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第五章 月の巫女と黒の魔人
月の巫女と黒の魔人 第二節
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教会から離れ、市場で一通り買出しを終わらせたウィルフレッド三人は荷車に乗ってキャンプ地への帰路に着いていた。エリネから貰ったポポルの実を食べ終わったルルが元気に三人の間を走り回る。
晴天の下、彼らの手には先ほど市場で買った新鮮なジュリの果実があり、特にウィルフレッドは一口じっくりと味を噛み締めながら食べていった。中身の白い果肉は多少酸っぱいが甘くもあり、ショリショリとした食感が、その味に更に爽やかさを与えていた。
「…この果実も凄くうまいな」
「だろ?今日はついてたな。店のおやっさんが丁度新鮮な果物仕入れたんだからよ。」
「うん、お陰で美味しい苺もいっぱい買えたんだから、今夜はどうか私の苺タルト、期待してくださいねっ」
「そういえばカイやシスターも前からずっと言ってたな。君の苺タルトは特別だって。楽しみにしているよ」
ウィルフレッドが微笑むのを感じて、エリネもまた満面の笑顔を浮かべる。
「そういやさ兄貴、この前言ってた兄貴の世界の話、できる範囲で構わないからそろそろ聞かせてくれないか?」
「私も聞きたいですウィルさんっ。勿論、話したくないのなら無理に話さなくともいいですけど…」
膝で眠るルルを撫でるエリネにウィルフレッドは苦笑する。
「教えるのは別に構わないが、前にも言ったようにあまり面白い話じゃないと思うぞ」
「いいんだって、俺は兄貴のことをもっと知りたいだけだし、なんかこう、異世界っていう言葉、なんだかロマンとかあってワクワクするんだよなあ」
「うんうん、それに私達がこうして色々と紹介してあげてますのに、ウィルさんも少しぐらい自分の世界教えてくれないと不公平ですよ。外交関係は対等的でないと」
少々わざとらしい不満げな表情を浮かんでは笑うエリネを見て、ウィルフレッドは苦笑する。
「確かにそうだな、とはいえ、何から話せば良いのか…」
「じゃあまず私から質問っ。ウィルさんから来た世界…地球と言いましたよね?魔法とかそういうのまったくないのですか?生活が不便とかなってません?」
「あっ、それ俺も気になってた。兄貴も最初は魔法って奴全然知らなかったよな?」
「そうだな。俺の世界では魔法は一切無いが、その代わりに科学の方は極限まで発展していて、生活の不便はまずないと思う」
「科学…?」
この前のようにカイ達の頭の上にハテナマークが浮かんでるのを見て、ウィルフレッドは説明の仕方を暫く考えた。
「どう例えば良いのか…。君たちが使ってる魔晶石の技術。そのようなものの原理を解析ための道具となる学問みたいなものだ。それで何ができるかというと…例えば馬車を自動的に走らせる自動車ってのがあるな」
「へっ、それって馬がなくても馬車が自分で動き出すってことなのか?」
「ああ、しかも空を飛べれる」
「「空も飛べるのっ!?」」
「そうだ、他には…互いの声や映像を遠くの彼方にリアルタイムで伝達する装置、人がいなくても商売できる箱…。ああ、そういえばこれも科学の産物だな」
ふと思い出したように自分のコートの襟のある部分を押すと、突如コートの縁と金属部分が明るく光り出した。
「うわっ、すげえ!コートが松明のように光ったぞ!しかも熱くない!」
「俺の世界のサイバーコートなら標準装備だが、これ以外に温度調整もできるし、音楽とかを流せるタイプもある。このように、例え魔法がなくとも、生活的に結構便利なところが一杯あるんだ」
目の見えないエリネだが、前の話だけでもその凄さが十分伝わり、感嘆する。
「魔法はないって言いますけど、何だかその科学自体が魔法みたいなものですね…」
「うまいなエリー、その通りだ。どこで見たのか忘れたが、高度に発達した科学は、魔法と見分けがつかないって言葉がある。ここの生活を見ると、言い得て妙だと感じるよ」
ウィルフレッドは再び襟を押して明かりを消す。
「すげえ…そんな世界の町って一体どんな感じになってんだ?」
「これもどう説明すれば言いか…今の地球で人々が生活する場所は殆ど全て大都会で、高層ビルと摩天楼が並び立つメガロシティになっているな」
エリネが首を傾げる。
「まてんろう、ですか…?」
「非常に高く、非常に大きい建物と言う意味だ」
「高いってどのぐらいです?」
「高さは結構まちまちだが、一般的には150階ぐらいが平均的だな」
「150階…っ!?それって、つまり私達の教会の高さが、150個…でなくて、75個ほどもある高さなんですか!?」
「階の高さが違うから実際はもっと多いが…そう考えて構わない」
あまりの規格外な感覚に顔が少しひきつるカイ。
「は、はは、凄いなそりゃ、そんなに高いと雲まで届きそうだな」
「届くな」
「へっ」
「厳密に言うと摩天楼ではないのだが、軌道エレベーターなるものがある。それ自体は雲より遥か上まで届き、月にあるコロニーへの人々の入口とも――」
「ま、待ってください!月って…月って夜空に浮かぶ、女神様の半身とも言われるあの月ですか!?」
「そ、そんな月に…人が…!?」
「ああ。俺の世界では約1億の人口が月のコロニー群で生活していて…」
ふとウィルフレッドが語るのを止めた。カイとエリネはもはやハテナマークどころか、口を大きく開けて呆然と自分の方を向いて固まっているからだ。
「す、すまない、さすがに一気に語りすぎたか」
「う、ううん。ただ、スケールが何もかも違いすぎて、現実味がないというか…ウィルさんって、想像以上に凄いところから来たんですね…」
「ほんと、兄貴も凄いけど、兄貴の世界自体が凄すぎて、異世界と言うよりまるで女神の国とかそういうところから来た人みたいだよ」
ウィルフレッドが小さく笑い出す。
「はは、俺の方こそ、この魔法と幻想的な生物が存在する世界の方がよほど神話的だと感じられるな」
「兄貴にはそう感じるのか…。なんだか面白いよな。マジで異文化交流している感じがしてよ。いや、この場合は異世界交流というのかな?」
「ほんとそうよね。ねえウィルさん、キャンプ地に戻ったらレクス様達と一緒にもっと貴方の世界の話聞かせてください。こんな凄いお話し、私達だけで聞くだなんて勿体無いです」
「そうだな、彼らがよければ喜んで――」
ウィルフレッドとエリネ、そして居眠りしてたルルが同時に、道の傍の森からの異常を察した。
「キュウ…ッ」
「カイ、止まるんだっ」
ウィルフレッドの言葉でカイが慌てて荷車を停止させる。
「わっとと!どうしたんだ兄貴?」
同じく異常を察したエリネ。
「何かが近づいてくるわっ、かなりの人数で…しかも鎧とかで武装している人もいるっ」
「なんだって!?」
三人は素早く荷車からおりた。ウィルフレッドが異常を感じる森の方向に向けて双剣を抜き、カイが弓矢を構えてエリネとルルとともにやや後方で構えた。
「どっかの盗賊達っ?皇国軍?それとも…教団のやつらかっ?」
「分からないわ、とにかく気をつけて…っ」
森に向かって警戒する三人。
(あれ、でもこの声…誰かが追われてるの?)
(…これは)
ウィルフレッドが透視機能で森から先に走り来る人影と、その後を追っている集団を確認した。
「カイ、最初に二人が出てくる、そっちは撃つな。後ろの追手たちを狙うんだっ」
「ああ、分かったよ!」
カイの言葉が終わった途端、森から二人の女性が飛び出した。一人は背丈がエリネと同じぐらい小柄で、典型的な魔女を思わせるとんがり帽子を被り、長髪を纏めては宝石が嵌められた杖を持った若い外見のエルフ。もう一人はローブを纏い、長い何かの包みを背負い、フードで顔を隠した青髪の長身女性だ。
「なんだあ待ち伏せかっ!?」
「ああっ!?」
二人はウィルフレッド達を見て急停止して構えようとすると同時に、さらに後ろから追手が飛び出して二人に襲い掛かる。
「二人とも伏せろ!」
ウィルフレッドのかけ声とともに急いで地面に伏せる二人の頭上を、彼が軽がる飛び越えて追手を一撃の元で粉砕し、カイの矢で動きを止められたもう一体をもすかさず追撃を打ち込み、その骨が飛散した。
「こ、こいつら死霊兵!?じゃあ追手ってのはやっぱり…っ」
森の中からぞろぞろと死霊兵と、黒ローブの邪神教団の信者達が出てきた。
「お二人さんこっちへ!」
「あなた達は…っ」
エリネの誘導により女性二人は急いでウィルフレッド達の後ろにある荷車へと退避する。信者に続いて死霊兵が次々と現れ、そして一際大きな、兜から怪しげな蒼白色の炎を発する巨大な鎧が、同じく蒼白の炎をまとう一振りの大剣を引きずって現れた。
「おわっ!なんだこいつ!?」
「死霊鎧だっ!気をつけよ!自然発生の奴とは違って対魔法処理もされ、力もスピードも段違いだぞ!」
エルフの女性が警告する。
死霊鎧と死霊兵、教団信者に囲まれるウィルフレッド達。一人の信者が青髪の女性に話しかけた。
「もはや逃げ切れませんよアイシャ様。大人しく背中のそれを渡して投降するのです」
「断固拒否します。貴方たち邪神教団に決して屈しもしませんっ」
(アイシャ…?なんだかどこかで聞いたことあるような…?)
エリネは何かが引っかかった。
「止むを得ませんな。運の悪い通りすがりの旅人と共に大人しくなってもらいます」
信者が手で指示すると、死霊鎧と死霊兵が一歩前へと踏み出し、カイ達が構える。ウィルフレッドは冷静に敵の数や位置などを把握した。採掘場と違って、アルマ化せずとも対処できる数だ。人間離れした力をその二人に見せてしまうが、緊急ゆえやむなしか。
「おぬしらっ、死にたくなかったらこっちの援護をせよ!あの死霊鎧の鎧は魔法が効きにくいから、まず我とアイシャが死霊兵を対応して―」
「大丈夫、その必要はない」
「はあ?」
ウィルフレッドに遮られた魔女姿のエルフが怪訝とした。
「俺ひとりで対処する。カイ、エリー、君達は俺の討ち洩らしを片付けてくれ」
「ああ、わかったぜ兄貴」
「気をつけてウィルさん」
エルフは緊迫した表情を浮かべる。
「なに言っとるおぬしら!我の話聞いてなかったのか!?あの死霊鎧は特別強化された奴で――」
「問題ないさ。兄貴が大丈夫って言ったからな」
「うん、どうか安心して」
「一体なにを―」
「かかれ!」
信者の一声とともに、まず死霊兵が一斉に斬りかかり、そして一斉にバラバラと地面へと砕かれた。
「「「え」」」
信者も女性二人も、双剣を一瞬に左右連続で切り出して死霊兵達を切断させるウィルフレッドの姿を掴めなかった。次の瞬間、彼が残りの死霊兵へと突っ込むとようやく意識し、信者が驚愕の声を上げる。
「リ、死霊鎧!奴を倒せ!」
フシュシュと鎧から炎を噴出させながら、燃え盛る大剣を斬りつける。だがそれよりも早く、ウィルフレッドは一瞬で身を沈めて避けながら突進する。
巻き添えを食らった死霊兵が飛散するなか、彼はすれ違いざまに強烈な斬撃を鎧の膝に食らわせ、「フシャアァァッ!?」死霊鎧は一際大きな炎を吹き出して跪いてしまう。
「な、なんだあの男!?死霊兵と死霊鎧をああも易々と…!」
「凄い…凄いです…!」
女性二人は獅子奮迅のウィルフレッドに大きく目を張る。
「当然だ!なんたって俺らの兄貴なんだからな!」
カイとエリネもまた、まばらにやってくる死霊兵を弓矢や魔法で撃退していく。
「くそっ!死霊鎧を援護するぞ!」
慌てて魔法で援護しようとする信者たち。
「しめた!」
それを見たエルフの女性が杖をかざして呪文を唱えた。
「咆哮せよ森深くにて眠る獣の王よ、今こそ目覚めて汝の雄々しき姿を我らに示せ――森霊獅!」
空に魔法陣が輝き、翠の巨大な獅子が咆哮とともに飛び出して死霊兵を蹴散らし、信者たちの群れへと突っ込んでいく。
「ぬああっ!」
信者は陣形を崩され、慌てて翠の獅子から離れる。
「あっ、精霊魔法!?凄い!」
エリネが驚く。
一方、死霊鎧を相手にしているウィルフレッドはその攻撃を間一髪でかわしながら数度鎧に双剣を打ち込む。その度に死霊鎧の鎧に亀裂が走るが、ウィルフレッドの剣もまた徐々に刃こぼれしていく。
(さすがに硬い、それにこの剣では俺の振るう力に耐えられないか)
「フシャーッ!」
至る所から炎を噴き出す死霊鎧が、大樹をもたやすく切り倒せる強烈な横斬りを振るう。だが双剣を収めたウィルフレッドは再び神速の速さで斬撃を潜り抜けて鎧の懐にもぐりこむ。
「おおぉ…っ」
腰を落とし右手を深く引いてはかすかに拳に青い電光が走り、アスティル・エネルギーが流れる手のナノマシンが軽度に活性化して硬質化する。その目が一瞬だけ人外の赤き目へと化すっ。
「カァッ!」
渾身のストレートが鎧の胸へと叩きつけられ、拳の衝撃が鈍い衝撃音と共に鎧の背面まで伝わるっ。鎧の正面がさながら紙のように易々と大きく凹み、破砕して大きな穴ができあがった。
「なっ、死霊鎧を素手でだとっ!?」
女性二人が更に驚嘆の声を上げる。
「フシャシャアアアアアッ!」
破砕された鎧の穴から一段と激しい炎が燃え盛り、やがて炎は空中で悶える顔を見せた。
「! アイシャッ!」
「ええっ!」
青髪の女性が右手をかざして呪文を唱える。
「凍える永久凍土の息吹よ、集いで罪深き囚人を冬の静寂で包めよ――氷冽波!」
目視できるほど巨大な冷気の塊が、周りの空気を白く凍えながら女性の上に形を成し、それを苦悶の顔を浮かべる蒼白の炎へとぶつけた。それを見てウィルフレッドは瞬時に後退する。
「フシュアアアァァーーーッ!」
吹雪を纏いながら冷気の塊が炎に直撃し、白い雪をまき散らしては炎がひと際大きな苦悶の声を上げてはうねり、やがて雲消霧散した。憑依靈を失くした鎧は、あっけなくバラバラと崩れた。
「死霊鎧が…っ」
「お、思い出したぞっ!あの男、先日屍竜を倒したあの魔人だ!」
「ちいっ…、退却だ!退却!」
信者は死霊兵を率いて逃げ出し、ウィルフレッド達も深追いせずに武器を収めた。
「はっ、おとといきやがれってんだ教団め!」
カイがガッツポーズを取る。
「お二人さん怪我はないですか?」
「はい、お助けしてくださってどうもありがとうございます。」
青髪の女性がエリネに対し丁寧に一礼しては礼を言う。その一挙手一投足が実に優雅で、例えフードで顔を隠しても隠し切れない程の気質を感じさせた。
「お主らいったい何者なのだ?邪神教団のこと知っているようだったし、特にあの男、強化された死霊鎧を素手で破壊など、ドワーフでもそこまでの蛮力は持ち合わせていないぞ」
エルフの女性は自分たちに歩んできたウィルフレッドを見上げた。
「それは…」
「あ~、その、なんだ、兄貴はな…」
どう答えるか迷うエリネとカイ。
「その、なんというか、魔法みたいなのをだな」
「魔法?さっきこやつから魔法を使った時のマナ特有の乱れなぞ少しも感知しなかったぞ。他の奴ならともかく、我にはそんなつまらんごまかしはせんことだ」
エルフの女性の言葉にムッと尖らせるカイ。
「なんだお前、チビな癖に妙にエラそーだな…ってイタ!」
エルフの女性が杖でゴツンとカイの頭を叩いた。
「ちびは余計だちびは。こう見えても我はお主の倍ぐらいは生きておるぞ。少しは敬う気持ちを持たないか」
「ってーなあっ。本当のこと言っただけなのに乱暴だぞこのチビ助っ」
「まだ言うかこのガキっ」
一触即発な二人をエリネとアイシャが急いでなだめる。
「ちょっとお兄ちゃん失礼よっ、見知らない人にいきなりっ」
「ミーナ先生、どうか落ち着いてください…」
その時、森から更に鎧を着込んだ騎士達が女性二人に駆けつけた。
「アイシャ様!ご無事ですか!?」
「貴様ら!アイシャ様から離れろ!」
騎士達は突如、女性二人を守るよう間に入ってはエリネ達を突き放す。
「きゃあっ!」
「エリーっ」
「キュウ~~~ッ!」
突き飛ばされるエリネを受け止めるウィルフレッド。ルルが威嚇するように彼女の肩で鳴く。
「な、なんなんだよてめぇらっ!」
「おやめなさい!彼らは私たちを助けた恩人です!無礼な真似は許しません!」
アイシャと呼ばれる女性が一喝する。
「そ、そうでしたかっ、失礼いたしました」
騎士は慌てて三人から離れる。
「大丈夫かエリー?」
「う、うん」
ウィルフレッドはエリネの無事を確認すると、騎士たちを観察した。
(彼女達の服装、質もデザインも良い。どこかの貴族か?騎士達の鎧もかなり豪華だが、どこかレクス達の鎧とスタイルが似ているな)
「お前ら―」
「申し訳ありません。先ほど教団に襲われてはぐれてしまった私達を心配してるだけで、別に悪意がある訳ではないのです。どうか無礼を働いたことをお許し下さい」
アイシャは頭を下げて丁寧に謝ると、怒り出そうとしたカイは少し怒りのやり場に困った。ウィルフレッドもカイを落ち着かせるよう彼の肩に手を置きながらアイシャに問い質した。
「君たちはどこか身分のある貴族のように見えるが、何か訳あって教団の奴らに追われてるのか?」
アイシャはエルフの女性と目を交わすと、申し訳なさそうに答えた。
「すみませんが、詳細を語ることはできません。非常に重要な任務を任せられてるとしか…」
「ちぇっ、平民は関係ないってことなのか。さっきの態度といい、これだからお偉いさんってのは好きになれないんだ。うちのレクス様とは大違いだぜ」
「お兄ちゃんっ、だから失礼でしょそういう言い方っ」
カイはそっぽを向く。彼の不満そうな愚痴にアイシャは更に後ろめたさを感じたが、最後のレクスという単語にどこか聞き覚えがあった。
「レクス…ひょっとしたら、レタ領のロムネス様の御子息のことですか?」
「レクス様を知っているのですか?」
エリネが問う。
「噂程度だけですが、先日爵位を受け継いだばかりという話ぐらいは…。貴方がたはレタ領の方達ですか?あそこは確かここから結構離れてるはずですが…」
「私達、レクス殿の騎士団と一緒に旅をしているの。今からそのキャンプ地に帰るところなんです」
「騎士団が近くにいるのですか?」
アイシャはエルフの女性と目を合わせた。
「ミーナ先生…」
ミーナと呼ばれる女性はアイシャの考えを汲み取り、頷く。
「うむ、教団がまた襲撃する可能性を考えると助力を仰いだ方が良いな」
アイシャも頷くと、改めてカイ達に向き合う。
「助けてもらったばかりで申し訳ありませんが、よろしければそのレクス殿のところにご案内頂けますか?ご相談したいことがありまして…」
「レクスにか?…エリー」
ウィルフレッドがエリネの方を見た。意図を理解したエリネは信頼できるという頷きを返す。教団に追われてることも考えると、少なくとも危害はなさそうだと考えた。
「分かった。そっちの人たちに負傷者もいるようだしな。キャンプ地もそう遠くはないから、一緒に来てくれて構わない」
「うむ、感謝する」
ミーナが礼を言う。
「…兄貴がそう言うなら仕方ねえ、こっちは荷車しかないから、かなり揺れるけど我慢して――」
アイシャがフードを下す。美しく纏まった青髪に高貴さを感じられる黄金色の瞳が露になった。
「構いませんよ。無礼を働いたにも関わらず、本当にありがとうございます」
優雅な会釈に、柔らかな声と気品溢れるアイシャの笑顔が場を和ます。さながら極限まで研ぎ澄まされた身だしなみと生まれつきの美貌と気質が、最高の形で渾然一体となったような彼女に、カイが固まったまま見つめていた。
「いえ、困ったときに助け合うのは当たり前ですよ。そうでしょお兄ちゃん。…お兄ちゃん?」
返事はない、カイはただ呆然とアイシャを見つめていた。
「お・に・い・ちゃん!」
「あいたあぁぁっ!」
エリネの渾身の杖の一突きがカイの足に炸裂した。
「おま、なにすんだよ痛えだろっ!」
「お兄ちゃんがデレデレとしているからよっ」
「してねえよっ」
「してたのっ、見えなくてもそんな雰囲気めちゃくちゃ伝わってくるんだからねっ」
二人の遣り取りにアイシャが優雅に手を口に当てて笑い出す。
「ふふ、仲が良いのですねお二人さん」
笑う時にさえ優美と感じられる彼女の仕草に、カイはつい顔を赤く染める。そんな彼らの遣り取りを見てウィルフレッドもまた微笑み、ミーナはやれやれと溜息ついていた。
【続く】
晴天の下、彼らの手には先ほど市場で買った新鮮なジュリの果実があり、特にウィルフレッドは一口じっくりと味を噛み締めながら食べていった。中身の白い果肉は多少酸っぱいが甘くもあり、ショリショリとした食感が、その味に更に爽やかさを与えていた。
「…この果実も凄くうまいな」
「だろ?今日はついてたな。店のおやっさんが丁度新鮮な果物仕入れたんだからよ。」
「うん、お陰で美味しい苺もいっぱい買えたんだから、今夜はどうか私の苺タルト、期待してくださいねっ」
「そういえばカイやシスターも前からずっと言ってたな。君の苺タルトは特別だって。楽しみにしているよ」
ウィルフレッドが微笑むのを感じて、エリネもまた満面の笑顔を浮かべる。
「そういやさ兄貴、この前言ってた兄貴の世界の話、できる範囲で構わないからそろそろ聞かせてくれないか?」
「私も聞きたいですウィルさんっ。勿論、話したくないのなら無理に話さなくともいいですけど…」
膝で眠るルルを撫でるエリネにウィルフレッドは苦笑する。
「教えるのは別に構わないが、前にも言ったようにあまり面白い話じゃないと思うぞ」
「いいんだって、俺は兄貴のことをもっと知りたいだけだし、なんかこう、異世界っていう言葉、なんだかロマンとかあってワクワクするんだよなあ」
「うんうん、それに私達がこうして色々と紹介してあげてますのに、ウィルさんも少しぐらい自分の世界教えてくれないと不公平ですよ。外交関係は対等的でないと」
少々わざとらしい不満げな表情を浮かんでは笑うエリネを見て、ウィルフレッドは苦笑する。
「確かにそうだな、とはいえ、何から話せば良いのか…」
「じゃあまず私から質問っ。ウィルさんから来た世界…地球と言いましたよね?魔法とかそういうのまったくないのですか?生活が不便とかなってません?」
「あっ、それ俺も気になってた。兄貴も最初は魔法って奴全然知らなかったよな?」
「そうだな。俺の世界では魔法は一切無いが、その代わりに科学の方は極限まで発展していて、生活の不便はまずないと思う」
「科学…?」
この前のようにカイ達の頭の上にハテナマークが浮かんでるのを見て、ウィルフレッドは説明の仕方を暫く考えた。
「どう例えば良いのか…。君たちが使ってる魔晶石の技術。そのようなものの原理を解析ための道具となる学問みたいなものだ。それで何ができるかというと…例えば馬車を自動的に走らせる自動車ってのがあるな」
「へっ、それって馬がなくても馬車が自分で動き出すってことなのか?」
「ああ、しかも空を飛べれる」
「「空も飛べるのっ!?」」
「そうだ、他には…互いの声や映像を遠くの彼方にリアルタイムで伝達する装置、人がいなくても商売できる箱…。ああ、そういえばこれも科学の産物だな」
ふと思い出したように自分のコートの襟のある部分を押すと、突如コートの縁と金属部分が明るく光り出した。
「うわっ、すげえ!コートが松明のように光ったぞ!しかも熱くない!」
「俺の世界のサイバーコートなら標準装備だが、これ以外に温度調整もできるし、音楽とかを流せるタイプもある。このように、例え魔法がなくとも、生活的に結構便利なところが一杯あるんだ」
目の見えないエリネだが、前の話だけでもその凄さが十分伝わり、感嘆する。
「魔法はないって言いますけど、何だかその科学自体が魔法みたいなものですね…」
「うまいなエリー、その通りだ。どこで見たのか忘れたが、高度に発達した科学は、魔法と見分けがつかないって言葉がある。ここの生活を見ると、言い得て妙だと感じるよ」
ウィルフレッドは再び襟を押して明かりを消す。
「すげえ…そんな世界の町って一体どんな感じになってんだ?」
「これもどう説明すれば言いか…今の地球で人々が生活する場所は殆ど全て大都会で、高層ビルと摩天楼が並び立つメガロシティになっているな」
エリネが首を傾げる。
「まてんろう、ですか…?」
「非常に高く、非常に大きい建物と言う意味だ」
「高いってどのぐらいです?」
「高さは結構まちまちだが、一般的には150階ぐらいが平均的だな」
「150階…っ!?それって、つまり私達の教会の高さが、150個…でなくて、75個ほどもある高さなんですか!?」
「階の高さが違うから実際はもっと多いが…そう考えて構わない」
あまりの規格外な感覚に顔が少しひきつるカイ。
「は、はは、凄いなそりゃ、そんなに高いと雲まで届きそうだな」
「届くな」
「へっ」
「厳密に言うと摩天楼ではないのだが、軌道エレベーターなるものがある。それ自体は雲より遥か上まで届き、月にあるコロニーへの人々の入口とも――」
「ま、待ってください!月って…月って夜空に浮かぶ、女神様の半身とも言われるあの月ですか!?」
「そ、そんな月に…人が…!?」
「ああ。俺の世界では約1億の人口が月のコロニー群で生活していて…」
ふとウィルフレッドが語るのを止めた。カイとエリネはもはやハテナマークどころか、口を大きく開けて呆然と自分の方を向いて固まっているからだ。
「す、すまない、さすがに一気に語りすぎたか」
「う、ううん。ただ、スケールが何もかも違いすぎて、現実味がないというか…ウィルさんって、想像以上に凄いところから来たんですね…」
「ほんと、兄貴も凄いけど、兄貴の世界自体が凄すぎて、異世界と言うよりまるで女神の国とかそういうところから来た人みたいだよ」
ウィルフレッドが小さく笑い出す。
「はは、俺の方こそ、この魔法と幻想的な生物が存在する世界の方がよほど神話的だと感じられるな」
「兄貴にはそう感じるのか…。なんだか面白いよな。マジで異文化交流している感じがしてよ。いや、この場合は異世界交流というのかな?」
「ほんとそうよね。ねえウィルさん、キャンプ地に戻ったらレクス様達と一緒にもっと貴方の世界の話聞かせてください。こんな凄いお話し、私達だけで聞くだなんて勿体無いです」
「そうだな、彼らがよければ喜んで――」
ウィルフレッドとエリネ、そして居眠りしてたルルが同時に、道の傍の森からの異常を察した。
「キュウ…ッ」
「カイ、止まるんだっ」
ウィルフレッドの言葉でカイが慌てて荷車を停止させる。
「わっとと!どうしたんだ兄貴?」
同じく異常を察したエリネ。
「何かが近づいてくるわっ、かなりの人数で…しかも鎧とかで武装している人もいるっ」
「なんだって!?」
三人は素早く荷車からおりた。ウィルフレッドが異常を感じる森の方向に向けて双剣を抜き、カイが弓矢を構えてエリネとルルとともにやや後方で構えた。
「どっかの盗賊達っ?皇国軍?それとも…教団のやつらかっ?」
「分からないわ、とにかく気をつけて…っ」
森に向かって警戒する三人。
(あれ、でもこの声…誰かが追われてるの?)
(…これは)
ウィルフレッドが透視機能で森から先に走り来る人影と、その後を追っている集団を確認した。
「カイ、最初に二人が出てくる、そっちは撃つな。後ろの追手たちを狙うんだっ」
「ああ、分かったよ!」
カイの言葉が終わった途端、森から二人の女性が飛び出した。一人は背丈がエリネと同じぐらい小柄で、典型的な魔女を思わせるとんがり帽子を被り、長髪を纏めては宝石が嵌められた杖を持った若い外見のエルフ。もう一人はローブを纏い、長い何かの包みを背負い、フードで顔を隠した青髪の長身女性だ。
「なんだあ待ち伏せかっ!?」
「ああっ!?」
二人はウィルフレッド達を見て急停止して構えようとすると同時に、さらに後ろから追手が飛び出して二人に襲い掛かる。
「二人とも伏せろ!」
ウィルフレッドのかけ声とともに急いで地面に伏せる二人の頭上を、彼が軽がる飛び越えて追手を一撃の元で粉砕し、カイの矢で動きを止められたもう一体をもすかさず追撃を打ち込み、その骨が飛散した。
「こ、こいつら死霊兵!?じゃあ追手ってのはやっぱり…っ」
森の中からぞろぞろと死霊兵と、黒ローブの邪神教団の信者達が出てきた。
「お二人さんこっちへ!」
「あなた達は…っ」
エリネの誘導により女性二人は急いでウィルフレッド達の後ろにある荷車へと退避する。信者に続いて死霊兵が次々と現れ、そして一際大きな、兜から怪しげな蒼白色の炎を発する巨大な鎧が、同じく蒼白の炎をまとう一振りの大剣を引きずって現れた。
「おわっ!なんだこいつ!?」
「死霊鎧だっ!気をつけよ!自然発生の奴とは違って対魔法処理もされ、力もスピードも段違いだぞ!」
エルフの女性が警告する。
死霊鎧と死霊兵、教団信者に囲まれるウィルフレッド達。一人の信者が青髪の女性に話しかけた。
「もはや逃げ切れませんよアイシャ様。大人しく背中のそれを渡して投降するのです」
「断固拒否します。貴方たち邪神教団に決して屈しもしませんっ」
(アイシャ…?なんだかどこかで聞いたことあるような…?)
エリネは何かが引っかかった。
「止むを得ませんな。運の悪い通りすがりの旅人と共に大人しくなってもらいます」
信者が手で指示すると、死霊鎧と死霊兵が一歩前へと踏み出し、カイ達が構える。ウィルフレッドは冷静に敵の数や位置などを把握した。採掘場と違って、アルマ化せずとも対処できる数だ。人間離れした力をその二人に見せてしまうが、緊急ゆえやむなしか。
「おぬしらっ、死にたくなかったらこっちの援護をせよ!あの死霊鎧の鎧は魔法が効きにくいから、まず我とアイシャが死霊兵を対応して―」
「大丈夫、その必要はない」
「はあ?」
ウィルフレッドに遮られた魔女姿のエルフが怪訝とした。
「俺ひとりで対処する。カイ、エリー、君達は俺の討ち洩らしを片付けてくれ」
「ああ、わかったぜ兄貴」
「気をつけてウィルさん」
エルフは緊迫した表情を浮かべる。
「なに言っとるおぬしら!我の話聞いてなかったのか!?あの死霊鎧は特別強化された奴で――」
「問題ないさ。兄貴が大丈夫って言ったからな」
「うん、どうか安心して」
「一体なにを―」
「かかれ!」
信者の一声とともに、まず死霊兵が一斉に斬りかかり、そして一斉にバラバラと地面へと砕かれた。
「「「え」」」
信者も女性二人も、双剣を一瞬に左右連続で切り出して死霊兵達を切断させるウィルフレッドの姿を掴めなかった。次の瞬間、彼が残りの死霊兵へと突っ込むとようやく意識し、信者が驚愕の声を上げる。
「リ、死霊鎧!奴を倒せ!」
フシュシュと鎧から炎を噴出させながら、燃え盛る大剣を斬りつける。だがそれよりも早く、ウィルフレッドは一瞬で身を沈めて避けながら突進する。
巻き添えを食らった死霊兵が飛散するなか、彼はすれ違いざまに強烈な斬撃を鎧の膝に食らわせ、「フシャアァァッ!?」死霊鎧は一際大きな炎を吹き出して跪いてしまう。
「な、なんだあの男!?死霊兵と死霊鎧をああも易々と…!」
「凄い…凄いです…!」
女性二人は獅子奮迅のウィルフレッドに大きく目を張る。
「当然だ!なんたって俺らの兄貴なんだからな!」
カイとエリネもまた、まばらにやってくる死霊兵を弓矢や魔法で撃退していく。
「くそっ!死霊鎧を援護するぞ!」
慌てて魔法で援護しようとする信者たち。
「しめた!」
それを見たエルフの女性が杖をかざして呪文を唱えた。
「咆哮せよ森深くにて眠る獣の王よ、今こそ目覚めて汝の雄々しき姿を我らに示せ――森霊獅!」
空に魔法陣が輝き、翠の巨大な獅子が咆哮とともに飛び出して死霊兵を蹴散らし、信者たちの群れへと突っ込んでいく。
「ぬああっ!」
信者は陣形を崩され、慌てて翠の獅子から離れる。
「あっ、精霊魔法!?凄い!」
エリネが驚く。
一方、死霊鎧を相手にしているウィルフレッドはその攻撃を間一髪でかわしながら数度鎧に双剣を打ち込む。その度に死霊鎧の鎧に亀裂が走るが、ウィルフレッドの剣もまた徐々に刃こぼれしていく。
(さすがに硬い、それにこの剣では俺の振るう力に耐えられないか)
「フシャーッ!」
至る所から炎を噴き出す死霊鎧が、大樹をもたやすく切り倒せる強烈な横斬りを振るう。だが双剣を収めたウィルフレッドは再び神速の速さで斬撃を潜り抜けて鎧の懐にもぐりこむ。
「おおぉ…っ」
腰を落とし右手を深く引いてはかすかに拳に青い電光が走り、アスティル・エネルギーが流れる手のナノマシンが軽度に活性化して硬質化する。その目が一瞬だけ人外の赤き目へと化すっ。
「カァッ!」
渾身のストレートが鎧の胸へと叩きつけられ、拳の衝撃が鈍い衝撃音と共に鎧の背面まで伝わるっ。鎧の正面がさながら紙のように易々と大きく凹み、破砕して大きな穴ができあがった。
「なっ、死霊鎧を素手でだとっ!?」
女性二人が更に驚嘆の声を上げる。
「フシャシャアアアアアッ!」
破砕された鎧の穴から一段と激しい炎が燃え盛り、やがて炎は空中で悶える顔を見せた。
「! アイシャッ!」
「ええっ!」
青髪の女性が右手をかざして呪文を唱える。
「凍える永久凍土の息吹よ、集いで罪深き囚人を冬の静寂で包めよ――氷冽波!」
目視できるほど巨大な冷気の塊が、周りの空気を白く凍えながら女性の上に形を成し、それを苦悶の顔を浮かべる蒼白の炎へとぶつけた。それを見てウィルフレッドは瞬時に後退する。
「フシュアアアァァーーーッ!」
吹雪を纏いながら冷気の塊が炎に直撃し、白い雪をまき散らしては炎がひと際大きな苦悶の声を上げてはうねり、やがて雲消霧散した。憑依靈を失くした鎧は、あっけなくバラバラと崩れた。
「死霊鎧が…っ」
「お、思い出したぞっ!あの男、先日屍竜を倒したあの魔人だ!」
「ちいっ…、退却だ!退却!」
信者は死霊兵を率いて逃げ出し、ウィルフレッド達も深追いせずに武器を収めた。
「はっ、おとといきやがれってんだ教団め!」
カイがガッツポーズを取る。
「お二人さん怪我はないですか?」
「はい、お助けしてくださってどうもありがとうございます。」
青髪の女性がエリネに対し丁寧に一礼しては礼を言う。その一挙手一投足が実に優雅で、例えフードで顔を隠しても隠し切れない程の気質を感じさせた。
「お主らいったい何者なのだ?邪神教団のこと知っているようだったし、特にあの男、強化された死霊鎧を素手で破壊など、ドワーフでもそこまでの蛮力は持ち合わせていないぞ」
エルフの女性は自分たちに歩んできたウィルフレッドを見上げた。
「それは…」
「あ~、その、なんだ、兄貴はな…」
どう答えるか迷うエリネとカイ。
「その、なんというか、魔法みたいなのをだな」
「魔法?さっきこやつから魔法を使った時のマナ特有の乱れなぞ少しも感知しなかったぞ。他の奴ならともかく、我にはそんなつまらんごまかしはせんことだ」
エルフの女性の言葉にムッと尖らせるカイ。
「なんだお前、チビな癖に妙にエラそーだな…ってイタ!」
エルフの女性が杖でゴツンとカイの頭を叩いた。
「ちびは余計だちびは。こう見えても我はお主の倍ぐらいは生きておるぞ。少しは敬う気持ちを持たないか」
「ってーなあっ。本当のこと言っただけなのに乱暴だぞこのチビ助っ」
「まだ言うかこのガキっ」
一触即発な二人をエリネとアイシャが急いでなだめる。
「ちょっとお兄ちゃん失礼よっ、見知らない人にいきなりっ」
「ミーナ先生、どうか落ち着いてください…」
その時、森から更に鎧を着込んだ騎士達が女性二人に駆けつけた。
「アイシャ様!ご無事ですか!?」
「貴様ら!アイシャ様から離れろ!」
騎士達は突如、女性二人を守るよう間に入ってはエリネ達を突き放す。
「きゃあっ!」
「エリーっ」
「キュウ~~~ッ!」
突き飛ばされるエリネを受け止めるウィルフレッド。ルルが威嚇するように彼女の肩で鳴く。
「な、なんなんだよてめぇらっ!」
「おやめなさい!彼らは私たちを助けた恩人です!無礼な真似は許しません!」
アイシャと呼ばれる女性が一喝する。
「そ、そうでしたかっ、失礼いたしました」
騎士は慌てて三人から離れる。
「大丈夫かエリー?」
「う、うん」
ウィルフレッドはエリネの無事を確認すると、騎士たちを観察した。
(彼女達の服装、質もデザインも良い。どこかの貴族か?騎士達の鎧もかなり豪華だが、どこかレクス達の鎧とスタイルが似ているな)
「お前ら―」
「申し訳ありません。先ほど教団に襲われてはぐれてしまった私達を心配してるだけで、別に悪意がある訳ではないのです。どうか無礼を働いたことをお許し下さい」
アイシャは頭を下げて丁寧に謝ると、怒り出そうとしたカイは少し怒りのやり場に困った。ウィルフレッドもカイを落ち着かせるよう彼の肩に手を置きながらアイシャに問い質した。
「君たちはどこか身分のある貴族のように見えるが、何か訳あって教団の奴らに追われてるのか?」
アイシャはエルフの女性と目を交わすと、申し訳なさそうに答えた。
「すみませんが、詳細を語ることはできません。非常に重要な任務を任せられてるとしか…」
「ちぇっ、平民は関係ないってことなのか。さっきの態度といい、これだからお偉いさんってのは好きになれないんだ。うちのレクス様とは大違いだぜ」
「お兄ちゃんっ、だから失礼でしょそういう言い方っ」
カイはそっぽを向く。彼の不満そうな愚痴にアイシャは更に後ろめたさを感じたが、最後のレクスという単語にどこか聞き覚えがあった。
「レクス…ひょっとしたら、レタ領のロムネス様の御子息のことですか?」
「レクス様を知っているのですか?」
エリネが問う。
「噂程度だけですが、先日爵位を受け継いだばかりという話ぐらいは…。貴方がたはレタ領の方達ですか?あそこは確かここから結構離れてるはずですが…」
「私達、レクス殿の騎士団と一緒に旅をしているの。今からそのキャンプ地に帰るところなんです」
「騎士団が近くにいるのですか?」
アイシャはエルフの女性と目を合わせた。
「ミーナ先生…」
ミーナと呼ばれる女性はアイシャの考えを汲み取り、頷く。
「うむ、教団がまた襲撃する可能性を考えると助力を仰いだ方が良いな」
アイシャも頷くと、改めてカイ達に向き合う。
「助けてもらったばかりで申し訳ありませんが、よろしければそのレクス殿のところにご案内頂けますか?ご相談したいことがありまして…」
「レクスにか?…エリー」
ウィルフレッドがエリネの方を見た。意図を理解したエリネは信頼できるという頷きを返す。教団に追われてることも考えると、少なくとも危害はなさそうだと考えた。
「分かった。そっちの人たちに負傷者もいるようだしな。キャンプ地もそう遠くはないから、一緒に来てくれて構わない」
「うむ、感謝する」
ミーナが礼を言う。
「…兄貴がそう言うなら仕方ねえ、こっちは荷車しかないから、かなり揺れるけど我慢して――」
アイシャがフードを下す。美しく纏まった青髪に高貴さを感じられる黄金色の瞳が露になった。
「構いませんよ。無礼を働いたにも関わらず、本当にありがとうございます」
優雅な会釈に、柔らかな声と気品溢れるアイシャの笑顔が場を和ます。さながら極限まで研ぎ澄まされた身だしなみと生まれつきの美貌と気質が、最高の形で渾然一体となったような彼女に、カイが固まったまま見つめていた。
「いえ、困ったときに助け合うのは当たり前ですよ。そうでしょお兄ちゃん。…お兄ちゃん?」
返事はない、カイはただ呆然とアイシャを見つめていた。
「お・に・い・ちゃん!」
「あいたあぁぁっ!」
エリネの渾身の杖の一突きがカイの足に炸裂した。
「おま、なにすんだよ痛えだろっ!」
「お兄ちゃんがデレデレとしているからよっ」
「してねえよっ」
「してたのっ、見えなくてもそんな雰囲気めちゃくちゃ伝わってくるんだからねっ」
二人の遣り取りにアイシャが優雅に手を口に当てて笑い出す。
「ふふ、仲が良いのですねお二人さん」
笑う時にさえ優美と感じられる彼女の仕草に、カイはつい顔を赤く染める。そんな彼らの遣り取りを見てウィルフレッドもまた微笑み、ミーナはやれやれと溜息ついていた。
【続く】
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