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第六章 変異体《ミュータンテス》
変異体 第三節
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「ラナ殿下!よくぞご無事でっ!」
「行方不明となったと聞いた時はどうなるかと思いましたが、本当に嬉しい限りです…っ!」
「申し訳ありませんラナ殿下!我らが不甲斐ないばかりに、殿下に恥をかかせてしまいました…っ」
投降したヘリティア皇国の兵士や騎士達が涙を流してはラナを囲んでいた。
「いえ、こちらこそ、事情も知らずに厳しい言葉をかけてしまったわね。これからは誇りあるヘリティアの国民として正しきことを行いなさい」
「勿体無いお言葉っ、ラナ殿下…!」「ラナ殿下っ!」
遠くでそれを見るレクスとエリネ、アランもまた、先ほどの彼女の威容に当てられた気持ちが未だに胸を熱くしているようだった。
「さすがラナ様。皇女とはいえ、ここまで人望を持つのってルーネウスの王族でもなかなかいないじゃないかな」
「うん、それにあの力強く誇りに満ちた声の表情にも凄く感動しましたっ。カッコよくてとても憧れちゃいます」
レクスやエリネの賛辞にアランが誇らしげな表情を浮かべる。
「ははは、そう言って頂けると近衛騎士としての私も鼻が高いですよ」
(それだけじゃない。まさか訪問先にあった領民一人ひとりのことも全部しっかりと覚えるだなんて。ちょっと完ぺきすぎるじゃないかねラナ様)
レクスはひっそりと苦笑するが、彼女は無理しているのかもというアランの話をつい思い出し、再び心に引っかかる感じを覚えた。
(…やはり、そうでもないか…?)
「そうか、オズワルドめ、私を中々確保できないから自ら偽者を立てて、それで自分の反対勢力への粛清やプレッシャーかけを始めていたのか」
「はい、皇国内全ての諸侯がオズワルドの戦争政策に賛同している訳ではありません。皇帝陛下の暗殺事件について疑問をもつ方も多くいらっしゃいますが、先日帝都にラナ殿下…失礼、ラナ様の偽ものが帰還したのを理由に、自分の政策に異論を立てる諸侯や騎士を無実な罪で監禁か追放するようになりました。帝都から追い出されたカレス様やルシア様たち、オズワルドめに取り押さえられた我が主ビーレ様のように…」
「父上の直属騎士たちまでもか?」
「彼らだけではありません。ゴードン直属の奴らや親宰相派の諸侯からの軍勢を除き、ここにいる兵士や騎士達は殆どが似たような理由で主を失い、彼の元に編入されることになったもの達です。罪の無実が証明されれば主は釈放されると言って、情けとして紋章を掲げることを許してはいますが、恐らく我らを言いくるめるための言い訳でしょう」
「そのこともあって、皇国内の諸侯らは親皇帝派だった反宰相勢力、そして親宰相派に分かれ、残り一部の方達は様子見しているところです。正直、偽ラナが帰還という知らせがなければ、皇国で内戦が勃発してもおかしくない状況でした」
「わが国の諸侯の方々は血の気が多いですからね」
騎士の自嘲の言葉にラナはくすりと笑う。
「事情は大体分かったわ、して、帝都の母上の様子は?ご無事であられるの?」
「詳しくは私達も存じません…偽ラナと一緒に諸侯の会議に出て、指揮権をオズワルド様に一任すると仰ったという話ぐらいしか…申し訳ありません」
「そうか…」
ラナの表情がほんの少しだけ憂いを帯びたのを、レクスは見逃さなかった。
「ラナ、町に入る用意ができたぞ」
ミーナがアイシャとともに歩み寄る。
「ええ、分かりました。残りの話はあとで聞くわ。貴方たちは領地に戻るなり好きなようになさい」
「そ、それでしたらラナ殿下、それにアイシャ様、どうか我らを貴方の配下に置かせてくださいっ」
「…良いのか?」
「当然ですっ!いくら事情があれど、この町で非道の行いに加担し、ヘリティア国民としての、騎士としての誇りに泥を塗ってしたことは事実。その罪滅ぼしとして、ぜひ私達の力を貴方がたにお役立てくださいっ」
「我々もですっ!どうか貴方がたと共に戦う名誉を!汚名を雪ぐチャンスをっ!」「ラナ殿下!」「アイシャ様!」
兵士や騎士達が跪く。ラナはアイシャとミーナの方を見て、二人が頷くと、アイシャが前に出た。
「どうか顔をお上げください、ヘリティア皇国の方々。邪神教団が動き出している今こそ、我々は国を隔てずに一丸になって立ち上がるべきであり、連合軍もその目的で結成されました。皆様がご協力してくださるのならば拒む理由などありません。どうかその力をお貸してくださいな」
「も、勿論です!かたじけないアイシャ様っ!」
馬の手入れをしているウィルフレッドとカイが、兵士や騎士達の様子を見つめていた。
「ちぇっ、調子いいよな。俺らの国でさんざん暴れまわってたというのにさ」
「仕方ないさ、軍とはいえ、こちらの戦力はまだ弱い。こうして道中で力を付けないといざとなる時は困るからな」
「そりゃそうだけどさ…」
カイの視線が、アイシャと言葉をかける騎士たちの方に注がれていた。彼らがアイシャに身近で話しかけることへの不満が大きく含まれていることにウィルフレッドは気付くと、小さく微笑んではラナ達の方を見た。先ほどの戦場での彼女の堂々とした姿を思い出し、胸が軽く熱くなった。
******
ハーゼン町に残った占領軍は既に投降か早々と退散しており、ラナ達の軍勢は難なく町の中へと入れた。先ほどの戦いは既に町の人達に伝わっており、自分達を解放したのが巫女だと聞いては、人々がラナやアイシャを見るや否や二人の元に集まって歓声を挙げた。
「巫女様っ!我々を助けてくださって本当にありがとうございます…!」
「まさか生きてるうちに伝説の巫女様の姿を拝めるとは…女神様よ、感謝いたします…っ」
ある人は祈るように跪いて拝み、ある人は二人の手を握っては涙流して感謝する。ラナとアイシャはそんな彼らに一人ひとり手を取って応えていった。
「皆様、此度の苦節をよくぞ耐え抜きました。この国の王女として最後に希望を捨てなかったことに感謝致します」
「アイシャ様っ、こちらこそありがとう、ありがとう…っ」
「どうか顔を上げてください。元はといえば此度の戦争はわが国の不始末によるもの。私はただ自分の成すべきことをしたまでです」
「ああ、噂とおり聡明な皇女でおられる…っ。ご安心を、戦争のことをラナ様のせいとは全然思っておりません。寧ろ巫女として我らを解放して頂いたことに感謝してもしきれないぐらいですっ」
人溜まりの外からその光景を眺めるレクスやミーナ達。
「皆さんあんなに嬉しそうな声を上げて…無事勝利できて本当によかったです」
エリネが微笑んではレクスもまた頷く。
「うん、女神連合軍の初陣としてはこれ以上にない円満な勝利だといえるね」
「だがこれはまだ最初の一歩に過ぎん。エステラ王国を目指す道中でより多くの町を解放できれば、連合軍のことを三国へと大きくアピールできる。我らが必要なのは何も戦力だけではない、民心こそが連合軍に真に必要なものだ。気を抜かないようにな軍師殿」
釘を打ってくるミーナにレクスが苦笑する。
「分かってますって…ふう、なんだかラナ様がもう一人出来たみたいでプレッシャー半端ないよ」
レクスがこっそりウィルフレッド達に耳打ちすると、エリネ達が小さく笑った。
******
ラナ達は騎士団の一部とともに、町長の案内により町の坑道の入口前にある広場へと到着する。町が解放され、人々はいまだ坑道で作業している奴隷達の誘導作業を行ったが。その数は膨大であるため、ラナ達もまたその作業を手伝うよう町長に申し出していた。
奴隷の誘導作業の補佐をマティ、アランに任せ、ウィルフレッドとカイ、エリネは、広場に集められた子供達の世話を手伝い、その傍に、アイシャラナとレクス、ミーナが町長に状況の確認をしており、元々ここの占領軍だった騎士一名も同席していた。
「では、黒ローブの奴らがここを出入りしていたことは本当なのですね」
アイシャが町長に問う。
「ええ…ヘリティア軍がここを占領して以来、この町の子供たちだけでなく、その妙な模様が描かれた黒ローブの人達が、外から新しい奴隷を連れてきては、採掘された魔晶石を持ち出していました」
「しかも妙なことに、ゴードンからの命令は、坑道の深層で採掘を行うのはみんな子供だけにし、大人は鉱床から離れたところで無意味な労働を繰返し、痛めつけるというものでした。かような非道に協力することに気が滅入ってましたが、今考えるととても効率の悪い手法で、少し解せません」
町長の言葉を補足する騎士。
「つまりここも、ラナ達が前に遭遇した採掘場と同じことが行われてるのだな」
ミーナの言葉に頷くラナ。
「どうでしょうミーナ先生。何か心当たりはありますか?」
ミーナが暫く考え込むが、やがて頭を横に振る。
「…これだけではなんとも言えないな。一度中に入って現場を見なければ。できるか?」
「構いません、子供たちの誘導作業が終わりましたら、中に詳しい人にご案内させます。きみ、申し訳ないがドーネを探してくれ」
「分かりました」
騎士が頷いてその場を離れると、レクスは不思議そうに思った。
「あの人占領軍だったのに、やけに親しく感じるね町長?」
「ええ、占領軍全てがゴードンの命令に服従してる訳ではありませんから。先ほどの方のように、重労働し続けた子供をひっそりと逃がし、或いは密かに保護してくださる方も結構いてくださいました。彼らには手放しに感謝できなくとも、恨むことは決してありません」
ラナやアイシャ達が微笑ましそうに互いを見た。
――――――
坑道から出た奴隷の子供達が集まるところで、エリネは杖をかざして次々と子供達の傷を癒していく。
「これでよしっと。まだどこか痛いところある?」
「ううん、もう大丈夫、ありがとうお姉ちゃん…」
「どう致しまして」
「キュキュッ」「あはは、くずぐったいよ」
手当てされてもまだ表情が暗い子供にルルが飛び移ると、ようやく笑顔になる彼らを見てエリネがにっこりと笑って立ち上がる。そこでカイが飲み物とパンなどの軽食を持ってきた。
「ほらよ、腹減っただろ?食いもんもってきたぜ。ちゃんと腹いっぱい食べないと後で迎えに来る親達が心配するからな」
「わあっ、お兄ちゃんもありがとっ!」
子供達がカイのところへ怒涛と一斉に押し寄せる。
「まてまて、ちゃんと並んどけって、でないと食事は無しだからなっ」
エリネがくすりと笑う。
「お兄ちゃん、私は他のところ見ていくから、ここはお願いね」
「おう、任せとけ」
肩に戻ったルルと一緒に、他のところに座ってる子供達を探そうとするエリネは、前から一人の子供が泣き叫んでる声が聞こえた。
「なにがあったのかな?」
叫び声に近づくと、地面でモノを拾っては投げて暴れる子供と、そんな子の前に屈む男性の声が伝わってきた。
(ウィルさん?)
ウィルフレッドはどうやら、自分にものを投げてくる子供を、必死に言葉をかけてなだめようとしているようだ。ふと自分の傍にそれを見つめていると思われる騎士が立っているのに気付く。
「あの、すみません。そちらに何かあったのですか?」
「ああ、それが…あの子、連日の重労働で精神がかなり参っていたそうで。先ほどようやく外に誘導したら、どうやら親が亡くなってしまったことを知った途端に…。一応こちらで魔法とかで落ち着かせようと思いましたが、そちらの銀髪のお方が任せて欲しいと仰って…」
「そんな…」
エリネは改めてウィルフレッド達の方に耳を傾ける。
「うあああああっ!うああああぁぁっ!」
「大丈夫だ、もう君を虐める奴はどこにもいない、もう安全なんだ」
ウィルフレッドの必死な語りかけも効かず、子供はひたすら暴れて彼の手を打ち払う。それでも彼は諦めずに言葉をかけ続け、手を少し強引に子供に向けて伸ばすと、子供は思いっきり彼の手や顔を引掻き始める。
「ああああっ!」
子供はさらにウィルフレッドの髪を引っ張り、服と顔面をひたすら叩いて引掻く。それでも彼は手放さずに、子供をようやく抱きしめた。
「がああうっ!」「っ」
「「あっ!」」
エリネと騎士が軽く声を上げた、子供が思いっきりウィルフレッドの首に強く噛み付いたからだ。
子供とは思えないほどの力だが、彼は微動だにせず、ただ優しく腕の中の子供の背中と頭を撫でていく。
「大丈夫だ、もう大丈夫なんだ…」
「う、ぐうう…っ」
力を緩めずに噛み付いたままの子供と彼を、エリネと騎士がただ静かに見守る。
「う、ううう…うああ、うわああああん」
子供は再び泣き出したが、もはや暴れたりはしない。髪や服を引張ってた手も、やがて強く彼を抱きしめるようになり、ただひたすら泣いていった。
「もう大丈夫、君が怖がる必要はもうないんだ…」
「うええ…お母さん…お父さん…っ」
ウィルフレッドの胸が強く締まり、まるで自分のことのように小さな涙を流す。
「…君のせいじゃない、だから思い詰めるな。それに、今の君は一人じゃない、独りじゃないんだ」
「う、うええぇえ…」
まるで自分自身に言い聞かせるかのような、優しくも寂しさを感じさせる小さな声とともに、子供と一緒に泣きながらその小さな体を強く抱きしめた。
それを一部のヘリティアの騎士が見つめ、エリネと騎士もまた、込み上げる感慨を胸に感じながら、静かに二人を見守った。
(ウィルさん…)
――――――
「ご迷惑をおかけしました」
騎士が泣き疲れて寝込んだ子供をおんぶしながら、ウィルフレッドとエリネに一礼する。
「気にしないでくれ。それよりもこの子はこれからどうなる?」
「ご心配なく、町の人たちが許されるのであれば…私はこの町に残ってこの子を養子として引き取りたいと考えてますので」
騎士が少々申し訳なさそうに言う。
「占領軍としてここにしでかした罪はこれで帳消しできる訳ではありませんが、それでも自分なりにこの町に何かしてあげたいと思いますし…」
ウィルフレッドを見る騎士。
「先ほどの貴方の行動に少し当てられたかもしれませんね」
「そ、そうか…」
少々照れる彼に、エリネは微笑ましい表情を向ける。
「それでは私はこれで――」
今や穏やかそうに騎士の背で眠る子供を背負って離れる騎士の背中を二人は見送った。
「あの子、無事だといいが…」
「大丈夫ですよ。あの騎士様、とても信頼できる声の表情してましたから、彼の元のならあの子もきっと立ち直ります」
「…ああ」
ウィルフレッドの安堵した声に、エリネもまたどこか嬉しそうに彼を見つめた。遠いところからそれを遠目で見たミーナの困惑した表情に反して。
「ぜぇ…ぜぇ…っ」
このとき、坑道の方から一人の男が息を上げながら町長達のところへ走っていくのに二人は気付いた。
「?何かあったのかしら」
「さあ…」
青ざめた顔の男は町長とラナ達の間に割って入る。
「ちょ、町長…、た、大変ですっ」
「ちょっと君、落ち着きたまえ、どうしたのだ?」
「こ、坑道内に、坑道内に魔獣が現れました…っ」
【続く】
「行方不明となったと聞いた時はどうなるかと思いましたが、本当に嬉しい限りです…っ!」
「申し訳ありませんラナ殿下!我らが不甲斐ないばかりに、殿下に恥をかかせてしまいました…っ」
投降したヘリティア皇国の兵士や騎士達が涙を流してはラナを囲んでいた。
「いえ、こちらこそ、事情も知らずに厳しい言葉をかけてしまったわね。これからは誇りあるヘリティアの国民として正しきことを行いなさい」
「勿体無いお言葉っ、ラナ殿下…!」「ラナ殿下っ!」
遠くでそれを見るレクスとエリネ、アランもまた、先ほどの彼女の威容に当てられた気持ちが未だに胸を熱くしているようだった。
「さすがラナ様。皇女とはいえ、ここまで人望を持つのってルーネウスの王族でもなかなかいないじゃないかな」
「うん、それにあの力強く誇りに満ちた声の表情にも凄く感動しましたっ。カッコよくてとても憧れちゃいます」
レクスやエリネの賛辞にアランが誇らしげな表情を浮かべる。
「ははは、そう言って頂けると近衛騎士としての私も鼻が高いですよ」
(それだけじゃない。まさか訪問先にあった領民一人ひとりのことも全部しっかりと覚えるだなんて。ちょっと完ぺきすぎるじゃないかねラナ様)
レクスはひっそりと苦笑するが、彼女は無理しているのかもというアランの話をつい思い出し、再び心に引っかかる感じを覚えた。
(…やはり、そうでもないか…?)
「そうか、オズワルドめ、私を中々確保できないから自ら偽者を立てて、それで自分の反対勢力への粛清やプレッシャーかけを始めていたのか」
「はい、皇国内全ての諸侯がオズワルドの戦争政策に賛同している訳ではありません。皇帝陛下の暗殺事件について疑問をもつ方も多くいらっしゃいますが、先日帝都にラナ殿下…失礼、ラナ様の偽ものが帰還したのを理由に、自分の政策に異論を立てる諸侯や騎士を無実な罪で監禁か追放するようになりました。帝都から追い出されたカレス様やルシア様たち、オズワルドめに取り押さえられた我が主ビーレ様のように…」
「父上の直属騎士たちまでもか?」
「彼らだけではありません。ゴードン直属の奴らや親宰相派の諸侯からの軍勢を除き、ここにいる兵士や騎士達は殆どが似たような理由で主を失い、彼の元に編入されることになったもの達です。罪の無実が証明されれば主は釈放されると言って、情けとして紋章を掲げることを許してはいますが、恐らく我らを言いくるめるための言い訳でしょう」
「そのこともあって、皇国内の諸侯らは親皇帝派だった反宰相勢力、そして親宰相派に分かれ、残り一部の方達は様子見しているところです。正直、偽ラナが帰還という知らせがなければ、皇国で内戦が勃発してもおかしくない状況でした」
「わが国の諸侯の方々は血の気が多いですからね」
騎士の自嘲の言葉にラナはくすりと笑う。
「事情は大体分かったわ、して、帝都の母上の様子は?ご無事であられるの?」
「詳しくは私達も存じません…偽ラナと一緒に諸侯の会議に出て、指揮権をオズワルド様に一任すると仰ったという話ぐらいしか…申し訳ありません」
「そうか…」
ラナの表情がほんの少しだけ憂いを帯びたのを、レクスは見逃さなかった。
「ラナ、町に入る用意ができたぞ」
ミーナがアイシャとともに歩み寄る。
「ええ、分かりました。残りの話はあとで聞くわ。貴方たちは領地に戻るなり好きなようになさい」
「そ、それでしたらラナ殿下、それにアイシャ様、どうか我らを貴方の配下に置かせてくださいっ」
「…良いのか?」
「当然ですっ!いくら事情があれど、この町で非道の行いに加担し、ヘリティア国民としての、騎士としての誇りに泥を塗ってしたことは事実。その罪滅ぼしとして、ぜひ私達の力を貴方がたにお役立てくださいっ」
「我々もですっ!どうか貴方がたと共に戦う名誉を!汚名を雪ぐチャンスをっ!」「ラナ殿下!」「アイシャ様!」
兵士や騎士達が跪く。ラナはアイシャとミーナの方を見て、二人が頷くと、アイシャが前に出た。
「どうか顔をお上げください、ヘリティア皇国の方々。邪神教団が動き出している今こそ、我々は国を隔てずに一丸になって立ち上がるべきであり、連合軍もその目的で結成されました。皆様がご協力してくださるのならば拒む理由などありません。どうかその力をお貸してくださいな」
「も、勿論です!かたじけないアイシャ様っ!」
馬の手入れをしているウィルフレッドとカイが、兵士や騎士達の様子を見つめていた。
「ちぇっ、調子いいよな。俺らの国でさんざん暴れまわってたというのにさ」
「仕方ないさ、軍とはいえ、こちらの戦力はまだ弱い。こうして道中で力を付けないといざとなる時は困るからな」
「そりゃそうだけどさ…」
カイの視線が、アイシャと言葉をかける騎士たちの方に注がれていた。彼らがアイシャに身近で話しかけることへの不満が大きく含まれていることにウィルフレッドは気付くと、小さく微笑んではラナ達の方を見た。先ほどの戦場での彼女の堂々とした姿を思い出し、胸が軽く熱くなった。
******
ハーゼン町に残った占領軍は既に投降か早々と退散しており、ラナ達の軍勢は難なく町の中へと入れた。先ほどの戦いは既に町の人達に伝わっており、自分達を解放したのが巫女だと聞いては、人々がラナやアイシャを見るや否や二人の元に集まって歓声を挙げた。
「巫女様っ!我々を助けてくださって本当にありがとうございます…!」
「まさか生きてるうちに伝説の巫女様の姿を拝めるとは…女神様よ、感謝いたします…っ」
ある人は祈るように跪いて拝み、ある人は二人の手を握っては涙流して感謝する。ラナとアイシャはそんな彼らに一人ひとり手を取って応えていった。
「皆様、此度の苦節をよくぞ耐え抜きました。この国の王女として最後に希望を捨てなかったことに感謝致します」
「アイシャ様っ、こちらこそありがとう、ありがとう…っ」
「どうか顔を上げてください。元はといえば此度の戦争はわが国の不始末によるもの。私はただ自分の成すべきことをしたまでです」
「ああ、噂とおり聡明な皇女でおられる…っ。ご安心を、戦争のことをラナ様のせいとは全然思っておりません。寧ろ巫女として我らを解放して頂いたことに感謝してもしきれないぐらいですっ」
人溜まりの外からその光景を眺めるレクスやミーナ達。
「皆さんあんなに嬉しそうな声を上げて…無事勝利できて本当によかったです」
エリネが微笑んではレクスもまた頷く。
「うん、女神連合軍の初陣としてはこれ以上にない円満な勝利だといえるね」
「だがこれはまだ最初の一歩に過ぎん。エステラ王国を目指す道中でより多くの町を解放できれば、連合軍のことを三国へと大きくアピールできる。我らが必要なのは何も戦力だけではない、民心こそが連合軍に真に必要なものだ。気を抜かないようにな軍師殿」
釘を打ってくるミーナにレクスが苦笑する。
「分かってますって…ふう、なんだかラナ様がもう一人出来たみたいでプレッシャー半端ないよ」
レクスがこっそりウィルフレッド達に耳打ちすると、エリネ達が小さく笑った。
******
ラナ達は騎士団の一部とともに、町長の案内により町の坑道の入口前にある広場へと到着する。町が解放され、人々はいまだ坑道で作業している奴隷達の誘導作業を行ったが。その数は膨大であるため、ラナ達もまたその作業を手伝うよう町長に申し出していた。
奴隷の誘導作業の補佐をマティ、アランに任せ、ウィルフレッドとカイ、エリネは、広場に集められた子供達の世話を手伝い、その傍に、アイシャラナとレクス、ミーナが町長に状況の確認をしており、元々ここの占領軍だった騎士一名も同席していた。
「では、黒ローブの奴らがここを出入りしていたことは本当なのですね」
アイシャが町長に問う。
「ええ…ヘリティア軍がここを占領して以来、この町の子供たちだけでなく、その妙な模様が描かれた黒ローブの人達が、外から新しい奴隷を連れてきては、採掘された魔晶石を持ち出していました」
「しかも妙なことに、ゴードンからの命令は、坑道の深層で採掘を行うのはみんな子供だけにし、大人は鉱床から離れたところで無意味な労働を繰返し、痛めつけるというものでした。かような非道に協力することに気が滅入ってましたが、今考えるととても効率の悪い手法で、少し解せません」
町長の言葉を補足する騎士。
「つまりここも、ラナ達が前に遭遇した採掘場と同じことが行われてるのだな」
ミーナの言葉に頷くラナ。
「どうでしょうミーナ先生。何か心当たりはありますか?」
ミーナが暫く考え込むが、やがて頭を横に振る。
「…これだけではなんとも言えないな。一度中に入って現場を見なければ。できるか?」
「構いません、子供たちの誘導作業が終わりましたら、中に詳しい人にご案内させます。きみ、申し訳ないがドーネを探してくれ」
「分かりました」
騎士が頷いてその場を離れると、レクスは不思議そうに思った。
「あの人占領軍だったのに、やけに親しく感じるね町長?」
「ええ、占領軍全てがゴードンの命令に服従してる訳ではありませんから。先ほどの方のように、重労働し続けた子供をひっそりと逃がし、或いは密かに保護してくださる方も結構いてくださいました。彼らには手放しに感謝できなくとも、恨むことは決してありません」
ラナやアイシャ達が微笑ましそうに互いを見た。
――――――
坑道から出た奴隷の子供達が集まるところで、エリネは杖をかざして次々と子供達の傷を癒していく。
「これでよしっと。まだどこか痛いところある?」
「ううん、もう大丈夫、ありがとうお姉ちゃん…」
「どう致しまして」
「キュキュッ」「あはは、くずぐったいよ」
手当てされてもまだ表情が暗い子供にルルが飛び移ると、ようやく笑顔になる彼らを見てエリネがにっこりと笑って立ち上がる。そこでカイが飲み物とパンなどの軽食を持ってきた。
「ほらよ、腹減っただろ?食いもんもってきたぜ。ちゃんと腹いっぱい食べないと後で迎えに来る親達が心配するからな」
「わあっ、お兄ちゃんもありがとっ!」
子供達がカイのところへ怒涛と一斉に押し寄せる。
「まてまて、ちゃんと並んどけって、でないと食事は無しだからなっ」
エリネがくすりと笑う。
「お兄ちゃん、私は他のところ見ていくから、ここはお願いね」
「おう、任せとけ」
肩に戻ったルルと一緒に、他のところに座ってる子供達を探そうとするエリネは、前から一人の子供が泣き叫んでる声が聞こえた。
「なにがあったのかな?」
叫び声に近づくと、地面でモノを拾っては投げて暴れる子供と、そんな子の前に屈む男性の声が伝わってきた。
(ウィルさん?)
ウィルフレッドはどうやら、自分にものを投げてくる子供を、必死に言葉をかけてなだめようとしているようだ。ふと自分の傍にそれを見つめていると思われる騎士が立っているのに気付く。
「あの、すみません。そちらに何かあったのですか?」
「ああ、それが…あの子、連日の重労働で精神がかなり参っていたそうで。先ほどようやく外に誘導したら、どうやら親が亡くなってしまったことを知った途端に…。一応こちらで魔法とかで落ち着かせようと思いましたが、そちらの銀髪のお方が任せて欲しいと仰って…」
「そんな…」
エリネは改めてウィルフレッド達の方に耳を傾ける。
「うあああああっ!うああああぁぁっ!」
「大丈夫だ、もう君を虐める奴はどこにもいない、もう安全なんだ」
ウィルフレッドの必死な語りかけも効かず、子供はひたすら暴れて彼の手を打ち払う。それでも彼は諦めずに言葉をかけ続け、手を少し強引に子供に向けて伸ばすと、子供は思いっきり彼の手や顔を引掻き始める。
「ああああっ!」
子供はさらにウィルフレッドの髪を引っ張り、服と顔面をひたすら叩いて引掻く。それでも彼は手放さずに、子供をようやく抱きしめた。
「がああうっ!」「っ」
「「あっ!」」
エリネと騎士が軽く声を上げた、子供が思いっきりウィルフレッドの首に強く噛み付いたからだ。
子供とは思えないほどの力だが、彼は微動だにせず、ただ優しく腕の中の子供の背中と頭を撫でていく。
「大丈夫だ、もう大丈夫なんだ…」
「う、ぐうう…っ」
力を緩めずに噛み付いたままの子供と彼を、エリネと騎士がただ静かに見守る。
「う、ううう…うああ、うわああああん」
子供は再び泣き出したが、もはや暴れたりはしない。髪や服を引張ってた手も、やがて強く彼を抱きしめるようになり、ただひたすら泣いていった。
「もう大丈夫、君が怖がる必要はもうないんだ…」
「うええ…お母さん…お父さん…っ」
ウィルフレッドの胸が強く締まり、まるで自分のことのように小さな涙を流す。
「…君のせいじゃない、だから思い詰めるな。それに、今の君は一人じゃない、独りじゃないんだ」
「う、うええぇえ…」
まるで自分自身に言い聞かせるかのような、優しくも寂しさを感じさせる小さな声とともに、子供と一緒に泣きながらその小さな体を強く抱きしめた。
それを一部のヘリティアの騎士が見つめ、エリネと騎士もまた、込み上げる感慨を胸に感じながら、静かに二人を見守った。
(ウィルさん…)
――――――
「ご迷惑をおかけしました」
騎士が泣き疲れて寝込んだ子供をおんぶしながら、ウィルフレッドとエリネに一礼する。
「気にしないでくれ。それよりもこの子はこれからどうなる?」
「ご心配なく、町の人たちが許されるのであれば…私はこの町に残ってこの子を養子として引き取りたいと考えてますので」
騎士が少々申し訳なさそうに言う。
「占領軍としてここにしでかした罪はこれで帳消しできる訳ではありませんが、それでも自分なりにこの町に何かしてあげたいと思いますし…」
ウィルフレッドを見る騎士。
「先ほどの貴方の行動に少し当てられたかもしれませんね」
「そ、そうか…」
少々照れる彼に、エリネは微笑ましい表情を向ける。
「それでは私はこれで――」
今や穏やかそうに騎士の背で眠る子供を背負って離れる騎士の背中を二人は見送った。
「あの子、無事だといいが…」
「大丈夫ですよ。あの騎士様、とても信頼できる声の表情してましたから、彼の元のならあの子もきっと立ち直ります」
「…ああ」
ウィルフレッドの安堵した声に、エリネもまたどこか嬉しそうに彼を見つめた。遠いところからそれを遠目で見たミーナの困惑した表情に反して。
「ぜぇ…ぜぇ…っ」
このとき、坑道の方から一人の男が息を上げながら町長達のところへ走っていくのに二人は気付いた。
「?何かあったのかしら」
「さあ…」
青ざめた顔の男は町長とラナ達の間に割って入る。
「ちょ、町長…、た、大変ですっ」
「ちょっと君、落ち着きたまえ、どうしたのだ?」
「こ、坑道内に、坑道内に魔獣が現れました…っ」
【続く】
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