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第三章 魔人

魔人 第六節

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騒動が収まり、マティ率いる騎士団は自警団とともに盗賊の拘束と確認、瓦礫の撤去や負傷した町民の救助を行っていた。カイとエリネもその手助けをし、レクスとラナは、綺麗に両断されたタウラーの遺体を険しそうな顔で見ていた。

「レイナ様、僕この魔獣モンスターのことあまり分からないけど、普通の剣士が一撃で両断できるほどやわな体してないよね?」
「ええ、タウラーの肉体は普段でも非常に強靭で、私のエルドグラムのような優れた切れ味の武器でなければ傷を付けるのも結構苦労するわ。ましてやさっきのタウラー、狂乱バーサクの魔法もかかってるから、普通に鋼鉄なみの硬さを誇ってるはずよ。…そんなタウラーをただの剣の一振りで両断できるだなんて、私が知る中でそんなことできる人はまず存在しないわ」
「…となると、ひょっとしたらあれかな?町長の言っていた…」
ラナとレクスは、先ほど町長が言及していた例の噂の話を思い出した。

――――――

「魔人、ですか?」
聞きなれない単語にレクスが困惑する。

「そ、一ヶ月ほど前から流れ始めた噂なんですけどね。なんでも国境沿いの戦場で時折現るようで、空を自在に飛んで高笑いしては兵士達を食い殺す恐ろしい魔人だそうです」
レクスとラナはどこか困惑そうに互いを見た。

「それって何かのドラゴンかワイバーンと見違えたとかではありませんか?」
「さあ~、どうなんでしょうね。それが人の形をしているのは確かなようで、黒色だか赤色だかの体で、おとぎ話に出てくる地獄の番人みたいに三叉槍だか長槍だかをもって、その力は鋼鉄の鎧でも容易く引き裂き、吐き出す炎は全てを灰燼に帰すようです」

「へぇ…話だけ聞くとやっぱどっかのドラゴンが人に化けたような気もするけど」
「まああくまで噂ですよ。ただでさえ戦争というのはこういう有象無象なお話しが出やすいですからね。ですが用心することに越したことはないのですから、お二人さんもくれぐれもお気をつけてくださいな」
「ええ、お気遣いありがとうございます町長」
ラナが笑顔で軽く会釈した。

――――――

レクスは改めてタウラーの切断面を確認し、思わずゾッとした。それは両断されたというよりも、もとから二つの部位に分けていたと思わせるほどの見事な断面だった。

「あの巨躯をここまで綺麗に一刀両断にするなんて、武器の切れ味だけじゃない、相当の膂力でなければできないことだよ。やっぱさっきの奴が…」
「それは断言できないわ。まず噂されてる体の色が違うし、何よりも情報が少なすぎる」

視線をタウラーからレクスの方に移すラナ。
「とにかく、今あれの正体にあれこれ推測しても意味無いわ。今は騒動の後片付けに専念しましょう。明日はここを発つのだから、今のうちにできるだけ町のお手伝いしてあげないとね。」
「それもそうだね」
二人は立ち上がってその場を後にし、ラナは最後に死体を一瞥した。


******


「もう終わりよ…あたしのマッスルライフ…全てが…」
「だからあっしは言ったんすよドハン様、あの男めっちゃ怪しいって…」
マティが自警団とともに盗賊達の拘束確認作業をしているなか、部下と共に縛られて座っては、半ば自失状態でぶつぶつと独り言するドハンの傍にラナとレクスが近寄った。

「どーもドハンくん。あまり元気そうじゃないね」
もはや言い返す気力もなく、ただ呆然とレクスと、その傍で無表情なまま自分を見つめるラナを見上げるドハン。

「さっき話していた教団の男の話、僕と彼女にもう一度詳しく教えてくれないかい?」
「…話せることはさっきで全部言ったわ…。数日前にビルド様があんたらに捕らえられて、森の中で残りの部下と次はどうするかと相談していたら、あの男が現れたの。彼はあたし達のような盗賊にも幸福を享受する権利があると言って、無償に願いをかなえるための力をくれるって言ってたわ。それで今日の朝、町の外でポチを召喚して符を貰ったら見かけなくなった。多分もうここから離れてるんじゃないかしら」
「なるほどねぇ…」

失意にがくりと俯くドハンを置いて、レクスはラナに耳打ちする。
「数日前に彼に取り入れたというのなら、貴方の追手という訳じゃないと思うけど、どうでしょうかね?」
「この筋肉達磨の話しを信じるのなら追手ではないのは間違いないわ。恐らく別働隊が起こしたテロ工作か、関係ない第三者によるものと考えるべきね」

レクスは頷く。関係ない第三者とは、極めて少ないが邪神崇拝の死霊術士により似たケースが時折起こされるため、それを根拠にした推測だった。
「う~む町長の噂といい、例えこれが第三者によるものでも、この手の活動が頻繁に起こってるのなら、教団はやっぱり水面下で何か企んでるそうだね…。あ、ウィルくん。」
先ほどまで姿を見せなかったウィルフレッドが二人の元へと歩いてきた。

「レイナ、レクス、二人とも無事だったんだな」
「そっちこそ大丈夫かい?いきなり離れるから心配したよ」
「ああ、心配させてすまない」
レクスに向けて申し訳なさそうに笑むウィルフレッドに、ラナは先ほどタウラーの手に刺さった剣を彼に手渡した。

「ウィルくんお疲れ様。はいこれ、貴方のでしょ」
「ありがとう。さっきは反射的に手を出してしまったが、要らぬお節介だったろうか」
「まさか。寧ろお陰さまで攻撃が確実に成功したから感謝したいぐらいだわ。次もまたサポートお願いね」
「ああ」
ラナの笑顔にウィルフレッドもつられて微笑む。

二人の後ろで縛られてるドハンを見て、ウィルフレッドは彼の前に屈んだ。
「あなた…」
「ドハン、この景色を、こんな凄惨な光景をあんたは本気で望んでたのか?」

ドハンは無言のまま町を見渡す。無残に崩れ落ちた建物の数々と、泣き喚く子供達、負傷で呻いている人々、そしてポチの死体。多くの悪事を働いてきたドハンでも、彼の一言とその光景に少なからず負い目を感じた。

「あんたの筋肉は、もっと意味のあるもののために鍛えていた、そうだろう?」
「あ…」
ドハンは呆然とすると同時に困惑した表情で彼を見る。

「ど、どうして…あたしにそんなこと…」
「言っただろう。あんたらのことはそこまで嫌いじゃない。ただ単にやり方を間違えてただけだと思ってる」

ウィルフレッドはポンポンとドハンの肩を叩いては立ち上がる。
「もうこんなことはするな。でなら、やり直せる機会はきっとあるはずだ」
「…とまあ、そういうことで。更正に励んでねドハンくん」
レクス、ウィルフレッドとラナは共に離れていった。

「…ふぅ、どうやら潮時のようね」
「ドハン様?」
「この際、もう盗賊稼業から手を洗って新たな愛のために生きるのも悪くないかも…」

(ド、ドハン様イカレちまった…!?)
(いや、元からイカレてる気もするが…)
手下達の呟きをよそに、ドハンはただ離れるレクスとウィルフレッドの背中を、見えなくなるまで見つめていった。

「なかなか良いこと言うじゃないウィルくん。ちょっと感動しちゃったよ」
「ええ、一見クールな人に見えるけど、意外と熱い心を持ってるのね。カイくん達が慕うのも理解できるわ」
レクスやラナの言葉にウィルフレッドは少々戸惑う。

「そ、そうだろうか。…ただ単に、せっかくの情熱と能力をこんなことで潰されるのがもったいないと思っただけなんだ」
「ははは、それが言えるだけでも素晴らしいと思うよ、ブラン村でのことと良い、君ってやっぱりなんだな」
ウィルフレッドの身がかすかに震えた。

「さてさて、夜まで出来る限りのお手伝いしましょうか」
レクスの言葉に一行は頷いて、町民や自警団の、町の救助や片付け作業を手助けし、後で慌ててやってきた町長への説明をすると、やがて夜が訪れた。


******


その夜、騎士団キャンプ地のテントの中で、ラナ一行は行軍としては思えない豪勢な料理が並ばれた机を囲んでは、夕食を満喫していた。
「う~んこのチキンシチュー美味しい!久しぶりのエリーちゃんの料理はやっぱりいいねっ。うちの食事担当も顔負けの腕前だよ」
「レクス様、食べ物を口に入れたまま喋らないでください。行儀悪いですよ」
美味しそうにシチューを食べるレクスをマティが躾けする。

「えへへ、今日町長から盗賊退治の謝礼としてもらった新鮮な食材が結構あったので、食事担当のコークスさんと協力してちょっと奮発しました」
「んぐんぐ…にしてもほんとさぁ、あのタウラーって奴を見た時は最初どーなるかと思ってたけど、結果オーライってことで良いかな…んぐぅっ!」
「もう、お兄ちゃん話しながら食べるからよ。はいお水」
「んっ…ぷはーっ、サンキューエリー」

「それにしても本当に美味いです。これからこの味を堪能できるのならば、この旅も苦とは思わなくなりますね」
アランが野菜炒めを口にしては言い、ラナも頷く。
「本当に、オルネス領から離れては暫く落ち着いて食事できなかったからね。…あっ、これってポポルの実揚げっ?前にも聞いたけど、本当にこういう調理法もあるのね。モチモチしていて、しかも美味いわ」
実揚げを一口食べては、その独特な食感と味わいに驚くラナ。

「そうなんですよ。私もシスターが教えてくれるまでポポルの実って揚げられること知らなかったんです。意外と癖になりますよね?」
「ええ。本当に。それにしても凄いわ。魔法もお料理もできるし本当にしっかりものよね。ねえ、エリーちゃんは祈祷の禊してる?もしよろしければ、次の禊は私が一緒にしていいかしら?」
「勿論良いですよっ」

楽しそうな表情を浮かべて歓談するラナを見て、レクスは会議する時や戦うときの彼女の顔を思い浮かべる。
(ほんと、いかにも真面目で厳しいお方と思ったら、子供のように楽しい顔もできて、面白い皇女様だなあ)
アランもまた、そんなラナを嬉しそうに見守り、ウィルフレッドも黙々と食事を進めては、どこか懐かしい気持ちに耽っていた。

――――――

「ごちそうさま。相変わらずとても良い腕をしてますね、エリーは」
「お褒めに預かり光栄ですっ。マティ様の淹れたお茶もとても美味しいですよ」
食事を終え、一行はマティが淹れたお茶を飲んでは先ほどの食事の余韻を楽しんでいた。

「…なあその、一つ聞いていいか?今日のあれ、皆は何だったと思う?」
テント内が静まる。あれとは他でもなく、あのタウラーを剣の一振りで倒した異形のことを指していた。
「あのタウラー?って言う奴、めちゃくちゃ硬かったし、とんでもねぇバカ力なのに、ああも簡単に倒すだなんて…」

「う~んそうだね。自分もラナ様とアレについて話してたけど、ひょっとしたら噂の魔人なのかも知れない」
「魔人?」
「町長から聞いた噂なんだけど、最近ヘリティアとルーネウスの国境にある戦場で、魔人と呼ばれるものが暴れてるって話があるんだよね。なんでも空を飛びまわって炎を吐いては兵士達を喰らうって」
「うっ、ちょっと嫌な噂ですね…」

エリネの杯に茶を入れなおすマティ。
「それって眠りを妨げられたドラゴンとか怒って暴れてるだけではありません、レクス様?」
「僕達も最初はそう思ったんだよね。でも噂ではどうやらちゃんとした人型らしくてね…え~と、どんな内容だっけラナ様?」
「確か黒か赤色の体で、おとぎ話に出てくる地獄の番人みたいに三叉槍だか長槍を持って――」

パリンっと、ウィルフレッドが不意に手を持った茶杯を握りつぶしてしまった。
「うわっ!」
「きゃあっ!?」
いきなりの出来事にカイとエリネ達が驚く。

「大丈夫ですかウィル殿っ?」
「だ、大丈夫だ。すまない、いきなり茶杯が…」
「割れかけの茶杯だったでしょうか。申し訳ありませんウィル殿。事前にもっとよく確認しておくべきでした」
マティが慌てて謝っては、カイとエリネとともに砕けた茶杯を片付ける。動揺するウィルフレッドに傍に座るアランが急いでハンカチを渡した。
「いや、気にしないでくれ、本当に大丈夫だから…」

ラナは何かを思うように服を拭いているウィルフレッドを見据えた。
「…ねえウィルくん。貴方は例の魔人のこと、どう思ってるの?」
全員がウィルフレッドを見て、彼は自分を注視するラナの、まるで全てを見抜かすような澄んだ瞳を見つめた。

ざわつく心を抑え、エリネに悟られないよう平静を装っては答えた。
「…自分は例の魔人の姿を見てはいないが、話を聞く限り、噂での魔人は今日の奴とは無関係では?色合いも噂と違うし、それに大きな被害を起こしてない以上、その魔人のことに執着してもあまり意味ないと思う」

ラナとウィルフレッドはほんの数秒、彼には数分も及ぶと感じられるほど見つめ合うと、ラナは肩をすくめた。
「確かにそのとおりね、情報が殆どなく、こちらに危害を加えてない以上、暫くは放置しても良いと思うわ」
「まあそれはそうなんだけどさ…」
茶杯を片付け終わってエリネとともに座りなおしてはどこか釈然としないカイ。

「…恐ろしいと思うか?」
「え?」
ウィルフレッドの問いに、全員が再び彼を見た。
「あの魔人のこと、やはり恐ろしいとは思うか?」

腕を組みながら考え込むレクス。
「う~んそうだねぇ…。確かにアレの出現にはかなり驚かされた、これは事実だよ。でも敵意はなさそうだし、情報も少なすぎるから、恐ろしいというよりはちょっと分からない?って感じだね」
ラナも頷く。

「…そうだよな。それに改めて考えると、アイツのお陰であの親子助かったんだから、寧ろ良い奴なのかもしれないな」
「私もお兄ちゃんと同じ意見よ。私、見えないから魔人と言われてもピンとこないし、アレは命の危険にあった誰かを助けた。今はそれだけ知れば十分と思うの」
マティとアランも同意するよう頷く。

「そうか…みんなの意見、ありがとう」
ウィルフレッドは皆に感謝すると立ち上がる。
「少し、風を当ててくる」
テントの外へと出る彼を見ては、カイとエリネ少々困惑する。

「どうしたんだろう兄貴?」
「さあ…」
ラナは何も言わずに、杯に残った茶を飲み干した。

満天の星空を見ながら、キャンプ地からやや離れた木の上にウィルフレッドは、先ほどのレクス達の魔人への感想に複雑な思いを抱いては、かつての光景が脳裏に浮かぶ。紫色の血で塗られ、恐怖に溢れた目で自分を見る市民達の光景が。

(あの噂の魔人…お前なのか?ギル…)
星空は物言わずにただ輝いては、やがて一筋の流れ星が、まるで今日の終わりを告げるように流れた。



【第三章 終わり 第四章へ続く】

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