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第九章 遠き日の約束
遠き日の約束 第五節
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「う、うう…」
微かに感じる温もりの中でレクスはゆっくりと目を開く。最初に目に映ったのは温もりの源である小さな光の玉、次にその傍に乾かされてる服、自分を覆いかぶさっている大きな葉っぱ、そして光の玉を維持している、下着姿のラナだった。
「あら、目が覚めた?」
「…おわあっ!ラナ様っ!」
いきなり飛び上がるレクスは自分もほぼ裸身に近いことに気付き「ひえっ!」急いで自分の体を隠そうとすると急激に全身に痛みが走った。
「いっっっっつぅ~~~っ!」
「まったく。いきなり飛び上がるからよ。こっちに来て光に当てなさい」
レクスは急な出来事に頭が回らず、葉っぱで下半身を隠しながら手で目を半分遮っては口ごもる。
「い、いや、急にそう言われましても…その、この状況で落ち着けられるかどうか…」
チラチラと自分を見るレクスにラナは彼の言いたいことを察した。
「ああ、服のことなら仕方ないわ。あのまま着けていたらお互い凍えて死んでしまうから。傷にも悪いから早くこっちに座りなさい」
「そ、それはそうなんですが…」
未だに戸惑うレクス。
「まったく、ウィルくんに女性の接し方をレクチャーすると豪語した割りには結構ウブなのね。まあ風邪を引くのが怖くないなら好きになさい。あと少しで服も乾くから」
「あ、いえ、その…あ、ありがたく当てさせて頂きます」
寒さで軽く震えるレクスは観念してそっとラナの傍に座って光に当てた。
「巫女の私なら極微量のマナでそれなりの熱を出す玉は作れるけど、さっきの戦いで殆どマナを使い切ったせいでこれ以上熱くはできないから我慢してね。敵のこともあるから火は焚けないの」
「いや、十分温かいよ。ありがとう」
実際、光は抑えられてるものの、玉から発する熱は体を温めるのに十分で、レクスは未だ少し震える体を温めるように玉の熱に当てた。
少し落ち着いたレクスは改めて自分達がいる場所を確認した。鉄に囲まれた異様な空間。あちこち見たこともないものが散乱しており、内装もどこか現実離れと感じられるデザインだった。
「…ラナ様。ここ、どこなの?」
「森の奥で見つかった何かの残骸らしいわ。身を隠すには丁度良いと思ってね」
「残骸…?」
もう一度周りを見渡すレクス。まるでこの空間だけが世界から切り離された、物言えぬ乖離感。似たような雰囲気が感じられるものを、彼らは一つだけ心当たりがあった。
「これ、ひょっとしたらウィルくんの世界のもの?」
「たぶんね。前に彼が言ってた、私たちの世界に来たときに乗っていたヌトという船の残骸かも」
「そういや、あのギルバートが残骸から変異体用のアイテムを見つけたとウィルくんが言ってたね、もしかしたらこれが…?」
「何とも言えないわね。あとで彼に確認してもらいましょう。みんなと無事合流できたら、だけど。そのためにも今は余計なこと考えずに体力の回復に努めなさい」
「…そうだね」
二人は暫く黙りこんだ。鉄の残骸に打つ雨の音さえも遠く感じる空間内で、レクスはチラリと傍のラナを覗く。
軽く濡れてかえって艶やかさを増した黄金色の美しい髪。勇猛な戦い方に似合った程よい筋肉が付きながら、寧ろ女性としての美しさをより際立たせるライン。それはさながら一部彫刻家が求める女性としての力と美の融合の極致のようだった。
自分の動悸が早くなったのに気付き、レクスは気を逸らすよう話を始めた。
「…戦いの方はどうなったんだろうね」
「ウィルくんやミーナ先生達もいるし、きっと無事に終わってるはずよ。…オーデルが大人しく彼らに構ってくれるとは考えにくいけど」
「確かに、多分教団の奴らを率いて僕達を追ってくるに違いない。マティ達なら戦闘が終わったら捜索隊を出してくるはずだけど、恐らくオーデルが先に僕達の方に向かってるはずだから、ちょいとしたピンチかも」
二人が再び沈黙する。外の雨は一向に止まず降り続け、霧も今の状況を表すように立ち込んだままだ。ふとラナが膝を抱えては小さい声でレクスに謝る。
「…ごめんなさいね。今回ばかりは私が悪かったわ。オーデルの奸計に乗せられて、皆を危険に晒されてしまって」
「じゃあさっきのあれ、やっぱりエイダーン皇帝の…」
ラナが頷く。表情こそ落ち着かせるようにしてはいるが、その眼差しが珍しく悔恨が篭られていた。
「ラナ様のせいじゃないよ。自分の肉親の遺体があのように辱められるのを見たら誰だって冷静でいられないから」
ラナが苦笑する。
「ありがとう。でもそれが尚更なのよ。指導者とは、時には親を見捨てるような状況に迫られても非情なほど冷静にならなければならない…幼い頃から父上に念入りに教えられたことなのに」
彼女の瞳に映る光の玉がまるでラナの心情を映すかのように小さく揺らめいた。
「暗殺の件を聞いて以来はずっと父上への気持ちを良く処理できたと思ったら、まったくお笑い種だわ。これじゃ皇女失格ね」
前髪を掻きあげて自嘲するラナに、レクスは穏やかに話しかける。
「別にいいんじゃないかな。気にしなくて」
「え」
「この世に間違いを起こさない完ぺきな指導者なんて存在しないさ。そう見える人はね、大抵はごまかしと隠蔽が他人よりも極めてうまい、ごまかしの達人なだけだよ」
ラナが小さく噴きだす。
「ぷふっ、なにそれ。シュールな言い方ね」
レクスもまたにかっと笑う。
「だからラナ様もこういう時こそふてぶてしくあるべきだよ。『あ~やっちゃった、てへっ』という風にね」
「それっていつもの貴方じゃない」
「そーそー、まあ自分の場合は本当にヘタレだからだけどね」
「ふふ、よく言うわ。ただのヘタレな人がここまで軍を指揮できる訳でもないでしょ」
冗談じみた表情と口調のレクスに、ラナの表情がより和らぐ。依然と冷たい霧が立ち込める山の中で、体だけでなく心も温かくなったと感じられた。
「…最後に父上や母上と会話をしたのはオルネス領訪問前の帝都で、あの時はまたすぐに会えると思った。それがいきなり死別してしまったんだから、母上の安否も相まって私には余計にショックだったようね。それに気付かずに溜め込んでた上、ロムネス殿を亡くした貴方にしっかりと言う自分が恥ずかしくなるわ」
「僕は別に気にしてないさ。でも今日言ったようにラナ様一人で全部背負い込む必要はないんだよ。立場上、弱ってるところを他人に見せられないのは理解できるけど、ラナ様は人形ではなく心ある人だから、父のために泣いたり、たまには誰かを頼りにしても全然ありだからね」
「そうね…帝都では信頼できる人にもかえってしっかりと振舞いたいから、そういうことに慣れていなかったのかも」
「だったら尚更だよ。ここは帝都でもないから、ウィルくん達にどーんと頼ってよ。なんだったら、昔みたいにレンくんと呼んで僕に頼ってもいいからさ、ラナちゃん」
ラナが大きく目をひん剝いてレクスを見た。今まで見たこともない心の底からの驚き方だ。
「貴方、思い出したのっ?」
レクスが頷く。
「君と最初に出会ったときも、こう雨が降り出した夜だったなあ」
天井を仰ぎ、外で降る雨の音を聞きながらあの時の景色を思い浮かぶレクス。
「今朝なんとなく昔の夢を見た気がしたけど、はっきり思い出したのはあの変異体の雷が落ちた時だよ。お陰でようやくぅうぅいたたたたぁぁ~~~~っ!」
雰囲気良さそうに語るレクスの頬にラナのつねり攻撃が炸裂する。
「貴方ねえっ、いったいどれほど忘れん坊なのよっ!レタ領から今日までどれぐらい時間かかったと思ってるのっ?」
「いでででででっ!たんまたんまっ!仕方ないよぉっ、だってあの時―――」
言葉が止まる。ラナの顔が俯いたままレクスの胸に埋められた。その体は微かに震え、父と母を呼ぶ声とともに小さな嗚咽が彼女の口から漏れ出した。
(ラナちゃん…)
レクスはラナの顔を見ようとしなかった。きっと今の顔を自分に見せたくないと思うから。レクスはただそっとその背中に手を添えた。ようやく思い出した在りし日の記憶をもう一度噛み締めながら。
******
未だに小降りする森の中、ミーナとカイ達は川を沿って下流側への捜索を続けていた。霧が先ほどより薄くなり、捜索隊を先導するマティのお陰で難航までにはならないが、それでも捜索は思ったよりも時間がかかっていた。
「くそっ、これじゃいつまで経ってもレクス様達を見つけられないぞ。なあミーナ、あんたの魔法で二人の位置を割り出せないのかよ」
「そうしたいのは山々なんだが、魔力の察知範囲には限界があるし、教団に追われてるラナ達も敵に知らせないよう魔力を抑えてるはず。こっちも魔法を使うと敵に位置がばれて襲撃される恐れもあるから、今は地味に捜索するしかない」
木の枝を退けるアイシャ。
「陸ならともかく、川に落ちては精霊魔法による追跡もできないのが悔やまれますね…」
先頭のマティが軽やかに前へと進む。
「仕方ありません。今は私達が先にレクス様達を見つけるおとを女神様に祈るしかないです」
カイが幾つかの古木の根を飛び越え、捜索隊から少し離れた根の影に二人の姿を探そうとする。
「畜生、レクス様、ラナ様、いったいどこに行ったんだっ」
そして頭を上げると、ふと目を引く何かが見えた。
(? なんだあれ…)
ぼんやりと青い光がゆらゆらと霧の中に灯っていた。小さく脈動するように輝くその光は徐々に大きくなり、やがて一つの形を成す。カイが思わず見とれた。
(ひ…と…?)
地面まで届くほどの麗しい青き髪、その髪色と対を成すかのような青い衣。さながら女神と見違えるほどの、美しい女性。
緊迫した今の状況を忘れさせる程の穏やかな微笑みをしながら、そのしなやかな手をゆっくりと上げ、森の奥の方向へと指差した。
「カイくんっ」
肩に置かれたアイシャの手で我に返ったカイ。
「どうしたのカイくん、ボーッとしてて」
「え、あ、いや、それが…」
カイが再び振り返ると、女性の姿はどこにもなく、木々と霧だけがそこにいた。
「あ、あれ?さっき確か…」
「カイくん?」
「どうかしましたか?」
カイの様子にマティ達もまた寄ってくる。
「…その、みんなこっちを探そう」
「なんだ?いきなり何を言い出す」
カイの言動に困惑するミーナ達。
「訳分からないけどさ、多分レクス様とラナ様、こっちの方向にいると思うんだ」
「カイくん何を言って…あっ、カイくんっ」
「カイっ」
アイシャとミーナの呼び止めも介さずに、カイはさっき女性が指差した方向へとがむしゃらに走り出す。理由は彼自身も分からないが、何故か二人はこの先にいるという妙な確信があった。
******
「…大丈夫、まだ近くに追手は来ていないわ」
完全に乾いた服を着なおし、ラナは残骸から外の様子を確認する。
「レクス殿、歩ける?」
「なんとかね。走るのはまだ無理っぽいけど」
腹に手を当ててよろめきながら歩くレクスにラナが肩を貸す。
「さて、どうしたものか…エルドグラムは手元にないし、魔法もまだ軽い奴を数回使える程度しか回復していない。今オーデル達と鉢合わせるとマズイわ」
「それに僕達は今の状態で遠くまでは逃げられそうもないよね。何よりオーデル達から逃げるとマティ達からも遠のいてしまう。となると…味方が来るまで敵を牽制して時間稼ぎするのが一番かな」
「牽制ってどうやるつもりなの?こっちは二人しかいないし、貴方も傷はまだ完全に治ってないでしょ」
レクスは自分の腰の袋の中身を一度確認し、そして森の周りを見渡す。霧は依然と立ち込んでおり、雨も未だ小降りのままだ。今いる場所は森の中でも特に深いところのようで、木々などの植生は先ほどの戦場よりも茂っていた。
「そうだね。一応やりようはあるけど、ちょっとした賭けになる。ラナ様には危険を冒すことにもなるのが心苦しいけど聞いてみる?」
「ええ、元々この状態は私が招いたものだから。それで、何か作戦があるの?」
「えっとね――」
******
「徹底的に探せっ!ネズミの穴一つも見逃すな!」
部下達に指示を下すオーデルは教団兵とともに森の中を進みながらラナ達を捜索していた。
「…オーデル殿、オズワルド殿からも再三言われてると思いますが、ラナ様は必ず生け捕りにすることを忘れぬように」
「ふん、貴様らはオウムかなんなのか?同じことを何度も繰り返して。元はといえばそっちが化け物の躾けをしていればこんな苦労なぞせずとも良いものだぞ」
「戦場では不測な事態も起こりうる。それはオーデル殿が一番存じてるかと…とにかく、今度こそラナ様を押さえるようにして欲しいものです」
「言われなくとも分かってるわ」
教団兵はこれ以上何も言わず、オーデルは兜の下に軽蔑の眼差しを送った。
(ふん、オズワルドやこいつらが何を企もうと知ったことではない。こちらは勝利という美酒さえ味わえればそれで良いのだ)
オーデルは先ほどラナに付けられた鎧の切りつけ跡を見る。
(ラナ…実に美味い素材だ。計略や小細工よりも、正面から叩き潰した方が一層美味しく仕上げられそうだな。…くくく、戦場では不測な事態も起こりうる。よく言ったものよ)
オーデルが獰猛な目を浮んでは舌なめずりする。
パパァン!
「なんだっ!?」
いきなりの大きな音にオーデルの部下達と教団兵がざわめく。オーデルが顔を上げると、前方上空からそこら全域に渡るほどの音が響いた。
「これは…大きな音を出すタイプの信号花火かっ!ラナめっ、痺れを切らして仲間に位置を知らせようとしてるのだな!」
音の方向へと急進軍すると、ふと前方の霧に人影らしき姿をオーデル兵が確認した。
「だれかこっちにいるぞ!きっとラナにちが…うわぁっ!」
人影を追おうとするオーデル兵が突如、縄により足から引張られて空高く吊るされてしまう。
「なにっ!?」
それに驚いた兵士が一歩下がると、今度は枝や葉っぱで足場と思われた場所から崖へと滑り落ち「あああぁぁ―…」「なんだ!?いったい何が起こ――」そして傍の木にぶつかると、上方から粉々しい葉や花が頭に降りかかり「うっぺ!なんだこれ…ひ、ひぃ、痒いっ、痒いぃぃぃぃ!」全身を襲う痒さに兵士がのた打ち回る。
「ほうっ、なるほど罠かっ!草木が茂る古い森に、こうも霧が立ち込んでは確かに有効な手だなっ!」
興奮するオーデルが戦斧を大きく持ち上げて前を指す。
「怯むな!これは所詮時間稼ぎのチンケな罠に過ぎん!押し進んで突破しろ!」
オーデル達は寧ろ先ほど以上の勢いで、時折現れる前方の人影目がけて前へと突き進む。巧妙に隠された地面の窪に大量の棘が生えた果実。足が縄に引っかかった先に地面一面に敷かれた毒葉。簡単でありながらそれら罠は一人一人着実にオーデルの部下達を戦闘不能に追い込み、その人数を減らしていく。
「全員止まれ!」
オーデルが手を挙げて部下達を止まらせた。
「聞いておるかラナ様!我ら皇国においてその武勇に名を馳せた第一皇女が、このような卑怯な罠を仕掛けるとは、武人の風上にも置けぬ奴よな!」
「まさか貴様のような外道に卑怯呼ばわりとは心外だなオーデル!」
霧の中からラナの声が響く。それと同時にオーデルの上の木から突如小さな袋が数個投げられては彼の足元で爆竹のような連鎖爆発を起こす。
「ぬぉっ!?」
爆発の光や音でオーデルの目が眩むと、真正面からラナが槍の如く霧から飛び出ては、レクスから貰った剣を彼の喉元へと突き刺す。
「はぁっ!」
剣先から血が飛散る。だがそれはオーデルのものではなく、彼が盾にした部下の血だった。
「オ、オーデル様ぁ…っ」
部下を横へと張り倒し、オーデルはそのまま前へと踏み込んで命を刈り取るように戦斧をラナ目がけて振り下ろす。
「ぬぅん!」「ちぃっ!」
間一髪で後ろへと下がり、致命的な一撃を避けては更にバックステップして後退し、剣を構えなおすラナ。
「部下を盾に使うとは実に卑しい狂犬らしい動きだなオーデルっ」
「はははははっ!いかにもその通り、私はただ様々な勝利を味わい尽くすためにある一匹の狂犬よ!だが貴様はいいのか?」
「なに?」
戦斧を地面から引き抜いて構えるオーデル。部下達もまたぞろぞろとラナを囲むように陣取った。
「私は元より下劣な手段を使ってても勝利を求める外道だ。だが貴様は騎士道を、武道何よりも重んじるわがヘリティア皇国の皇女。そこら辺の騎士よりも騎士らしいと謳われる才女だ。ましてや女神の巫女たる貴様が、まさか罠や不意打ちの手を使うとは。他の皇族や国民にはあまり良い印象は与えんな」
ラナはしかし軽く一笑に付す。
「罠は自分が仕掛けた訳じゃないが、そうだな、貴様の言うように、勝利を掴むには時折卑怯な手も辞さなければならないこともあるのは事実だ。下賤な狂犬相手は特にな。けれど幸い、ここでは体面を保つことに気にする民や騎士達もいないし――」
山に降り注ぐ雨よりも冷たい眼差しと笑みでラナはオーデルを見据える。
「それを知る貴様たちを全員ここで倒せばいいだけのこと。死人に口無しとも言うからな」
「貴様…」
「誇りと体面だけでヘリティア皇国の皇女が務まると思ったか、舐めるなよたわけもの!」
剣を一振り、彼女を囲む兵士や教団兵さえも気圧されるほどの気迫を発するラナ。
「くくく…がはははははぁっ!面白い!実に面白いわ貴様!ただの皇族のイキリ娘と思えば、噂以上に食えぬ奴よ!これはつい飲み干してしまいそうだな…」
高ぶるオーデルを見て教団兵は再び釘を打つ。
「オーデル殿っ、先ほども申したがラナ様は必ず生け捕りにせよとぐぎゃっ!」
オーデルの戦斧が容赦なく教団兵を打ち伏せ、飛散る血が彼の鎧を更に赤く染めた。
「貴様らの都合なぞ知ったことではない!これほど上質な美酒を逃す手はないからなあ!」
荒々しく戦斧を構えながらオーデルが兵士達に命じる。
「この近くには罠を仕掛けたもう一人が隠れているはず!そいつを探し出せ!ラナ様は私一人で相手するっ!」
ラナを囲む兵士達は主命を受けてすぐさま包囲を解いては四方へと散った。
「ほう、まさか外道な貴様が、正々堂々と一騎打ちをする気になったと言うではあるまいな」
「その通りよ。だが敬意でも騎士道に目覚めたわけでもない。貴様のような獲物は実力で真正面から叩き潰してこそ最高の美味に仕上げられるからなあ…ぬんっ!」
肩、上腕と太腿あたりの鎧を強引に外し、ズシンと重装甲の鎧が地面へと落ちると、半軽装になったオーデルは先ほど以上に巧みに戦斧を振り回す。
「ふははははっ!やはりこの方が身軽で良いわ!これで思う存分に戦えるって訳だ!」
「いいのか自ら鎧の守りを捨てて、こっちの魔法の格好の餌食だぞ?」
戦斧をラナに構えるオーデルが獰猛に笑う。
「ブラフはよせ。貴様に魔法が残ってるなら目くらましの時点ですでに打ち込んできたはずだ。それをしないという事は、さきほど魔法封じの鎖を破壊するために殆どのマナを使い果たしてるのだろう?」
ラナが不敵に笑う。
「狂犬にしては意外と頭が回るではないか。その歪んだ性癖が無ければ地位を失わずにより高みへと行けたものを」
「くははっ!地位なぞ、戦場で味わえる勝利という美酒の味と比べるとなんら価値もない!戦いと勝利!それだけが全てだ!」
戦斧を頭上で振り回しては、オーデルがじりじりとラナに迫る。
「貴様の剣の力量はすでに見切ったわ!何か策があれば出してみるがいい!それらもまとめて喰らい尽くし、最高の美酒に仕上げてやる!」
ラナもまた臆もせずに剣をオーデルに向ける。
「できるものならやってみるが良い。我が父を侮辱した罪を、貴様のその穢れた血で償わせてやる!」
【続く】
微かに感じる温もりの中でレクスはゆっくりと目を開く。最初に目に映ったのは温もりの源である小さな光の玉、次にその傍に乾かされてる服、自分を覆いかぶさっている大きな葉っぱ、そして光の玉を維持している、下着姿のラナだった。
「あら、目が覚めた?」
「…おわあっ!ラナ様っ!」
いきなり飛び上がるレクスは自分もほぼ裸身に近いことに気付き「ひえっ!」急いで自分の体を隠そうとすると急激に全身に痛みが走った。
「いっっっっつぅ~~~っ!」
「まったく。いきなり飛び上がるからよ。こっちに来て光に当てなさい」
レクスは急な出来事に頭が回らず、葉っぱで下半身を隠しながら手で目を半分遮っては口ごもる。
「い、いや、急にそう言われましても…その、この状況で落ち着けられるかどうか…」
チラチラと自分を見るレクスにラナは彼の言いたいことを察した。
「ああ、服のことなら仕方ないわ。あのまま着けていたらお互い凍えて死んでしまうから。傷にも悪いから早くこっちに座りなさい」
「そ、それはそうなんですが…」
未だに戸惑うレクス。
「まったく、ウィルくんに女性の接し方をレクチャーすると豪語した割りには結構ウブなのね。まあ風邪を引くのが怖くないなら好きになさい。あと少しで服も乾くから」
「あ、いえ、その…あ、ありがたく当てさせて頂きます」
寒さで軽く震えるレクスは観念してそっとラナの傍に座って光に当てた。
「巫女の私なら極微量のマナでそれなりの熱を出す玉は作れるけど、さっきの戦いで殆どマナを使い切ったせいでこれ以上熱くはできないから我慢してね。敵のこともあるから火は焚けないの」
「いや、十分温かいよ。ありがとう」
実際、光は抑えられてるものの、玉から発する熱は体を温めるのに十分で、レクスは未だ少し震える体を温めるように玉の熱に当てた。
少し落ち着いたレクスは改めて自分達がいる場所を確認した。鉄に囲まれた異様な空間。あちこち見たこともないものが散乱しており、内装もどこか現実離れと感じられるデザインだった。
「…ラナ様。ここ、どこなの?」
「森の奥で見つかった何かの残骸らしいわ。身を隠すには丁度良いと思ってね」
「残骸…?」
もう一度周りを見渡すレクス。まるでこの空間だけが世界から切り離された、物言えぬ乖離感。似たような雰囲気が感じられるものを、彼らは一つだけ心当たりがあった。
「これ、ひょっとしたらウィルくんの世界のもの?」
「たぶんね。前に彼が言ってた、私たちの世界に来たときに乗っていたヌトという船の残骸かも」
「そういや、あのギルバートが残骸から変異体用のアイテムを見つけたとウィルくんが言ってたね、もしかしたらこれが…?」
「何とも言えないわね。あとで彼に確認してもらいましょう。みんなと無事合流できたら、だけど。そのためにも今は余計なこと考えずに体力の回復に努めなさい」
「…そうだね」
二人は暫く黙りこんだ。鉄の残骸に打つ雨の音さえも遠く感じる空間内で、レクスはチラリと傍のラナを覗く。
軽く濡れてかえって艶やかさを増した黄金色の美しい髪。勇猛な戦い方に似合った程よい筋肉が付きながら、寧ろ女性としての美しさをより際立たせるライン。それはさながら一部彫刻家が求める女性としての力と美の融合の極致のようだった。
自分の動悸が早くなったのに気付き、レクスは気を逸らすよう話を始めた。
「…戦いの方はどうなったんだろうね」
「ウィルくんやミーナ先生達もいるし、きっと無事に終わってるはずよ。…オーデルが大人しく彼らに構ってくれるとは考えにくいけど」
「確かに、多分教団の奴らを率いて僕達を追ってくるに違いない。マティ達なら戦闘が終わったら捜索隊を出してくるはずだけど、恐らくオーデルが先に僕達の方に向かってるはずだから、ちょいとしたピンチかも」
二人が再び沈黙する。外の雨は一向に止まず降り続け、霧も今の状況を表すように立ち込んだままだ。ふとラナが膝を抱えては小さい声でレクスに謝る。
「…ごめんなさいね。今回ばかりは私が悪かったわ。オーデルの奸計に乗せられて、皆を危険に晒されてしまって」
「じゃあさっきのあれ、やっぱりエイダーン皇帝の…」
ラナが頷く。表情こそ落ち着かせるようにしてはいるが、その眼差しが珍しく悔恨が篭られていた。
「ラナ様のせいじゃないよ。自分の肉親の遺体があのように辱められるのを見たら誰だって冷静でいられないから」
ラナが苦笑する。
「ありがとう。でもそれが尚更なのよ。指導者とは、時には親を見捨てるような状況に迫られても非情なほど冷静にならなければならない…幼い頃から父上に念入りに教えられたことなのに」
彼女の瞳に映る光の玉がまるでラナの心情を映すかのように小さく揺らめいた。
「暗殺の件を聞いて以来はずっと父上への気持ちを良く処理できたと思ったら、まったくお笑い種だわ。これじゃ皇女失格ね」
前髪を掻きあげて自嘲するラナに、レクスは穏やかに話しかける。
「別にいいんじゃないかな。気にしなくて」
「え」
「この世に間違いを起こさない完ぺきな指導者なんて存在しないさ。そう見える人はね、大抵はごまかしと隠蔽が他人よりも極めてうまい、ごまかしの達人なだけだよ」
ラナが小さく噴きだす。
「ぷふっ、なにそれ。シュールな言い方ね」
レクスもまたにかっと笑う。
「だからラナ様もこういう時こそふてぶてしくあるべきだよ。『あ~やっちゃった、てへっ』という風にね」
「それっていつもの貴方じゃない」
「そーそー、まあ自分の場合は本当にヘタレだからだけどね」
「ふふ、よく言うわ。ただのヘタレな人がここまで軍を指揮できる訳でもないでしょ」
冗談じみた表情と口調のレクスに、ラナの表情がより和らぐ。依然と冷たい霧が立ち込める山の中で、体だけでなく心も温かくなったと感じられた。
「…最後に父上や母上と会話をしたのはオルネス領訪問前の帝都で、あの時はまたすぐに会えると思った。それがいきなり死別してしまったんだから、母上の安否も相まって私には余計にショックだったようね。それに気付かずに溜め込んでた上、ロムネス殿を亡くした貴方にしっかりと言う自分が恥ずかしくなるわ」
「僕は別に気にしてないさ。でも今日言ったようにラナ様一人で全部背負い込む必要はないんだよ。立場上、弱ってるところを他人に見せられないのは理解できるけど、ラナ様は人形ではなく心ある人だから、父のために泣いたり、たまには誰かを頼りにしても全然ありだからね」
「そうね…帝都では信頼できる人にもかえってしっかりと振舞いたいから、そういうことに慣れていなかったのかも」
「だったら尚更だよ。ここは帝都でもないから、ウィルくん達にどーんと頼ってよ。なんだったら、昔みたいにレンくんと呼んで僕に頼ってもいいからさ、ラナちゃん」
ラナが大きく目をひん剝いてレクスを見た。今まで見たこともない心の底からの驚き方だ。
「貴方、思い出したのっ?」
レクスが頷く。
「君と最初に出会ったときも、こう雨が降り出した夜だったなあ」
天井を仰ぎ、外で降る雨の音を聞きながらあの時の景色を思い浮かぶレクス。
「今朝なんとなく昔の夢を見た気がしたけど、はっきり思い出したのはあの変異体の雷が落ちた時だよ。お陰でようやくぅうぅいたたたたぁぁ~~~~っ!」
雰囲気良さそうに語るレクスの頬にラナのつねり攻撃が炸裂する。
「貴方ねえっ、いったいどれほど忘れん坊なのよっ!レタ領から今日までどれぐらい時間かかったと思ってるのっ?」
「いでででででっ!たんまたんまっ!仕方ないよぉっ、だってあの時―――」
言葉が止まる。ラナの顔が俯いたままレクスの胸に埋められた。その体は微かに震え、父と母を呼ぶ声とともに小さな嗚咽が彼女の口から漏れ出した。
(ラナちゃん…)
レクスはラナの顔を見ようとしなかった。きっと今の顔を自分に見せたくないと思うから。レクスはただそっとその背中に手を添えた。ようやく思い出した在りし日の記憶をもう一度噛み締めながら。
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未だに小降りする森の中、ミーナとカイ達は川を沿って下流側への捜索を続けていた。霧が先ほどより薄くなり、捜索隊を先導するマティのお陰で難航までにはならないが、それでも捜索は思ったよりも時間がかかっていた。
「くそっ、これじゃいつまで経ってもレクス様達を見つけられないぞ。なあミーナ、あんたの魔法で二人の位置を割り出せないのかよ」
「そうしたいのは山々なんだが、魔力の察知範囲には限界があるし、教団に追われてるラナ達も敵に知らせないよう魔力を抑えてるはず。こっちも魔法を使うと敵に位置がばれて襲撃される恐れもあるから、今は地味に捜索するしかない」
木の枝を退けるアイシャ。
「陸ならともかく、川に落ちては精霊魔法による追跡もできないのが悔やまれますね…」
先頭のマティが軽やかに前へと進む。
「仕方ありません。今は私達が先にレクス様達を見つけるおとを女神様に祈るしかないです」
カイが幾つかの古木の根を飛び越え、捜索隊から少し離れた根の影に二人の姿を探そうとする。
「畜生、レクス様、ラナ様、いったいどこに行ったんだっ」
そして頭を上げると、ふと目を引く何かが見えた。
(? なんだあれ…)
ぼんやりと青い光がゆらゆらと霧の中に灯っていた。小さく脈動するように輝くその光は徐々に大きくなり、やがて一つの形を成す。カイが思わず見とれた。
(ひ…と…?)
地面まで届くほどの麗しい青き髪、その髪色と対を成すかのような青い衣。さながら女神と見違えるほどの、美しい女性。
緊迫した今の状況を忘れさせる程の穏やかな微笑みをしながら、そのしなやかな手をゆっくりと上げ、森の奥の方向へと指差した。
「カイくんっ」
肩に置かれたアイシャの手で我に返ったカイ。
「どうしたのカイくん、ボーッとしてて」
「え、あ、いや、それが…」
カイが再び振り返ると、女性の姿はどこにもなく、木々と霧だけがそこにいた。
「あ、あれ?さっき確か…」
「カイくん?」
「どうかしましたか?」
カイの様子にマティ達もまた寄ってくる。
「…その、みんなこっちを探そう」
「なんだ?いきなり何を言い出す」
カイの言動に困惑するミーナ達。
「訳分からないけどさ、多分レクス様とラナ様、こっちの方向にいると思うんだ」
「カイくん何を言って…あっ、カイくんっ」
「カイっ」
アイシャとミーナの呼び止めも介さずに、カイはさっき女性が指差した方向へとがむしゃらに走り出す。理由は彼自身も分からないが、何故か二人はこの先にいるという妙な確信があった。
******
「…大丈夫、まだ近くに追手は来ていないわ」
完全に乾いた服を着なおし、ラナは残骸から外の様子を確認する。
「レクス殿、歩ける?」
「なんとかね。走るのはまだ無理っぽいけど」
腹に手を当ててよろめきながら歩くレクスにラナが肩を貸す。
「さて、どうしたものか…エルドグラムは手元にないし、魔法もまだ軽い奴を数回使える程度しか回復していない。今オーデル達と鉢合わせるとマズイわ」
「それに僕達は今の状態で遠くまでは逃げられそうもないよね。何よりオーデル達から逃げるとマティ達からも遠のいてしまう。となると…味方が来るまで敵を牽制して時間稼ぎするのが一番かな」
「牽制ってどうやるつもりなの?こっちは二人しかいないし、貴方も傷はまだ完全に治ってないでしょ」
レクスは自分の腰の袋の中身を一度確認し、そして森の周りを見渡す。霧は依然と立ち込んでおり、雨も未だ小降りのままだ。今いる場所は森の中でも特に深いところのようで、木々などの植生は先ほどの戦場よりも茂っていた。
「そうだね。一応やりようはあるけど、ちょっとした賭けになる。ラナ様には危険を冒すことにもなるのが心苦しいけど聞いてみる?」
「ええ、元々この状態は私が招いたものだから。それで、何か作戦があるの?」
「えっとね――」
******
「徹底的に探せっ!ネズミの穴一つも見逃すな!」
部下達に指示を下すオーデルは教団兵とともに森の中を進みながらラナ達を捜索していた。
「…オーデル殿、オズワルド殿からも再三言われてると思いますが、ラナ様は必ず生け捕りにすることを忘れぬように」
「ふん、貴様らはオウムかなんなのか?同じことを何度も繰り返して。元はといえばそっちが化け物の躾けをしていればこんな苦労なぞせずとも良いものだぞ」
「戦場では不測な事態も起こりうる。それはオーデル殿が一番存じてるかと…とにかく、今度こそラナ様を押さえるようにして欲しいものです」
「言われなくとも分かってるわ」
教団兵はこれ以上何も言わず、オーデルは兜の下に軽蔑の眼差しを送った。
(ふん、オズワルドやこいつらが何を企もうと知ったことではない。こちらは勝利という美酒さえ味わえればそれで良いのだ)
オーデルは先ほどラナに付けられた鎧の切りつけ跡を見る。
(ラナ…実に美味い素材だ。計略や小細工よりも、正面から叩き潰した方が一層美味しく仕上げられそうだな。…くくく、戦場では不測な事態も起こりうる。よく言ったものよ)
オーデルが獰猛な目を浮んでは舌なめずりする。
パパァン!
「なんだっ!?」
いきなりの大きな音にオーデルの部下達と教団兵がざわめく。オーデルが顔を上げると、前方上空からそこら全域に渡るほどの音が響いた。
「これは…大きな音を出すタイプの信号花火かっ!ラナめっ、痺れを切らして仲間に位置を知らせようとしてるのだな!」
音の方向へと急進軍すると、ふと前方の霧に人影らしき姿をオーデル兵が確認した。
「だれかこっちにいるぞ!きっとラナにちが…うわぁっ!」
人影を追おうとするオーデル兵が突如、縄により足から引張られて空高く吊るされてしまう。
「なにっ!?」
それに驚いた兵士が一歩下がると、今度は枝や葉っぱで足場と思われた場所から崖へと滑り落ち「あああぁぁ―…」「なんだ!?いったい何が起こ――」そして傍の木にぶつかると、上方から粉々しい葉や花が頭に降りかかり「うっぺ!なんだこれ…ひ、ひぃ、痒いっ、痒いぃぃぃぃ!」全身を襲う痒さに兵士がのた打ち回る。
「ほうっ、なるほど罠かっ!草木が茂る古い森に、こうも霧が立ち込んでは確かに有効な手だなっ!」
興奮するオーデルが戦斧を大きく持ち上げて前を指す。
「怯むな!これは所詮時間稼ぎのチンケな罠に過ぎん!押し進んで突破しろ!」
オーデル達は寧ろ先ほど以上の勢いで、時折現れる前方の人影目がけて前へと突き進む。巧妙に隠された地面の窪に大量の棘が生えた果実。足が縄に引っかかった先に地面一面に敷かれた毒葉。簡単でありながらそれら罠は一人一人着実にオーデルの部下達を戦闘不能に追い込み、その人数を減らしていく。
「全員止まれ!」
オーデルが手を挙げて部下達を止まらせた。
「聞いておるかラナ様!我ら皇国においてその武勇に名を馳せた第一皇女が、このような卑怯な罠を仕掛けるとは、武人の風上にも置けぬ奴よな!」
「まさか貴様のような外道に卑怯呼ばわりとは心外だなオーデル!」
霧の中からラナの声が響く。それと同時にオーデルの上の木から突如小さな袋が数個投げられては彼の足元で爆竹のような連鎖爆発を起こす。
「ぬぉっ!?」
爆発の光や音でオーデルの目が眩むと、真正面からラナが槍の如く霧から飛び出ては、レクスから貰った剣を彼の喉元へと突き刺す。
「はぁっ!」
剣先から血が飛散る。だがそれはオーデルのものではなく、彼が盾にした部下の血だった。
「オ、オーデル様ぁ…っ」
部下を横へと張り倒し、オーデルはそのまま前へと踏み込んで命を刈り取るように戦斧をラナ目がけて振り下ろす。
「ぬぅん!」「ちぃっ!」
間一髪で後ろへと下がり、致命的な一撃を避けては更にバックステップして後退し、剣を構えなおすラナ。
「部下を盾に使うとは実に卑しい狂犬らしい動きだなオーデルっ」
「はははははっ!いかにもその通り、私はただ様々な勝利を味わい尽くすためにある一匹の狂犬よ!だが貴様はいいのか?」
「なに?」
戦斧を地面から引き抜いて構えるオーデル。部下達もまたぞろぞろとラナを囲むように陣取った。
「私は元より下劣な手段を使ってても勝利を求める外道だ。だが貴様は騎士道を、武道何よりも重んじるわがヘリティア皇国の皇女。そこら辺の騎士よりも騎士らしいと謳われる才女だ。ましてや女神の巫女たる貴様が、まさか罠や不意打ちの手を使うとは。他の皇族や国民にはあまり良い印象は与えんな」
ラナはしかし軽く一笑に付す。
「罠は自分が仕掛けた訳じゃないが、そうだな、貴様の言うように、勝利を掴むには時折卑怯な手も辞さなければならないこともあるのは事実だ。下賤な狂犬相手は特にな。けれど幸い、ここでは体面を保つことに気にする民や騎士達もいないし――」
山に降り注ぐ雨よりも冷たい眼差しと笑みでラナはオーデルを見据える。
「それを知る貴様たちを全員ここで倒せばいいだけのこと。死人に口無しとも言うからな」
「貴様…」
「誇りと体面だけでヘリティア皇国の皇女が務まると思ったか、舐めるなよたわけもの!」
剣を一振り、彼女を囲む兵士や教団兵さえも気圧されるほどの気迫を発するラナ。
「くくく…がはははははぁっ!面白い!実に面白いわ貴様!ただの皇族のイキリ娘と思えば、噂以上に食えぬ奴よ!これはつい飲み干してしまいそうだな…」
高ぶるオーデルを見て教団兵は再び釘を打つ。
「オーデル殿っ、先ほども申したがラナ様は必ず生け捕りにせよとぐぎゃっ!」
オーデルの戦斧が容赦なく教団兵を打ち伏せ、飛散る血が彼の鎧を更に赤く染めた。
「貴様らの都合なぞ知ったことではない!これほど上質な美酒を逃す手はないからなあ!」
荒々しく戦斧を構えながらオーデルが兵士達に命じる。
「この近くには罠を仕掛けたもう一人が隠れているはず!そいつを探し出せ!ラナ様は私一人で相手するっ!」
ラナを囲む兵士達は主命を受けてすぐさま包囲を解いては四方へと散った。
「ほう、まさか外道な貴様が、正々堂々と一騎打ちをする気になったと言うではあるまいな」
「その通りよ。だが敬意でも騎士道に目覚めたわけでもない。貴様のような獲物は実力で真正面から叩き潰してこそ最高の美味に仕上げられるからなあ…ぬんっ!」
肩、上腕と太腿あたりの鎧を強引に外し、ズシンと重装甲の鎧が地面へと落ちると、半軽装になったオーデルは先ほど以上に巧みに戦斧を振り回す。
「ふははははっ!やはりこの方が身軽で良いわ!これで思う存分に戦えるって訳だ!」
「いいのか自ら鎧の守りを捨てて、こっちの魔法の格好の餌食だぞ?」
戦斧をラナに構えるオーデルが獰猛に笑う。
「ブラフはよせ。貴様に魔法が残ってるなら目くらましの時点ですでに打ち込んできたはずだ。それをしないという事は、さきほど魔法封じの鎖を破壊するために殆どのマナを使い果たしてるのだろう?」
ラナが不敵に笑う。
「狂犬にしては意外と頭が回るではないか。その歪んだ性癖が無ければ地位を失わずにより高みへと行けたものを」
「くははっ!地位なぞ、戦場で味わえる勝利という美酒の味と比べるとなんら価値もない!戦いと勝利!それだけが全てだ!」
戦斧を頭上で振り回しては、オーデルがじりじりとラナに迫る。
「貴様の剣の力量はすでに見切ったわ!何か策があれば出してみるがいい!それらもまとめて喰らい尽くし、最高の美酒に仕上げてやる!」
ラナもまた臆もせずに剣をオーデルに向ける。
「できるものならやってみるが良い。我が父を侮辱した罪を、貴様のその穢れた血で償わせてやる!」
【続く】
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