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第七章 小休止

小休止 第三節

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「てめぇどういうつもりだっ!」
『組織』の施設にある休憩室で、サラはウィルフレッドの襟を掴んで壁へと乱暴に押し込んだ。
「やめときなよサラ、ウィルは単に彼なりのサポートを――」
「キースは黙ってなっ!」
止めようとするキースの手を振りほどくサラ。

「ギ、ギル、ちょっと止めに入った方がいいじゃないかな…?」
心配そうなアオトに、ギルバートは何も言わないまま腕を組み、背中を壁にもたせては二人を見つめる。

「さっき言ってたよなあ?アタシの邪魔をする奴はたとえてめえらでも容赦しねえって。なのに勝手に助けに来て邪魔しにくるとは一体どういう了見なんだっ?あぁっ!?」
ウィルフレッドは何も言わず、ただサラを真っ直ぐに見つめた。

「アタシはな。前からてめえのことが気に入らなかった。ただの青二才の甘ちゃんのくせに、やたらと他人の事情に突っ込もうとするのが特にな。あん時もそうだ、関りのねぇ他人の子供を助けようとしてさ、なんだ、このアタシもそんなだらしねえガキの一人だと言いたい訳かっ!?」

「…他人じゃない」「あぁっ?」
「サラはチームの一人で、チームの仲間はみんな家族ファミリーだ。だからサラはもう他人なんかじゃない、大事な家族ファミリーの一人なんだ」
サラだけでなく、キース達もまた大きく目を見開いた。

「…ぶははっ、ははははははぁっ!言うじゃねえかウィル!まったく粋なこと言うようになりやがって!」
大笑いするギルバートに反し、見開いたサラの目がまるで仇を見るような険しさを帯び、腰にかけたナイフを抜いてウィルフレッドの喉にあてた。

「おいサラ」
キースが厳しい口調でサラに呼びかける。彼女はその手に持ったナイフと同じぐらい冷たい目でウィルフレッドを睨んだ。

「いい度胸してるじゃねえか。よりによってこのアタシに家族ファミリーとほざくのかてめぇは」
先ほどの怒りに満ちたものではなく、温度のない声でサラが問い詰める。それでもウィルフレッドは目を決して逸らさず、臆せずに話し続けた。

「ああ、サラは家族ファミリーで、俺の仲間だ。そして家族ファミリー同士は互いに助け合うものだ。だからこれからも俺はサラを助け続ける。それが嫌なら、今すぐそのナイフで俺の喉を切り裂いても構わない」

暫く沈黙が続いた。キースとアオトは息を呑み、ギルバートは未だに笑いを抑えながら、睨みあう二人を見ていた。

「…はは、ここまで甘い奴だといっそ清々しいまであるな」
サラの口元がニヤリと釣りあがる。同時にナイフをより深くウィルフレッドに当てた。
家族ファミリーなどと抜かしやがって、親がガキを捨てたり、ガキが親を殺すのもそう珍しくないのによ。それとも何だ?てめえなら絶対に家族ファミリーを裏切らずに最後まで面倒見れるという自信があるのかよ」
「ああ」

迷いもせずにウィルフレッドが真摯な眼差しと共に答える。その目を暫く見つめると、サラは鼻で大きく笑い、ナイフを下した。
「はっ、まったく、真面目に付き合うのが馬鹿らしくなるな…。いいぜ、そこまで言うのなら、今は我慢してあんたらとチーム組んでやらあ」
「サラ…」

ウィルフレッドが何か言おうとすると、彼女のナイフの先端が再び彼の喉に当てられ、更に顎に当ててゆくっりと彼の顔を突き上げる。
「だが覚えときな…家族ファミリーと抜かすてめえがもしアタシを裏切ったら、八つ裂きだけでは済まさねえぞ」

氷よりも冷たい顔と声で警告すると、サラはナイフを収め、つかつかと部屋の外に出て行った。

「大丈夫かいウィル?」「ああ…」
心配するアオトに自分の喉をさするウィルフレッド。
「すまねえなウィル、あんたは単にサラの油断をフォローしただけなのに」
「キース…」

「それにしても、まさかあんたがサラに家族ファミリーって言うなんてね。ホント度胸あるもんだ。さすがの俺でも肝を冷やしたよ」
「どういう意味だ?」

「サラはな。幼い頃に父に捨てられたんだ。母と一緒にな」
「「え…」」
ウィルフレッドとアオトが驚く。

「詳しい経緯は知らないが、それが原因であいつと母は辛い生活を強いられてな。母が過労で亡くなった後は暫くストリートチルドレンとして一人で暮らしてたんだ。そんである日スカウトに来た『組織』に、父の在り処を探すことを条件として加入したそうだ」
「そんなことが…」

「ああ、しかもようやく探し当てた父親は既に亡くなったそうでね。父を探す理由が何なのかは聞いてないが、何かやり切れない感情が積もってたのは確かだ。そのせいで少々ひねくれてるんだけど、どうか大目にみてやってくれ」
ウィルフレッドは何か思うところがあるように俯いて考え込んだ。

「少々でなく相当の違いだろ。まあその方が退屈はしないんだがな」
ギルバートがニヤニヤしながら三人に歩み寄り、ウィルフレッドとキースの肩に腕を置いて引き寄せた。
「何はともあれ、アルファチームの記念すべき初勝利だ。どうだ、後でそれを祝いして一杯飲みにいくのは」

「おいおい良いのか?任務完了とはいえ、まだ待機状態にいるんだろ俺達は」
「いいっていいって、俺達はもう酔えねぇし、ミハイルには後で俺から言ってやるからよ」

「相変わらず無茶を言うなギル」
ミハイルとオペレーターのビリーがドアから入ってきた。
「おう、何だミハイル来てたのかよ」
「…サラはどうした?」
アオトが少々かしこまって返事する。
「その、先に出て行きました」

「そうか、まあいい。今回のイミテーション・ドローンはまだ発見されて無いが、その時また対処すればいい。…アルファチームの、アルマの最初の稼働任務自体は成功だ。パワーの調整と、物理的被害をいかに抑えるのかという課題は残っているがな」
「はっ、そんなの一々気にしてはやれる敵もやれなくなるってもんだ」
鼻で笑うギルバート。

「けれど僕は感動しましたよ。今まで変異体の殲滅はいつも多大な死傷を出すことになってるけど。今度はたったの五人で誰も欠けることなく、短時間でそれを成し遂げたのですから」
ビリーがどことなく嬉しそうに羨望な眼差しを向ける。

「これから仮に異星人が本格的に攻めて来ても、君達がいれば怖いものなしですよ。たとえ存在を公開できずとも、君達は間違いなく真の英雄なんだ!」


******






「――なるほど、これが魔人」「これがウィルフレッドなんだね」

深い眠りの中で、どこかで聞いたことのある、幼い少年と少女の声。それに気付いて声を出そうとすると、言葉は意識の海に溶け込んだ。

「あ、気付かれてしまったみたいだね」「ごめんなさい。貴方の過去を夢として再現してたの」
「本当は君に気付かないよう再現したかったんだけど」「魂のない存在の記憶に触れるの初めてだったから、つい起してしまったね」
「でも仕方ないんだ、に頼まれた仕事だし」「貴方という人を知るためにも必要なことなのだから」

彼は、ウィルフレッドは再び声を出そうとするが思いとどまり、ただ念じた。

(君たちは、誰なんだ?ここはいったい…?)

「おお、ここでの会話の仕方を理解したようだね。でも僕達のことを聞いても無駄だよ」「ここから覚めたらあたし達のこと全部忘れてしまうから」
「それが夢というもの」「それがあたし達という存在」

(夢…?)

「うん、そうだよ。さっき言ったように、今このハルフェン世界にいる二人の魔人を知るために、夢の中で君の過去を覗いてるんだ」
「でももう一人の魔人はダメだったの。邪神の力のすぐ近くにあるし、あの人の壁はあまりにも厚く冷たいものだから」

(もう一人…ギルのことか?)

「そうだよ。そのかわり、君の夢は居心地がとても良いんだ」「ちょっとだけ寂しく悲しいけどね。でもお陰で貴方のことをある程度知ることが出来たわ」
「うん、君、良い人なんだな」「うん、貴方、良い人なんだね」

「でも、だからと言って君がこの世界に良い影響をもたらすとは言えないのが辛いよ」「それに、貴方をどうするかの決定権はあたし達にはないの。全ては夜空に輝く星辰次第」

(どういうことだ?)

「いずれ分かる時が来るよ」「それまでに、また他のみんなの様子も時々見にくるから」
「またね。異世界のお兄ちゃん」「またね。優しい魔人さん」

少年少女の声が遠さがる。ウィルフレッドは最後に意識をその方向へと集中すると、おぼろげに白と黒のシルエットを感じられた。

――――――

目を開くと、それは自分の部屋の天井だった。窓の外は既に空が明るくなり始めていた。ウィルフレッドは体を起こすと、なんとも言えない懐かしくも寂しい感情が胸に溢れた。
(なんか昔の夢を見てたが、それ以外にも何か見えたような…)

必死に夢の詳細を思い出そうとしても、思考にもやがかかって上手くできずにいた。少し困惑したウィルフレッドは諦め、部屋から出ていった。


******


カーナ町の代表から館の会議室を借りたレクス達は、昨日この町を解放した後の状況整理や次の目的地への作戦会議をしていた。
「いやあ~、今回も快勝でなによりだね。これもラナ様とアイシャ様お二人さんのカリスマと、ウィルくん達のお陰だよ」
あいも変わらず能天気な笑顔で話すレクス。

「それもレクス様が作戦や適切な指示をしてくれたお陰ですよ。まさか川を遡って敵軍の裏をかくだなんて、そんな作戦普通では思いつかないんですから。ね、ルル」「キュッ」
「お陰でこっちの服はびしょぬれで冷たかったのだがな」
ルルを撫でるエリネに続いて愚痴るミーナだが、そこまで嫌う口調ではなかった。

「仕方ないじゃん。あの小さな川を遡るには大人数では目立つし、少人数で大軍と対峙するにはミーナ殿の精霊魔法が正に適任だったからね」
「まあ、それに関しては認めるがな」

ラナも腕を組みながら頷く。
「適材適所の運用なのは確かね。それにまさかあの赤槍騎士団を出し抜いたなんて、騎士団長のラーム殿はヘリティアでも名の知れた知将の一人なのに。貴方、思ったよりも軍師に向いてるわね」

レクスが大きく口を開いて驚く。
「うそ…ラナ様が僕を褒めてくれるだなんて…今日はドラゴンが炎の雨を降らしてくるのかな…」
「貴方、お望みなら今すぐドラゴン並みの一発あげてあっても良いのよ?」
ラナが拳をギュッと握る。
「全力でお断りします」
会議室の中で笑い声が響く。

「でも今までの戦いは、やはりウィル様のお陰によるところも大きいですよね。彼がいなかったら負傷者はずっと多くなるはずですから」
「アイシャ様の言うとおりだよなっ、まさか一人で敵軍の最深部まで潜入できるだなんてさ。やっぱ兄貴はすげーや」
アイシャとカイの賛辞に少々照れるウィルフレッド。
「以前は似たような潜入工作もよくやってたからな」


「だがいつまでもおぬしの力に頼るのもいけないだろう。おぬしに弱点がない訳ではないからな」
「む、なんだよその弱点って」
「忘れたのか?ハーゼン町の坑道内でのことを思い出してみよ」
ミーナの言葉にカイは坑道内でウィルフレッドが全力を出し切れずにいたことを思い出す。

「あ、そっか。場所や状況によっては兄貴は全力を出せないんだな…」
「そうだ。しかもウィルの力は誰よりも飛びぬけており、使いどころを一歩間違えれば周りに被害を及ぶどころか大災害を招く可能性もあるからな。強大すぎる力はかえって扱い難いとは正にこのことだ」

ウィルフレッドも同意するように頷く。
「ああ、自分もできる限り気をつけるが、カバーしきれない部分はどうしても出てくる。その時は申し訳ないが、どうか前のようにフォローしてくれると助かる」

ウィンクするレクス。
「そこはご心配なく。僕達も何もかも君に押し付けるつもりはないよ。お互いの不足を補って助け合うのが良きチームの条件だからね」
彼の言葉に、懐かしくも寂しい感情がジワリとウィルフレッドの胸に染みる。

「本題に戻るけど、昨日アイシャ姉様のところにロバルト王からの使者が来てたわ。私達の武運を祈ると同時に、ルーネウス王国におけるヘリティアとの各戦線での状況を教えてくれたけど、それを基に記した戦況図がこれよ」
ラナが一枚の大きな地図を机に広げた。三大国の領土を全て描かれたその地図の上に様々な記号が記されていた。

「これは凄いね、この一ヶ月以内の各戦線の推移が手に取るように分かる。…ふむ?」
「何か気がかりですかレクス様?」
小さく眉を寄せるレクスにアイシャが問うた。

「いや。ただ妙だと思ってね。僕達が連合軍として町を解放し続けながらエステラに向かって移動しているのを知って、ヘリティア軍…オズワルドが何か動きを見せると思ってたけど、この戦況図を見る限り、戦線全体に殆ど大きな変化がないのがちょっと不気味だなあと」

ラナも戦況図を見て不審に思う。
「確かに気になるわね。教団からも何か仕掛けてくる気配もないし、ヘリティア軍が更に押せば簡単に相手を崩せる一部戦線でもまるでわざと現状を維持するように動いてる気がするわ」

「そういえば使者からの情報では、一部ルーネウス優勢の戦線ではあと一歩でヘリティア軍を押して進軍できるところを、黒い魔人が現れてルーネウス軍を殲滅することもありました」
「ギルだな…」
アイシャの話に表情が厳しくなるウィルフレッド。

「ええ。ただ妙なことに、例えルーネウス側が敗退しても、ヘリティア軍がそれを機により深く侵攻を進める話はどこにもありませんでした」
「う~ん、ますます不気味だなあ。普通、戦争は相手が和談に入るまで例えば王都など重要な要地の占領を目標とするはずなのに、わざと自分も疲労させる長期戦に入らせるメリットはどこにもないはず。ましてやオズワルドのバックにある教団は魔人のギルバートもいるんだ。それを利用して戦線を推し進めることもせずに、いったい何を企んでるんだろうね」

「時間稼ぎだろうな。奴らの真の目的のために」
全員がミーナを見た。
「今回の戦争は元はといえばそのオズワルドの裏で手引きしている教団だ。そして奴らの最終目的は邪神ゾルドの復活。恐らくこの戦争を利用して、それを成し遂げるための何かを用意してるに違いない」
「やっぱそうなるよな。…なあ、前にも言ったけどさ、俺達は今のままでいいのか?ラナ様には悪いけど、本当は帝都よりもまずあいつ等をなんとかすべきじゃ?」

「言いたいことは分かるわカイくん。私もできれば先に教団を何とかしたいと思ってるけど、残念ながらそれは無理よ」
「どうしてだよ?」
不満そうなカイにレクスが答える。

「着手できるところないんだよカイくん。教団の末端活動を潰すだけじゃ意味ないし、かといって元を断とうと教団の拠点を探そうにも、この広い大陸で僕達だけでそれを見つけ出すのは難しい。それこそ国の力を結束しなければ。それを成すためにも、やはりまず戦争を終わらせないと」

「レクス殿の言うとおりね。いま考えてみれば教団がオズワルドを介して戦争を起こした目的もここにあるのかも。戦争下では情報の流通や探査はかなり制限を受けるのだから、教団が裏工作を行うには最適の状況よ。こっちを見て、オズワルドが情報規制を行ってるせいで皇国の現在情報は殆ど手に入らないままよ」
ラナが指す戦況図のヘリティア皇国の方は、他の地域に比べて殆ど情報が書かれていないままだった。

「何か教団に関する情報があればこちらも動きようはあるけど、いまの私達ができることは一日も早く帝都を取り戻し、三国を結束させて教団に当たるぐらいしかないわね」
「なんだかもどかしいですね…まるで全てが教団の思惑通りみたいな感じで」
歯痒そうに語るエリネ。

「…だったら、教団の方は傭兵マーセナリーとかに頼んで調査してみるのはどうだ?」
ウィルフレッドの言葉にエリネ達全員が困惑した。
傭兵マーセナリー…ってなんですか?」
「? 戦争とか特定の事件解決のために、金で雇って人力不足を補う職業のことだが…」

レクスがポンっと手を叩く。
「…あ~~~、村とかで旅の剣士さんや狩人さんとか雇って魔獣モンスター退治するあれのこと?」
「似たようなものかも知れないが、ないのか?そういうのを専門職にする人は」

「残念だけど聞いたことないよ。戦争は自前の軍と騎士で完結することが殆どだから、人手不足で兵力を雇う話なんて一度も聞かないなあ…。ラナ様は?」
「私もないわね。町の自警団と協力するとか、志願兵を募集する話ならあるけど…。ウィルくんの世界にはそういうのがあるの?」
「ああ…」

ミーナが興味深そうに考察した。
「ふむ。邪神戦争から千年もの間、三国の間で今回のような大規模な戦争なんぞなかったから、兵力を雇うという需要自体がないからかもな。魔獣モンスター退治の話もそうだ。確かに一般人が魔獣モンスターの脅威に晒されることはあるが、その絶対数が少ないし、大抵は地方の騎士団や自警団のみで解決できることが殆どだ。対応できなかった場合でも王都などから専門家を派遣するのが一般的だから、魔獣モンスター退治を専門職とする人は必要ないのだ。さっきレクスが言ったように、たまに本当に余裕がない時に剣士や狩人とかを雇うぐらいだな」

「そうか…ここではそういう事情になっているのだな」
彼にラナが頷く。
「ええ。でも今回は良い教訓になったわね。いざこのような大きな戦争になると、教団みたいな単独かつまばらで動く脅威に国では対処しにくいわ。状況が落ち着いたら民間の独立組織みたいなものの設立にも真剣に考えないと行けないわね」

「ない物ねだりしても始まらん。それに前にも言っただろう、ゾルドの封印は特別のもので、そう容易く破れるものではない。今はただ、我らができることに専念するのみだ」
カイが残念がる。
「それしかないか…なあミーナ、前にも言ってたけど、その邪神の封印って具体的にどんなものなんだ?」

「ふむ、お主らに安心させるためにも一応教えとくか。封印とは三位一体トリニティという秘法だ」
三位一体トリニティ…って、あの三位一体トリニティですか?」
エリネに頷くミーナ。

「そう、おぬしたちが普段良く見る三位一体トリニティの模様。それはハルフェンこの世界を表すだけでなく、女神達の力の体現となる魔法陣でもある。邪神の封印は三女神がこの陣を基にした秘法で施したものだ。その力は言わずとも理解できるであろう?」

レクスが納得したように頷く。
「なるほど。ことわりの頂点にあり、ハルフェン世界の創造主でもある三女神様が己と世界を象る陣で施した封印となると、確かに並大抵のことではビクともしなさそうだね」

「例のエリクは?彼はミーナと同じ封印管理者の一族ならば、彼もこの秘法を知っているのだろう?解除手段が相手に知られてしまうことはないか?」
ウィルフレッドの懸念にミーナが答える。
「そこは心配ない。これは解除という概念が存在しない儀式封印だ。仮にあの馬鹿が何か手を考え付いたとしても、非常に大きな手間と時間が必要になる。だから悠々とまではいかなくとも、すぐに対応しなければならない事態にはならない」

「結局のところ、私達のやることは変わらないわ。一日もはやくエステラ王国に行き、協力を得て帝都を取り戻す。道中でついでに教団と思われる活動を潰せば、少しは時間稼ぎになるぐらいね」
「うん、ラナ様の言うとおりだね。とりあえず、この大きな方針は変わらないとして、次の目的地を決めようよ。連合軍の規模も大きくなったし、暫く行軍続きだからどこか大きな都市で騎士と兵士達を一日休ませたいね」

「となれば…次はここ、フィレンスが妥当ね」
ラナが地図上のある場所に指を差す。

「えっ、フィレンスですか!?」「キュウッ!?」
「まじかよ!フィレンスって、あのフィレンスなのか!?」
エリネとカイが椅子から立ち上がるほど興奮するのを見て、可愛いと思って小さく笑ったアイシャが説明をした。

「そのフィレンスですよ。それに今の時期だと祭りが行われてるはずですよねレクス様?」
「うん、一部地方で開かれるフラワー・カーニバルだったね確か。戦争のため大抵の町はキャンセルになってるはずだけど。フィレンスは戦線から結構離れてるから無事開催することになってると聞いてたよ」

「やったあ!私、一度あの祭をその場で感じてみたかったの!」「キュッ!」
「俺もあの街だけは一度この目で見たかったんだよなあ!」
はしゃぐカイとエリネに状況外であるウィルフレッドが問うた。
「その街ってそんなに特別な場所なのか?」

「ええっ、だってあの文芸の街フィレンスなのですから!」
エリネが飛びっきり嬉しそうな声で答えた。



【続く】

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