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第八章 虚無の呪詛
虚無の呪詛 第十節
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「やっぱりカトーさんもヴィーネスに行くのが夢なのですね」
「うん。まあ今の僕にはちょっと無理だけどね…」
それは二人が暫く知り合って、まだ正式に付き合っていない頃だった。心地良く晴れた日、花びらが美しく飛び舞う花畑で座るアリスは、少し恥ずかしながら苦笑するカトーに熱い視線を送る。
「大丈夫ですよ。カトーさんにはちゃんと才能がありますし…、私の…私の、好きな人ですから…」
「あはは、ありがとうござ…、…えっ?」
アリスの言葉に固まるカトー。
「えっ、あっ、ご、ごめんア、アリスさん、その、聞き違いでしょうか…その、まさか、アリスさんが、僕のこと、好きって…」
「聞き違いじゃありませんよ、もう。私は…、カトーさんのこと、好き、です…」
今度は間違いない、アリスは確かに自分が『好き』と言った。
不意に風が吹いて、乱れ飛ぶ花びらとともにアリスの髪がたおやかに靡く。カトーを見つめる彼女の瞳は麗しく、恥じらいで染める頬は艶やかで、照れながら微笑む笑顔はどの絵よりも美しかった。
「カトーさんは…どう、思いますか?私のこと…」
「あっ、あっ、その、ぼ、僕、は…っ」
・
・
・
その日の夜、カトーは今日で見た花畑の景色をキャンパスに描いていた。何処までも広がる花畑に晴れた空は忠実に再現されてはいるが、その真ん中は未だに空白のままだ。
お互いの気持ちを伝えた時の鼓動は未だに強く胸を打っており、初めて繋いだアリスの繊細な手から伝わる温かみが、唇を重なった時の感触が、カトーの心と体を熱く燻り続けていた。生まれて初めての経験だった。芸術以外の感情が自分の心を満たすのは。
(((やっぱりカトーさんもヴィーネスに行くのが夢なのですね)))
その言葉に間違いはなく、彼のヴィーネスへの憧れは確かに本物だ。けれどアリスへの思いは、心地良い痛みを与えるほど心を満たしている彼女の温もりは、それとはまた別の熱としてカトーの胸を熱くさせた。
(アリス、さん…、僕も…)
底が見える透き通った泉の如く純粋な気持ちだった。利用するとか誇示するとか、そんな打算なんざ一切ない真っすぐな思いだった。ただただ、あの人と一緒にいたい。ともに笑って、泣いて、芸術への感動も全て分かちあっていきたい、とても単純な感情だった。
止まっていた手が動く。自分にとっての最上の芸術を、いま新たに芽生えた渇望を、これからの未来を埋めるかのようにキャンパスの空白を綴っていく。二人で手を取り合いながら前へと進む光景を。
生活の苦境でいつしかそれから目を逸らしても、その渇望は一度もカトーの心から消えることはなかった――
******
「う、うぅ…」「うん…」
「気がついたのねっ、カトーさんっ、アリスさんっ」
エリネとミーナの懸命の治療により、二人はようやく意識を取り戻した。
「ぼ、僕はいったい…うっ、あ、頭が痛い…っ」
「無理するでない。ライムの呪いを浄化したばかりだぞ。普通なら大きなトラウマが精神に残ってもおかしくないぐらい強力な呪いだったからな」
「ミ、ミーナさん…?それにエリーさんも…」
カトーは意識を取り戻すよう頭を振ると、やがてすぐ傍のアリスと、自分達を見つめているケントに気付いた。
「アリス?…ケ、ケント様…」
「カトー…」
何か言いたそうなケントだが、ようやくはっきりと意識を取り戻したアリスが割り込んだ。
「カトー…?カトーっ!もう無事なのっ?」
「う、うん、そのようだけど――」
「カトー!」
アリスがカトーに強く抱きしめ、安心の涙がボロボロと流れ出す。
「良かった…本当に良かった…っ、カトー…っ」
「ア、アリス…」
まだ状況が掴みきってないカトーは、照れながらそっとアリスを抱き返し、安心させるようにその背中を撫でた。ケントは安心すると同時に複雑な気持ちになっていた。
『Kaaaaa!』
戦慄の鳴き声が森に響いた。カトー達が声の方向を見ると、見覚えのあるカラスに似た異形が荒々しく翼を広げていた。
「う、うわあああっ!な、なんだあれは!?」
「先ほどまでにおぬしに取り憑いていた妖魔ライムだ」
「ライ…ム…?」
カトーはおぼろげながら、脳内でカラスとその赤い目が自分を苛んでいたことを思い出す。
「でもミーナ様っ、この感覚って確か」
エリネに頷くミーナ。
「うむ。前に遭遇したゴーレムと同じ、変異体だ」
「じゃあ、あのライムはやっぱり…っ」
ミーナが杖を強く握りしめる。
「邪神教団が仕掛けた奴に違いないっ」
『Kaaa! Kaaaaa!』
月鈴草の粉が吹き飛ばされ、ラナの陽光の光の結界にも怯まなくなったライム変異体は異形の翼を大きく羽ばたかせて威嚇した。今や三メートルもあるその巨体と異質な姿に、レクス達が思わず後ずさる。
「ちょっとちょっと!どうなってんのこの化け物はっ?」
「この前言ってた変異体だよレクス様っ!あのギルバートの野郎が仕込んだアイテムで変化した化け物なんだ!」
「これが、変異体っ」
ラナは初めて見る変異体と化したライムを見据える。一目でこの世界のものではないと分かるおぞましい姿、自分達の認識に亀裂を持ち込むような異様な感覚。なるほど確かに、どことなくウィルフレッドと近い何かを感じさせる。
『Kaa!』
ライムが異星人的な前肢を一歩踏み出す。
「っ、くるよ!」
レクス達が構えると同時に、ウィルフレッドが前に出た。
「兄貴っ!」
「がああアァァッ!」
ウィルフレッドが猛々しく吠え、胸のアスティル・クリスタルが眩く輝いたっ。青き電光が彼を中心にほとばしり、服がクリスタルに一瞬で収納されては、禍々しく膨らんだ体が鋭き口と爪を持つ鋼の異形へと変異する。そしてクリスタルが更に鳴動して深遠の宇宙の光を放ち、アスティルエネルギーが青き血液の如く全身を巡ると、異形の体が更に再構築されていくっ。
光が収まる。余熱で煙立つ銀色の体に赤き目、鋼鉄の魔人がそこに屹立していた。カトーが慌てふためく。
「な、なななな、ウィ、ウィルさんがっ!?エリーさんっ!?」
「大丈夫っ、あれはちゃんと私達のウィルさんですよっ」
「ウィルくん!」
「ラナ!君たちはカトー達を守って後方からサポートしてくれっ、こいつは俺が倒す…っ」
ラナはウィルフレッドとライム変異体を見て、瞬時に判断した。
「分かったわ、気をつけて!」
「兄貴っ…」
カイ達がカトー達の方へと走り、ウィルフレッドは改めてライムと対峙する。
(ギルっ、これはあんたがばら撒いたものなのかっ。そこまでして紛争を求めて、いったい何の意味があると言うんだっ)
『Kaaa!』
ライム変異体が動く。翼を広げ、両手で印を結んでは、そのくちばしが身の毛もよだつ恐ろしき呪文を紡いだ。
『Knan Knan IthulaRa Ra dun'da !』
ライム変異体を中心に、影が爆発的に広がっていく、いや、全てが影となっていく。
「いかんっ!」
ミーナがカトー達を中心に即座に杖を振り回って地面に円を描き、呪文を高速に詠唱して精霊結界を作り上げた。
「おぬしら早く円の中に入れ!」
「うああっ、やべぇっ!」
カイやラナ達は間一髪でミーナの結界の中へと飛び込む。ラナの陽光が影の津波によってかき消され、地面と森全てが飲み込まれては漆黒の影の大地と化した。背筋も凍る呪文の反響とともに空間が歪み、戦場、海の嵐、絶叫、様々な風景の影が揺らいだ。
「なっ、なんなのぉこれっ!?」
いまだ森の地面を維持するミーナの結界の中でレクスが驚愕する。影が周りで荒れ、バチバチと結界の境界が揺らぐ。
「ぐっ、影の結界かっ…!なんとも強烈な魔力の圧だ…っ、ラナっ、手伝ってくれっ!」「ええっ」
ラナもまた急いで呪文を唱えてミーナの結界を維持する。
「これは…っ」
ウィルフレッドが立つ影の地面が、周りの影がまるで酸のように彼の足を溶けて蝕んでいく。アニマ・ナノマシンの再生能力は侵食速度を上回るが、長引きしていいものじゃない。彼は咄嗟の判断でライム変異体めがけて駆け出した。
『Kaaaa!』
ライム変異体が翼を広げて羽ばたかせ、羽根を刃のようにウィルフレッドへと飛ばした。
「おおおっ!」
手をかざしバリアを張って羽根針の雨を凌ぐウィルフレッド。
『Kooaaa!』
ライム変異体の異形の前肢の一振りを跳び越え、ウィルフレッドが回し蹴りをライムのカラスの体へと叩き込んだ。
『Kaoo!?』
強烈な衝撃がライムの上半身を震撼させる。その隙に結晶スラスターで空中制御し、勢いを乗せてさらにフックを見舞いした。
「はあっ!」『KuAA!』
質量の衝撃で周りの影が揺らぎ、ライム変異体の巨躯が思わず後ずさる。
「よっしゃ!力比べなら兄貴が負けるはずねぇ!」
ウィルフレッドが更に追撃する。
「おおおっ!」『Kaooaa!』
ライム変異体が素早く後ろへと飛び上がり、追撃のパンチが外れた。ライムは後退するとともに棘の尻尾を鞭のようにしならせて振り回すと、夥しい数の針がウィルフレッドめがけ射出される。
「くっ!」
急いで再度バリアを張るウィルフレッド。針の殆どはエネルギーの防壁に塞がれ、燃えていく。だがいくつかの針が、バリアを張られる前に彼の肩へと命中してしまう。
いや、それは針というより針の影だった。極細だが、横から見ればただの影の線に見える。やがてそれは地面の影のように徐々に外装を腐食していく。そしてさらに彼のセンサーにノイズが走り、軽くめまいを感じ始めた。
「ぐおお…っ!」
「ウィルさんっ」
彼の呻りにエリネが叫ぶ。
(これは神経毒…っ。アルマの装甲さえ蝕む毒性、そして棘の尻尾に四肢動物の体、『ヴェノムテイル』の変異体かっ。だがそれなら対処しやすい、あいつの毒は必要温度は高いが――)
胸のアスティル・クリスタルが再び低く鳴り始める。
(燃やせるっ)
「オオオォっ!」
雄々しい吼え声とともに胸のアスティル・クリスタルから再び青きエネルギーの奔流が全身を巡る。針の影が一瞬にして燃え尽き、ウィルフレッドの装甲からぼうぼうと燃やされた毒の火花が噴出される。
『Kaaa!』
毒が効かないのを見ると、ウィルフレッドが次の動きに入る前にライム変異体が何かを囁いた。
ドォンッ!と砲撃の音が響いた。
「がっ!?」
ウィルフレッドがよろめく。それは周りに揺らめく影が発する声だった。戦場の影らしきところから砲撃の影が彼に命中し、次に嵐の波の影が襲い、暴動する人々の影が攻撃し始めた。
「えぇっ、どうなってるのあれっ?影がウィルくんを襲ってるよっ?」
「これが影を操るという事かっ。あらゆる事象の影を己の僕とし、あたかも本物のように攻撃に使うとは、想像以上の魔力だ」
「感心してる場合じゃないわっ。――光矢!」
「こいつ!」
ラナとカイがそれぞれ魔法と矢をライム変異体に打ち込むが、それらはうねる影の結界の波にかき消される。
「ちょっ、うそだろっ!?」
「普通の魔法や攻撃ではだめだ。アイシャっ」
「はいっ」
ミーナの呼びかけとともにアイシャが前に立ち、ライム変異体めがけて呪文を唱える。
「夜の闇を照らす月の明かりよ――」
満月の明かりのような光を発する玉がアイシャの掌に浮びあがる。柔らかな月光は、彼らを包む影の結界をざわつかせては消散させ、元の森の景色が垣間見えた。
「――魔を打ち消す導きとならん。破魔!」
光弾が一条の月明かりのように影の結界の中を流れ、ライム変異体へと命中する、はずだった。
「あっ」
カイが声をあげる。先ほどのラナの魔法のように、破魔の光は途中で完全に消された。
「どういうことだよミーナっ?ライムの力は月光が弱点じゃなかったのかっ?」
「いや、アイシャの魔法は確かに効いている。今のライムの魔力が濃過ぎるのだ」
ミーナが歯軋りする。
「恐らく彼奴が変異したことで、その魔力が増大しただけでなく、ある程度変質してるためアイシャの月の力でも効き難くなってるからかもしれん」
「じゃあどうすれば…っ、早くしないと兄貴がっ」
この時、ラナが異変を察した。
「待って、なんだか様子がおかしいわ」
(なんだこれは、目くらましか?)
嵐の波の衝撃、戦場の大砲、暴動する人々の打撃。それらをウィルフレッドは確かに体で感じた。だが、最初はいきなりの出来事に竦んでしまったものの、改めて確認すると、弱い。自分の身体強度のためだけではない、それら衝撃自体が事象の元と比べてそこまで強くない。寧ろ変質した影の毒性による腐食の方が強いぐらいだ。
『Kaa...!?』
ライムもこの異状に気付いた。今まで喰い殺した人々の脳裏にある景色の影を具現化させ、相手に呪詛による暗示をかけて内外の相乗効果により傷つかせて呪い殺す結界魔法が、何故か目の前の敵にあまり効かない。
ウィルフレッドが荒ぶる影をかきわけ、ライム変異体めがけて突進する。
「ウオオオッ!」
青き電光を纏った右ストレートが疾走の勢いに載せてライム変異体を捉える。だが。
『Kuaaa !』「なっ!?」
拳が届く直前、ライムは影と化して周囲の風景に溶け込んだ。ウィルフレッドのストレートは空振りし、地面に着地して振り返ると影からライムが再び姿を現す。
(攻撃だけでなく防御にも使えるという訳か、ならこの周りの影をまるごと――)
『Kaaa! I'burth zola!』
ウィルフレッドが動くよりも早く、ライム変異体が構えを変え、吼えに近い音量で呪詛の言葉を紡ぐ。複数の赤い目が緑色の結晶とともに怪しく光り出す。
「「きゃああああ!」」「キュウゥゥ~!」「「うわあああ!」」
アリスやエリネ、ケント達全員が思わず耳を塞ぐ。脳をかき回すかのような悍ましい悪寒が声を介して全身を蝕む。
「ぐあっ!」
ウィルフレッドの体もビクリと震えた。モニターとなる視界に魔法の符号らしき怪しげなシンボルが次々と浮んでは飛び回り、体に痺れが走る。
『Duga! Duga! Kugathi thinu!』
ライムの呪詛が影の空間を更にうねらせ、呪いの爆風が吹き荒れる。
「くそっ、ミーナっ、なんだってんだよこれは!?」
「くっ…!呪詛の言霊だっ!彼奴め、ウィルを呪い殺そうとしているっ!なんて恐ろしい強度だ…っ、アイシャの加護魔法無しだったら一発で死ぬぞ!」
「ぐぅっ…これは…っ」
ウィルフレッドは試しに各感覚をシャットアウトしても、ライムの呪いの言葉の残響が、呪詛の符丁が脳裏に纏わりつく。地球のサイバーカルティスト、電脳ブードゥー、ネット狂信者達…サイコ化した信奉者が作り上げた電子の祭壇、電脳や機械の神に生贄の生体パーツを捧げる殺人事件…かつて地球で触れた凄惨な光景が、まるで呪詛をさらに強めるかの如く脳を横切る。
とはいえ、それだけだった。
『Kaa !?』
ウィルフレッドはライム変異体に向かってさらに一歩踏み出した。体は痺れを感じ、センサー類も乱れは起こってるものの、動きを封じるには遥かに遠い。ミーナが瞠目する。
「なっ…あれほどの呪詛の嵐の中で動けるのかウィルは!なぜだっ?」
(((いいかアオト、ウィル。こういうのはな、本質を見るのが大事だ)))
かつて『組織』のエージェントとして、サイバーカルティストによる組織員殺害事件にあたった時、陰惨な現場で犯人の死体を蹴りながら話すギルバートの言葉が蘇る。
(((人は理解できないものに恐怖を抱くものだ。ただの遠隔ハッキングによるシステムエラーでも、大仰な言い回しで惑わせばあとは相手が勝手に補完してパニックに陥る。だが物事をシンプルに見れば、意外とあっけないものだ。常に冷静になれ、知らないものは時には知るフリして挑め。できることに専念しろ。そうすりゃ大概は解決できるもんよ)))
そう、ライムの攻撃も、言い換えれば遠隔サイバー攻撃となんら変わりは無い。呪文はウィルスコード、今の体の異状はそれによる機能の一時的障害。呪詛の神秘なぞ、実際そうでなくともそういうものだ。原理は分からないため攻撃を防ぐ手立ては無いが、体の自由を完全に奪っていないのなら、やることは一つ。大元となるハッカー、即ちライムさえ倒せばいいだけのこと。
「ぐ、ぐぅぅ…っ」
呪詛の圧力を振り払うよう、ウィルフレッドが更に力を込める。
ライムが再び高らかに鳴き出す。
『KA-RA!Deke'n nugua!ILA!ILAAA!』
「ぐおおあぁっ!」
一層強まる呪詛に、ウィルフレッドの足に重い枷がかかったの如く沈み、跪く。周りの景色が歪み、呪いの暴圧が全て彼に圧し掛かるかの如く吹き荒れる。
「「うわああああ!」」
「カトー…っ」「アリスっ」
「皆さん、どうかしっかり…っ!」
撒き散らされる呪詛は結界越しでも強く感じられ、カトー達を狂おしく苛む。カトーとアリスが互いをかばうように抱き合い、そんな二人を守るケントに、魔法で彼らを保護するエリネ。
「だああっ!このままじゃ俺達が先に潰されちまうぞっ!」
「待てっ、周りを見ろっ」
ミーナの一声にラナやアイシャ達が周りを見ると、影の結界に覆われた周辺に、元の森の姿が透けて見えた。
「これは…先生っ」
アイシャに頷くミーナ。
「いまライムは全魔力をウィルに集中させて、結界の維持力が弱くなっている。これならおぬしの魔法がライムに届くかもしれん」
「いけるのでしょうかっ?」
「試す価値はある。カイ、手伝えっ」
「俺?」
『Duga...Ka-ra thinu Deke'ngua...!』
「うっ…あ…」
ライム変異体は全ての魔力をウィルフレッドに集中させ、呪詛の言葉を絶えずに唱え続ける。膨大な魔力と呪詛ある言霊の二重奏で、ついに呪いは彼に効き始め、意識が遠のき、赤い目から光が失せはじめる。
「魔を祓う月の輝きよ、我が刃に宿れ――月光刃」
アイシャの詠唱とともに、カイの矢に月の明かりが宿り、先ほどミーナが塗った月鈴草とともに銀色の輝きが周りを照らす。
「よいかカイ、アイシャ。チャンスは一度限りだ。ミスったらライムにまた結界を強化される。月鈴草とアイシャの魔法の加護を受けた矢なら、今の濃度の魔力を一点集中で貫けるはず。それをライムに向けて射て、結界を切り裂いて道を開き、アイシャが本命の魔法を矢に続くよう即座に撃ち出す。同じ軌道、僅かな時間差での射撃だが、行けるか?」
「ああ、やって見せるさっ」「はいっ、絶対にやり遂げますっ」
カイが白銀に輝く矢を構え、アイシャは彼に続けて魔法を撃つように隣接する。二人はお互いを見た。軽く胸が弾む。
「アイシャ…俺が必ず矢をカラス野郎に当てさせる。後は頼むよ」
「任せてください。カイくんの矢が先導するのですから、私が失敗することなんてありえないです」
お互いを見て微笑む二人に、チラ見していたカトーはすぐに彼らの関係を理解した。
(カイさん…。そういうことだったんだね)
カイがライム変異体を見据える。
「早くしようっ、でないと兄貴が危ねえっ」
「ええっ」
カイとともにライムを見つめ、彼の隣でアイシャが手を掲げた。
「夜の闇を照らす月の明かりよ、女神の御座より我が掌へと舞い降りたまえ――」
【続く】
「うん。まあ今の僕にはちょっと無理だけどね…」
それは二人が暫く知り合って、まだ正式に付き合っていない頃だった。心地良く晴れた日、花びらが美しく飛び舞う花畑で座るアリスは、少し恥ずかしながら苦笑するカトーに熱い視線を送る。
「大丈夫ですよ。カトーさんにはちゃんと才能がありますし…、私の…私の、好きな人ですから…」
「あはは、ありがとうござ…、…えっ?」
アリスの言葉に固まるカトー。
「えっ、あっ、ご、ごめんア、アリスさん、その、聞き違いでしょうか…その、まさか、アリスさんが、僕のこと、好きって…」
「聞き違いじゃありませんよ、もう。私は…、カトーさんのこと、好き、です…」
今度は間違いない、アリスは確かに自分が『好き』と言った。
不意に風が吹いて、乱れ飛ぶ花びらとともにアリスの髪がたおやかに靡く。カトーを見つめる彼女の瞳は麗しく、恥じらいで染める頬は艶やかで、照れながら微笑む笑顔はどの絵よりも美しかった。
「カトーさんは…どう、思いますか?私のこと…」
「あっ、あっ、その、ぼ、僕、は…っ」
・
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その日の夜、カトーは今日で見た花畑の景色をキャンパスに描いていた。何処までも広がる花畑に晴れた空は忠実に再現されてはいるが、その真ん中は未だに空白のままだ。
お互いの気持ちを伝えた時の鼓動は未だに強く胸を打っており、初めて繋いだアリスの繊細な手から伝わる温かみが、唇を重なった時の感触が、カトーの心と体を熱く燻り続けていた。生まれて初めての経験だった。芸術以外の感情が自分の心を満たすのは。
(((やっぱりカトーさんもヴィーネスに行くのが夢なのですね)))
その言葉に間違いはなく、彼のヴィーネスへの憧れは確かに本物だ。けれどアリスへの思いは、心地良い痛みを与えるほど心を満たしている彼女の温もりは、それとはまた別の熱としてカトーの胸を熱くさせた。
(アリス、さん…、僕も…)
底が見える透き通った泉の如く純粋な気持ちだった。利用するとか誇示するとか、そんな打算なんざ一切ない真っすぐな思いだった。ただただ、あの人と一緒にいたい。ともに笑って、泣いて、芸術への感動も全て分かちあっていきたい、とても単純な感情だった。
止まっていた手が動く。自分にとっての最上の芸術を、いま新たに芽生えた渇望を、これからの未来を埋めるかのようにキャンパスの空白を綴っていく。二人で手を取り合いながら前へと進む光景を。
生活の苦境でいつしかそれから目を逸らしても、その渇望は一度もカトーの心から消えることはなかった――
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「う、うぅ…」「うん…」
「気がついたのねっ、カトーさんっ、アリスさんっ」
エリネとミーナの懸命の治療により、二人はようやく意識を取り戻した。
「ぼ、僕はいったい…うっ、あ、頭が痛い…っ」
「無理するでない。ライムの呪いを浄化したばかりだぞ。普通なら大きなトラウマが精神に残ってもおかしくないぐらい強力な呪いだったからな」
「ミ、ミーナさん…?それにエリーさんも…」
カトーは意識を取り戻すよう頭を振ると、やがてすぐ傍のアリスと、自分達を見つめているケントに気付いた。
「アリス?…ケ、ケント様…」
「カトー…」
何か言いたそうなケントだが、ようやくはっきりと意識を取り戻したアリスが割り込んだ。
「カトー…?カトーっ!もう無事なのっ?」
「う、うん、そのようだけど――」
「カトー!」
アリスがカトーに強く抱きしめ、安心の涙がボロボロと流れ出す。
「良かった…本当に良かった…っ、カトー…っ」
「ア、アリス…」
まだ状況が掴みきってないカトーは、照れながらそっとアリスを抱き返し、安心させるようにその背中を撫でた。ケントは安心すると同時に複雑な気持ちになっていた。
『Kaaaaa!』
戦慄の鳴き声が森に響いた。カトー達が声の方向を見ると、見覚えのあるカラスに似た異形が荒々しく翼を広げていた。
「う、うわあああっ!な、なんだあれは!?」
「先ほどまでにおぬしに取り憑いていた妖魔ライムだ」
「ライ…ム…?」
カトーはおぼろげながら、脳内でカラスとその赤い目が自分を苛んでいたことを思い出す。
「でもミーナ様っ、この感覚って確か」
エリネに頷くミーナ。
「うむ。前に遭遇したゴーレムと同じ、変異体だ」
「じゃあ、あのライムはやっぱり…っ」
ミーナが杖を強く握りしめる。
「邪神教団が仕掛けた奴に違いないっ」
『Kaaa! Kaaaaa!』
月鈴草の粉が吹き飛ばされ、ラナの陽光の光の結界にも怯まなくなったライム変異体は異形の翼を大きく羽ばたかせて威嚇した。今や三メートルもあるその巨体と異質な姿に、レクス達が思わず後ずさる。
「ちょっとちょっと!どうなってんのこの化け物はっ?」
「この前言ってた変異体だよレクス様っ!あのギルバートの野郎が仕込んだアイテムで変化した化け物なんだ!」
「これが、変異体っ」
ラナは初めて見る変異体と化したライムを見据える。一目でこの世界のものではないと分かるおぞましい姿、自分達の認識に亀裂を持ち込むような異様な感覚。なるほど確かに、どことなくウィルフレッドと近い何かを感じさせる。
『Kaa!』
ライムが異星人的な前肢を一歩踏み出す。
「っ、くるよ!」
レクス達が構えると同時に、ウィルフレッドが前に出た。
「兄貴っ!」
「がああアァァッ!」
ウィルフレッドが猛々しく吠え、胸のアスティル・クリスタルが眩く輝いたっ。青き電光が彼を中心にほとばしり、服がクリスタルに一瞬で収納されては、禍々しく膨らんだ体が鋭き口と爪を持つ鋼の異形へと変異する。そしてクリスタルが更に鳴動して深遠の宇宙の光を放ち、アスティルエネルギーが青き血液の如く全身を巡ると、異形の体が更に再構築されていくっ。
光が収まる。余熱で煙立つ銀色の体に赤き目、鋼鉄の魔人がそこに屹立していた。カトーが慌てふためく。
「な、なななな、ウィ、ウィルさんがっ!?エリーさんっ!?」
「大丈夫っ、あれはちゃんと私達のウィルさんですよっ」
「ウィルくん!」
「ラナ!君たちはカトー達を守って後方からサポートしてくれっ、こいつは俺が倒す…っ」
ラナはウィルフレッドとライム変異体を見て、瞬時に判断した。
「分かったわ、気をつけて!」
「兄貴っ…」
カイ達がカトー達の方へと走り、ウィルフレッドは改めてライムと対峙する。
(ギルっ、これはあんたがばら撒いたものなのかっ。そこまでして紛争を求めて、いったい何の意味があると言うんだっ)
『Kaaa!』
ライム変異体が動く。翼を広げ、両手で印を結んでは、そのくちばしが身の毛もよだつ恐ろしき呪文を紡いだ。
『Knan Knan IthulaRa Ra dun'da !』
ライム変異体を中心に、影が爆発的に広がっていく、いや、全てが影となっていく。
「いかんっ!」
ミーナがカトー達を中心に即座に杖を振り回って地面に円を描き、呪文を高速に詠唱して精霊結界を作り上げた。
「おぬしら早く円の中に入れ!」
「うああっ、やべぇっ!」
カイやラナ達は間一髪でミーナの結界の中へと飛び込む。ラナの陽光が影の津波によってかき消され、地面と森全てが飲み込まれては漆黒の影の大地と化した。背筋も凍る呪文の反響とともに空間が歪み、戦場、海の嵐、絶叫、様々な風景の影が揺らいだ。
「なっ、なんなのぉこれっ!?」
いまだ森の地面を維持するミーナの結界の中でレクスが驚愕する。影が周りで荒れ、バチバチと結界の境界が揺らぐ。
「ぐっ、影の結界かっ…!なんとも強烈な魔力の圧だ…っ、ラナっ、手伝ってくれっ!」「ええっ」
ラナもまた急いで呪文を唱えてミーナの結界を維持する。
「これは…っ」
ウィルフレッドが立つ影の地面が、周りの影がまるで酸のように彼の足を溶けて蝕んでいく。アニマ・ナノマシンの再生能力は侵食速度を上回るが、長引きしていいものじゃない。彼は咄嗟の判断でライム変異体めがけて駆け出した。
『Kaaaa!』
ライム変異体が翼を広げて羽ばたかせ、羽根を刃のようにウィルフレッドへと飛ばした。
「おおおっ!」
手をかざしバリアを張って羽根針の雨を凌ぐウィルフレッド。
『Kooaaa!』
ライム変異体の異形の前肢の一振りを跳び越え、ウィルフレッドが回し蹴りをライムのカラスの体へと叩き込んだ。
『Kaoo!?』
強烈な衝撃がライムの上半身を震撼させる。その隙に結晶スラスターで空中制御し、勢いを乗せてさらにフックを見舞いした。
「はあっ!」『KuAA!』
質量の衝撃で周りの影が揺らぎ、ライム変異体の巨躯が思わず後ずさる。
「よっしゃ!力比べなら兄貴が負けるはずねぇ!」
ウィルフレッドが更に追撃する。
「おおおっ!」『Kaooaa!』
ライム変異体が素早く後ろへと飛び上がり、追撃のパンチが外れた。ライムは後退するとともに棘の尻尾を鞭のようにしならせて振り回すと、夥しい数の針がウィルフレッドめがけ射出される。
「くっ!」
急いで再度バリアを張るウィルフレッド。針の殆どはエネルギーの防壁に塞がれ、燃えていく。だがいくつかの針が、バリアを張られる前に彼の肩へと命中してしまう。
いや、それは針というより針の影だった。極細だが、横から見ればただの影の線に見える。やがてそれは地面の影のように徐々に外装を腐食していく。そしてさらに彼のセンサーにノイズが走り、軽くめまいを感じ始めた。
「ぐおお…っ!」
「ウィルさんっ」
彼の呻りにエリネが叫ぶ。
(これは神経毒…っ。アルマの装甲さえ蝕む毒性、そして棘の尻尾に四肢動物の体、『ヴェノムテイル』の変異体かっ。だがそれなら対処しやすい、あいつの毒は必要温度は高いが――)
胸のアスティル・クリスタルが再び低く鳴り始める。
(燃やせるっ)
「オオオォっ!」
雄々しい吼え声とともに胸のアスティル・クリスタルから再び青きエネルギーの奔流が全身を巡る。針の影が一瞬にして燃え尽き、ウィルフレッドの装甲からぼうぼうと燃やされた毒の火花が噴出される。
『Kaaa!』
毒が効かないのを見ると、ウィルフレッドが次の動きに入る前にライム変異体が何かを囁いた。
ドォンッ!と砲撃の音が響いた。
「がっ!?」
ウィルフレッドがよろめく。それは周りに揺らめく影が発する声だった。戦場の影らしきところから砲撃の影が彼に命中し、次に嵐の波の影が襲い、暴動する人々の影が攻撃し始めた。
「えぇっ、どうなってるのあれっ?影がウィルくんを襲ってるよっ?」
「これが影を操るという事かっ。あらゆる事象の影を己の僕とし、あたかも本物のように攻撃に使うとは、想像以上の魔力だ」
「感心してる場合じゃないわっ。――光矢!」
「こいつ!」
ラナとカイがそれぞれ魔法と矢をライム変異体に打ち込むが、それらはうねる影の結界の波にかき消される。
「ちょっ、うそだろっ!?」
「普通の魔法や攻撃ではだめだ。アイシャっ」
「はいっ」
ミーナの呼びかけとともにアイシャが前に立ち、ライム変異体めがけて呪文を唱える。
「夜の闇を照らす月の明かりよ――」
満月の明かりのような光を発する玉がアイシャの掌に浮びあがる。柔らかな月光は、彼らを包む影の結界をざわつかせては消散させ、元の森の景色が垣間見えた。
「――魔を打ち消す導きとならん。破魔!」
光弾が一条の月明かりのように影の結界の中を流れ、ライム変異体へと命中する、はずだった。
「あっ」
カイが声をあげる。先ほどのラナの魔法のように、破魔の光は途中で完全に消された。
「どういうことだよミーナっ?ライムの力は月光が弱点じゃなかったのかっ?」
「いや、アイシャの魔法は確かに効いている。今のライムの魔力が濃過ぎるのだ」
ミーナが歯軋りする。
「恐らく彼奴が変異したことで、その魔力が増大しただけでなく、ある程度変質してるためアイシャの月の力でも効き難くなってるからかもしれん」
「じゃあどうすれば…っ、早くしないと兄貴がっ」
この時、ラナが異変を察した。
「待って、なんだか様子がおかしいわ」
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嵐の波の衝撃、戦場の大砲、暴動する人々の打撃。それらをウィルフレッドは確かに体で感じた。だが、最初はいきなりの出来事に竦んでしまったものの、改めて確認すると、弱い。自分の身体強度のためだけではない、それら衝撃自体が事象の元と比べてそこまで強くない。寧ろ変質した影の毒性による腐食の方が強いぐらいだ。
『Kaa...!?』
ライムもこの異状に気付いた。今まで喰い殺した人々の脳裏にある景色の影を具現化させ、相手に呪詛による暗示をかけて内外の相乗効果により傷つかせて呪い殺す結界魔法が、何故か目の前の敵にあまり効かない。
ウィルフレッドが荒ぶる影をかきわけ、ライム変異体めがけて突進する。
「ウオオオッ!」
青き電光を纏った右ストレートが疾走の勢いに載せてライム変異体を捉える。だが。
『Kuaaa !』「なっ!?」
拳が届く直前、ライムは影と化して周囲の風景に溶け込んだ。ウィルフレッドのストレートは空振りし、地面に着地して振り返ると影からライムが再び姿を現す。
(攻撃だけでなく防御にも使えるという訳か、ならこの周りの影をまるごと――)
『Kaaa! I'burth zola!』
ウィルフレッドが動くよりも早く、ライム変異体が構えを変え、吼えに近い音量で呪詛の言葉を紡ぐ。複数の赤い目が緑色の結晶とともに怪しく光り出す。
「「きゃああああ!」」「キュウゥゥ~!」「「うわあああ!」」
アリスやエリネ、ケント達全員が思わず耳を塞ぐ。脳をかき回すかのような悍ましい悪寒が声を介して全身を蝕む。
「ぐあっ!」
ウィルフレッドの体もビクリと震えた。モニターとなる視界に魔法の符号らしき怪しげなシンボルが次々と浮んでは飛び回り、体に痺れが走る。
『Duga! Duga! Kugathi thinu!』
ライムの呪詛が影の空間を更にうねらせ、呪いの爆風が吹き荒れる。
「くそっ、ミーナっ、なんだってんだよこれは!?」
「くっ…!呪詛の言霊だっ!彼奴め、ウィルを呪い殺そうとしているっ!なんて恐ろしい強度だ…っ、アイシャの加護魔法無しだったら一発で死ぬぞ!」
「ぐぅっ…これは…っ」
ウィルフレッドは試しに各感覚をシャットアウトしても、ライムの呪いの言葉の残響が、呪詛の符丁が脳裏に纏わりつく。地球のサイバーカルティスト、電脳ブードゥー、ネット狂信者達…サイコ化した信奉者が作り上げた電子の祭壇、電脳や機械の神に生贄の生体パーツを捧げる殺人事件…かつて地球で触れた凄惨な光景が、まるで呪詛をさらに強めるかの如く脳を横切る。
とはいえ、それだけだった。
『Kaa !?』
ウィルフレッドはライム変異体に向かってさらに一歩踏み出した。体は痺れを感じ、センサー類も乱れは起こってるものの、動きを封じるには遥かに遠い。ミーナが瞠目する。
「なっ…あれほどの呪詛の嵐の中で動けるのかウィルは!なぜだっ?」
(((いいかアオト、ウィル。こういうのはな、本質を見るのが大事だ)))
かつて『組織』のエージェントとして、サイバーカルティストによる組織員殺害事件にあたった時、陰惨な現場で犯人の死体を蹴りながら話すギルバートの言葉が蘇る。
(((人は理解できないものに恐怖を抱くものだ。ただの遠隔ハッキングによるシステムエラーでも、大仰な言い回しで惑わせばあとは相手が勝手に補完してパニックに陥る。だが物事をシンプルに見れば、意外とあっけないものだ。常に冷静になれ、知らないものは時には知るフリして挑め。できることに専念しろ。そうすりゃ大概は解決できるもんよ)))
そう、ライムの攻撃も、言い換えれば遠隔サイバー攻撃となんら変わりは無い。呪文はウィルスコード、今の体の異状はそれによる機能の一時的障害。呪詛の神秘なぞ、実際そうでなくともそういうものだ。原理は分からないため攻撃を防ぐ手立ては無いが、体の自由を完全に奪っていないのなら、やることは一つ。大元となるハッカー、即ちライムさえ倒せばいいだけのこと。
「ぐ、ぐぅぅ…っ」
呪詛の圧力を振り払うよう、ウィルフレッドが更に力を込める。
ライムが再び高らかに鳴き出す。
『KA-RA!Deke'n nugua!ILA!ILAAA!』
「ぐおおあぁっ!」
一層強まる呪詛に、ウィルフレッドの足に重い枷がかかったの如く沈み、跪く。周りの景色が歪み、呪いの暴圧が全て彼に圧し掛かるかの如く吹き荒れる。
「「うわああああ!」」
「カトー…っ」「アリスっ」
「皆さん、どうかしっかり…っ!」
撒き散らされる呪詛は結界越しでも強く感じられ、カトー達を狂おしく苛む。カトーとアリスが互いをかばうように抱き合い、そんな二人を守るケントに、魔法で彼らを保護するエリネ。
「だああっ!このままじゃ俺達が先に潰されちまうぞっ!」
「待てっ、周りを見ろっ」
ミーナの一声にラナやアイシャ達が周りを見ると、影の結界に覆われた周辺に、元の森の姿が透けて見えた。
「これは…先生っ」
アイシャに頷くミーナ。
「いまライムは全魔力をウィルに集中させて、結界の維持力が弱くなっている。これならおぬしの魔法がライムに届くかもしれん」
「いけるのでしょうかっ?」
「試す価値はある。カイ、手伝えっ」
「俺?」
『Duga...Ka-ra thinu Deke'ngua...!』
「うっ…あ…」
ライム変異体は全ての魔力をウィルフレッドに集中させ、呪詛の言葉を絶えずに唱え続ける。膨大な魔力と呪詛ある言霊の二重奏で、ついに呪いは彼に効き始め、意識が遠のき、赤い目から光が失せはじめる。
「魔を祓う月の輝きよ、我が刃に宿れ――月光刃」
アイシャの詠唱とともに、カイの矢に月の明かりが宿り、先ほどミーナが塗った月鈴草とともに銀色の輝きが周りを照らす。
「よいかカイ、アイシャ。チャンスは一度限りだ。ミスったらライムにまた結界を強化される。月鈴草とアイシャの魔法の加護を受けた矢なら、今の濃度の魔力を一点集中で貫けるはず。それをライムに向けて射て、結界を切り裂いて道を開き、アイシャが本命の魔法を矢に続くよう即座に撃ち出す。同じ軌道、僅かな時間差での射撃だが、行けるか?」
「ああ、やって見せるさっ」「はいっ、絶対にやり遂げますっ」
カイが白銀に輝く矢を構え、アイシャは彼に続けて魔法を撃つように隣接する。二人はお互いを見た。軽く胸が弾む。
「アイシャ…俺が必ず矢をカラス野郎に当てさせる。後は頼むよ」
「任せてください。カイくんの矢が先導するのですから、私が失敗することなんてありえないです」
お互いを見て微笑む二人に、チラ見していたカトーはすぐに彼らの関係を理解した。
(カイさん…。そういうことだったんだね)
カイがライム変異体を見据える。
「早くしようっ、でないと兄貴が危ねえっ」
「ええっ」
カイとともにライムを見つめ、彼の隣でアイシャが手を掲げた。
「夜の闇を照らす月の明かりよ、女神の御座より我が掌へと舞い降りたまえ――」
【続く】
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