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第八章 虚無の呪詛
虚無の呪詛 第二節
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ソラの町の広場や巷の至るところに、イベント期間中の販促や、特別展示などの宣伝が書かれた張り紙や布が貼られていた。店や露店にも様々な美術品が通行者の目にとどまるよう陳列されている。
フィレンスほど喧々でなくとも、それらを鑑賞する人混みはそれなりのものだった。そんな街の中を、ウィルフレッドはカイとエリネ、ミーナと共に見回っていた。ラナ達が領主に挨拶に行っている間に、買出しも兼ねての散策だ。
行き来する人達を見てミーナが感嘆する。
「う~む。大都市でもないのにこの賑やかさ、ここの領主は町の経営に結構力を入れてるようだな」
肩であちこち向いて嗅いでいるルルを撫でるエリネも、気持ち良さそうに周りの声や雰囲気を感じていた。
「うん。フィレンスとは違って落ち着いた賑やかさで、こっちの方が私は好きなのかも、お兄ちゃんは?」
「俺はフィレンスの方がいいな。やっぱスケールが大きい方が盛り上がるし。まあここの雰囲気もそんなに嫌いな訳じゃないけど」
ウィルフレッドもいつものように興味津々と街を見回すと、ふと道から少し離れて人の寂れた場所に、こつんと建っている屋台に展示された作品群に目が留まった。
「あの作品…」
「どうかしたのか兄貴…うん?」
カイもつられて見ると、無人の屋台のカウンターは多くの作品で埋もれており、その中のいくつかのものは独特的な異彩を放つスタイルをもっていた。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「う~ん、この店の品なんだけどさ、このおかしなデザイン、どこかで見たことあるような…」
カイ達が屋台に近寄り、そこの作品群を眺める。
「ふむ。これはあれではないのか?フィレンスでウィルが模造品を彫ってみせた彫刻と同じものだな」
「あぁ、そういえば」
カイがポンと手を叩くと、作品で埋もれた屋台内の影から若い男性の声が聞こえた。
「あれ、お客さん?お客さんですかっ?てうわっ」
中の人が慌てて出ようとしたのか、足に引っかかって道具などが地面へと落ちる音がした。更に慌ててそれらを片付けるような音をした後、一人の若者が顔を見せた。
「すみませんっ!ちょっと片付けをしていて全然気付かなくてっ!どうぞ好きに見てくださいっ!」
それは大人しそうで、地味ではあるが端正な顔立ちの少年だった。
「あの、一つ尋ねたいですけど、これは貴方の作品ですか?」
エリネはフィレンスでウィルフレッドが彫った模造品を取り出して少年に見せた。
「これは…っ、はいっ、これは確かに僕が作ったものですっ!昔、自分の宣伝用として商人に無料であげたもので…あれ、でもこれ、木彫りで作ったんだっけ…」
「いや、これは俺が真似て彫った模造品なんだ」
「へっ、模造品って…でもこれ、細部まで殆ど同じで…」
少年は驚きながらウィルフレッドと木彫りを見る。カイが慌ててフォローした。
「あ~いや、その、細かい話をするとややこしくなるから。とりあえずこれはあんたの作品で間違いないよな」
「はいっ、それは間違いありませんよっ!」
「実はこれのオリジナル、フィレンスで見かけたんだけど、とても印象深かったから良く覚えてるんだ…その、色々あって買ってなかったけどさ」
申し訳なさそうに頭をかくカイだが、少年は明るい笑顔で答えた。
「そうだったのですか…っ、いえ、それで僕の店に寄ってきてくれたのですから、十分嬉しいですよっ。よろしければぜひじっくり見てくださいっ!」
「あの、これらの作品は触っても大丈夫ですか?」「キュッ」
「貴方は…なるほど、はい、好きに触ってて構いませんよ。壊さないように注意してくださいね」
「我が一緒に見ておこう。これなら壊す心配もないだろう」
「ありがとうミーナ様っ」
エリネとミーナが見回る中、ウィルフレッドは改めて展示されている作品を見渡す。この世界でよく見られる一般的なスタイルの作品も一杯あるが、ポーズや構図に他のものでは見られない試みやテイストが感じられる。特に自分の世界で現代アートと分類されるスタイルのものは、他の作品と相まって一段と異彩を放っていた。
「君の作品、本当に興味深いな。芸術に疎い俺でも前衛的で大胆なものだと分かる」
「そ、そうでしょうかっ。嬉しいです…っ。僕の作品をそんな風に評価するのは貴方が初めてですっ」
恥ずかしそうに笑う少年の素朴な笑顔を見て、ウィルフレッドはふとアオトを思い出し、無意識に自分の首飾りに触れた。
「確かに俺でもこれが普通じゃないのは分かるけどさぁ」
カイが少年の作品に顔を寄せて必死に眉を寄せる。
「普通の奴は一目でどんなものなのかぐらいは分かるけど、なにがどうなってるのか分からないものが一杯あるなあ。これとか…魔獣なのか?」
カイは、なんともいえない大きな目をした鳥の頭を持つ裸身の人の彫像をマジマジと見つめる。
「ああそれ、鳥の仮面を被った女の子なんですよ。若い女性特有の憂鬱さを表現したくて」
「お、女の子ぉ?」
カイが更に目を細くしてそれを見つめて、芸術はやっぱ奥が深いなと心底から思った。
「あはは、僕の作品を見た人達は大抵そういう反応をするんです。流行とは違う僕なりの独自のスタイルを追及したくて、自分なりに模索はしてるんですけど、なかなか理解してもらえなくて…お陰でアトリエの経営、結構難航してるし」
エリネと一緒に作品を鑑賞していたミーナが少し訝しむ。
「そうなのか?確かにこれらは三国で流行ってるどのスタイルにも当てはまらないが、作品自体の出来はそこまで悪くないし、物好きな買い手の一人や二人ぐらいはいるだろう?」
少年は少し虚しそうな表情を浮かべる。
「確かに時々何かを買ってくれる方もあるにはあるのですが、それでも生活を支えるまでには行かなくて…。それに文芸大国であるルーネウスでの芸術競争はとても激しくて、少し持ち味を持つだけで人気を出すのは難しいんです」
先ほどの鳥頭の少女の像を手に持って見つめる少年。
「けど、例え大儲けにならずとも、僕はどうしても自分のスタイルというものを確立したかったんです。流行ものも素敵なものには溢れてはいるけど、自分が表現したいものを作るのがとても楽しくて、なかなかやめられないんです」
そんな自分の作品を微笑ましそうに見る少年に、アーティストっていうのはこういうものだろうかと思うカイだった。
「まあそれでも、減ったお腹を誤魔かすのは限度があるものですから、もしお気に入りの物があれば買って応援してくださると僕としても嬉しいですので…っ」
頬をかいて照れ笑いする少年に、エリネが一つ牛に似た何かの小さな彫刻を手に持った。
「私は結構気に入ってますよ、貴方の作品、なんだか妙な可愛さがあると思いますから。これ、お願いしますね」
「ほ、本当ですか?はいっ、ありがとうございますっ」
「可愛さ…?」
カイはエリネが持った、二つの目がずれて彫られた、奇妙な顔作りをしている牛らしい何かの彫刻を見て、ますます芸術を理解する自信がなくなっていった。
そんなやり取りを見て苦笑するミーナに、屋台内を見回すウィルフレッドは鳥のような形をした彫刻に注目した。
「これは…ツバメか?」
「はいっ、ちょっと自己流な表現も入れてのものですがっ」
「なら、俺はこれを頂こう」
「ほ、ほんとですか…っ、あ、いえ、失礼しましたっ。一日で二つも売り出せたのが凄く嬉しくて…っ」
軽く微笑して銀貨を渡すウィルフレッド。
「気にしないでくれ。辛いときにどんな些細な助けでも嬉しいということは理解してるつもりだから」
「そういや兄貴の首につけてるあのペンダント、ひょっとしたらツバメなのか?」
「ああ」
ウィルフレッドが首飾りのツバメに触れる。
「そうなの?ウィルさんはツバメに何か思い入れとかあるのですか」
「…そういうところだな」
エリネはそれ以上聞くことはなかった。彼の声が、懐かしいと同時に切なそうな表情をしていたのだから。
「あのっ、皆さんせっかくだから僕のアトリエに来てくださいませんかっ?」
「おぬし、この屋台で客商売している最中ではなかったのか?」
「大丈夫ですよ。ここからそう遠くは離れてませんし、今日はもうこれ以上お客さんは来ないと思うから」
ミーナがみんなを見た。
「どうする?」
「いいんじゃないか?キャンプ地に戻るにはまだまだ早いし」
「うん。私もぜひ他の作品にも触れてみたいっ。ええと…」
少年が慌ててお辞儀する。
「あ、すみません、名乗るのが遅れました。僕はカトー・マルファンテと申しますっ」
「カトーさんですね、私はエリネです。エリーって呼んで下さい。こっちはお兄ちゃんのカイ、ウィルさんにミーナ様です」
「はいっ、皆さんよろしくお願いしますっ。今すぐ片付けるから、少々お待ちくださいね」
慌しく屋台内へと入るカトーに、エリネ達が小さく笑い出す。
「なんだか面白い方ですねカトーさんって」
「作るものも面白いしな」
「まあ、アーティストらしいといえばらしいのだが」
そんな三人の後ろで、ウィルフレッドは先ほど買ったツバメの彫刻を手に持って思い出にふけていた。
(アオト…)
******
それは、正式に『組織』に入って暫く経って、まだアルマとして改造されていない頃のことだった。アオト、ギルバートと同じチームに所属し、多くの任務を遂行して馴染み合った頃。三人が滞在している『組織』の施設。無機質で病的に清潔な通路を、ウィルフレッドとアオトが肩を並んで歩いていた。
「さっきの任務はちょっと危なかったね。ウィルがギルの命令を無視して彼を助けに行った時は凄くヒヤヒヤしたよ」
「すまない、迷惑をかけてしまったな。君のスナイプのサポートがなければ俺もギルも包囲網を突破することはできなかった」
先ほどの任務で、敵施設内で包囲されたギルバートの撤退命令を無視して彼を助けに来た時は凄い剣幕だったが、三人とも無事脱出できた時に彼が大笑いしてウィルフレッドを叩いてた。それを思い出す彼は小さく微笑む。
「あはは、気にしなくて良いよウィル。それが僕の役目だし、君たちの力になれることができて凄く嬉しいから」
嬉しそうな笑顔がふと切なさそうな苦笑に変わるアオト。
「…でも、自分の才能がまさか人殺しのスキルにあるなんて、夢もこれで段々と遠のいてしまったのが複雑だけどね」
「夢…?」
「うん、ウィルにはまだ教えてなかったね。もしよかったら、ちょっと僕の個室に寄ってくれないかい。面白いもの見せてあげるから。ウィルならきっと気に入って貰えると思うよっ。どうかな?」
今日は他にやるべきこともないウィルフレッドは頷いた。
「ああ、別に構わないさ」
「そうこなくっちゃ!それじゃ一緒に来て」
どこか子供のように嬉しそうなアオトに、ウィルフレッドはくすりと笑いながら彼についていった。
――――――
「どうぞ入って」
アオト自室のドアを掌紋認証で開き、二人が中に入るとウィルフレッドは軽く声をあげた。
「これは…」
本だ。どれも古く黄ばんでるものもあるが、壁の棚でびっしりと無数の本が並んでおり、概ね良好な状態で保存されていることは一目で分かった。
「驚いたかい?これみんな僕のお宝だよ。好きに見て周って構わないから」
ウィルフレッドは近寄って本の題名を確認する。「三匹の子豚」、「スズの兵隊」、「赤ずきん」に「アラジン」…。どれも読んだことのないタイトルだ。
「これ…、童話とかおとぎ話とかいう奴なのか?」
「そうそうっ、ウィルも知っているの?」
「いや、一応聞いたことはあるが、実際に見るのは初めてだ」
童話やおとぎ話などは永い冬で散逸し、今は時勢により完全に廃れた分野だ。ネット上のデータや本も殆ど散逸しており、探し当てるのが非常に困難となっている。その舞台となる文化や環境自体が既に地球上で殆どなくなった今で、人々がそれらに共感しにくく実感できないことも一因だろう。
実体本はいわずもなが、廃れた童話分野の本となると、今や残り少ない博物館や、物好きな骨董商かその手のマニアのところでしか見つからない。それ故にアオトがこれほどの童話やおとぎ話関係の本をここまで集められたことに驚きを隠せずにいた。
「こんな量の本を、君はどうやって集めて…」
「『組織』に正式加入した時に僕が上にお願いしたんだ。さすがにこういう骨董品を一般人が探すのは無理があるからね。気になる本があったら手にとって読んで見て構わないよ。あ、取る時はそこの手袋つけてね」
戸惑いながらもウィルフレッドは棚の傍に置いてある手袋を着て、ビッシリ並ばれたタイトルから一冊の本を取り出して読み始めた。一人の少女が、悪魔にかどわかされた幼馴染の男の子を取り戻すために数々の冒険を乗り越える話だ。彼は暫くそれに見入り、そんな様子をアオトは嬉しそうに見守っていた。
ウィルフレッド自身も驚くくらい、彼は本の内容に魅入られた。文章や挿絵で描写される旧世紀前の文化や自然は妙な新鮮感があるし、何よりもその物語の内容が魅力的だった。
少女の愛の涙が男の子の凍った心を溶かし、ともに故郷へ戻ってハッピーエンド。今の人達から見れば実に失笑ものだ。寧ろ少女が途中で出会った盗賊の娘と一緒に暮らし、やがて別の快楽に目覚めて何もかも忘れた展開の方が、よほど刺激的で面白いと一笑に付すだろう。
けれど一心に男の子を助けようとする勇敢な少女が、様々な苦難を乗り越えるその過程と最後の結末を見て、ウィルフレッドに何か今までにない気持ちが胸に躍り始める。言葉で表すのなら、そう、ロマンを感じている気がした。
「これ…面白い話だな。どう言えばいいか、読んでて凄く胸が熱くなる」
「あは、やっぱりっ、君なら気に入ってもらえると思ったよ」
嬉しそうに笑うアオトもまた、手袋をつけて一冊の、一際古い本を大切に手に持って懐かしそうに見つめる。
「僕が最初にこういうお話を読んだのはまだ教育施設に通っていた頃なんだ。僕の両親はいつも仕事漬けで夜でいつも一人で過ごしているけど、ある日、家の近くに潰れた中古屋の商品が売り出されてさ、その中で偶然一冊の童話を見つけたんだ。その内容が僕には凄く感動して、今でも忘れられないんだ」
「それで童話集めを?」
「そうだよ。今までは自分でネットの古い記憶ストレージサーバーや中古屋を漁るしかなかったけどね。ちなみに、これが僕が最初に読んだ童話だよ、見てみる?」
アオトから本を受け取ったウィルフレッド。所々シワシワして黄ばんでもいる古い本だが、大事に補修して保存されたのか、中の挿絵や文字は意外と綺麗なまま読めることができる。彼は改めてその本のタイトルを見た。
「物好きな…ツバメ…?」
【続く】
フィレンスほど喧々でなくとも、それらを鑑賞する人混みはそれなりのものだった。そんな街の中を、ウィルフレッドはカイとエリネ、ミーナと共に見回っていた。ラナ達が領主に挨拶に行っている間に、買出しも兼ねての散策だ。
行き来する人達を見てミーナが感嘆する。
「う~む。大都市でもないのにこの賑やかさ、ここの領主は町の経営に結構力を入れてるようだな」
肩であちこち向いて嗅いでいるルルを撫でるエリネも、気持ち良さそうに周りの声や雰囲気を感じていた。
「うん。フィレンスとは違って落ち着いた賑やかさで、こっちの方が私は好きなのかも、お兄ちゃんは?」
「俺はフィレンスの方がいいな。やっぱスケールが大きい方が盛り上がるし。まあここの雰囲気もそんなに嫌いな訳じゃないけど」
ウィルフレッドもいつものように興味津々と街を見回すと、ふと道から少し離れて人の寂れた場所に、こつんと建っている屋台に展示された作品群に目が留まった。
「あの作品…」
「どうかしたのか兄貴…うん?」
カイもつられて見ると、無人の屋台のカウンターは多くの作品で埋もれており、その中のいくつかのものは独特的な異彩を放つスタイルをもっていた。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「う~ん、この店の品なんだけどさ、このおかしなデザイン、どこかで見たことあるような…」
カイ達が屋台に近寄り、そこの作品群を眺める。
「ふむ。これはあれではないのか?フィレンスでウィルが模造品を彫ってみせた彫刻と同じものだな」
「あぁ、そういえば」
カイがポンと手を叩くと、作品で埋もれた屋台内の影から若い男性の声が聞こえた。
「あれ、お客さん?お客さんですかっ?てうわっ」
中の人が慌てて出ようとしたのか、足に引っかかって道具などが地面へと落ちる音がした。更に慌ててそれらを片付けるような音をした後、一人の若者が顔を見せた。
「すみませんっ!ちょっと片付けをしていて全然気付かなくてっ!どうぞ好きに見てくださいっ!」
それは大人しそうで、地味ではあるが端正な顔立ちの少年だった。
「あの、一つ尋ねたいですけど、これは貴方の作品ですか?」
エリネはフィレンスでウィルフレッドが彫った模造品を取り出して少年に見せた。
「これは…っ、はいっ、これは確かに僕が作ったものですっ!昔、自分の宣伝用として商人に無料であげたもので…あれ、でもこれ、木彫りで作ったんだっけ…」
「いや、これは俺が真似て彫った模造品なんだ」
「へっ、模造品って…でもこれ、細部まで殆ど同じで…」
少年は驚きながらウィルフレッドと木彫りを見る。カイが慌ててフォローした。
「あ~いや、その、細かい話をするとややこしくなるから。とりあえずこれはあんたの作品で間違いないよな」
「はいっ、それは間違いありませんよっ!」
「実はこれのオリジナル、フィレンスで見かけたんだけど、とても印象深かったから良く覚えてるんだ…その、色々あって買ってなかったけどさ」
申し訳なさそうに頭をかくカイだが、少年は明るい笑顔で答えた。
「そうだったのですか…っ、いえ、それで僕の店に寄ってきてくれたのですから、十分嬉しいですよっ。よろしければぜひじっくり見てくださいっ!」
「あの、これらの作品は触っても大丈夫ですか?」「キュッ」
「貴方は…なるほど、はい、好きに触ってて構いませんよ。壊さないように注意してくださいね」
「我が一緒に見ておこう。これなら壊す心配もないだろう」
「ありがとうミーナ様っ」
エリネとミーナが見回る中、ウィルフレッドは改めて展示されている作品を見渡す。この世界でよく見られる一般的なスタイルの作品も一杯あるが、ポーズや構図に他のものでは見られない試みやテイストが感じられる。特に自分の世界で現代アートと分類されるスタイルのものは、他の作品と相まって一段と異彩を放っていた。
「君の作品、本当に興味深いな。芸術に疎い俺でも前衛的で大胆なものだと分かる」
「そ、そうでしょうかっ。嬉しいです…っ。僕の作品をそんな風に評価するのは貴方が初めてですっ」
恥ずかしそうに笑う少年の素朴な笑顔を見て、ウィルフレッドはふとアオトを思い出し、無意識に自分の首飾りに触れた。
「確かに俺でもこれが普通じゃないのは分かるけどさぁ」
カイが少年の作品に顔を寄せて必死に眉を寄せる。
「普通の奴は一目でどんなものなのかぐらいは分かるけど、なにがどうなってるのか分からないものが一杯あるなあ。これとか…魔獣なのか?」
カイは、なんともいえない大きな目をした鳥の頭を持つ裸身の人の彫像をマジマジと見つめる。
「ああそれ、鳥の仮面を被った女の子なんですよ。若い女性特有の憂鬱さを表現したくて」
「お、女の子ぉ?」
カイが更に目を細くしてそれを見つめて、芸術はやっぱ奥が深いなと心底から思った。
「あはは、僕の作品を見た人達は大抵そういう反応をするんです。流行とは違う僕なりの独自のスタイルを追及したくて、自分なりに模索はしてるんですけど、なかなか理解してもらえなくて…お陰でアトリエの経営、結構難航してるし」
エリネと一緒に作品を鑑賞していたミーナが少し訝しむ。
「そうなのか?確かにこれらは三国で流行ってるどのスタイルにも当てはまらないが、作品自体の出来はそこまで悪くないし、物好きな買い手の一人や二人ぐらいはいるだろう?」
少年は少し虚しそうな表情を浮かべる。
「確かに時々何かを買ってくれる方もあるにはあるのですが、それでも生活を支えるまでには行かなくて…。それに文芸大国であるルーネウスでの芸術競争はとても激しくて、少し持ち味を持つだけで人気を出すのは難しいんです」
先ほどの鳥頭の少女の像を手に持って見つめる少年。
「けど、例え大儲けにならずとも、僕はどうしても自分のスタイルというものを確立したかったんです。流行ものも素敵なものには溢れてはいるけど、自分が表現したいものを作るのがとても楽しくて、なかなかやめられないんです」
そんな自分の作品を微笑ましそうに見る少年に、アーティストっていうのはこういうものだろうかと思うカイだった。
「まあそれでも、減ったお腹を誤魔かすのは限度があるものですから、もしお気に入りの物があれば買って応援してくださると僕としても嬉しいですので…っ」
頬をかいて照れ笑いする少年に、エリネが一つ牛に似た何かの小さな彫刻を手に持った。
「私は結構気に入ってますよ、貴方の作品、なんだか妙な可愛さがあると思いますから。これ、お願いしますね」
「ほ、本当ですか?はいっ、ありがとうございますっ」
「可愛さ…?」
カイはエリネが持った、二つの目がずれて彫られた、奇妙な顔作りをしている牛らしい何かの彫刻を見て、ますます芸術を理解する自信がなくなっていった。
そんなやり取りを見て苦笑するミーナに、屋台内を見回すウィルフレッドは鳥のような形をした彫刻に注目した。
「これは…ツバメか?」
「はいっ、ちょっと自己流な表現も入れてのものですがっ」
「なら、俺はこれを頂こう」
「ほ、ほんとですか…っ、あ、いえ、失礼しましたっ。一日で二つも売り出せたのが凄く嬉しくて…っ」
軽く微笑して銀貨を渡すウィルフレッド。
「気にしないでくれ。辛いときにどんな些細な助けでも嬉しいということは理解してるつもりだから」
「そういや兄貴の首につけてるあのペンダント、ひょっとしたらツバメなのか?」
「ああ」
ウィルフレッドが首飾りのツバメに触れる。
「そうなの?ウィルさんはツバメに何か思い入れとかあるのですか」
「…そういうところだな」
エリネはそれ以上聞くことはなかった。彼の声が、懐かしいと同時に切なそうな表情をしていたのだから。
「あのっ、皆さんせっかくだから僕のアトリエに来てくださいませんかっ?」
「おぬし、この屋台で客商売している最中ではなかったのか?」
「大丈夫ですよ。ここからそう遠くは離れてませんし、今日はもうこれ以上お客さんは来ないと思うから」
ミーナがみんなを見た。
「どうする?」
「いいんじゃないか?キャンプ地に戻るにはまだまだ早いし」
「うん。私もぜひ他の作品にも触れてみたいっ。ええと…」
少年が慌ててお辞儀する。
「あ、すみません、名乗るのが遅れました。僕はカトー・マルファンテと申しますっ」
「カトーさんですね、私はエリネです。エリーって呼んで下さい。こっちはお兄ちゃんのカイ、ウィルさんにミーナ様です」
「はいっ、皆さんよろしくお願いしますっ。今すぐ片付けるから、少々お待ちくださいね」
慌しく屋台内へと入るカトーに、エリネ達が小さく笑い出す。
「なんだか面白い方ですねカトーさんって」
「作るものも面白いしな」
「まあ、アーティストらしいといえばらしいのだが」
そんな三人の後ろで、ウィルフレッドは先ほど買ったツバメの彫刻を手に持って思い出にふけていた。
(アオト…)
******
それは、正式に『組織』に入って暫く経って、まだアルマとして改造されていない頃のことだった。アオト、ギルバートと同じチームに所属し、多くの任務を遂行して馴染み合った頃。三人が滞在している『組織』の施設。無機質で病的に清潔な通路を、ウィルフレッドとアオトが肩を並んで歩いていた。
「さっきの任務はちょっと危なかったね。ウィルがギルの命令を無視して彼を助けに行った時は凄くヒヤヒヤしたよ」
「すまない、迷惑をかけてしまったな。君のスナイプのサポートがなければ俺もギルも包囲網を突破することはできなかった」
先ほどの任務で、敵施設内で包囲されたギルバートの撤退命令を無視して彼を助けに来た時は凄い剣幕だったが、三人とも無事脱出できた時に彼が大笑いしてウィルフレッドを叩いてた。それを思い出す彼は小さく微笑む。
「あはは、気にしなくて良いよウィル。それが僕の役目だし、君たちの力になれることができて凄く嬉しいから」
嬉しそうな笑顔がふと切なさそうな苦笑に変わるアオト。
「…でも、自分の才能がまさか人殺しのスキルにあるなんて、夢もこれで段々と遠のいてしまったのが複雑だけどね」
「夢…?」
「うん、ウィルにはまだ教えてなかったね。もしよかったら、ちょっと僕の個室に寄ってくれないかい。面白いもの見せてあげるから。ウィルならきっと気に入って貰えると思うよっ。どうかな?」
今日は他にやるべきこともないウィルフレッドは頷いた。
「ああ、別に構わないさ」
「そうこなくっちゃ!それじゃ一緒に来て」
どこか子供のように嬉しそうなアオトに、ウィルフレッドはくすりと笑いながら彼についていった。
――――――
「どうぞ入って」
アオト自室のドアを掌紋認証で開き、二人が中に入るとウィルフレッドは軽く声をあげた。
「これは…」
本だ。どれも古く黄ばんでるものもあるが、壁の棚でびっしりと無数の本が並んでおり、概ね良好な状態で保存されていることは一目で分かった。
「驚いたかい?これみんな僕のお宝だよ。好きに見て周って構わないから」
ウィルフレッドは近寄って本の題名を確認する。「三匹の子豚」、「スズの兵隊」、「赤ずきん」に「アラジン」…。どれも読んだことのないタイトルだ。
「これ…、童話とかおとぎ話とかいう奴なのか?」
「そうそうっ、ウィルも知っているの?」
「いや、一応聞いたことはあるが、実際に見るのは初めてだ」
童話やおとぎ話などは永い冬で散逸し、今は時勢により完全に廃れた分野だ。ネット上のデータや本も殆ど散逸しており、探し当てるのが非常に困難となっている。その舞台となる文化や環境自体が既に地球上で殆どなくなった今で、人々がそれらに共感しにくく実感できないことも一因だろう。
実体本はいわずもなが、廃れた童話分野の本となると、今や残り少ない博物館や、物好きな骨董商かその手のマニアのところでしか見つからない。それ故にアオトがこれほどの童話やおとぎ話関係の本をここまで集められたことに驚きを隠せずにいた。
「こんな量の本を、君はどうやって集めて…」
「『組織』に正式加入した時に僕が上にお願いしたんだ。さすがにこういう骨董品を一般人が探すのは無理があるからね。気になる本があったら手にとって読んで見て構わないよ。あ、取る時はそこの手袋つけてね」
戸惑いながらもウィルフレッドは棚の傍に置いてある手袋を着て、ビッシリ並ばれたタイトルから一冊の本を取り出して読み始めた。一人の少女が、悪魔にかどわかされた幼馴染の男の子を取り戻すために数々の冒険を乗り越える話だ。彼は暫くそれに見入り、そんな様子をアオトは嬉しそうに見守っていた。
ウィルフレッド自身も驚くくらい、彼は本の内容に魅入られた。文章や挿絵で描写される旧世紀前の文化や自然は妙な新鮮感があるし、何よりもその物語の内容が魅力的だった。
少女の愛の涙が男の子の凍った心を溶かし、ともに故郷へ戻ってハッピーエンド。今の人達から見れば実に失笑ものだ。寧ろ少女が途中で出会った盗賊の娘と一緒に暮らし、やがて別の快楽に目覚めて何もかも忘れた展開の方が、よほど刺激的で面白いと一笑に付すだろう。
けれど一心に男の子を助けようとする勇敢な少女が、様々な苦難を乗り越えるその過程と最後の結末を見て、ウィルフレッドに何か今までにない気持ちが胸に躍り始める。言葉で表すのなら、そう、ロマンを感じている気がした。
「これ…面白い話だな。どう言えばいいか、読んでて凄く胸が熱くなる」
「あは、やっぱりっ、君なら気に入ってもらえると思ったよ」
嬉しそうに笑うアオトもまた、手袋をつけて一冊の、一際古い本を大切に手に持って懐かしそうに見つめる。
「僕が最初にこういうお話を読んだのはまだ教育施設に通っていた頃なんだ。僕の両親はいつも仕事漬けで夜でいつも一人で過ごしているけど、ある日、家の近くに潰れた中古屋の商品が売り出されてさ、その中で偶然一冊の童話を見つけたんだ。その内容が僕には凄く感動して、今でも忘れられないんだ」
「それで童話集めを?」
「そうだよ。今までは自分でネットの古い記憶ストレージサーバーや中古屋を漁るしかなかったけどね。ちなみに、これが僕が最初に読んだ童話だよ、見てみる?」
アオトから本を受け取ったウィルフレッド。所々シワシワして黄ばんでもいる古い本だが、大事に補修して保存されたのか、中の挿絵や文字は意外と綺麗なまま読めることができる。彼は改めてその本のタイトルを見た。
「物好きな…ツバメ…?」
【続く】
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【あらすじ】
私立清流館学園は学校生活をニックネームで過ごす少し変わったルールがある。
清流館高校1年2組では入学後の自己紹介が始まったところだった。
主人公のマリ、新堂を中心にクラスメイトたちの人間関係が動き出す1年間のお話。
片恋も、友情も、部活も、トラウマも、コンプレックスも、ぜんぶぜんぶ青春だ。
主要メンバー全員恋愛中!
甘くて酸っぱくてじれったい、そんな学園青春ストーリーです。
感想やお気に入り登録してくれると感激です!
よろしくお願いします!
浜薔薇の耳掃除
Toki Jijyaku 時 自若
大衆娯楽
人気の地域紹介ブログ「コニーのおすすめ」にて紹介された浜薔薇の耳掃除、それをきっかけに新しい常連客は確かに増えた。
しかしこの先どうしようかと思う蘆根(ろこん)と、なるようにしかならねえよという職人気質のタモツ、その二人を中心にした耳かき、ひげ剃り、マッサージの話。
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