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第九章 遠き日の約束

遠き日の約束 第七節

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陣地のテント内で一同が集まり、帰還したラナとレクスを、エリネやアイシャ、マティがより丁寧に手当てをしていた。
「ご無事で本当に良かったですラナ様。川に落ちたのを見た時はこっちの寿命が縮みましたよ」
「ごめんなさいアラン、心配かけてしまって。他のみんなもね」

「レクス様もですよ。相変わらず無茶をなさって、万が一何があったら私はロムネス様に顔向けできませんよ」
「あはは、ごめんよマティ。今回ばかりはさすがに君に苦労をかけてしまったね」

マティが包帯をし終え、暫く治癒セラディンをかけ続けていたエリネとアイシャも一息つく。
「ふう、これで良しっと。油断は大敵ですから暫く安静ですよレクス様」
「言わずともそうするよ。ありがとエリーちゃん、アイシャ様もね」
「お安い御用ですよ」

隣で立って机に置いてあるレクス達の鎧を叩くドーネ。
「手当が必要なのはお前の体だけじゃねぇ。鎧がこうも痛んではしっかりした鍛冶場で直さないと使い物にならん。それまでは替えの鎧を使え」
「りょーかい、お願いするよドーネ」

マティが入れた温かいお茶を一口飲むラナ。爽やかな匂いが疲れた体を癒す。
「色々あったけれど、これでロードレン山まで迂回しなくて良いようになったし、一番心労をかけたレクス殿には特別に褒めてあげないとね。礼を言うわ」
「まっ、終わりよければ全て良し、だよラナ様。僕としても早くエステラまで着ければ越したことないしね」
いつもの軽い調子でウィンクするレクス。ラナは珍しくも素直な笑顔を返した。

「あとウィルくんにも感謝しないとね。貴方との特訓のお陰で、こっちはオーデルに勝てることができたのだから」
「俺はただヒントを出しただけで、奴に勝てたのは君自身の力さ」
「そうそう、僕だってお礼しないと。この前君がくれたこのナイフ、罠を作る際は本当にお世話になったよ」
レクスが取り出したナイフをカイ達がマジマジと見つめる。

「なんだそのナイフは?」
ミーナが好奇そうにそれを眺める。
「この前ウィルくんがお話のお礼でくれた万能ナイフだけど、凄く面白いよ、ほら、こっちを押せば…」
柄にある小さなスイッチを押すと、ナイフの切っ先がギザギザな形に変わり、さらに押すとドライバー、缶切にハンマーなど様々な形へと変わっていく。アイシャ達が驚く声を上げる。

「まあっ、凄い!これどうなっているのですかウィルくんっ?」
「液体金属を使った特殊の形状記憶ツールだ。運よく一緒にこの世界に持ってきたのだが、レクスの役に立てて嬉しいよ」
「役に立ったどころか命を救ってくれたよ。ラナ様含めてね」

「いいなあいいなあ、俺にも何かこういうの欲しいよ兄貴」
「すまないカイ。持ってこられたのはこれ一つだけなんだ」
「もうお兄ちゃん。駄々こねた子供みたいでみっともないわよ」
「元々子供だから仕方あるまい」「んだとぉっ」
ニヤニヤするミーナと突っかかるカイに皆が笑うと、ウィルフレッドは多少顔の表情を重くする。

「ラナ。君の父の件はアラン達から聞いた。…気の毒だったな」
「ありがとうウィルくん。この件についてはもっと早く皆に打ち明けるべきだったわ」
向かいに座るレクスを見て、互いに微笑むとラナが続いた。

「帝都から離れて以来、父とは死別するし、母の安否も知らない日々が続いて、つい疲れが溜まってしまってね。それに気付かなかったせいで皆を危険な目に合わせてしまって、本当に申し訳なかったわ」
「しかたないですよラナちゃん。例え遺体でも、自分の親がそのような目にあったら誰だって耐えられないものですから」
アイシャに続いてアランも俯く。

「正直陛下の死については私もあまり信じられませんでした。それがあくまでオズワルドの世迷言で、陛下はどこかで幽閉されてまだ生きていると淡い希望を抱いてましたが、今日のあれを見て初めて陛下が亡くなったと実感するぐらいです。ましてやラナ様となれば、心中察してあまりあるものだったでしょう」

同意するように頷くミーナ。
「私も似たようなものだ。残った残滓を精霊魔法で本人のものだと鑑定するまで、それがエイダーンのものだと信じられんかった。だからあまり気にするでない」
「それよりもオズワルドや教団達ですよ。こんな悪辣な手段を取る彼らを決して許しはしませんっ、でしょお兄ちゃん」
「ああ、帝都まで攻め入ったら、真っ先にあのオズワルドに一発食らわせてやろうぜラナ様」

みんなの励ましにラナが笑顔で応える。
「ありがとうみんな。その通りね。それまでには、プライベートの時にたまに私の愚痴を聞いてもらえると助かるわ。レクス殿の不真面目な態度とかね」
「ああ、俺でいいのならいつでも頼っていいさラナ様」
「私やウィルさんだっていつもお話のお相手しますよ」「ああ」「キュッ」
「ラナちゃんのためなら私も全然問題ないですよ」
「あの~…僕は真面目な時はちゃんと真面目でいるんですけどぉ」
「そうですか?私としてはぜひラナ様と一緒にレクス様の愚痴をしたいところですが」
「マティ~裏切りものぉ~」

テント内に笑い声が広がる。楽しそうに微笑むラナを見て、ミーナ、特にアランは胸を撫で下ろすほど安堵する。
(まったく、まるで子供の頃のような笑顔だな。エイダーン、娘のことはもう心配いらない。安らかに眠ってくれ)
(陛下…ラナ様はこれでようやく、本当に一人前になられました。どうかこれからもラナ様を見守ってください)

「そういえばウィルくん。実は一つ見せたいものがあるけど、明日ちょっと付き合ってくれるかしら?」
「俺に?」


******


翌日の朝、軍をマティとアランに任せ、ラナとレクスはウィルフレッド達を昨日雨宿りした場所へと案内する。カイは話を聞いて同行を要請したドーネに声をかける。
「ドーネのおっさん。一緒について来ていいのか?昨日の戦いの後は仕事が山積みなんだろ?鎧の整備とか」
「珍しい鉄の塊がある話となれば、それを見たくないドワーフなんぞどこにもねぇ。それまではボルガにがんばってもらう」
「ボルガも災難だなあ…」

レクスとラナが記憶を頼りに森の中を暫く進むと、やがて少し空いた地へと出た。
「ついたついた。ここだよ」
「これは…っ」
「な、なんですかこの大きな鉄の塊は…」
レクス達の前方に聳え立つ漆黒の外殻。この世界に似合わない無機質な鉄の塊にアイシャ達が軽く声をあげ、そしてウィルフレッドの顔は僅かに強張った。


「どうウィルくん。これ、君の世界のもの?」
ラナの問いにウィルフレッドは頷く。
「ああ…、間違いない。俺がここに来る時に乗っていた戦術艦ヌトの残骸だ」

見たことも無い鉄の塊を見上げてはカイが驚嘆する。
「すげぇ…残骸ってことは、壊れる前にはもっとデカいんだよな?」
「そうだな、正式データでは宙間巡洋艦クラスと同じぐらいのスケールで…あのウェルトレイ湖ぐらいの長さだ」
「マジか…湖の長さもある程の鉄の塊が作られて…しかも空を飛べるって…こんなのが、空を…」

今まで話だけ聞いてきたカイ達はあまり実感が沸かなかったが、その片鱗である残骸を目の当たりにしてようやくどんな光景なのかを少し想像できるようになり、その破天荒なスケールに改めて口を開けたまま呆然と見上げた。

エリネとドーネ、ミーナ達も残骸に近づいて手を触れる。今まで触れた鉄とはまったく違う感触にエリネが戸惑う。
(…妙な感じ。実際に冷たいだけじゃないわ。なんというか、凄く違和感を感じられて…)

そんな彼女の傍にドーネがそわそわと寄っては軽く外殻を叩くと、鈍いとも軽いともつかない独特な音が響いた。
「…なんだこりゃ、こんなをする金属なんて今まで聞いたこともねえ」
「特殊合金製の強化装甲だ。ヌトは『組織』が異星人の船から得た技術と地球現存の最高技術を併せて作られた最新鋭艦だ。俺の体を構成するアニマ・ナノマシンも練りこまれてるから、この世界で同じ合金はまず存在しないだろう」

エリネと同じように外殻に触れては、それに絡み始めてる植物を確認するミーナ。
「道理で、残骸だけでもおぬしの魔人アルマ化の姿を思い出させる訳だな。蔦などの具合を見るとここに落ちたのは二ヶ月前ぐらいか」
「少し中を確認したいが、構わないかラナ」
「ええ、そのためにウィルくんを連れてきたんだから」

――――――

ラナとアイシャの照明魔法で、少し傾いた残骸内の通路を歩くウィルフレッド達。残骸内部へ入って間も無く、比較的に乱雑さが抑えられてる部屋へと入った。
「この部屋が、私とレクスが雨宿りしてた場所よ」

先ほどの通路も含めてあちこち散らかっており、激しい破損や凹みなどが随所見られた。
「外は結構寒いのに、中は金属製の割には暖かいですね」
エリネがそっと壁を触れる。
「ええ。お陰で私とレクスは無事ここで身を休めたけど」
「ヌトの装甲は断熱性が他の金属と違うからな」

ウィルフレッドにかつてヌトへと潜入するためのマップデータが網膜サイバネアイに投影される。
「ここは…兵器庫アーセナルの近くか」
兵器庫アーセナル…ってなんだ兄貴?」
「兵器を保管する部屋だ。確かここからすぐのはずだが…」

一行はウィルフレッドについて再び通路へと出て、すぐに行き止まりのドアへと到着する。ドアはひしゃげて変形しており、そのまま通ることはできない。
「少し下がってくれ」
レクス達が下がるのを確認すると、ウィルフレッドは両手をドアに置き、体に淡く青い光が流れては一気に力を入れてそれを引き剥がした。

「おぉ…っ!」
剥がれたドアが重々しい声と共に地面へと投げ捨てられる。
「相変わらず俺らドワーフも驚くほどの膂力だな」
「それだけ頼もしいよね。ウィルくんは」

レクス達がウィルフレッドに続いて中へと入る。それはラナ達が雨宿りしてた場所よりも更に小さく細長い部屋ルームになっている。部屋は跳躍時の衝撃によるものか、中のものがぐちゃぐちゃと酷く散乱しており、強化ガラスケースで収納されたものの多くが飛び出ていた。殆どが壊れているように見えるそれらを、ドーネやミーナ達が、棚から飛び出したものを好奇心に満ちた目で注目する。
「なんだこりゃあ…何かの道具か?」
「興味深い形をしてるな」

「へえ、どんなものなんです?」
それに触れようとするエリネの手を急いで掴むウィルフレッド。
「待て!触るなっ!」
「わっ、ご、ごめんなさいっ」
バツが悪そうな顔をする彼女に申し訳なさそうなウィルフレッド。
「あ、いや、驚かせてすまない。ここのものはどれも武器なんだから、迂闊に触れると危ないんだ」

「武器?これがなの?」
困惑そうなラナ達が見る中、ウィルフレッドは地面に落ちたそれらを確認する。
(大抵は思った通り、爆発の衝撃で使えなくなってるな…)
そしてふと、一つ運よく壊れてないと見えるそれを持ち上げた。
(こっちはまだ使えそうだな。指紋認証は…壊れてるのか)
熟練した手つきでマガジン、サイト、コッキングレバーを次々と確認していく。の乾いた作動音が部屋に響いた

(((やっぱあんたは俺たちのお人よしのウィルだ)))

『組織』。サラ。キース。アオト。そしてギルバート。手に持ったアサルトライフルを見つめ、この世界ハルフェンに来てから忘れて久しい感覚が蘇る。かつてこのヌトで戦った記憶の断片が、ウィルフレッドの脳内で走馬灯のように浮んでは消えていく。

それら一連の動作を見守る全員が物言えぬ感覚を覚え、黙しているウィルフレッドをただ見据えた。たとえ見えなくとも、感性の鋭いエリネもまた、部屋に漂う現実離れした雰囲気を敏感に感じ取り、聞いたことも無い無機質な音に微かに体を震わせる。

見慣れない異世界の部屋、武器、そして、その世界に属するウィルフレッド。今まであまり意識したことはなかったが、今初めて彼女達は、彼はこの世界に属さない人であることを、はっきりと実感し、それがどこかエリネに寂しい気持ちを覚えさせる。
(ウィル、さん…)
そしてミーナもまた、他の人とは違う意味深な眼差しでウィルフレッドを見つめていた。

「それでウィルくん、この武器って具体的にはどんなものなの?」
雰囲気を変えようとしたのか。ラナが真剣にライフルを見つめる彼に声をかける。
「あ、ああ。そうだな…ここでは説明し辛い。一旦外に出よう」


――――――

数少ないまだ使えそうな銃火器をウィルフレッドの指示の元で外へ持ち出した一行は、森の幾つかの木にマークを付けると、ライフルを手にする彼の元へと集まる。
「これは俺の世界ではアサルトライフルと言って、このTR-31Cは実弾…小さな鉄の塊を射出するタイプなんだ」
「鉄の塊を射出するって…弓矢みたいな感じなのか兄貴?」
「少し…いや、かなり違うな。そこで見ててくれ、あと耳は塞いだ方がいい」
「あ、ああ、分かったよ」

カイ達が自分の後ろに下がったのを見ると、再び迅速正確な手つきでマガジンの確認、コッキングを行い、構えてはトリガーに指を置く。狙いを瞬時に定めると、それを引いた。

ドドドンと三点バーストの激しい銃撃音が森にコダマした。

「うわっ!?」「きゃあ!」「キューーッ!?」
聞いたことも無い爆音に、たとえ耳を塞いでも尚ビックリしてより強く塞ぐレクスとアイシャ達。

さながら熟練の兵士のように一つ目のマークを撃ち抜く。そして二つめ、三つ目と正確無比なエイミングで次々と目標を射抜いていき、最後にモードを瞬時に切り替えて、フルオートで最後の木めがけ全弾を撃ち込む。
爆音で森の鳥と獣達が逃げ回り、全弾打ち込まれた木は大きく抉られた。

カイやミーナ達が暫く唖然とし、恐る恐ると耳から手を離す。
「…す、すげぇ…すげえよこれ!一体どうなってんだ!?」
ラナ達がウィルフレッドのところへと駆け寄る。ドーネやミーナ、アイシャは、銃撃された木の方へと近づいて射撃跡をマジマジと観察した。

「こりゃたまげた…確かに鉄の塊が中に打ち込まれてる。この匂い…火薬を使ってるのか?」
「うぅむ、大砲と似たような原理で打ち出してるということか?しかしそれを手持ちにできるまで小型できるとは、いったいどんな技術を使ってるんだ?」
「凄い…古樹にこんなに深く打ち込んでいて…これひょっとしたら普通の鎧なら楽に貫通できるのではないでしょうか」

レクスとラナ達もまた、不思議そうにウィルフレッドが持つアサルトライフルを真剣にみつめた。
「とんでもない武器だね、これ…。弓矢以上に早いし、威力も普通のものを遥かに超えているよ」
「貴方の世界ではこういうものを使って戦いをしているの?」
「ああ。最も一般的なタイプだが、他にはそこにもある小型拳銃に、エネルギー弾を撃ち出すタイプの銃もある」
ラナとレクスがお互いを見て、どこか厳しそうな表情を見せる。

「なあ兄貴、これって兄貴みたいな特別な人でないと使えないのか?」
「使うことだけならば訓練を受けなくても誰も使える。トリガーを引ければな。銃によっては指紋認証のロックを解除する必要はあるが」
「本当かよ!それって凄いことじゃないかっ!なあ兄貴、こういうの確かあの部屋にまだあったよなっ、それらを全部持ち出して俺達で使おうぜっ!」
ウィルフレッドが重い表情を浮かべた。

「ちょっとお兄ちゃん、使うって何に使うの?」
「そりゃ勿論、邪神教団や皇国軍に対してさっ。こんな凄い武器があれば、どんな大軍相手でも簡単に勝てそうじゃないかっ」
「…私はちょっと反対かな」
「なんでだよっ!こんなに凄い武器、使わないなんて勿体無いだろっ」
「何かうまく言えないけど、この武器の音…剣とかそういうのと全然違って、妙に冷たい感じがして、正直言って怖いの」
「怖いって…」

「俺はエリーと同意見だ」
カイ達がウィルフレッドを見た。ミーナとドーネ達も彼の元に集まる。
「命を奪えることにおいて剣や斧とはそう違いはないが、この銃は戦いの武器というよりも、あくまで殺人に特化した道具なんだ。騎士のように己の技量を磨いて戦うものとは違って、子供でさえトリガーさえ引けば相手を簡単に殺せる。こんなものがもしハルフェンここで使われたら、それは間違いなくただの殺し合いになる」

かつて『組織』のエージェントとして戦場を転々としていたウィルフレッドならではの感想だった。
「ふ~む、言われてみれば確かに…。騎士がこんなものを持って撃ち合う姿なんて、誉れも何もない感じがするね。滑稽と思えるぐらいに」
「ああ、だらか俺はさっきの部屋にまだ使えるものを全部一まとめに処分しようと思う」

「処分って、そんなの凄く勿体無くないか兄貴…」
「…俺の世界は、これを使っての紛争が恒常化し、毎日数え切れない人達が死んでいる。いや、戦場だけじゃない、シティの中だって、些細な喧嘩や闘争で命を奪われる子供達も一杯ある。俺は…この世界を俺のところみたいになるのは見たくない。それにこれを持ち込んだのは、本来ならここにいるべきではない俺なんだっ」
「あ、兄貴…」「ウィルさん…」

ライフルを強く握りしめるウィルフレッドの声はとても複雑な思いが込められていた。ドーネが頷く。
「確かに。構造や機械原理的に興味はそそるが、正直これは俺達ドワーフが求める美学とは根本的に違う気がする」
アイシャも不安そうな表情を見せる。
「私も正直あまりこれにいい感じはしません。なんか妙な嫌気が感じられます…」

ミーナは何も言わずに考え込んでいた。知識を貪欲に求めるビブリオン族として、ウィルフレッドを含めた異世界の技術は実に興味深く、前から色々と聞きたがってたが、それが果たしてこの世界ハルフェンにどんな影響をもたらすのかも分からず、何よりもかつてザーフィアスの言葉が、それを思いとどませていた。

「そっか…兄貴がそう言うのなら仕方ないよな。んじゃ早速――」
「私は反対よ。このまま処分するのは」
「ちょ、なに言ってるのラナ様っ?」
「ラナちゃん?」
レクスやアイシャ達が瞠目する。

「誤解しないで。私はこのまま処分するのは反対、と言ったの。処分する前に、ウィルくんが知る限りの知識や構造などを全部教えてからにして欲しい」
「どうしてなのラナ様?」
困惑するエリネ。

「ウィルくん。あのギルバートが変異体ミュータンテスのアイテムを見つけた残骸はこれと違うものよね?」
「ああ、中の様子から見て違うと思う」
「つまり、この銃と言うものも他のところで誰かに見つかる可能性があるわ。ウィルくんだけがこの銃の知識を持つと、万が一貴方がいないところで対応する必要がある場合は困ることになる」
「それは…」
ウィルフレッドが言葉を詰まらせる。

「いいウィルくん、確かにこの銃自体は恐ろしい兵器のようだけど、やはり剣などと同じように、どんな結果を導き出すのは使い手次第だと思うの。悲劇に繋がらないためにも、それから逃げるのではなく、その使い方をまず熟知すべきだわ。無知というものほど一番危険なものはないからね」
ウィルフレッドは暫し考え込む。

「…じゃこうしましょう。銃の分析や情報は紙などに記さず、全部ミーナ先生だけに管理させるのはどうかしら」
「ミーナに?」
自分を見るラナに苦笑しながら頷くミーナ。
「そうだな。ラナの話は一理あるし、このような危険性を孕んだ知識こそ我らビブリオンが管理すべきだ」
「いいのか?」
「安心したまえ。ビブリオン族は禁術など危険な知識の扱いには慣れておる。この技術が悪用されないよう慎重に扱うことを約束しよう」

また暫く考えると、ようやく納得したように頷くウィルフレッド。
「分かった。そうしよう、世話をかけるな」
「気にしないで。それとついでにもう一つ、ここにいるべきではないというウィルくんの心の構え方も間違っているわ」
「え…」
「だって貴方はんだもの。確かにそれで何かの影響が出るかもしれないけど、さっき言ったように、消極的に構えるよりも、寧ろ積極的に受け入れてどう最悪の結果を避けるか考えるべきよ」

きっぱりと力強い意思でラナは断じた。容赦なく、決断的に。太陽の光の如きラナの強い眼差しに、ウィルフレッドの心にじんわりと温かみを感じた。
「ラナ…」

「ラナちゃんの言うとおりですよウィルくん。それにご心配なく、この世界は女神様のお導きと加護がおわす世界ハルフェンですもの。きっと女神様も貴方を良き道へとお導きしてくださるわ。巫女の私が言うんですもの、間違いありません」
「私も、ウィルさんをよそ者なんて全然思いませんっ。いつだって助けてあげますからっ」「キュウ~っ」
「俺だってっ!」
「こっちは元から気にしてねえけどな」
「僕のこともお忘れなく、ね」

エリネとカイ、ドーネに、レクスも微笑んで頷き、ウィルフレッドも少し照れては微笑んだ。
「…ああ、ありがとう。本当に、ラナ達にはかなわないな」
「ふふ、私達は仲間だもの。仲間は助け合うのがあたりまえよ」
かつてギルバートやサラ達のやりとりを思い出すウィルフレッドに、懐かしさと共に切なさが胸に押し寄せた。

(女神様の導き、か。…そう願いたいものだ)
ミーナは複雑な心情でいながらも小さく笑って見守った。


******


その後、レクスとアイシャ、カイはキャンプ地から台車と人手を調達しに行き、ラナ達はウィルフレッドの指示の元、例の兵器庫アーセナルからケースや、壊れた武器も含めて運び出し、まだ使えて複数あるものを一つだけ残して他のは全てウィルフレッドが処分することになった。

「エリー」「はい?」
ケースの中身を確認をしているウィルフレッドが、隣で雑物の処置をしているエリネに声をかける。
「その、さっきは驚かしてすまない、気分を害したらあやまるよ」
エリネはしかし、いつものように屈託の無い笑顔を彼に見せる。

「大丈夫ですよ。私の安全のためだったし、ちょっとビックリしただけですから」
「そうか」
安心したようにホッとするウィルフレッド。

「…ねえウィルさん」
「うん?」
「さっき言ったように、元の世界ではどうであれ、今のウィルさんは私達の世界にいるんです。私達は貴方をよそ者とか怖いとか全然思っていないこともちゃんと覚えてくださいね」
「…ありがとう、エリー」「どう致しまして」「キュッ」
感激そうな声で礼を言うウィルフレッドに、エリネは満面の笑顔で返した。

またケースの確認作業に戻るウィルフレッド。次のケースを開けて中身を確認するその手がふと止まる。
(これは…)

「ウィル」
同時に後ろから彼を呼ぶ声がし、エリネとともに彼に振り返る。
「ドーネ?どうしたんだ」
「一つ頼みたいことがあるんだ」



【続く】

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