ハルフェン戦記 -異世界の魔人と女神の戦士たち-

レオナード一世

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幕間 その2

ハルフェンの生き物、種族ともう一つの大陸

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「うんしょっと~…」
「キュキュ~~」
水一杯の桶を馬車に載せて蓋するエリネに、ルルが嬉しそうに馬車で鳴いていた。彼女のすぐ傍の川では、ウィルフレッドとカイが残りの桶で水を汲んでいた。空がそろそろ暮れ始めた頃、近くの林でキャンプすることになったラナ達の女神連合軍の水の補給を、三人が手伝っているところだった。

「よし…今回必要な分はこれで全部だなカイ」
「ああ。水はこの前補給したばかりだから、馬車一台で十分だってコークスさんが言ってたな」
ウィルフレッド最後の桶を馬車に積むと、ルルがいきなり空に向かって鳴きだした。
「キュキュ、キュウ~っ」
「ん?どうかしたのかルル」

ウィルフレッドがルルを撫でながら空を見ると、彼もまた思わず感嘆の声を漏れ出した。
「おお…っ」
まばらに白い雲が綴る青空に、無数の毛玉みたいな何かがふわふわと飛んでいだ。

「「「ポポ、ポポポポポ~~~」」」
毛玉の大群がその外見と同じぐらい可愛らしい鳴き声を発しながら、日が沈もうとする方向へと向かっていく。
「わあっ、ポポイだぁっ」
「ラッキーだなぁっ、こんなところでポポイの群が見られるなんてさっ」

エリネとカイもまた空を見上げてははしゃぎ、ウィルフレッドが終始その壮観にもメルヘンチックな光景を眺める中、ポポイの群はみな空の向こうへと離れていった。一匹だけ少しま迷ったかのように鳴きながら暫く飛びまわってから、仲間の後を追った。

「凄いなあれは…一体なんだったんだ?」
「あれはポポイって言うんですよ。普段は深い森の中で生息して、朝露を主食とするする生き物なの」
「ポポイはさっきみたいに群で他の森に移動することもあるんだけど、本当は臆病な性格で滅多に人前に出ることないから、もしポポイを見ることができればその一日は運が良くなるって言われてんだ」

「そうなのか…」
ウィルフレッドは目を輝かせながら、もう一度ポポイ達が飛び去った方向を見つめた。
「あはは、いつものことだけど目が凄くイキイキしてんな。兄貴の世界にはポポイみたいな生き物はないのか?」

「ああ。俺の世界での野生動物は大抵危険極まりない奴ばかりなんだ。さっきのポポイやルルのような大人しい生き物もなくはないが…外見的なら、間違いなくルル達の方が愛着が沸きやすいな」
「キュッ、キュ~」
ワシャワシャと撫でられて気持ち良さそうに鳴くルル。

「そういえば、ルルはどんな名前の動物なのか聞いてなかったな」
「あ、ルルはウサギリスって言う子なんです。リスよりも数は少ないし、生息する森も偏ってますけど、とても賢いし、実は意外とタフだったりするんですよ」
「キュッ」
まるでエリネに合わせて誇らしげに胸を張るルルに、ウィルフレッドが小さく微笑んだ。

桶を確認し、ウィルフレッドとエリネが席につくと、カイが手綱を握っては馬を走らせる。
「にしても兄貴がポポイを見るだけであんなに目を輝かせてるんだから、もしナトゥーラに行ったら卒倒しかねないかもしれないな」
「あ、それはありそうね」
「ナトゥーラ?どこかの地名なのか?」

「そうですよ。覚えてますウィルさん。レクス様が世界情勢を説明していた時、私達のいる大陸をトリニタンと呼んでましたよね」
かつてレクスの館での説明情景を思い出すウィルフレッド。
「実はこのトリニタン大陸以外に、ハルフェンにはもう一つナトゥーラという大きな大陸があるんです。あそこでは人間ヒューマが殆どいなくて、ここトリニタンよりも自然などが盛んで、不思議な生き物が一杯あるって話なんですよ」

人間ヒューマが殆どいない?」
「うん。この話は千年前の邪神戦争より前に遡るんですけど、自然の中で生きるエルフやドワーフ達は、彼ら以上に人工物などに頼り、そり大人数で構築される文化を持つ人間ヒューマとは度々小さな小競り合いが起こっていました。人間の勢力が大きくなり、国と言う枠組みが誕生しそうな時とかは、危うく戦いに発展しそうな時もあったそうです」

「そういえばレクスも、エルフとかは基本的に人間ヒューマ社会には不干渉って話していたな」
「そうですよ。けど千年前に邪神戦争が起こった際、他のどの種族よりも果敢で善戦していたのは、他でもない人間ヒューマだったの」
「そうなのか?ドワーフとかは戦いでも結構屈強なイメージがするが…」

「身体能力的だけじゃなくて、苦境に立てられた時の不屈さとか、異なる種族も介さずに助け合うこととか、そういうあたりの話だそうですよ。エルフの勇者カーナも、そんな人間達に感動して親人間派になったんです」
「そーいやカーナ様と人間ヒューマの恋人オーベルの話も結構有名なんだよな」

「うん。それで邪神戦争が終結した後、もっとも勇敢に戦い、誰よりも大きな犠牲を払った人間ヒューマ達は他の種族から敬意を得ることができたんです。それが戦争が落ち着いた後の全種族会議に繋がり、エルフやドワーフ達は、邪神と戦ったこの大陸における人間ヒューマの発展を認め、その代わりにもう一つ大陸への人間達の文化不干渉契約を結んだの」

「その大陸がナトゥーラなんだな」
「そうですよ。こういう話もあって、あそこの自然はこのトリニタン大陸以上に種族発展による開発が少ないの。もっと詳しい話は私も分かりませんけど…」
「だったら後でミーナにでも聞いてみるのはどうだ兄貴?あいつ、自分は知識なら誰にも負けないってほざいてたしな」

「あっ、お兄ちゃん名案ねっ。私もミーナ様からお話もっと聞きたいっ」
「そうだな、そうしようか」

――――――

「ナトゥーラ大陸の話とな?」
夜のキャンプ地で夕食をしているミーナに、同じく料理の皿を持ったウィルフレッド三人が机を囲む。
「はい。ミーナ様は博識なビブリオン族ですから、この世界をまだ良く知らないウィルさんにぜひ色々と教えて欲しいと思って」
「ぜひ聞かせてくれミーナ。この世界のことをもっと知りたいんだ」

エリネならともかく、ウィルフレッドまで興味津々といることに戸惑うミーナ。
(まるで子供みたいに目を輝かせておって。…こんなのが、本当に取り返しのつかない何かを起こしてしまうのか…?)
ザーフィアスの警告を振り払うかのように頭を軽く叩くと、腕を組んで頷くミーナ。

「よかろう。おぬしにはこの前、地球とやらの面白い話が色々と聞けたからな。そのお返しとして我の知っている限りのことを教えよう」
「ただの教えたがりなんじゃねえのか…ってぇ!」
「もうお兄ちゃんったら、少し黙ってて」
ミーナが動くより先に、エリネのチョップがカイに突っ込みを入れた。

「こほん…。さて、ナトゥーラ大陸についてだが、基本的にエリーが説明したとおり、邪神戦争後の復興の一環として開催された世界種族間の会議で、人間ヒューマは他の智慧種族からその武勇と智慧を認められ、トリニタン大陸での大きな発展を容認された。ヘリティアを始めとした三国があの時に建国されたのもこの背景が一因になっておるな」

シチューを一口啜るミーナ
「…その代わりに、三勇者を筆頭とする人間ヒューマ側もまたナトゥーラ大陸での人為的開発を許可なしに発展することはしないと約束し、こうして人間ヒューマが活動するトリニタン大陸と、他の種族が主に暮らしているナトゥーラ大陸という二つの大陸の勢力図が出来上がった。我らの世界を指す言葉ハルフェン半々もこの時に作られたものだが、これは元々、世界が二つの大きな大陸に分けられていることを形容するエルフ語から来るものなのだ」

興味深そうに頷くウィルフレッド。
「そうだったのか…。この星の大陸構成が世界の名前に直結していたんだな」
「一応、他にもまばらにある程度の規模を持つ大陸もあるが、この二つが一番大きい大陸になっておるからな。話を戻すが、この背景もあって、ナトゥーラ大陸ではこのトリニタンとは比べにならないぐらい多くの種族、そして神秘を育んでいる。樹人エントとか、多くのエルフの氏族もそこに暮らしているな」

「なるほど。互いの大陸の人々の行き来も制限されてバランスを保ってるのか」
「いや、別に出入りの制限自体は双方ともしてないぞ。ナトゥーラはあくまで人間ヒューマによる過度開発と国という体裁が禁止されているだけで、そこで店を開く人間も少なくない。ナトゥーラからもこの大陸のものを仕入れるために定期的にやってくるドワーフとかもいるからな。もっとも、エルフを含んだ殆どの種族は人間ヒューマ社会への介入には関心はないがな。ドワーフの大半は鉱山堀や鋳造しか興味がないし」

「けどマティや君みたいな例外もいるんだな」
「ビブリオン族の故郷となる大図書館は元からトリニタンにおるし、我は封印管理者候補でもあるから少し事情は違うが、カーナを始めとした積極的に人間社会に溶け込む氏族もそれなりにおるからな。マティの方は少し意外だったが。エル族は基本的に聖地とする自分の森から離れることはまずないはずだから」

「そういえばそのあたりの話、マティ様から聞いたことないよなエリー」
「プライベートの話だから聞きにくいところもあるから、レクス様に聞く訳にもいかないよね…」
カイとエリネは互いに皿から最後の一口を掬って食べた。

「…そういえば、ミーナは度々氏族という言葉を使っているが、あれはどういう意味だ?」
「エルフの百氏族のことだな。我らエルフは基本的に異なる地域や文化に生息する人達が、一つの文化を形成して古来より長く継がれている多くの部族を便宜的に百氏族と呼んでおる。だから本当に百の氏族がある訳ではないぞ」

「つまり、ミーナがいるビブリオン族とか、マティのエル族とかがそうなのか?」
「うむ。あと親人間派として有名な勇者カーナが属するゼフ族とかもな。これら氏族は文化が異なるだけでなく、身体的特徴も大抵違いがおってな。例えば我とマティの耳の形は多少異なるし、氏族によって寿命も違ってくる」

「言われて見れば…ミーナは外見的にまだ人間の十数歳ぐらいしかないな」
「我らビブリオン族は知識の研鑽に適した長い寿命と遅く成長する肉体を持ってるからな。もっとも、エルフは基本的に人間ヒューマやドワーフのように老いた姿になることはないが…。こうしてエルフと言っても、起源や守護精霊によってその違いは千差万別だ。極端的には獣の外見をしたエルフもおるな」

「獣の外見…?」
「うむ、ウサギ姿をしたミルミ族が典型的な例だ。最もその大半はナトゥーラで生活しておるから、トリニタンで目にすることは殆どないがな」
ウィルフレッドは、つい地球野外に生息する凶悪な変異動物の姿を想像してしまった。

ミーナが料理の最後の一口を食べ、皿を傍に置いては、先ほど入れたばかりの茶を啜った。
「ふぅ…ナトゥーラやエルフ等に関する基礎知識は大体これぐらいか。他に質問はあるか?」

「これで十分だ。…君は本当に博識だなミーナ、色々と面白い話が聞けて本当に感謝してる」
「私もためになる話一杯聞けて嬉しいですミーナ様っ」
「そうであろうそうであろう。もっと我を敬っても良いぞ」
得意げにふふんと腕を組むミーナに、カイがひっそりと嘔吐っぽい表情を作った。

「ウィル、もし本当に我に感謝しているのであれば…」
「なんだ?」
おぬしの世界の話をもっと聞かせて欲しい。その言葉を、うずうずとした好奇心がミーナに言わせるよう強く彼女の胸をくすぐった。

「…いや、なんでもない。忘れてくれたまえ」
燻る好奇心を押さえて頭を振るうミーナ。知識に対する探究心が誰よりも強いビブリオン族としてのミーナが、未知の技術や歴史に満ちたウィルフレッドの世界と彼自身に大きな興味を持つのは当然のことである。寧ろ持たない方が異常だ。

けれど、自分の世界よりも遥かに高い技術力を持つだからこそか、またはザーフィアスの警告があるからか、或いは両方か。ミーナはウィルフレッドの世界に関して深入りすることにどうしても不安を拭え切れなくていた。今は知識よりも、ウィルフレッドの観察により専念すべきだと、彼女は自分に言い聞かせた。

「んだよミーナ、歯切り悪いったらありゃしねえぁ」
「だからなんでもない。おぬしの頭では理解できんことを悩んでるだけだ」
「なにおぅっ!」
「だからもう良いってお兄ちゃん」「キュキュウ~っ」
ぐぬぬとした顔のカイをエリネがなだめた。

「我はそろそろラナ達のところに行く。また何か聞きたかったら遠慮なく聞くがよい、ウィル」
「ああ、ありがとうミーナ」
「ありがとうございますミーナ様」
「けっ」

ウィルフレッド達はミーナを見送った。先ほどの言いかけの言葉、そしてその態度の理由に多少察しはつくが、彼はあえて突っ込まずにした。
「ほら、お兄ちゃんもそろそろボルガさんのところに手伝いに行かないとまた叱られるわよ」
「って、いけねーそうだった」
「私もコークスさんのお手伝いにいきますけど、ウィルさんはゆっくりしていてくださいね」
「ああ、お疲れ様だ二人共」

空の皿を持って離れていくエリネとカイを見送ると、ウィルフレッドは先ほどの話を一度脳内でまとめてみた。もう千年前の話なのに、地球の人間と比較的近い人間ヒューマ達がナトゥーラ大陸まで積極的に発展しないことは最初戸惑ったが、前にも考えたように地球人とは細かな違いはあるし、穏やかな気質の人が多いこの世界の人々に大きく版図を広げる考えはまだないのかもしれない。

それに、前にレクスが見せた地図もトリニタンの大陸が全部描ききれてなかったようだし、三国の版図もそれ全体を占めているわけでもない。まだここに開発の余地があるから、そうなっているのかもと思った。そう考えると、ウィルフレッドにそれら未知の土地を探索したい好奇心がふつふつと沸いてきた。
(いつか落ち着いたら、ぜひこの世界全土を見て回りたいな…)

そう思いながら、彼は空になった皿を洗いにその場を離れていった。



【終わり】

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