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第八章 虚無の呪詛

虚無の呪詛 第十一節

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『Kuna...Dugan...De'eien Ida...』
今や完全に棒立ちになったウィルフレッドに、ライムは油断せずに呪詛を吐き続け、致命的な毒を含んだサソリの如き棘の尻尾を振り回して構えながら慎重ににじり寄る。力も明らかにそちらが上で、さらに呪いも何故か効き難い相手だ。手を緩めば何をするか分からないし、魔力を全集中させるため影に溶けて身を潜めることはできない以上、慎重に、確実に仕留めなければ。

アスティル・クリスタルの光も僅かしか点滅するまま沈静し、ウィルフレッドの視界は、耳は、全ての光と音から遮断された。意識は現実から切り離され、ただ深き闇の底へと落ちていく。息の根を止めるために意識の深層へと潜る呪詛とともに。







(――被検体ナンバーNA-001、アニマ・ナノマシンによる第一次変異終了――)
それは、冷たい実験室の手術ベッド上だった。

(――アスティル・クリスタル、付着。最終変異開始――)
それは、悲鳴を上げる自分を物体として見つめる人々の視線だった。

(――おめでとう、これで君はアルマ、地球の全てを超越した存在となった――)
意識が沈む。

(――メテウス3より本部へ。これから不明構造物内に入る――)
それは、クリスタルが植え付けられた時にも見たビジョンだった。

(――信じられん…これはまさか…っ――)
それは、クリスタル自体に記録レコードされた、月の裏側で発見された時の光景だった。
意識が更に奥へと沈む。

『Kua...?』ライムがピクリとする。ミーナが不思議がる。
(? なんだ?)

流れる流れる、ウィルフレッドの意識が、今や己の命の源でもあるアスティル・クリスタルの奥、果てしない彼方、宇宙彼の世界の深淵の記憶へと沈んでいく。アルファケンタウルス。オリオン座大星雲。ソンブレロ。アンドロメダ。

無限の星系と銀河を超え、イメージが嵐のように走る。天体。宇宙船。文明。探求。地球。そして―――

『Kua, KwAaaAAa!』
ライム変異体が後ずさった。ミーナ達が困惑する。
「ライムの奴、何があった?」
エリネはその声の表情を理解した。
「うそ…ライムが、怯えている?」
「なんだとっ」

赤きサイバネアイに再び光が宿り「ルアアァァァァーーーーーッ!」ウィルフレッドが雄叫びを上げたっ。
沈静化していたアスティル・クリスタルが青き輝きを爆発的に発し、この世界に属さないクリスタルの神秘の反響音が呪いの言葉をかき消すっ。

『KaAAaaA!』
ライムが震えて竦むっ。異世界の壁を越え、更に数億光年の彼方で積み上げられた、深遠なる星々の光の神秘に恐れ慄くが如く!

「な、なんだこの力はっ!?」
ミーナ達もまた愕然とし、荒れ狂う力の波を結界で必死に防ぐっ。

ウィルフレッドが全身を強張らせ、叫んだっ。
結晶励起ガアアアァァッ!」
両肩と両膝にブースト結晶クリスタルが生成され、青き電光が体中を巡るエネルギーラインとともに高く掲げた両腕へと集中し、それを影の大地へと突き刺すっ。ガラスのような亀裂が影に走り、膨大な青き電光の奔流が影を焦がしては毒を含む結界全体を燃やし始めたっ!

『GAaaaa!』
燃え盛る影の炎と電光がライムに絡まるっ。ライムは影と化して脱出しようとする、その時っ!

「――集え集え!その御心をもって、魔を打ち消す導きとならん!」
アイシャの月の聖痕が光り、先ほど以上の魔力で練り上げた月の輝きが爆ぜたっ。カイはすかさず矢を放つ!
「いけえええ!」「――破魔エグゾミナス!」

矢が一条の銀色の流星の如く影を切り裂き、破魔エグゾミナスの光が尾を引く彗星かのように追従し、ライム変異体のカラス体に矢と魔法が命中した!

『Kaooaa!』
白銀色の輝きが体と影を焼き、ライムが悶えては結界が揺れる。影になれないっ、体に刺さったカイの矢とアイシャの月の輝きがそれを阻む!

「オオアアアッ!」
青き電光と白銀の輝きが影をズタズタに引き裂き、ガラスのような破砕音と共に影の結界が砕け散った!
「よっしゃ!」
カイが叫ぶと、ウィルフレッドは両手を抜いてそのままライム変異体へと突進する!

『GaaAA!』
ライムが尻尾の棘を尖らせて振り回し、壁の如き密度の針の影がウィルフレッドを迎え撃つっ。
「オオオッ!」
だが彼が片手を挙げて円を描くように振り回すと、腕部と肩から奔る青きエネルギーが渦を成して針を全て巻き上げて燃やしたっ。燃え盛る影の炎をかたまりに練ってはアスティルエネルギーを注ぎ込み、そのままライムの尻尾に向けて放った!

『AKaaAGaA!』
炎の塊が直撃し、尻尾が爆散するっ。破損した尻尾から噴出す黒きタールさえも全て燃やし尽くす程のエネルギーに刺激され、ライムが絶叫する。するとその下部前肢の両脇からはさみのような両腕が生えてウィルフレッドを捉えたっ。
「ウィルくん!」
だがアイシャの心配は杞憂だった。

「オオ…っ!」
クリスタルの光の脈動が絶え間なくウィルフレッドの体を巡る。エネルギーラインが血肉と、力と化したかのようにサイバーマッスルが数倍バンプし、鋏を力任せにこじ開けるっ。

「オオアアァッ!」
そしてエネルギーを纏った手で片方の鋏を力任せにねじ切ったっ!
『AGAaaAaA!』
その鋏を苦悶するライムの体に投げつけると、もう片方の鋏も荒々しく引き抜いたっ!
「すっ、凄い…っ」
レクスが絶句する。

『GuaAAAAA!!』
ライムが絶叫しながら翼を羽ばたかせ、羽根の刃を射出しようとする。だがっ。
光矢ヘリオアロー!」「月光刃ルミナテルム!」「これでもくらえ!」
ラナやカイ達の魔法と矢がライムに命中し、その動きを封じるっ。

「これ以上好きにはさせんっ!」
ラナがエルドグラムを引き抜くっ。満身創痍のライム変異体は思わず後退して大きく羽根を羽ばたかせては影の嵐を巻き起こす!
「うおっ!?」『KaGAaa!』

嵐を起こしながら空高く舞い上がるライム変異体は、彼らに背を向けて離れようとするっ。
「あいつ、逃げる気だっ!」
レクスが剣を投げて阻止しようとした途端、ウィルフレッドの方から激しい電光が走るっ。
「逃がさないっ!」

両手を広げ、肩と膝、腕と胸から青のアスティルエネルギーが迸るっ。双剣を生成し、結晶スラスターを全力で吹かすと旋回しながら飛び上がるっ。アスティルエネルギーを全身に纏い、青き鳥と化したウィルフレッドが黒きカラスに向けて流星の如く突撃するっ!

ライムは反応する時間も無かった。双剣を突き出すように構え、全速力で突進するウィルフレッドが一瞬にして後ろからドリルの如く突貫し、ライムを貫通した!

『GUWUAaaAKAKaa―――』

ウィルフレッドに引かれて来る青の力の波に断末魔さえ飲まれ、ライムは跡形も無く消滅した。エネルギーの余波の勢いは曇天さえも貫き、登っていく。

「や…やったあっ!ライムを倒したぞっ!」
「ひゃっほーい!」
歓声を上げるカイとレクス達。
滞空しているウィルフレッドは、カトー達の無事を確認するよう見下ろした。

必殺の一撃より孔を開けられた曇りの空が晴れ、優しい太陽の明かりが彼らを照らした。


******


「みなさん、体はもう大丈夫ですか?」
「う、うん。ありがとうエリーさん」「こっちもです」「私も大丈夫だ」
カトー、アリスやケント達が感謝を述べた。
「良かった。すみません、私はウィルさんのところに行きますね」

晴れやかになった空からウィルフレッドは地面へと着地し、カイやラナ達が駆けつける。
「兄貴っ、今回もやったな!」「ウィルくんっ」
「みんな…うっ」
パリパリと電光が走ると、元の姿に戻ったウィルフレッドが苦しそうにひざまずいてしまう。

「兄貴っ?」「ウィルくんっ。例のあれね?」
彼の様子を見るラナ達に頷くウィルフレッド。
「ああ…今回は少し、力を入れすぎたのもあるが…うぅっ」
「ウィルさんっ!」「キュキュッ」
エリネがルルとともに彼の元へと駆けつけた。

「今すぐ治療しますね」「頼む」
杖をかざし、エリネの治癒セラディンの光がウィルフレッドを包み込み、体の痛みがゆっくりと引いていった。

ラナとアイシャも続いて魔法をかけるが、前のように殆ど効かないことに気付く。
「これ…ラナちゃん…」
「ええ」
ラナがアイシャに頷いた。

「ごめんねエリーちゃん。ウィルくんの治療、貴方一人に頼めないかしら」
「え、どういうことですか?」
彼女達の後ろから声がした。
「ウィルに我らの治療魔法が効かないからだ」

「ミーナ様…」
ミーナがエリネの隣で屈み、ウィルフレッドの体に杖を軽く叩く。
「やはりな。あれほど濃いライムの魔力と呪いを浴びたのに、体には一切残ってない。どうやらウィルの体質は、彼に働く魔法の類が非常に効きにくいようだ。呪いの嵐の中でウィルが動けたのもこれが原因かもしれん」

「でも、私の治癒セラディンは普通に効いて…」
「それは私も分からん。エリーの魔法に特に変わった感じもしないし、強度も一般的だ。ラナ達は君が女神スティーナの洗礼を主に受けたからと考えてるが…。落ち着いたらもう少し詳しく調べよう」

「ケンっ、無事だったかっ」
「メイソン様っ」
町の方向から、人々の誘導を終えたメイソンとケントの衛兵達が駆けつける。

「あ、貴方は…」
「おや、カトーくんではないか」
アリスに支えられて立つカトーとメイソンが互いを認識した。ケントもカトーと、彼に寄り添うアリスを見る。
「君たち…」
「ケント様…」「お父様…」
何か訳ありだと察するメイソン。

「…体はもう大丈夫かカトー」
「はっ、はい、まだ少し、腰が抜けてます、けど…」
ケントの言葉にカトーはおずおずと答えると、ふとアリスが自分を強く掴み、厳しい目つきでケントを責めているのに気付いた。

「お父様ひどいです。私に黙ってカトーを追い出そうとしてっ」
「アリス…」
申し訳なさそうな表情を浮かべるケントの前で、アリスはさらにカトーに寄っていく。

「そんなことしても私の決意は変わりませんっ。いつも言ってたように、私は―」
「まってアリス、この先は僕が話すから…」
「カトー…」

今やカトーは、ライムに操られていた時のこと、アリスが自分に向けて吐露した言葉、そして、自分の一番の夢を全て思い出した。彼は離れてるカイの方を見る。カイが力強く頷くと、カトーは腹をくくった。

「…ケント様。今ここでこの話題をするのは失礼かもしれませんが、貴方は私に、アリスのことを本当に思ってるのならば、どうすれば彼女にとって一番良いのかを考えるようにと言いました」
ケントは口を挟まず、静かにカトーの語りに耳を傾けた。

「今でも僕にとって、ヴィーネスに行くのが夢と言うのは間違いありません。けど…先ほどようやく理解しました。今の自分にはそれ以上に大切にしたい夢があることを。その、ぼ、僕は…」
緊張で声まで震えながら、カトーは大きく一息吸っては、しっかりとアリスの手を握りしめて伝えた。

「僕は一人でヴィーネスを目指すんじゃなく、アリスと一緒にがんばっていきたいっ。アリスはこんな僕でもずっと支えてきてくれました。一緒にいてくれる彼女の思いと覚悟を、僕はもう無視したくありません。辛い道のりになりますけど、それでもきっとこれが…彼女の気持ちを大切にすることが、彼女にとって一番良い選択だと思いますっ」
「カトー…っ」
アリスが嬉しそうに微笑んだ。

「ですけど、それでも最低限の生活を維持するためにも、作品の売り出しは必要な訳で…そ、その、最初の一歩として、凄く図々しいのはわかってますけど、ええと…少しでも構いませんから、商売の知識とか、何かの支援を頂ければ、た、助かり…ます…」
段々と声が小さくなるカトーに、アリスが小さく苦笑する。

「お父様、私からもお願いします。私はこれでも貴方の娘です。界隈の厳しさをちゃんと理解してますし、それを承知の上で、私はカトーと一緒にがんばりたいんです。ですから――」
「これ以上言わなくていい」
ケントの声は思ったよりも穏やかだった。

「私の商売も最初から順調な訳ではなかった。一日の食事さえ繋げられるかも分からない時期があった。私はアリスにもそのような辛い思いをさせたくないから、君たちのことを反対していたが…」
ケントは先ほど呪いにより暴走したカトーの感情に触れた時のこと、レクスが昨日自分に言い聞かせたことを思い出し、そしてメイソンを見ては、ため息ついた。

「どうやら私はすっかり忘れてたらしい。そこのメイソン様や他の人達の助けがなかったら、私もまた今の成果はないことを。なのに君の可能性を最初から否定するのは確かに不公平だ。もっとも、今の君は既にスポンサーが出来ているが」
「え」

メイソンが昨日買ったカトーの彫刻を持って二人の前に出た。
「あっ、貴方は…っ」
「また会ったねカトーくん。改めて自己紹介するよ、私はメイソン。ケンと同じ美術商をやっているものだ」
「ケント様と同じ…」

メイソンは優しく微笑んだ。
「ケンには既に話していたけど、私は最近新しいマーケット層を開拓するためにポテンシャルのあるアーティストを探していたのだが…そこで私は君の創作活動をサポートしたいと考えている」
「ぼ、僕を、ですかっ!?」

「そうだ。私は今のルーネウスの美術界は飽和状態に達していると感じてな、そこで界隈に何か新しい刺激をもたらせればと思ってその素材を探していたが…丁度君の作品を見かけたのだ」
昨日カトーから買った彫刻を改めて見るメイソン

「従来では見られない君の作風は、界隈に新しい風を吹かせるのに実にぴったりと私は思うぞ。勿論、克服すべき課題も多いし、必ず良い結果に繋がるとは限らないが、商売はそういうものだし、その時はその時だ。それに運がよければ、その子と一緒に本当にヴィーネスでギャラリーを開けるかもしれん。どうだね、この話、受けてみるかい」
カトーとアリスが信じられなさそうに互いを見てはメイソンを、そしてケントを見た。

「まあそういうことだ。私も出来る限りのサポートはする。だから君たちのことは、一応だが、認めることもやぶさかでは――」
「あ…ありがとうございますケント様!メイソン様!」
「ありがとうお父様っ!カトーっ!」
「アリス!」
二人が嬉し泣きしながら互いを抱きしめる。ようやく得られた幸せをかみしめるように。

「こらこらっ、だからといって人前で堂々と抱きついて良いとは言っておらんっ。そもそも交際は然るべき手順を踏まえてだなっ」
「あっ、す、すみません…っ」「お父様っ」
「はははは、恋にウブだったケンらしい意見だな」
「メイソン様っ」

幸せな雰囲気のカトー達を、治療が一段落したウィルレッド達もまた嬉しそうに見守っていた。レクスが安堵の溜息をする。
「ふう、これでどっちにとっても最良の結果になれたね。良かった良かった」
「ああ…カトーの奴、よくがんばったよ」
感慨深そうに彼らを見るカイに、アイシャもまた小さく微笑んだ。

「でも、さっきカトーさんを呪い殺そうとしたライムは何故いきなり彼から離れたのでしょうか。楔の解呪もしてないのに…」
「そういえばそうだよな。確かアリスに抱きつかれたカトーがいきなり光り出したようだけど、ありゃいったい…」

「愛だ」
「へっ」
カイ達がウィルフレッドを見た。

「カトーを思うアリスの熱い涙が、彼を殺そうとするライムの呪いを打ち破ったんだ」
この世界ハルフェンに来て以来、炎や回復などの魔法を散々見てきた彼は、もはや形の変えた銃やビームみたいに見慣れてきた。ライムの呪いもハッキングウィルスのようで、あまり神秘性を感じられなかったが、呪いをも退けたアリスのカトーへの思いは、かつて見た童話と相まって、今まで見た何よりも魔法らしいと彼は思っていた。

「きっとそうに違いない。妖魔の楔の呪詛でも、結局純粋にカトーを思うアリスの愛にはかなわな――」
ラナを含む達全員が、まるでおかしな何かを見たかのように、目を丸くして呆然と自分を見つめていることに彼は気付く。
「あ、いや、その、さすがに違うな。いくらなんでもこんな臭い理由で…」

「まあまあっ!ウィルくんロマンチック!」
「凄く素敵な推論ですよウィルさんっ」「キュウ!」
「ほほ~う、ウィルくんクールに見えて結構良い資質してるねぇ」
「ええ、舞踏会では無意識に女性を落とすタイプかも」
「ふむ、虚無を糧とするライムに人の強き思いが弱点となる。魔法因果から考えて結構良い線かもな」
「はは、兄貴おもしれーや」
笑い騒ぐ彼らに、顔を真っ赤にしながら手で口を隠して顔を逸らすウィルフレッドであった。

「カイさん、みんなっ」
「あ、カトー」「アリス様」
カイ、アイシャ達のところにカトーとアリスが立ち寄った。

「みなさん、本当にどうお礼を言ったら良いか。自分が不甲斐ないばかりにご迷惑をかけてしまって…。ウィルさん、体はもう大丈夫ですか?」
「ああ、エリーのお陰でな」
「カトーさん、アリスさん。その、ウィルさんのことはどうか秘密にしてくださいね」
「当然ですよ。命の恩人ですからねっ」

アリスがラナ達に深く一礼した。
「ラナ様、アイシャ様、それにレクス様。本当にありがとうございます。わがままな私の願いを聞いてくださって」
「気にしないでください。恋する乙女を助けるのは至極当然のことですから。そうですよねラナちゃん」
「ええ。それよりも大変なのはこれからよ。お二人さんなら大丈夫とは思うけど、気を緩めずに助け合って進めてね」
「こっちの用事が一段落したら、レタの領主として君達のアトリエをお邪魔するよ。商売のチャンスを広げるためにね」

エリネとカイ、そしてミーナも続いた。
「私もその時はお兄ちゃんと一緒にカトーさん達のところへ遊びに行きますからっ」
「おうっ、そん時は二人の元気な姿を見せてくれよっ」
「終わりよければ全て良し、だ。我からの教えを忘れんようにな」
カイ達の温かい声援にアリスは嬉しさで涙をこぼし、カトーは自分が独りとか本当にバカだなと思って俯いた。

「みなさん、ありがとうございます…っ。特にカイさんには本当に助けられました。貴方が叱ってくれたお陰で僕はアリスへの気持ちを、本当に叶えたい夢はなんなのかを思い出せたのですから」
「だから別にいいって、単に俺がお節介なだけだしさ」
少々照れるカイにアイシャとエリネ、ウィルフレッドが小さく微笑む。カトーが助けられ、アリスと一緒にいられたことが彼にとって大事な意味を持つことを知ってるからだ。

「そうだ。そんなカイさんに一つ贈り物があります」
「俺に?」
カトーはアリスと顔を合わせて頷き、ポケットから何かを取り出した。二人は一緒にそれを持ちながらカイに手渡す。
「僕とアリスから、カイさんへの祝福を込めてこれを贈ります」

それは、若草色の蔦の意匠がされたチェーン上に、異なる色の花が二つ象られた腕飾りだった。
(そ、それはっ)
それを見て何故かアイシャが頬を赤く染めた。

「なっ、これっ、双色蔦の腕飾りじゃねえかっ」
顔が真っ赤となったカイにカトーがそっと耳打ちする。
「そうですよ。…カイさんに意中の相手があること、分かっちゃいましたからね」
「おま…っ」

「おやおや、どうも今日は天気に反して熱い日だねカイくん?」
「ほんと、お兄ちゃんにしては勿体無いぐらいのお土産だわ」
「ばかっ、そんなんじゃ…っ」
何故かニヤリはじめるレクスやエリネ達。

ウィルフレッドは、フィレンスで双色蔦のアクセサリーについての説明を思い出す。
(あれは…確か誰かの恋が無事成就するのを祈るよう、他の恋人達が応援として贈るおまじないみたいなものだったな)

「カイさん。僕達の恋が実ったように、貴方の恋も無事実ることを祈ってますよ」
「その時はぜひ、お二人さんで私達のアトリエに遊びに来てくださいね」
カトーとアリスの祝福に、照れながら頬をかくカイ。
「あ、あはは…そうするよ…ありがとなカトー。アリスを大切にしろよ」
「はいっ」

カイ達の傍でラナもまた意味ありげに耳まで真っ赤なアイシャを見た。
「ふふ、確かに思い合う男女の恋はしっかり応援しないとね。そうでしょアイシャ姉様?」
「えっ?ええ、そうですよねっ、うん…」
慌てふためいてまた俯くアイシャに、ラナは軽く微笑む。

幸せそうなカトーやアリス達を見て、ウィルフレッドは感慨深く首元のツバメの首飾りに触れた。
(アオト…俺ではなく、君がこの世界に来れたらいいのに…)

かくしてソラ町の事件は一段落した。今までの町の失踪者の調査と後始末はケントが行うこととなり、それ以降、町にアーティストが失踪、自殺する噂は二度と流れることはなかった。



【続く】


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