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第四章 邪神教団
邪神教団 第三節
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「はぁっ!」
ラナの一撃がアランの援護のもと敵兵を切り裂く。逃げ纏う奴隷達と、両勢力が交戦する採掘場は混乱を極めていた。近寄る敵を蹴散らすウィルフレッドにカバーされながら、騎士団のサポートをしているエリネとカイにレクスが駆け寄る。
「無事かい二人とも!」
「レクス様!」
「まったくカイくん、気持ちは分かるけど、できればもう少し慎重に行動してほしかったよっ」
「だってさっきあの人殺されかけたんだっ、それを黙って見る訳にもいかないだろ!?」
敵をまた一人切り倒したラナが彼らのところへ後退する。
「だからさっきレクス殿が石で相手の注意を引こうとしたのだがな」
「え、そうだったのか…?」
「なに、もう過ぎたことだ。本当に危なかったら私も手を出そうと思ったが、今はこの場をどう切り抜けるか考えろ」
ラナが再び敵陣の中へ切り込む。
「レクス、カイ達を頼むっ」
「任せといてっ!」
ウィルフレッドもまたラナの後を追うように駆け出す。
「「「うらああっ!」」」
ラナめがけて見張り三人が切りかかる。ラナは攻撃をかわすと同時にその武器を踏み台にして、真正面の敵を飛び越えては一刀を浴びせた。
「ぐあっ!」
「なっ――」
着地と同時にまだ振り向いてもいない残り二人に、皇家の剣エルドグラムが二本の煌く軌跡を描いては左右一刀ずつ深く斬り込む。
「おおっ!」「がっ…!」
断末魔を挙げる暇もなく二人はあっけなく倒れてしまう。
「こ、この女…っ!」
「はええ…っ!」
敵が瞬く暇もなく、再びその手に持つ剣のように鋭く敵陣へと突進していくラナ。
「うわあああ助けてぇ!母さん!」
「このガキっ!勝手に逃げったぁあぁぁ!?」
逃げ惑う子供を捕まえようとする見張りを、ウィルフレッドが剣の一振りで倒した。
「マーサ!大丈夫マーサ!?」
「お母さん!怖かったよ!」
混乱に乗じて駆けつけた母が子供を抱擁する。
「二人とも早く、そっちの騎士団がいるところに行くんだっ!」
「は、はい…っ」
親子をレクス達のところへ行くように指示すると、ウィルフレッドは敵を次々と切り倒すラナを見て感心する。
(タウラーの時も思ったが、凄い腕を持っていて頼もしいな。この世界の皇族は皆こなのだろうか、それとも彼女だけが特別なのか)
人数の差はレクス側に不利だが、ラナとウィルフレッドの突出した戦力により徐々に形勢が傾き始めた。それを見てか、教団の信者達が後方で地面に骨の欠片を幾つか埋め込んで呪文を唱えた。
「我が僕よ、大いなる邪霊ハーガの名において目覚めよ―――」
すると地面から骨の武器で武装された、いまだ腐肉が付いている死体が呻き声をあげては立ち上がる。
「なんだあれは?」
「死霊兵っ、邪霊魔法で操られた死体だっ!気を付けろ、干からびて見えるが、その力は常人の倍もあるし、死体故にとてもタフだっ!」
近くのラナがウィルフレッドに警告する。
ウィルスによって動くゾンビみたいなものなのかと思った彼は死霊兵の剣を受け止めると、ずしりと明らかに人間とは思えない一撃の重さを感じた。
(なるほど、数も結構あるし、これはラナ達には少々厄介だな)
戦いの風向きが変わってゆく中、採掘場の最も高い岩場で、エリクは悠々と下の、悲鳴と鬨の声が交じり合う戦場を眺めていた。
「中々の混沌具合ですね。この短剣もさぞ良い糧が得られるでしょう」
エリクの手には先ほど取り出した、不気味の形をした短剣を持っていた。紫色の柄に目を思わせる宝珠、剣と言うにはどこかざらざらとした質感がする刀身。
その短剣を彼は一思いに地面へと刺すと、まるでこの地の大気や地脈から何かを吸い込むように刀身に禍々しいオーラが脈打ち始めた。
「吸いなさい。存分に。私の大願成就のために」
エリクはその行動とは裏腹に思ったよりも優しい声で囁いた。
「――光閃!」
「うあっ!」
エリネの目くらましを食らった敵を、カイが弓矢で倒す。レクスもまたそんな二人の周りを数名の騎士団とともに固めるが、自分達のところに集まってくる奴隷へのフォローもあり、状況はあまり芳しくはなかった。
「う~むこの人数ではちょっと厳しいかなやっぱ」
「ごめんレクス様、俺が先走ったせいで…」
「気にしなくて良いよカイくん。最終的にはこうなるんだし、寧ろマティ達が来るまでの時間稼ぎにもなって結果オーライかもね。もっとも――」
ふとレクスの動きが止まる。ラナとウィルフレッド達もいつの間にか彼らの元へ後退していた。死霊兵と、思ったよりも数ある敵兵。奴隷達へのフォローにも追われて後退を余儀なくされた騎士団一行は敵に囲まれていた。
「それまで持ちこたえられればだけど」
「うっ、くそ…っ」
他に坑道や更に奥から逃げ出した奴隷達も差し押さえられたのを見てカイが唸る。
(どうする?この人数、やろうと思えば捌けられるが人質のこともある…)
ウィルフレッドが逡巡する中、一人の男が教団の信者達を従ってラナ達の前へと歩き出た。
「ラナ様。どうかこれ以上の抵抗はおやめください」
「メルベ…」
「ラナ様…?」
「ラナ様だって…?」
レクスの騎士と兵士達がどよめく。
(あちゃあ、バレてしまったか。この状況じゃ隠し通すのも無理だね…)
これ以上隠すこともできないと悟ったラナは騎士団の方に振り向いて微笑んだ。
「みんな申し訳ない。事情は後で説明する。今はどうか私を信じて欲しい」
「ラナ様…」
エリネが心配そうにラナの方を向いて、ラナは心配ないと彼女に小さく囁いては堂々と前へと進んでメルべと対峙する。
「メルベ公。まさか貴公が邪神教団と手を組んでいたとはな。オズワルドは恩人の敵であると抜かしながらこの有様。果てはこのような鬼畜極まる所業まで手を染めるとは、亡き父が知ればさぞ嘆かれるだろう」
敵に囲まれても動揺せずに毅然と問いただすラナに、メルベは眉一つ動かさない。
「誤解しないで頂きたい。この件はあくまで私個人的に行ったこと。オズワルドめが教団と手を組むことなど、私の関知する事ではありません。エイダーン陛下への敬愛も誠ではありますが、それもより大事な事情なゆえ、許しを請うなど思ってはおりません」
(やはり、オズワルドは教団を手を結んでいたのだな)
情報を引き出したラナは剣を地面に刺し、真っ直ぐに立っては会話を続けた。
「ほう、事情と来たか、どんな理由があってこのような外道らと手を組まなければならなかった?言い訳を許そう」
「…妻のサリーです」
「なに?」
「先ほども仰った様に、サリーが不治の病に冒されてから、私は懸命に名ある名医を探し、妻と一緒に女神達に毎日祈りを捧げました。…それでも彼女は助かりませんでした。失意の中、今度は恩人であるエイダーン様の訃報までも…。二人とも敬虔な信徒で、女神達への祈りなど、生まれてから一度もやめたことなかったのに…っ、私のような人を多く助けた良き方達なのにっ!サリーは私にとってかけがえのないただ一人大事な人なのに…!この世界は、女神達はっ!そのような善良な人たちなど助けはしなかった!」
ぎりっと歯軋りするメルベの言葉に、ウィルフレッドは少々来るものを感じるが、ラナはただ冷ややかな目で見つめていた。
「その時だったのです、あのお方…ザナエル様が私に福音をもたらしてくれたのは」
「ザナエル…?」
恐らく教団の関係者である名前にラナは眉を寄せる。
「彼は私に真の奇跡を見せてくれました。邪神様の力でサリーの魂を私の前に呼び寄せただけにも関わらず、彼に協力すれば彼女を蘇らせてくれるとっ!」
感激と感動に満ちた表情で手を広げるメルベ。
「そんなこと本当にできるのですかレクス様?」
「まさか、おおかた魔法による幻とかそういう類のものに決まっている。邪霊魔法に似たようなもの一杯あるしね。」
ひっそりと話すエリネとレクス。
「協力とは、この奴隷場を作って魔晶石を採掘させることか」
「貴方の確保もこの前付け加えられましたがね」
メルベの言葉にカイが憤慨して会話に割り込む。
「そんなことで…こんな酷い事をしたのかっ!?罪もない親子達を集めてまで…っ!」
「そう!彼らには何の罪もない!そして私は今や罪深き罪人!なのに女神達は私を罰さない!彼らを助けずに死に果てるのを黙視するだけ!これこそが女神達が千年前から既に我らを、彼らを見捨てた何よりの証!こんな世界で善行なぞ愚かな極み!ならば邪神に与して、己が渇望を満たすのに身を焦がすことこそ真理なのだ!」
メルベの顔に先ほどの穏やかさはなく、憎悪と歓喜が混じる面相へと変え果てていた。その狂喜な声にエリネは哀れと同時に怒りが込み上げていた。
「狂ってるわこの人…っ」
「その通りっ!この世界は狂っている!善良なる人に女神が助けにならないのであれば、いっそ―――」
「黙れ痴れものめがっ!!!」
谷にラナの威厳に満ちた声が轟いた。メルベ達だけでなく、ウィルフレッド達までもが、その強き声に思わず体が軽くすくむ。
「な、なんだと…」
「如何な理由かと思えば、己の不甲斐なさによる不始末なだけだとは、三流小説の愛憎劇でさえもう少しマシに書けるわこの腑抜け!」
「き、貴様にこの私のなにが分か――」
「聞くにも値しないことに理解する気など微塵もないっ!」
剣を振りかざし、力強く一歩前に出るラナに、有利に囲んでるはずのメルベ側がたじろいで一歩引いてしまう。
「己が弱さをも直視できず、その言い訳を女神様達に擦り付けるほど惰弱な貴様に一つだけ教えてやろう!女神様とは助けを乞って縋るものではない!前に進む心を支えるものなのだ!」
「き、詭弁だそんな――」
「口を閉じよ!これ以上貴様の道徳教育に付き合う気はないっ!」
「ぬぐぅ…っ」
ラナの一字一句がまるでその場全員の心に直接伝わるよう力強く響く。その姿は見えない荘厳な後光を感じるほど凛然としていた。その気迫は遠くにいるエリクも感じ、味方のウィルフレッドやレクス達さえも気圧される程だった。
(す、凄ぇ気迫だ…っ、それに何だこの謎の威圧感、皇女様ってだけでこれほどの存在感を出せるものなのか…?)
カイは、自分と同じぐらいの身丈のはずなのに、それが何倍も大きく感じられるラナの背中に妙な畏怖感を感じた。
「それに貴様は一つ大きな勘違いをしているっ!貴様は女神様が罰しないと言ったな!誰も奴隷となった彼らを助けないと言ったな!」
ラナに気圧された体をなんとか持ち直すメルベ。
「そ、それがどうしたっ!そのどこが間違いだと言うのだ!」
(! ラナ様、まさか…っ)
アランがラナの意図を察した。
「自分の醜い姿も直視できないその腐った目でよく見るがいい!」
そう言い、ラナは後ろ髪を逸らして背をメルベに向けた。
「なんだっ、いったいなんのマネ…」
メルベ達が怪訝とするなか、ラナの左首筋にあたる服の下から眩い輝きが発せられた。
「ぬぉっ!?」
光は糸をなして絡み合い、やがてラナの頭上に太陽を象った紋章が爛々と浮かび上がる。
メルベ達は目をひん剥いて唖然とした。彼だけではない、それを見たレクス達や騎士団の人々もまた、信じられないものを見たように驚嘆の声を上げる。
「なっ、あ…あああれは…あの太陽の形をした紋章は…っ、まさかっ!」
紋章が消えて光が収まると、震えた声のメルベにラナは振り返って凜として名乗り上げた。
「私はラナ・ヘスティリオス・ヘリティア!ヘリティア皇国第一皇女にして、太陽の女神エテルネ様の魂の力を賜った、太陽の巫女であるっ!」
「た、太陽の…」「巫女様…!?」「巫女様だって!?」「三女神様の巫女の一人…太陽の女神の巫女様!?」「あの言い伝えは本当だったのかっ!?」
今や遠くの奴隷も、彼らを抑える見張りたちさえもラナを注視し、ウィルフレッドとアランを除くその場全員がどよめいた。
「うっそ…あのラナ…、様が…」
「女神の巫女様…だったの!?」
「こりゃ…たまげた…なんてもんじゃないよ…っ!」
カイとエリネ、レクスも、まるで頭を強く打たれたような感覚を覚えた。それはこの世界の住民にとって、生きた伝説が目の前に立っているのに等しいからだ。
「太陽の巫女…!?」
遠方にいるエリクもまた驚愕すると同時に、歓喜の顔を浮かべた。
「なんたる僥倖でしょう、巫女の一人がようやく姿を見せた…っ!」
「メルベ!彼らを女神が救わないというのなら、この私が救おう!貴様が女神様の罰を求めるのならば、この私が下してやろう!覚悟するが良い!」
突き出されたラナの剣エルドグラムに畏怖したメルベは、半ばやけくそに叫んだ。
「ええい!何をぼさっとしている!人数はこちらが勝っているんだ!他の奴らは皆殺しにしてラナを――」
突如上から放たれた矢がメルベの私兵を射抜いた。
「な、何だと!?」
「レクス様!」
レクス達の後ろの崖の上に、騎士団を率いたマティがいた。
「マティ!やっと来てくれたか!」
「メルベっ!」
その隙にラナは一瞬にしてメルベとの間合いを詰めようとした。
「ひいぃっ!」
メルベは慌てて私兵を前に押し出した。
「メッメルベさぐぇっ!」
ラナは瞬時に私兵を切り捨てるが、その隙にメルベは既に死霊兵の後ろへと逃げていった。
「全軍突撃!ラナ様の後に続いて奴隷達を解放するんだ!」
レクスの指示で騎士団全軍が大きく鬨を上げては果敢に敵へと突っ込んでいき、マティ達もまた同様に突撃し始めた。
「く、くそっ、いったいどうなって――」
「う、うわあああ!」「なっ!?」
抑えられてた一部奴隷達でさえも、気が散っていた見張りに楯突き、反抗を始めた。巫女であるラナの一声だけで、その場にいる敵兵全てが動揺し、奴隷と騎士団全員の心が鼓舞されたのだ。
「カイ、エリー、支援はまかせたっ」
「うんっ、任せてウィルさん!」
「後方支援は俺達がしっかりやるから、兄貴は存分に暴れてくれ!」
騎士団の人数も増え、二人に気兼ねなく出られるウィルフレッドは頷くと、前方へと突っ込んでいく。
ラナを振り払って後方まで後退したメルベは私兵の一人を捕まえる。
「君っ!密室への鍵はどこにあるのですっ、今すぐ持ってきなさい!」
「密室って…まさかアレを使うのですかメルベ様!?」
「そうだっ、ラナが真に太陽の巫女であれば、奴を抑えられるのはアレしかない!今すぐ持ってくるのです!」
「は、はいっ!」
鬼気迫る面相のメルベに押されて慌てて鍵を取りに行く私兵。
「ラナめ…今に見てなさい…っ」
メルベは不気味な笑みをしながら、遺跡群の一つの奥へと進んでいった。
【続く】
ラナの一撃がアランの援護のもと敵兵を切り裂く。逃げ纏う奴隷達と、両勢力が交戦する採掘場は混乱を極めていた。近寄る敵を蹴散らすウィルフレッドにカバーされながら、騎士団のサポートをしているエリネとカイにレクスが駆け寄る。
「無事かい二人とも!」
「レクス様!」
「まったくカイくん、気持ちは分かるけど、できればもう少し慎重に行動してほしかったよっ」
「だってさっきあの人殺されかけたんだっ、それを黙って見る訳にもいかないだろ!?」
敵をまた一人切り倒したラナが彼らのところへ後退する。
「だからさっきレクス殿が石で相手の注意を引こうとしたのだがな」
「え、そうだったのか…?」
「なに、もう過ぎたことだ。本当に危なかったら私も手を出そうと思ったが、今はこの場をどう切り抜けるか考えろ」
ラナが再び敵陣の中へ切り込む。
「レクス、カイ達を頼むっ」
「任せといてっ!」
ウィルフレッドもまたラナの後を追うように駆け出す。
「「「うらああっ!」」」
ラナめがけて見張り三人が切りかかる。ラナは攻撃をかわすと同時にその武器を踏み台にして、真正面の敵を飛び越えては一刀を浴びせた。
「ぐあっ!」
「なっ――」
着地と同時にまだ振り向いてもいない残り二人に、皇家の剣エルドグラムが二本の煌く軌跡を描いては左右一刀ずつ深く斬り込む。
「おおっ!」「がっ…!」
断末魔を挙げる暇もなく二人はあっけなく倒れてしまう。
「こ、この女…っ!」
「はええ…っ!」
敵が瞬く暇もなく、再びその手に持つ剣のように鋭く敵陣へと突進していくラナ。
「うわあああ助けてぇ!母さん!」
「このガキっ!勝手に逃げったぁあぁぁ!?」
逃げ惑う子供を捕まえようとする見張りを、ウィルフレッドが剣の一振りで倒した。
「マーサ!大丈夫マーサ!?」
「お母さん!怖かったよ!」
混乱に乗じて駆けつけた母が子供を抱擁する。
「二人とも早く、そっちの騎士団がいるところに行くんだっ!」
「は、はい…っ」
親子をレクス達のところへ行くように指示すると、ウィルフレッドは敵を次々と切り倒すラナを見て感心する。
(タウラーの時も思ったが、凄い腕を持っていて頼もしいな。この世界の皇族は皆こなのだろうか、それとも彼女だけが特別なのか)
人数の差はレクス側に不利だが、ラナとウィルフレッドの突出した戦力により徐々に形勢が傾き始めた。それを見てか、教団の信者達が後方で地面に骨の欠片を幾つか埋め込んで呪文を唱えた。
「我が僕よ、大いなる邪霊ハーガの名において目覚めよ―――」
すると地面から骨の武器で武装された、いまだ腐肉が付いている死体が呻き声をあげては立ち上がる。
「なんだあれは?」
「死霊兵っ、邪霊魔法で操られた死体だっ!気を付けろ、干からびて見えるが、その力は常人の倍もあるし、死体故にとてもタフだっ!」
近くのラナがウィルフレッドに警告する。
ウィルスによって動くゾンビみたいなものなのかと思った彼は死霊兵の剣を受け止めると、ずしりと明らかに人間とは思えない一撃の重さを感じた。
(なるほど、数も結構あるし、これはラナ達には少々厄介だな)
戦いの風向きが変わってゆく中、採掘場の最も高い岩場で、エリクは悠々と下の、悲鳴と鬨の声が交じり合う戦場を眺めていた。
「中々の混沌具合ですね。この短剣もさぞ良い糧が得られるでしょう」
エリクの手には先ほど取り出した、不気味の形をした短剣を持っていた。紫色の柄に目を思わせる宝珠、剣と言うにはどこかざらざらとした質感がする刀身。
その短剣を彼は一思いに地面へと刺すと、まるでこの地の大気や地脈から何かを吸い込むように刀身に禍々しいオーラが脈打ち始めた。
「吸いなさい。存分に。私の大願成就のために」
エリクはその行動とは裏腹に思ったよりも優しい声で囁いた。
「――光閃!」
「うあっ!」
エリネの目くらましを食らった敵を、カイが弓矢で倒す。レクスもまたそんな二人の周りを数名の騎士団とともに固めるが、自分達のところに集まってくる奴隷へのフォローもあり、状況はあまり芳しくはなかった。
「う~むこの人数ではちょっと厳しいかなやっぱ」
「ごめんレクス様、俺が先走ったせいで…」
「気にしなくて良いよカイくん。最終的にはこうなるんだし、寧ろマティ達が来るまでの時間稼ぎにもなって結果オーライかもね。もっとも――」
ふとレクスの動きが止まる。ラナとウィルフレッド達もいつの間にか彼らの元へ後退していた。死霊兵と、思ったよりも数ある敵兵。奴隷達へのフォローにも追われて後退を余儀なくされた騎士団一行は敵に囲まれていた。
「それまで持ちこたえられればだけど」
「うっ、くそ…っ」
他に坑道や更に奥から逃げ出した奴隷達も差し押さえられたのを見てカイが唸る。
(どうする?この人数、やろうと思えば捌けられるが人質のこともある…)
ウィルフレッドが逡巡する中、一人の男が教団の信者達を従ってラナ達の前へと歩き出た。
「ラナ様。どうかこれ以上の抵抗はおやめください」
「メルベ…」
「ラナ様…?」
「ラナ様だって…?」
レクスの騎士と兵士達がどよめく。
(あちゃあ、バレてしまったか。この状況じゃ隠し通すのも無理だね…)
これ以上隠すこともできないと悟ったラナは騎士団の方に振り向いて微笑んだ。
「みんな申し訳ない。事情は後で説明する。今はどうか私を信じて欲しい」
「ラナ様…」
エリネが心配そうにラナの方を向いて、ラナは心配ないと彼女に小さく囁いては堂々と前へと進んでメルべと対峙する。
「メルベ公。まさか貴公が邪神教団と手を組んでいたとはな。オズワルドは恩人の敵であると抜かしながらこの有様。果てはこのような鬼畜極まる所業まで手を染めるとは、亡き父が知ればさぞ嘆かれるだろう」
敵に囲まれても動揺せずに毅然と問いただすラナに、メルベは眉一つ動かさない。
「誤解しないで頂きたい。この件はあくまで私個人的に行ったこと。オズワルドめが教団と手を組むことなど、私の関知する事ではありません。エイダーン陛下への敬愛も誠ではありますが、それもより大事な事情なゆえ、許しを請うなど思ってはおりません」
(やはり、オズワルドは教団を手を結んでいたのだな)
情報を引き出したラナは剣を地面に刺し、真っ直ぐに立っては会話を続けた。
「ほう、事情と来たか、どんな理由があってこのような外道らと手を組まなければならなかった?言い訳を許そう」
「…妻のサリーです」
「なに?」
「先ほども仰った様に、サリーが不治の病に冒されてから、私は懸命に名ある名医を探し、妻と一緒に女神達に毎日祈りを捧げました。…それでも彼女は助かりませんでした。失意の中、今度は恩人であるエイダーン様の訃報までも…。二人とも敬虔な信徒で、女神達への祈りなど、生まれてから一度もやめたことなかったのに…っ、私のような人を多く助けた良き方達なのにっ!サリーは私にとってかけがえのないただ一人大事な人なのに…!この世界は、女神達はっ!そのような善良な人たちなど助けはしなかった!」
ぎりっと歯軋りするメルベの言葉に、ウィルフレッドは少々来るものを感じるが、ラナはただ冷ややかな目で見つめていた。
「その時だったのです、あのお方…ザナエル様が私に福音をもたらしてくれたのは」
「ザナエル…?」
恐らく教団の関係者である名前にラナは眉を寄せる。
「彼は私に真の奇跡を見せてくれました。邪神様の力でサリーの魂を私の前に呼び寄せただけにも関わらず、彼に協力すれば彼女を蘇らせてくれるとっ!」
感激と感動に満ちた表情で手を広げるメルベ。
「そんなこと本当にできるのですかレクス様?」
「まさか、おおかた魔法による幻とかそういう類のものに決まっている。邪霊魔法に似たようなもの一杯あるしね。」
ひっそりと話すエリネとレクス。
「協力とは、この奴隷場を作って魔晶石を採掘させることか」
「貴方の確保もこの前付け加えられましたがね」
メルベの言葉にカイが憤慨して会話に割り込む。
「そんなことで…こんな酷い事をしたのかっ!?罪もない親子達を集めてまで…っ!」
「そう!彼らには何の罪もない!そして私は今や罪深き罪人!なのに女神達は私を罰さない!彼らを助けずに死に果てるのを黙視するだけ!これこそが女神達が千年前から既に我らを、彼らを見捨てた何よりの証!こんな世界で善行なぞ愚かな極み!ならば邪神に与して、己が渇望を満たすのに身を焦がすことこそ真理なのだ!」
メルベの顔に先ほどの穏やかさはなく、憎悪と歓喜が混じる面相へと変え果てていた。その狂喜な声にエリネは哀れと同時に怒りが込み上げていた。
「狂ってるわこの人…っ」
「その通りっ!この世界は狂っている!善良なる人に女神が助けにならないのであれば、いっそ―――」
「黙れ痴れものめがっ!!!」
谷にラナの威厳に満ちた声が轟いた。メルベ達だけでなく、ウィルフレッド達までもが、その強き声に思わず体が軽くすくむ。
「な、なんだと…」
「如何な理由かと思えば、己の不甲斐なさによる不始末なだけだとは、三流小説の愛憎劇でさえもう少しマシに書けるわこの腑抜け!」
「き、貴様にこの私のなにが分か――」
「聞くにも値しないことに理解する気など微塵もないっ!」
剣を振りかざし、力強く一歩前に出るラナに、有利に囲んでるはずのメルベ側がたじろいで一歩引いてしまう。
「己が弱さをも直視できず、その言い訳を女神様達に擦り付けるほど惰弱な貴様に一つだけ教えてやろう!女神様とは助けを乞って縋るものではない!前に進む心を支えるものなのだ!」
「き、詭弁だそんな――」
「口を閉じよ!これ以上貴様の道徳教育に付き合う気はないっ!」
「ぬぐぅ…っ」
ラナの一字一句がまるでその場全員の心に直接伝わるよう力強く響く。その姿は見えない荘厳な後光を感じるほど凛然としていた。その気迫は遠くにいるエリクも感じ、味方のウィルフレッドやレクス達さえも気圧される程だった。
(す、凄ぇ気迫だ…っ、それに何だこの謎の威圧感、皇女様ってだけでこれほどの存在感を出せるものなのか…?)
カイは、自分と同じぐらいの身丈のはずなのに、それが何倍も大きく感じられるラナの背中に妙な畏怖感を感じた。
「それに貴様は一つ大きな勘違いをしているっ!貴様は女神様が罰しないと言ったな!誰も奴隷となった彼らを助けないと言ったな!」
ラナに気圧された体をなんとか持ち直すメルベ。
「そ、それがどうしたっ!そのどこが間違いだと言うのだ!」
(! ラナ様、まさか…っ)
アランがラナの意図を察した。
「自分の醜い姿も直視できないその腐った目でよく見るがいい!」
そう言い、ラナは後ろ髪を逸らして背をメルベに向けた。
「なんだっ、いったいなんのマネ…」
メルベ達が怪訝とするなか、ラナの左首筋にあたる服の下から眩い輝きが発せられた。
「ぬぉっ!?」
光は糸をなして絡み合い、やがてラナの頭上に太陽を象った紋章が爛々と浮かび上がる。
メルベ達は目をひん剥いて唖然とした。彼だけではない、それを見たレクス達や騎士団の人々もまた、信じられないものを見たように驚嘆の声を上げる。
「なっ、あ…あああれは…あの太陽の形をした紋章は…っ、まさかっ!」
紋章が消えて光が収まると、震えた声のメルベにラナは振り返って凜として名乗り上げた。
「私はラナ・ヘスティリオス・ヘリティア!ヘリティア皇国第一皇女にして、太陽の女神エテルネ様の魂の力を賜った、太陽の巫女であるっ!」
「た、太陽の…」「巫女様…!?」「巫女様だって!?」「三女神様の巫女の一人…太陽の女神の巫女様!?」「あの言い伝えは本当だったのかっ!?」
今や遠くの奴隷も、彼らを抑える見張りたちさえもラナを注視し、ウィルフレッドとアランを除くその場全員がどよめいた。
「うっそ…あのラナ…、様が…」
「女神の巫女様…だったの!?」
「こりゃ…たまげた…なんてもんじゃないよ…っ!」
カイとエリネ、レクスも、まるで頭を強く打たれたような感覚を覚えた。それはこの世界の住民にとって、生きた伝説が目の前に立っているのに等しいからだ。
「太陽の巫女…!?」
遠方にいるエリクもまた驚愕すると同時に、歓喜の顔を浮かべた。
「なんたる僥倖でしょう、巫女の一人がようやく姿を見せた…っ!」
「メルベ!彼らを女神が救わないというのなら、この私が救おう!貴様が女神様の罰を求めるのならば、この私が下してやろう!覚悟するが良い!」
突き出されたラナの剣エルドグラムに畏怖したメルベは、半ばやけくそに叫んだ。
「ええい!何をぼさっとしている!人数はこちらが勝っているんだ!他の奴らは皆殺しにしてラナを――」
突如上から放たれた矢がメルベの私兵を射抜いた。
「な、何だと!?」
「レクス様!」
レクス達の後ろの崖の上に、騎士団を率いたマティがいた。
「マティ!やっと来てくれたか!」
「メルベっ!」
その隙にラナは一瞬にしてメルベとの間合いを詰めようとした。
「ひいぃっ!」
メルベは慌てて私兵を前に押し出した。
「メッメルベさぐぇっ!」
ラナは瞬時に私兵を切り捨てるが、その隙にメルベは既に死霊兵の後ろへと逃げていった。
「全軍突撃!ラナ様の後に続いて奴隷達を解放するんだ!」
レクスの指示で騎士団全軍が大きく鬨を上げては果敢に敵へと突っ込んでいき、マティ達もまた同様に突撃し始めた。
「く、くそっ、いったいどうなって――」
「う、うわあああ!」「なっ!?」
抑えられてた一部奴隷達でさえも、気が散っていた見張りに楯突き、反抗を始めた。巫女であるラナの一声だけで、その場にいる敵兵全てが動揺し、奴隷と騎士団全員の心が鼓舞されたのだ。
「カイ、エリー、支援はまかせたっ」
「うんっ、任せてウィルさん!」
「後方支援は俺達がしっかりやるから、兄貴は存分に暴れてくれ!」
騎士団の人数も増え、二人に気兼ねなく出られるウィルフレッドは頷くと、前方へと突っ込んでいく。
ラナを振り払って後方まで後退したメルベは私兵の一人を捕まえる。
「君っ!密室への鍵はどこにあるのですっ、今すぐ持ってきなさい!」
「密室って…まさかアレを使うのですかメルベ様!?」
「そうだっ、ラナが真に太陽の巫女であれば、奴を抑えられるのはアレしかない!今すぐ持ってくるのです!」
「は、はいっ!」
鬼気迫る面相のメルベに押されて慌てて鍵を取りに行く私兵。
「ラナめ…今に見てなさい…っ」
メルベは不気味な笑みをしながら、遺跡群の一つの奥へと進んでいった。
【続く】
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