ハルフェン戦記 -異世界の魔人と女神の戦士たち-

レオナード一世

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第八章 虚無の呪詛

虚無の呪詛 第六節

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夢の中で、ミーナは声が聞こえた。

「気をつけて…」「気をつけて…」
朧な意識で、それが少年と少女の声だと辛うじて理解したミーナ。

「彼らは築いている、純粋なる者たちの憎しみの塚を」
「彼らは築いている、夢ある者たちの虚無の塚を」
「彼らは築いている、勇気ある者たちの恐怖の塚を」

「更なる死と呪いをまき散らすため」「更なる怨嗟と憎しみを増やすため」

状況をさらに理解しようと頭を回転させるミーナに、夢のとばりが阻んでまどろませる。声は語り続けた。

「この夢を貴方は覚えられない、夢とはそういうもの」「でも警告の言葉は、然るべき時に心に響くでしょう」

「気をつけて…」「気をつけて…」

――――――

テント内でミーナの目が覚める。

「…起きてしまったか…」
目を軽くこすって起き上がり、まだ暗いテントの外では既に数名の兵士が先に起きて作業を始めていた。

「…なにか妙な夢を見たような気がするが…なんだったんだ?」
回想しようとするミーナだが、その内容を一向に思い出せずにいた。

「まあいいか」
無駄なことに頭を使いたくないのか、ミーナはあっさりと諦めては朝の仕度をし始めた。


******


朝を迎えたソラの町は、曇りのせいでいまだ仄暗い。そのすぐ傍で駐屯している連合軍のキャンプ地で、ミーナ達一同は今日の調査行動の打ち合わせをしていた。

「今回は我ら七人だけで動こう。ライムは小心者な妖魔だ、軍も出して調査しては逆に姿を見せなくなる可能性もある。そこで四手に分けよう。我とラナは例の自殺者の小屋をもう一度調査する。エリーとウィルはカトーの所に行って、警告以外に噂について何か知ってるかを聞く。レクスは領主にライムのことを伝えて助力を仰ぐ。アリスとやらへの報告も兼ねてな。アイシャはカイと一緒に、町に怪しい動きや魔力の痕跡がないか見回ってくれ」
「おう、任せとけ。こっちで見つけたら軽く倒してやるぜってうおっ!」
自分の頭に炸裂しようとするミーナの杖を白刃取りしらはどりするカイ。

「バカ言うでない。ライムはそこらへんの魔獣モンスターと違ってそんな生易しい奴ではないぞ。他の人たちも、もし見つけたら牽制しながらすぐ空に信号花火を撃って皆に知らせるのだ。ライムと対峙するにはアイシャがその場にいるのが望ましいからな」
「私ですか?」

ミーナが頷く。レクス達になだめられながらも自分を睨むカイを無視しながら。
「昨日も言ったように、ライムは非常に強力な妖魔だ。影を操る能力に加え、発する言葉だけでも呪詛の力が働く程の魔力は軽視できるものではない。だが一見強大な力を有するライムでも一つだけ弱点を持っている。それが月光だ」

「月光?」
ようやく落ち着いたカイが困惑する。
「月の明りは邪悪な魔性を退く力を持っている。一説では女神ルミアナの加護によるものと言われてな。一部魔獣モンスターもそれに弱いが、特にライムには極めて有効だと文献では記されている」

ポンと手を叩くレクス。
「なるほど、月の巫女たるアイシャ様なら、正にライムの天敵ともいえる存在なんだね」
「その通りだが、今は昼だし、さっきも言ったようにライムの魔力は非常に強大と言われてる。たとえアイシャでも油断できる相手ではない。出会ったらすぐに集まって全員で対処するのだ、いいな」

「はい。私、責任重大ですね…っ、ライムに負けないよう一生懸命がんばりますっ」
気合満々なアイシャにラナ達がくすりと笑う。

「カイくん、ライムを見つけた時のサポート、よろしくお願いしますね」
優しく微笑むアイシャにカイが照れては頬を掻く。
「あ、ああ」
予想どおりの反応にアイシャが更に楽しそうな笑顔を浮かべた。

「お兄ちゃん、アイシャさんに見とれてライムを逃さないようにね」「キュッ」
「う、うるせーっ、そんなヘマするかよ」
一同が笑い出す。

「無駄話はここまでだ。行くぞ」
ミーナのかけ声とともに、ラナ達はそれぞれの目的地へと歩み出した。


******


領主ケントは自分の館の書斎にて、長年営んで大きく成長させた自分の町を見下ろしていた。
(…アリス…)
愛娘のことを案じながら、昨日レクスが再び自分のところに訪れた時のことを思い出す。

――――――

「僕からの一生のお願いですケント様っ!アリス殿を自由にさせてくださいっ!」
「レ、レクス様おちついてください…っ、いったいなんのことか…っ」
昨日ラナ達と一緒に会談していた接客室で、レクスは机にうつ伏せる程頭を下げてケントに懇願していた。いきなりの要求に訳も分からず狼狽するケント。

「――そうですか。娘があなた方にそのようなことを…」
ようやく顔を上げたレクスは、アリスからカトーのことを頼まれ、それでケントが二人の仲に反対して彼に分かれるよう告げたことに気付いたことを説明した。

「いやはや、レクス様がいきなりアリスのことで頭を下げてくるから何事かと思いましたよ」
「たはは、ごめんごめん。僕はご覧のとおりお願い事はつい力入れてしまうタイプだからさあ」
恥ずかしそうな感じで頭を掻くと、レクスは顔を軽く引き締めた。

「ケント様。一人娘を大事にしたいと言う気持ちは分からなくもないよ。だからと言って相手に別れを促すまでにするのはさすがにちょっとやり過ぎじゃないかなあ?」
「…私としても、好きに彼を邪険に扱う訳ではありません」

ケントは立ち上がって、窓からソラ町の景色を見下ろす。
「貴方もご存知とは思いますが、芸術業界はその見た目とは裏腹に非常に厳しい世界です。なまじ美術商として営んできた私は、多くの若者がこの道をめざし、脱落していく様を見てきました。このような不安定な業界にいる人に娘が一緒になるのはあまり見たくないものです」

「でもそうでない若者だって一杯いるでしょ?それともカトーの作品はそこまで酷いものなの?」
「いえ。彼の作品は確かに若者らしい新しいアイデアに溢れてます。ですがそれはあまりに斬新過ぎて万人向けではないスタイル。そういうものは芸術的に良しとしても、商売的にあまり良いものではありません。彼一人ならまだしも、家を養いながらそのスタイルを受け入れるマーケットを開拓して行くにはリスクが高すぎる」

軽くため息つくケント。
「私がまだ若く、美術商を始めた頃の生活もまた非常に貧しく苦しいものでありました。あのような思いを、私はアリスに味わわせたくないのです」

「う~む、愛娘を思うその気持ちは分からなくはないけど、見込みがあるのなら投資してあげるのも別に良いのでは?リスクのない商売なんてないし、それを最小限に抑える知識も余裕も今の貴方ならあるはずですよね。人材の育成なくして業界の発展はないことは、他ならぬ貴方が一番理解してると思う。ケント様だって、最初の頃は資金面や人脈で他人から色々と助けてもらったからこそ、今の成果があるんでしょ」
「それはそうですが…」

「まあ、二人が必ず良い結果を出すとは限らないけど、リスクのない商売がないように、傷つかずに成長できる子供なんてどこにもいないですよ。それに…」
ケントの傍に並び立つレクス。

「お互い顔を向き合って話さずに、ただ一方的な善意を押し付けたままじゃ、いつかすれ違いで後悔することになることもあるからね。子と親どっちも」
「レクス様…?」
外を見つめるレクスの目はどこか切なさを含んでいたが、すぐさまいつもの気の抜けた笑顔を浮かべた。

「まっ、どっちにしろ、このことについては一度お二人さんとしっかり会話することをお勧めしますよ。放蕩もんな自分じゃちょっと説得力ないかも知れないけどね」
「…ははは、ご冗談がうまいですな、レクス様」
ウィンクするレクスにケントは苦笑するばかりだった。

――――――

(アリス。私は君の母が亡くなってから、過保護になりすぎたのだろうか)
ケントは町を見下ろしながら暫く考え込むと、メイドが書斎へと入る。
「ケント様、そろそろ時間です。仕度は全て済ませてます」
「分かった。今行く」
芸術イベントが開催している期間、ケントは定期的に町を巡回視察するようにしている。今のはその用意の知らせだった。


******


「それにしてもさすがミーナ先生。さっきは中々良い采配でした」
「何のことだ?」
ミーナを案内して昨日の小屋へと目指すラナが藪らか棒に言う。

「アイシャ姉様とカイくんを同じチームにしたことですよ。二人の関係も配慮しての組み合わせですね」
「ああ、あれか。なに、アイシャは宮廷でいつも窮屈していたからな。あまり頭の使わないカイとなら少しは楽になれると考えたのだ。おぬしもそう思うのだろう」
「ふふ、そうですね。後のことはどうなるかは分かりませんけど、少なくともこの旅の間はアイシャ姉様に良い思いをしてあげたいわね」
「そうだな」

「あ、着きましたミーナ先生」
そう言ってるうちに、二人は昨日ラナ達が調査していた小屋へとたどり着いた。
「ここがそうか、ではさっそく調査しよう」「ええ」

ミーナ達は昨日と同じく小屋を一通り回った。血の痕跡があった部屋に、魔法陣が描かれていた壁。他の部屋をも含め改めて調査したが、目ぼしい発見はなかった。

「やはり小屋内ではこれ以上のものは見つからなさそうですね」
「魔法陣も念入りに拭き取られ、残留魔力は殆どなかったからな。恐らく例の片付け屋が証拠を全て処理したのだろう。…気になる点は一応あったが」
「なんなんでしょう?」

「被害者が死亡したと思われる部屋だが、心なしか…血の飛び散り具合が気がする」
「そうなのでしょうか?強力な呪いによる呪死で血を吹きだす現象はそう珍しくもない気がしますが…」
「確かにそうだが、あの部屋の具合は少し大袈裟すぎるのだ。ライムの呪いがそれほど強かったからか、あるいは…」

ミーナが暫く考え込んだ。
(食事サイクルといい、この血の飛び散り具合といい、ライムに関する研究文献が少ないから記録に間違いがあったのか?どうもひっかかるな…)

「先生?」
「いや、いい、なんでもない。あくまで気がするだけだし、大して重要な手がかりでもないからな。それよりも、屋内はもうこれ以上捜索しても意味がないな。他に何かあるとすれば…小屋の外周りか」

二人が一旦小屋の外へと出ると、ミーナは目を閉じて杖を軽く持ち上げた。
「大地の精霊よ。その身に刻みし軌跡を描き出したまえ――」
杖を地面に叩くと輝く輪が拡散し、周りの地面に大人数の足跡や車輪の痕跡が淡く輝き出された。

「まあ、凄いですね」
「小屋の主が死んだ日の夜の痕跡だ。そんなに時が経ってないのが助かる」
ミーナ達はそれらの痕跡を観察すると、ラナが不審に思った。
「妙ですね。荷台があるのは当たり前として、一つは町に向かってますけど、もう一つは町の外に向かってます」

「うむ。町への荷台は恐らく片付け屋の整理場に持っていくつもりだろうが、離れる方は何を持ち出している?」
「追ってみましょう。何かが見つかるかもしれません」
「そうだな」

ミーナとラナは町の外に向かってる荷台の痕跡を追って暫く歩いた。小屋からやや離れた途中で、二人は急激に足を止めた。

「うっ、なにこの不快な感覚…」
「どうやらあそこの草むらに何かがあるな」
痕跡からやや離れた草むらに二人が近づき、ミーナが杖で慎重にそれを分けると、そこには小さな何かが転がっていた。

「これは…彫刻、か?」
それは掌サイズの、既に乾燥した血のシミがこびり付いている女性の彫刻だった。ミーナは手袋を着けてそれを手に持って観察する。血の乾き具合から、例の自殺者の死亡日付と合うが、それ以上に彼女を驚かせたのは、この彫刻に込められた強き呪詛の念だ。先ほど感じた不快感は間違いなくこれによるものだろう。

「先生、これってもしかして…」
「小屋で死んだ奴のものに違いあるまい。恐らく奴らが小屋の物を持ち出している途中、この彫刻がここで落ちてしまったことに気付かなかったのだろう」
ミーナは更に注意深く彫刻を調べる。

「なんとも不快で強烈な念だ…。恐らくライムに呪殺された際の苦悶の断末魔が血とともに彫刻に飛び掛って帯びたものだろう。それだけではない。この虚無感…絶望の理由の一つでもある彫刻が、その主の念と因果の相乗効果を出しているのか。ここまで強烈だともはや立派な呪物だな」

ラナは眉を寄せた。
「つまり、教団と思しき者達はライムに呪い殺された者達の念を帯びた呪物を集めていることなのでしょうか?いったいなんのために…?」
「分からん。だがこれで奴らが黒い服を着て作業している理由が分かった。あれは恐らく特有の洗礼を受けた服で、これらを集めるときに呪念から身を守るためのものに違いない」

ミーナはバッグから精霊の洗礼を受けた布で丁寧に彫刻を包んみ、バッグに仕舞いこんだ。
「この痕跡が伸びるところまで追跡してみよう、他にも何かあるのかもしれない」
「ええ」


******


アーティストが次々と屋台を開き、人々が賑やかになり始めた通りを歩きながらカトーの家を目指すウィルフレッドとエリネ。

「本当に賑やかで平和な町ですね。とても恐ろしい妖魔が潜伏しているとは思えないです」
「そうだな。カトー達のためにも早めにライムを駆除しないと」
「そうですね。お兄ちゃん、アイシャさんのサポートしっかりしてくれればいいけど」「キュッ」

「きっと大丈夫さ。カトーのことで結構気合入れてるようだしな」
「そうですけど、それがかえって心配なんです」
「どういう意味だ?」
「ウィルさん覚えてます?昨日の朝、私、お兄ちゃんとアイシャさんのことを心配してましたよね」

「ああ。確か身分の違いが理由だったな」
「はい。…ウィルさんになら教えても大丈夫と思いますけど、お兄ちゃんの本当の両親はね、カトーさん達と同じ身分違いの仲だったんです」
「そうだったのか?」
少し目を見開くウィルフレッド。

「お兄ちゃんのお父さんは大商人の息子で、貴族とも深いつながりを持った大家族の一員だったの。そしてお母さんはブラン村にいた至って普通な羊飼いの娘。お二人は、丁度商売や買出しの際にクラトネで出会って、それで恋に落ちてしまって」
ルルを撫でながら説明するエリネ。

「二人はクラトネで数日過ごして、お父さんはお母さんにプロポーズし、家に帰って了承を得て彼女を家に迎えるように伝えたの」
「…得られなかったんだな、了承」
エリネが頷く。

「うん。あの人は家族の権威が全てである自分の父が、母さんのことを反対したことに反論する勇気がなく、結局黙りこんでしまって…。その上、それを母さんに伝えることさえも避けていた。合わせる顔がなく逃避しつづけて…見かねた彼の執事さんが、既にお兄ちゃんを身ごもっていた母さんの元に来て、そのことを伝えたの」
ウィルフレッドは何も言わずに聞き続ける。

「お母さんはとても悲しかったそうで、お兄ちゃんを産んだ後は、彼に気遣って自分は大丈夫と言ってるけど、ひっそり一人で泣いていて父さんの名前を呼んでいるのを良く見てたってお兄ちゃんが言ってたわ。程なくして、父さんの方は母さんから逃げたことに耐えられなかったのか毒を飲んで自殺したらしく、母さんもまた、冬に病にかかって亡くなり、孤児となったお兄ちゃんはそのままシスターに引き取られたの」

ギュッと杖を握るエリネ。
「お兄ちゃんは、自分の父さんや母さんのことが許せなかった。どうして父さんは一度も母さんと相談せずにそのまま逃げたのかを、どうして母さんは、悲しくてひっそり泣くより直接父さんに会いにいって気持ちをぶつけないのかをよくぼやいてたの」
「…そうか。だからカイはそういう性格なんだな」
「うん。気持ちを騙して生きる母さんや、何も伝えずに逃げ続ける父さんの誰にもならない。自分はいつまでも正直でいたいって」

カイがかつて、レクスについていきたいと言った時、採掘場で我慢せずに前に出て行った時のこと、そして臆せずに自分に正直に接する時のことを、ウィルフレッドは思い出す。自分の世界ではまず生き残れないタイプだが、それで自分がとても助かっていること、心地良く感じられ、とても輝かしい存在でさえ思えた。

「だから今回の件でお兄ちゃんが気負いすぎて暴走しないか心配してるんです。カトーさんの件だけでなく、アイシャさんのことも」
「そうか…彼とアイシャともまた身分の違いだったな。けど俺はやはり大丈夫だと思う」
「そうですか?」
「ああ、カイの傍にはしっかりとした妹さんがいるからな。何かあったら暴走するカイにしっかりと喝いれるさ」

エリネがきょとんとしたら、誇らしげに笑って頷き、ルルも同意しているかのように鳴いた。
「うん、そうですよね。それに逞しい兄貴分も今のカイ兄ちゃんにはいますから」「キュキュッ」
「そのとおりだな、俺達でしっかりとサポートしていこう」

「えへへ。…ちなみにウィルさんの世界はこういう身分違いの恋はないのですか?この前、そのことでびっくりしてましたよね」
「そうだな。身分違いで誰かに反対される、という意味なら聞かないな。育ちの違いによる価値観のすれ違いならあるが…」
「へえ、じゃあ気が合えば、誰とでも一緒にいられるってことなんですか?」
「ああ、自由恋愛と言う概念で、地球では普遍的になってるからな」

「自由恋愛…素敵ですねそれっ。二人が良ければ誰でも一緒にいられるだなんてっ」
「ここと比べると自由しすぎると感じるかもしれないけどな」
苦笑するウィルフレッド。企業の御曹司が愛人を公に何人も抱える例もあるし、今は模擬人格を持つセクサロイドもあって、恋愛自体が廃れる傾向も見られる。それ以前に自分はこの手の関係は疎く、アオトなら色々と語れるかもしれないと彼は思った。

「ふうん。それならウィルさんは?どなたか好きな方と恋をしたことあります?」
「俺か?特になかったな…毎日どう生きるかで精一杯でそんな余裕も無かったし、落ち着いた時でもそれについて考えることはなかった。エリーはどうだ?」

「えへへ、実はと言うと私も特に…。いつか素敵な方に出会えばとは思ってますけど、具体的にはどんなのかとか全然ピンと来なくて…時が来れば自然と分かるかなあと」
「そうか。なら一緒だな」「うん、一緒ですねっ」
二人が互いに微笑み合うと、ルルは何故かため息に似た鳴き声を出した。
「キュ~~…」

「どうやらついたようだ」
話し合ううちに、二人は昨日訪れたカトーの臨時アトリエの前に到着した。ウィルフレッドは軽くドアを叩く。
「カトー、いるか?昨日お邪魔になったウィルだ」
だが返事はない。

「…まさかもう出掛けたのか?」
「でもまだ屋台の開店時間にはなってないですよ?何か臨時の用事があるとか…うっ!?」「キュウッ!?」
「エリーっ?」

いきなり後ずさって危うく倒れそうなエリネをウィルフレッドが支えた。
「大丈夫かっ?いきなりどうした?」
「お、屋内から…凄く邪悪な魔力を感じて…」
「なんだって」
ウィルフレッドはすぐさまドアの前に立つ。
「少し下がってくれ。…ハァッ!」

強烈な蹴りでドアをぶち破り、二人が屋内へと入ると、エリネが感じていた嫌悪感が更に増していった。
「ウィルさんあそこっ、魔力はあそこの壁から発していますっ」
「これは…っ」
ウィルフレッドが息を呑む、乱雑に散らかった彫刻や絵画の後ろにある壁に、顔料で禍々しい図が描かれていた。半分しか乾いてない赤い顔料がまるで血の如く垂れた痕跡が、そのおぞましさをより一層醸し出している。

「ライムの魔法陣だっ」「ええっ?」
「間違いない。昨日ラナが見せたメモとまったく同じものだ」
「それじゃカトーさんはっ、ライムに取り憑かれて…?」
ウィルフレッドは急ぎ建物内をスキャンし、部屋内も見回ったが、カトーの痕跡はなかった。

「カトーはここに居ない。…荷台がなくなってるな。既に屋台に移動しているかもしれない」
「なら早く追いかけないとっ」
「そうだなっ。…この魔法陣はどうする?破壊しておくか?」

「それはダメっ。この手の魔法陣は迂闊に壊しちゃうと呪いが残留する場合もあるし、解呪が難しくなるって聞きました。ここまで強力な魔法陣だと私じゃ解呪できないから、今は放っておくしかないです」
「そうか、なら屋台まで急ごうっ」「うんっ」「キュキュキュッ!」

二人は火急で外へと駆け出す。ライムの魔法陣が、一段と妖しく脈動した。



【続く】


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