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第八章 虚無の呪詛

虚無の呪詛 第十二節

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夜の帳が下り、月の明かりに照らされた連合軍のキャンプ地。食事を終えたウィルフレッドは、キャンプ地から少し離れた岩に背を持たせながら満天の星空を見上げていた。
「あ、ここにいたのですねウィルさん」「キュッ」
「エリー」

彼の隣に座っては、一切れの苺タルトを載せた皿を差し出すエリネ。
「はい。食後のデザートですよ。ラナ様たちはもう食べましたから遠慮なくどうぞ」
「ああ、ありがとう」

手に取り一口食べると、いつものように甘さと酸っぱさが心地良く舌を癒す。
「…相変わらず美味しいな、エリーのタルト」
「えへへ、自慢のお菓子ですからね」
たがに微笑むと、その味を大事に一口ずつ味わいながら完食するウィルフレッド。

「ごちそうさま、とても良いタルトだったよ」
「どう致しまして。…ウィルさんはここで一休みしてたのですか?」
「ああ。実はカトーのことを考えてたんだ」
「カトーさんのこと?」
「ああ」

皿を傍に置いて、キャンプ地の明かりを見つめるウィルフレッド。
「昨日もそうだが、夢を語るカトーの目はとても活き活きしていた。こう言うのもなんだが、見るからに気弱そうな人なだけに、それがとても輝いている感じてな」
「あぁ、分かります。そういう時のカトーさんの声の表情、とても爽やかで気持ち良いでしたもの。アリスさんが好きになるのも分かりますよね」

「そうだな。だからか、カトーが無事助けられてアリスとも上手く行くようになって本当に良かったと思ったんだ。夢をかなえる希望があるって言うのは、素晴らしいなんだなと…」
「ウィルさん…?」

エリネは少し困惑していた。彼の声の表情は、縄が複雑に絡んだ結び目のようなやり切れなさが潜んでいたからだ。

「エリーはカトーみたいに何か夢とかあるか?」
「え。私ですか?」
ウィルフレッドの問いにきょとんとするエリネ。

「…そうですね、実はこっそりと一つ、しかも現在進行中でかなえている夢がありますね」
「それは?」
「私、いつか世界中の風景を全部感じて回れればと思っているんですよ」
「世界中の風景を?」

「はい。私、目が見えないですけど、その代わり音とか空気の肌触りや香りとかそういうのはとても敏感なのは知ってますよね。小さい頃、私は一度村の近くにある花畑にこっそり遊びに行ったことありましたけど、あの時感じた風と香りは今でもはっきりと覚えてます」
開いた地に吹く涼やかな風、それが運ぶ心地良い花の香りと花びらの感触、そして穏やかな木々のせせらぎに花畑のさざなみを、ありありと思い出すエリネ。

「本当に…本当にとても衝撃的で、忘れがたい経験でした…」
ウィルフレッドでさえも、その言葉にある感情をしっかりと感じ取るぐらい、エリネの声は感動に満ちていた。

「その時から私はこっそり決めたんです。できれば世界中の様々な風景を感じ周りたいと思って」
「そうか、だから現在進行でかなえているってことだな」
「はい。不謹慎かもしれないけど、今回の旅のお陰で色んな風景を感じることが出来て、実はちょっと嬉しいんです。…えへへ、さすがに女神様に怒られるかな、こんな言い方は」
罰が悪そうに苦笑するエリネ。

「そんなことないさ。エリーはちゃんと皆の助けになるようがんばってるじゃないか。俺もお陰で助かってるから、それぐらい良い思いしても良い。…無事かなえると良いな、君の夢も。カトーとアリスの夢も」
「はいっ、ありがとうウィルさん」

(ウィルさんも、何か夢とかあるのですか?)
そう聞こうとする口が何故かつぐんでしまう。先ほどの彼の複雑な声の表情が、未だ小さな棘のように刺さっていた。

「おーい、兄貴~っ」
キャンプ地の方からカイが手を振っていた。
「ミーナの奴が検査の用意ができたってさ~」
「ああっ、分かったっ。…」
「はい。行こ、ルル」「キュッ」


******


ラナ達が集まった会議用テントの中で、ミーナは杖を掲げてウィルフレッドの体を診ていた。

「どうですかミーナ先生」
「ううむ…」
難しい顔をしたミーナは、上着を脱いだウィルフレッドの体を杖であちこち軽く触れては、淡い光が彼の体を包む。

「…だめだ、やはり何も分からん。体の強度や構造はある程度知ることができても、それ以外のことはからっきしだ。そもそも、ウィルに使われている技術の原理などを知らない以上、調査のしようがない」
「道具の構造原理が知らなければ、修理や整備は難しいのと同じだよね…」
テント内の柱に背を持たせているレクス。

「仕方ないさ。俺の体…アルマに使われている多くの技術は『組織』も原理を完全に掴んでいる訳でもなく、使い方しか知らないものが一杯あるからな。その最もな例が――」
「おぬしのアスティル・クリスタルか」
一同は、彼の胸に青く脈動するクリスタルに目が行く。

「実に不思議なものだ。マナのような霊的な力は一切ないのに、我らの理解を超えた強大な力を有しておる。さっきライムが怯えてたのも、このクリスタル力に対してなのだろうか」
頭を横に振るウィルフレッド。
「分からない。あの時は急に意識が戻って、反射的にクリスタルの力を一気に放出しただけで…」
(一応、前にが俺の中に入ろうとする時に似た感じもするが…)

「ふむ…ウィル、このアスティル・クリスタルのことについてもう少し詳しく教えてくれるか。確かおぬしの世界の異星人とかいう奴のものだったな」
アイシャが不思議そうにアスティル・クリスタルをみつめる。
「天体と言う概念があって、夜空に見える遥か彼方の別の星からの生き物が扱う技術、でしたよね。ちょっと想像し難いです。月に人が行ける自体がもう驚きですけど」

「俺達も月の裏側で異星人の船が発見されたことには驚いたさ。その力にもな」
胸のクリスタルをそっと撫でるウィルフレッド。
「アスティル・クリスタルは時間と空間を干渉する特性を持っている。詳しい原理は俺も分からないが、時間と空間を限定的に支配することにより、一定量のエネルギーを無限に作り出せる、らしい。俺がこの世界に来たのも、前に言ってたワープ能力を持っている戦術艦ヌトの動力源兼メインコンピューターのメルセゲルというアスティル・クリスタルの力によるものだ」

「時間と空間を…?信じられん…空間はライムのような魔法や儀式による結界に似たものと思うが、時間までとなるとさすがに想像もつかんな…。となると、おぬしはそのヌトと同じようにワープとか、時間さえも操作することができるということか?」

「いや、俺やギルのクリスタルはパワーの出力を重点に調整されているから、機能は限定されていてワープに必要な細かい調整はできない。それにメルセゲルだって時間を完全にに制御することはできない。そういう意味でも、やはり俺達もアスティル・クリスタルの全貌を理解している訳じゃないな」

レクスが手を顎に添える。
「う~む、やっぱ下手な魔法アイテムよりも余程神秘的だよね…。そういえば、ウィルくんの体はアニなんとかという物質で出来上がってるって話してたよね。それって具体的にどういうものなの?」
エリネも頷く。
「私も気になります。確かそれで酔えないって言ってましたよね?」

「ああ。アニマ・ナノマシンだな。ミーナには話していたが、もう少し詳しく説明するよ。…まず、俺達の世界では、人体は見えない微小な細胞というもので構成されていることが分かっている」
「さ、さいぼ…?」
「そうだ。その細胞よりも更に小さい機械をナノマシンと呼ぶが、アニマ・ナノマシンは機械でありながら生物的な特徴を持っており、俺の体は基本的にこのナノマシンの群体によって構成されている」

レクス達はなんのことやらと言わんばかりな表情を浮かべていた。
「ええっと…カイくん、ウィルくんの言ってること、分かる?」
「とっ、当然さ!ようは物凄い機械っていうことだろ?」
「レクス様、お兄ちゃんにそういう質問をしても意味ないですよ」「キュッ」
「んなことねぇよっ」

アイシャ達が苦笑する中、ずっと真剣にウィルフレッドの話に聞き込んでいたミーナだけが興味深そうに頷いた。
「我々の世界にない概念ゆえ、おぬしらが理解できないのも仕方ないな。だが改めて聞くと、群体とはいわゆる一部精霊の体を構成するマナみたいな感じで理解できるかもしれん」

ウィルフレッドが頷く。
「かもしれない、な。とにかく、このアニマ・ナノマシンはアスティル・エネルギーを浴びることで、その形態を恣意に変化することができる。アルマ化…魔人になるのもこれが理由だ」

「なるほどねぇ…?どうだいミーナ殿、何かヒントにはなれたかな」
レクスの言葉にミーナは呆れたよう頭を横に振る。
「全然だな。ウィルになぜエリーの治癒セラディンしか効かないのか、そして何故ウィルに働く呪いや魔法の反応が薄いのとまったく紐づけられん」

ラナが軽く溜息する。
「仕方ないわ。先生の言う通り、原理自体がハルフェンこちらとまったく違うものですからね。目に見えないぐらい小さい細胞とかで体が構成されている話なんて聞いたことないもの」

アイシャが茶杯をテーブルに置く。
「ウィルくんの世界は確か文明が出現してから一万年以上も経ていますよね。技術の積み重ね自体が私たちの世界よりも桁違いですから、解析できないのは当たり前と言えば当たり前ですけど…」
「うむ。何よりもウィルの体は我らと違ってマナをまったく発しない。その時点で既に我々の世界の理論で解析すること自体が無意味かもしれんな」

「…そのマナと言うのは、ここの人なら誰でも発するものなのか?」
服を着なおすウィルフレッドにエリネが答える。
「うん、量の違いはあるものの、基本的に全てのものにマナは宿るの。たとえ岩とかマナがないと思われるものでも、実際はマナのかすかな残滓はあるし、魔法に精通する人ならそれを感じることができるんですよ。一説では、女神様たちがこの世界を作る時に使われた素材がマナで、それで前にも言ったように女神の加護の証だと考えられてるの」

「あ、じゃあウィルくんに魔法や呪いが効かないのはマナを帯びてないからなのかな?」
レクスの予想にミーナは肩をすくめる。
「どうだろうな。一応可能性はあるが、それではエリーの魔法が効く説明がつかん」
「ああ、それもそうか…」

ミーナは暫く考え込む。
「…やはり、エリーに何かあるかも知れないな。すまないがエリー、ちょっと二人で隣のテントに来てくれないか」
「構いませんけど、何をするのですか」
「ちょっとした身体検査をするだけだ」

「身体」「検査」
その言葉に反応してしまうレクスとカイを、他の全員、特にラナがこれでもないくらい冷たい目でレクスを見つめた。
「貴方たち…何か変なこと考えてるんじゃないでしょうね」
「ま、まさかあっ、ただ単にちょ~とだけ、痛い検査だったら大丈夫かなあ~なんて」
「そうだよっ、妹の心配するのは当たり前だろっ」
そうは言うものの目が泳いでいる二人に、アイシャやウィルフレッドはくすりと笑い、ラナやミーナ達がため息をつく。

「もう、おバカな人達ね。行きましょうミーナ様」「キュキュッ」
「うむ」
ミーナとエリネが隣の空きテントへと移動した。ラナに睨まれているレクスはそっぽ向いて口笛を吹き、カイはアイシャに笑顔で見つめられてとても恥ずかしそうに頬を掻く。そんな光景に、ウィルフレッドはただくすりと小さく微笑んだ。

「そ、そーいやさっ!まさか今回の事件が変異した妖魔が起こしたものとは想像もしなかったなあっ!でもこれで、教団が背後で絡んでることは確定できたってことだろっ」
カイが注意を逸らそうと慌てて話題を変える。

ラナはレクスに突っ込みの拳一発を入れてから答えた。
「それは確かに疑いようもないわね。変異体ミュータンテスを用意できるのは、教団に肩入れしているあのギルバートだけだし」
(ギル…)
ウィルフレッドの手に力が入る。

「証拠品が全て処分されたのが残念ですね。せっかく彼らの計画を知るチャンスでしたのに」
残念がるアイシャにラナは腕を組む。
「そう悲観するものでもないわ。少なくとも彼らが特定な呪物を集めているのが分かったから」
「呪物って確かさっきミーナが見せた、被害者の怨念の血を帯びた彫刻だよな」
カイは食事中で互いの情報を交換した時のことを思い出す。

「そうよ。私とミーナ先生はそれを積んだ台車の痕跡を追ってたけど、町から遠く離れていくのを確認して追跡をやめたわ。彼らがそれを廃棄でなく、別の場所に持ち出すのが目的だと分かったから」
「つまり、纏めるとこうだろうか」
ウィルフレッドがまとめる。
「まず教団はライムを変異させて多くの人々を呪殺させた。教団は片付け屋を隠れ蓑とし、呪殺された人々の念で作られた呪物をかき集めていた。となると、教団の今回の目的はそういう呪物を大量に集めるのが目的、でいいか」

「それで間違いないと思うわ。そのために教団は、変異したライムの異常な食事サイクルと強化された呪詛力を利用した、というのがミーナ先生の推測ね。問題は、なぜそんな回りくどい方法で呪物を作るのか、そして何故それを大量に必要となるのか、にあるわね」

アイシャが首を小さく傾げる。
「確かに、あの呪物も相当強い呪いが込められてるようですけど、他に同等かそれ以上に強い呪物を作る方法は色々あるはずですのに。いったい彼らは何を企んでいるのでしょうか」

全員が沈黙して考え込むと、ミーナとエリネがテント内へと戻った。
「あ、先生。検査、どうでした?」
「やはり何も発見はない。魔力にも体にも特に異様はない」
「そりゃそうだろ。何かおかしいところあったら俺とシスターが真っ先に気付くもんだしな」
「ふむ、何はともあれ、エリネは至って健康で普通な子だが、ウィルに他人の治癒セラディンが効かない以上、これからウィルが魔人化した後のケアは全てエリー任せになるな」

ウィルフレッドは申し訳なさそうにエリネを見た。
「すまないエリー、君に苦労をかけてしまって」
「私は別に構いませんよ」「キュキュッ」
肩のルルと一緒に元気に微笑むエリネ。

「それよりも、専属看護師となった以上、これからはちゃんと私の指示に従ってください。安静すると言ったらちゃんと安静するように、いいですね」
「…ああ」
少し得意げなエリネにウィルフレッドがくすりと笑う。

「いいなあウィルくん、可愛い看護師がついちゃって。僕も専属の看護師が欲しいいぃイイィィッ!?」
ラナの手が力強くレクスの喉を掴んで持ち上げる。
「あらそう。看護師が欲しいならその前に傷を増やさないとね?」

「ぶへっ!ギブ!ギブウゥゥッ!」
「ま、まあまあラナちゃん、落ち着いてっ」
「ラナ様っ、ここは我慢ですよっ」
アイシャやエリネ達が笑いながらラナをなだめ、ラナは実に口惜しそうにレクスを解放した。

「ぶはぁっ!し、死ぬかと思ったよ、びといよぉラナ様ぁ」
「貴方にはこれぐらいが丁度いいわよ。まったく、ケント様を説得して、ライムの調査も上手くやってたから、評価してあげようと思ったらすぐこれだから…」

「けほ…評価…?」
「貴方ねぇ、ケント様を説得できたら少しだけ評価してあげるって言ったでしょ」
「あ、ああ~、あれね」
ぽんっと手を叩くレクス。

「貴方、まさか本当に忘れてたの?」
「そ、そんなことないよっ?ただ単にライムのことでちょ~と失念しただけ」
いつものように少し冗談じみたジェスチャー入りで答えるレクスに、ラナが呆れたようにため息ついて小さく囁く。
「…そうやって忘れるから私は苦労するのよ」
「何か言いました?」
「なんでもないわ」
(? なんなのいったい…)

そっぽ向くラナに困惑するレクス。そんな二人を見て、アイシャはいつものようにラナをからかおうと思ったが、後で自分がすることを考えると、踏みとどまったのであった。

「もうバカなことやってないで、明日朝すぐ出発するのよ。今日はもう寝なさい」
「は~い」
気の抜けたレクスの返事にウィルフレッドやカイ達が苦笑し、会議テント内の片づけを始めた。

テントの片づけをしているミーナにラナが耳打ちをする。
「…先生、エリーちゃんにがなかったのですね」
「やはり我が何を疑ってるのか分かるか」
「それはもう。でもエリーちゃんが違うとなると、やはり巫女の件はメアリー女王の方に期待するしかなさそうね」
「そうだな。メアリーに何か新しい情報があればいいのだが…」

「ねえ、カイくん」
アイシャがカイの服の袖を軽く引っ張りながら耳打ちすると、カイの胸が思わず高鳴る。
「アイシャ?」
「…あとで、ちょっと話があります」


******


キャンプ地から少し離れた森は月明かりに照らされ、虫の鳴き声と相まって落ち着いた雰囲気となっていた。そこでカイとアイシャはそんな雰囲気に反して、お互い落ち着かなさそうに向かい合っていた。

「来てくれてありがとうカイくん。ごめんなさい、本当は疲れてるはずですに」
「いや、全然気にしてないよっ。それより、話しってどんな話なんだ?」
頬を桜色に染めて俯いているアイシャ。そんな彼女の姿がとても愛おしいと感じては必死に動悸を抑えるカイ。

「その…昼の話についてです」
カイの手に無意識に力が入る。

「私に二人の兄さまがいること、カイくんは知ってますよね」
「ああ、ジュリアス様とルドヴィグ様だよな」
「ええ。私、今まで男性との交流って、ジュリ兄さま達以外とはあんまり無かったんです。だからその、最初のカイくんのアプローチは、お兄さん達のような家族の、親愛なものにしか感じられなくて…」
「親愛…」

「ええ。私、弟もなかったから、カイくんとのやり取りはまるで弟ができたみたいにとても心地良くて…。正直で真っ直ぐなカイくんといると、王女としての重圧を忘れさせるぐらい楽しくなれますから、つい家族のようにからかって…甘えてたんです」

カイは苦笑し、どこか諦めのついたような表情を浮かべて頬をかいた。
「はは…いや、普通はそうだよな。俺、年下だし、異性として見ることができないのも理解できるから、アイシャは別に悪く――」
「そうじゃないですっ!」
いきなりの大声に驚くカイ。

「私…っ」
恥じらいで両手をもじもじと絡めて、真っ赤な顔で息を整えるアイシャに、カイもつられたように鼓動が早くなる。
「私、昼のように異性からの正直な気持ち真正面から受けることなんてありませんでした。ですからカイくんの…カイへのこの…胸をくすぶる気持ちが、単に親愛への心地良さなのか、それとも異性への好意なのかが理解できなくて…」
ギュッと胸を掴むアイシャ。

「だから、もう少し時間が欲しいんです。自分のこの気持ちが、そ、その…、男性として好きなのかどうかを確かめるまでは、返事、待っててくれるのでしょうか…?」
気恥ずかしさで俯いてるアイシャの上目づかいに、これで頷かない人いるのかよとカイは思った。

「ああ、勿論さ。アイシャが納得いく答えを出すまで、俺はずっと待ってるよ。ごめんな、君を困らせてしまって」
「いいえ、別に困る程ではないですよ。驚いたのは本当ですけど…」

緊張がようやく解けたかのようにカイは大きく息を吐いた。
「ふぁ~、ようやく安心したよ。一応最悪な結果も予想してたんだからさぁ」
「ふふ、カイくんったら」

お互い照れながら微笑みあうと、アイシャがまた小さな声で話しかける。
「その、ついでにもう一つ、お願いしていいですか?」
「なんだい?」
「これからも、今までのようにカイくんに甘えていいのでしょうか」
「勿論さっ。仲間としても弟としても、好きなだけ甘えていいよっ、からかいだって、俺は全然平気だからいつも歓迎―――」

柔らかな感触が、頬に伝わる。アイシャからの仄かな香りが鼻をくすぐり、間近で感じる体温と息遣いが、真っ白な頭をさらに白くしていく。
「へ」
イタズラした子供のような笑みをするアイシャを、カイはただ茫然と見つめる。
「これはびっくりさせた事へのお返し、ですよ」

「な」
アイシャは頬を艶やかな赤に染めながら満面な笑みを浮かべる。
「それと、今日のカイくん、とてもカッコよかったです」

振り返りもせずにその場を離れるアイシャ。カイがようやく何が起こったのかを理解したのは、もう暫く後だった。
かくいうアイシャも、自分のテントまで小走りで戻ると、即刻中へ潜り込んでは、暫くの間自分の大胆な行動を何度も思い返してはジタバタと悶えていたのだった。


******


魔晶石メタリカ製の照明灯が照らすミーナのテントの中で、彼女は腕を組みながら机に置かれた呪物と化してた彫刻と、坑道で拾った魔晶石メタリカの欠片を真剣に眺めていた。二つとも既に浄化されており、呪いは殆ど残っていない。

(子供による呪いとアーティストの無念による呪い…異なる性質の呪物をこうも手間かけて集めて、教団は、エリクはいったい何を企んでいる?)

穏やかに鳴り響く虫の音色を聞きながら、ミーナは深く考え込む。やはりどうしても答えは出ず、彼女は沸かした水で茶を入れ始めた。
(…思考が行き詰まった時にお茶を入れるのが、すっかり癖になってしまったな。まったくエリクの奴め)

ミーナは小さく愚痴しながらも、この前フィレンスで仕入れたお茶の香りを小さく嗅ぐと、花と葉の匂いが疲れたミーナの頭をほぐす。
(…良いお茶だ)

それを一口小さく啜る。さっぱりとした熱い茶が体を温め、積もった疲労を解消してくれる。気持ちも落ち着かせるそのお茶をさらに数口啜っては、ミーナは彫刻と欠片に視線を戻す。

「………塚」

ふとミーナの口から、その言葉がこぼれだす。
(? 塚?なぜ私はそう言った?塚…塚…)

ミーナの顔が小さく強張った。
「エリク…おぬしまさかを?」

何か思いついたミーナは彫刻と欠片を片付けると、筆と紙を取り出して手紙を書き始めた。



【第八章 終わり 第九章へ続く】


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