で走らな――」
ようやくレクスに追いついたラナがその肩を掴んだ瞬間、二人は同時に固まった。


――心地良い川のせせらぎ。赤と黄色の葉で色鮮やかに染められる木々。
先ほどの吹雪が猛る光景とはまったく異なった、穏やかな林の中に二人はいた。暖かな太陽の明かりが雲の隙間から降り注ぎ、冷え切った二人の体を温めていく。
「な、なに、なにが起こったの…?」
「…たまげたよ…こりゃ一体…」

「ラナ!レクス…おわ!なんだこれは!?」
「ラナちゃ…ええ!?」
「これは、一体…っ?」
二人の後ろの空間から、ミーナやアイシャ達、連合軍の兵士が次々と現れては、目の前に広がる光景に唖然とする。

「レクス殿、さっきいったい何があったのっ?」
彼の肩を掴んで自分に向かわせるラナ。
「ぼ、僕も分からないよ!さっきなんだか人か鳥かこの方向に飛んできたのを見て何かあるかなと走ったら、何故かここにいて…」
「鳥…?」

「アイシャ…ってなんだぁっ!?」
「わあっ、凄くあったかいっ!」「キュウキュっ!」「ここは…」
後方からカイやエリネ、ウィルフレッド、そして連合軍の兵士達も続々と入ってくるのを見て、ラナは一旦レクスを手放す。

「とにかく、今はまず軍の指揮をしないと。ほら、軍師殿仕事っ」
「てててっ!分かってますって!耳引張らないで~!」


******


大吹雪の中から次々と移動してくる連合軍。その傍ら、エリネは先ほど魔人アルマ化して戦ったウィルフレッドの治療をしていた。
「ウィルさんまだ痛みます?」
「もう大丈夫だ、ありがとう」

やがて全ての人達がその地に到着し、マティとアランは各小隊の人数確認を終えては、ラナとレクス達のところへ報告する。
「レクス様、全軍無事ここに到着しました」
「そっか、ご苦労さんマティ。とにかくみんな無事でよかったよ」

「あと少しで凍え死にそうだったから良いけどさ…ここ、どこなの?」
カイ達は改めて周りを見回す。さっきの吹雪が荒れ狂う光景とは違って実に穏やかな谷で、時折吹くそよ風で落ちてくる紅葉の葉に、春よりも秋を思わせるような場所だった。

「凄く素敵な場所ですね…。空気もとても新鮮で凄く落ち着きます」
その風景に思わずため息をつくアイシャだが、ラナは困惑を隠せなかった。
「確かに落ち着く場所だけど、紅葉が赤くなる季節にはまだ早いし、ちょっと妙に感じられるわね」

「ミーナ、何か心当たりあるか?」
ウィルフレッドの問いにミーナは頭を横に振る。
「いや、我もさっぱりだ。レクス、おぬしはさっき一体何を見かけたのだ?」
「良く覚えてないけど、なんだか人とか鳥とか、そういうっぽいのを見た気がする。何故ついていこうと思ったのも分からなくて…」
「ふむ…」
ミーナが手を口元に置いて考え込む。

「このまま突っ立ってもしょうがないわ。一度周りを偵察してみましょう。アラン、マティ殿、皆に小休憩するよう指示をお願い。偵察は私達だけでいいわ」
「よろしいのですかラナ様」
「ええ。ここは魔獣モンスターとかそういう危険はない気がするから。多分だけど」
「…分かりました、どうか気をつけて」

――――――

ミーナとラナを先頭に、一行は谷の中を進んでいく。先ほどの険しい地形とは違って起伏の少なく雪も積もってない地面はとても快適に歩けられ、地面に敷かれた紅葉の葉を踏みならす音がまた心地良さをもたらす。谷の周りの山にある厚い冠雪は谷の境で溶けており、妙なミスマッチさを感じさせた。
「ここって本当にさっき俺達が登ってたメルテラ山なのかよ?まるで別世界じゃねえか」
「信じられないけど、多分間違いないと思うよ。あそこを見て」
レクスは谷を囲む山の一つを指差す。

「あの山は吹雪にあう直前まで目印の一つとして使ってた山なんだから、僕達は未だにメルテラ山脈内にあるのは間違いないね」
「よく見ますと…この谷から離れた場所は雲に覆われておぼろげになってますね。あそこが恐らく私達が通った吹雪地帯かも知れません」
アイシャが遠方の白い靄を見据える。

「ふむ…憶測に過ぎないが、我々がさっき遭遇した吹雪の結界はこの場所を隠すためのものかもしれんな」
「そんな結界を張るとなると、誰かにとってここは重要な場所ということか」
「恐らくな」
ウィルフレッドにミーナが頷く。

谷の空気を一息吸い込んでは、川や木々の音、そして時折鳴り歌う鳥の声に耳を傾けるエリネ。
「ここ…なんだか不思議な雰囲気がしますね」
「エリーちゃんもそう思う?」
ラナに頷くエリネ。

「? どういうことだエリー?」
「その…うまく言えないけど、なんだかここの全てが気がして…」
「落ち着いてる?まあ確かにさっきの吹雪と比べたら凄く落ち着いてはいるけど…」
「ごめんお兄ちゃん、私もうまく言えないの。動物とか雰囲気だけでなく、木や草までも落ち着いてるって感じで…」

「それだけではありません。ここのマナの質、どこか変わっている気がして…とても気持ちよく感じられます」
エリネとアイシャの言葉にミーナもまた改めてここのマナを肌で感じてみた。
「…ここのマナはどうやらいつも感じられるマナと違って、とても純粋なもののようだな」
「純粋、なのか?」
ウィルフレッドが問う。

「外界のマナは多少の違いがあるものの、水や大気、火などの性質を持っているのだが、ここのはそれらを帯びておらず、マナの素としての純度が非常に高い。ひょっとしたらハーゼンみたいに竜脈マナリバーが流れてるのかもな」

一行はそのまま歩き続け、暫くすると林が開けた。アイシャが感嘆の声をあげた。
「わあ…綺麗…」
ウィルフレッド達の前に、落ち着けるような紫色や青色などの花々が満開している花畑が広がっていた。その中に多くの石碑が林立し、すぐ傍の穏やかな湖から吹くそよ風が花を舞い上がらせる光景は、物言えぬ奇妙な切なさを沸きあがらせる。

「なんだろここ…墓園、なのかな…?」
墓園のすぐ傍、レクス達の立つ位置から手前には、花で飾られた簡素な二階立ての小屋があり、煙突からはゆったりと煙が立ち上がっていた。そしてその更に奥には、村らしき建物群も見られた。

「こんなところに人が住んでるのですか…?」
アイシャがそう言った途端、目の前の小屋のドアが開き、一行は思わず軽く身構える。

宝石付きの杖を携え、短い金髪に、不思議に淡く輝いている青の瞳、エリネぐらいの歳に見えるが、どこか超然とした雰囲気を纏う少年が歩き出た。

「あなた方は…?」
ラナ達と同じぐらい困惑した顔で見つめてくる少年の声はとても涼やかで、奇妙な魅力に満ちていた。
(まあ、ちょっと可愛い…)
はっと頭の中の考えを振り払うアイシャ。

「あ、あの…いきなりですみません。私達、メルテラ山を越えようとしたところで吹雪に襲われてたら、いつの間にかここにいたんです」
エリネが丁寧に一礼をして挨拶する。

「吹雪に?あなた方、外から雪の結界を越えてきたのですか?でも結界にそんな反応は示してない…まさか、封印の里の方ですか?にしては人数が多い――」
「封印の里を知っておるのかっ?」

少年の口からの言葉にミーナが驚愕する。
「あなた…ビブリオン族のエルフですね?」
「うむ。われはミーナ・シルヴァティヌ、封印の里の一人ではあるが、おぬしはなぜ里のことを知って…?」
「? あなたは現役の封印管理者によりここへ巡礼するよう告げられた次期候補者ではないのですか?」
「われは確かに次期候補者であるが、我が師は邪神教団の策により亡くなってしまった」
「なんですって…」

驚愕の声に反して飄然としたままの表情の少年に、ラナが問うた。
「申し訳ないけど、こちらは軍を率いて厳しい吹雪を逃れたばかりです。この土地で少し留まり、体勢を整える許可を貰いたいのですが、ここを仕切っている方の下へご案内いただけますか?」
「貴方は…」
ラナが会釈する。

「ヘリティア皇国第一皇女にして女神連合軍の指揮官、太陽の巫女ラナと申します。こちらは同じく軍を代表し、ルーネウス王国の第三王女アイシャで、月の巫女であります」
「女神の巫女たち…っ」
少年の表情がようやく驚いていると分かるほどに目を見開く。

「邪神教団ゾルデに女神の巫女たちの来訪…これもガリア様のお導きということでしょうか」
「ガリア様?この村の村長のことなのか?」
困惑するカイに、少年は不思議な輝きを宿るその目で見つめた。

「いいえ。この村…と言いますか、ここの管理者なら、既に貴方がたの目の前にいますよ」
「へっ」
レクス達に少年は、飄々と微笑んでは一礼した。

「封印の里の来訪者、女神の巫女たちとその戦士たち、初めまして。私はエウトーレ・ストレウス。この大地の谷の当代管理者です」



【続く】


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