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第三章 魔人
魔人 第三節
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「ドハン様ぁ、本当に仕掛けるのですか?」
「くどいわよっ!これはビルド様を弔うための戦い、やめる訳にはいかないのよ!」
クラトネ町の外にある、レクス達の騎士団がキャンプしている地点から丁度反対側の森の中で、ドハンとその部下達が遠くから町の様子を窺っていた。前の戦いで取り残されたドハンは、捕まらずに逃げ切れた部下達をかき集めては、敬愛するビルドを捕らえたレクスやウィルフレッドに復讐の執念を燃やしていた。
「ビルド様は別に亡くなった訳では…いや、問題はそこでなくてですね。せっかくあっしら運よく捕まえられずに済んだのに、何もわざわざ危ない橋渡らなくてもぐふぉっ!」
ドハンの逞しい手が部下の喉笛を強く締める。
「貴方!それでも偉大なるビルド様の下に付くものなの!?鍛えた二頭筋が泣いているわよ!?」
「ギブ!ギブェ!わ、わかりやした!わかりやしたから!」
部下を解放するドハン。
「偵察によればあのいけ好かないレクスとやら、護衛一人だけで町を歩き回ってる話しじゃない。しかもあの銀髪の男とは別行動。復讐をするにはまたとない好機よ」
「で、ですが騎士団は町のすぐ外で待機してますよ?町で騒ぎを立てたらすぐに駆けつけてくるし、町の入口も管制厳しくてそう簡単には入れはしやせんぜ」
「だから速攻をかけるのよ!心配ないわ。今回はちゃんと助っ人もいるのだから」
ドハンが振り返ると、そこには黒ローブを着込んだ男が立っていた。フードを被って顔は見えないものの、どこか漂う不気味な雰囲気に、手下達は少し畏縮する。
「さっき貴方の言ったこと、本当でしょうね?あたし達に騎士達をも倒せる力をくれるって、しかも無償で」
「ええ、勿論でございます」
低くて陰湿そうな男の声が響いた。
「我らは貴方がたのような罪人たちを助けることこそが本懐、我らが神の慈悲。盗賊といえども幸せを享受する権利はあるのですから。故に、貴方がたの願いがかなえることが最大の報酬、それ以上のものなぞ望みませんとも」
男の不穏に感じられる声に、ドハンさえも体が震えそうになった。
(ドハン様、本当にこやつのこと信頼できますかね?どう見ても怪しさ満点ですよ。いきなり現れて無償に助力するって胡散臭いなんてもんじゃありまへん)
(お黙りっ、人手を殆ど失ったあたし達に復讐を成し遂げるにはこれしかないのっ。それにいざとなれば始末すればいいことよ)
「それでは、願いをかなえる力をお貸ししましょう。少々、場を開けてください」
ドハンと手下達が場を空けると、男は枝で地面に円状の魔方陣を描き、四方に小瓶やら石やらを配置すると円から離れて手を併せて呪文を唱えた。
「大地よ、魔の殿堂へと繋げよ、遠き彼の地より、我が手足たるしもべを喚び起こさんがために―――ドゥ・アンデーキレ・シナ」
詠唱と同時に魔法陣からオーラが立ち上がり、盗賊達の驚嘆する声とともに黒き靄が立ち上って形をなした。牛の頭に足、強靭な人の形の体。高さは優に三メートルはあり、手には無骨なハンマーを持った魔獣である。
「タ、タウラー…実物なんて初めてみたわ…。」
ドハンがごくりと唾を飲む。タウラーは何かの動物が、年代のある遺跡や廃墟で積もった瘴気に長年触れて生まれる魔獣と噂されており、魔獣のなかでも珍しいものである。
召喚し終わると、黒ローブの男は紋様が描かれた一枚の符を取り出してさらに詠唱すると、符とタウラーがともに淡く発光した。
「どうぞ、ドハン様。この符を持って念じれば、タウラーは貴方の意の思うままに動くのでしょう」
「そ、そうなの…?じゃ…お座り!」
ドハンが試しに念じながら命令すると、凶悪な面相のタウラーはすんなりとその場にどしりと座り込む。盗賊達がどよめいた。
「おお…凄い…っ、これならたとえあの銀髪が来ても負けたりはしないわね!」
「ご満足いただけてなによりです。それでは私はこれで、貴方が無事願いをかなえることをお祈りしますよ」
「勿論よ!これであの生意気な奴らもイチコロよ!しかも魔獣にしては中々素敵な筋肉してるじゃない…。よし、今日からあんたはあたしのポチよ!その筋肉美、存分に披露しなさいポチっ!」
(…うちらって変な名前を魔獣につける慣わしとかあるの?)
(さあ…)
「ほらほらっ、皆すぐに出発の用意をして!これからひと暴れするわよ!」
順従で屈強な魔獣を見て、盗賊達も士気が高ぶり、ドハンももはや黒ローブの男は眼中にない。それを見た男は薄気味悪い笑みをフードの下に浮かべて囁く。
「罪人に幸福を」
そう言っては、男は静かにその場を離れた。彼のローブには、踊る悪魔の模様が描かれていた。
******
「ガバンのおっさんっ、ガバンのおっさんいるかっ?」
ウィルフレッドとカイ、エリネが町のとある工芸品の店に入ると、カイが店内で大声を上げた。程なくして白い立派な髭を生やした背の非常に低い、頑丈な肉体を持つ老人が店の奥からでてきた。
「へいへい聞こえてるよ、そんなに大声出さなくても――なんだカイじゃないかっ、ひっさしぶりだな!去年の三女神生誕祭以来か?」
「ああ、おっさんも相変わらず元気そうだな」
「ガバンさんお久しぶり」
「エリーちゃんも来とるんかっ、どういう風の吹き回しだ?まだ次の祭りにゃ遠いだろ?それとも何かの買出しか?」
「まあ、ちょっとね」
嬉しそうに歓談する三人に、ウィルフレッドは不思議そうにガバンを見る。
「ん?なんだこやつ、ジロジロと人を見おってて」
「ああ、彼は俺の兄貴、ウィルさんだ。…あ、ひょっとしたら兄貴はドワーフも忘れたのか?」
「ドワーフ?」
「エルフと同じ、あまり人前には出ない種族ですよ。ドワーフは石などの工芸に長けていて、その多くは洞窟などで暮らしてるの」
「まっ、ガバンのおっさんはちょっと変わり者だけどさ。作品を売り出すために人の町で店を出してるんだから。大抵のドワーフは作った作品を後生大事に家に抱えるのにさ」
カイの言葉にガバンは大笑いする。
「相変わらずズケズケと人のことを言うぜ。まっ、芸術品ってのはやはり誰かに見せて初めて意味がでるってもんよ。自分だけ作品を拝んで満足するってのもまあ悪くはないけどよ。更に精進したいなら誰かに見せてもらわないと始まらん」
「私はとても好きですよ。ガバンさんの作品の形。触るだけで訴えてくる何かが感じられるから」
「がははっ!エリーちゃんにそう言ってくれるのなら工匠冥利に尽きるわい!」
ウィルフレッドは改めて店内の棚などに展示されている工芸の数々を見渡す。彫刻に石像、装飾品など、石に限らず宝石や金属製の工芸品もある。芸術に疎い彼でも、それらの作品には何かと力強さ、時に繊細さを訴えてくる何かがあると感じられた。
「で、今日はこいつを連れてなんの用だ?お土産を買いに来たにゃ見えねえが」
「ああ、後ろの部屋にあるレリーフを兄貴に見せたくてさ」
「おおっ、あれか!カイも結構好きだもんな、あれを見るの」
「お願いできます?」
エリネもまたお願いする。
「勿論さ!あれらはどれも自信作だ。誰かに見てもらえるならそれ程嬉しいことはないっ。ついてこい」
一行はガバンの案内と共に店の後ろにある部屋に入ると、その壁に多くのレリーフが飾られていた。そのどれもが繊細な作りで何かの物語を描いているようで、ウィルフレッドは思わず感嘆の声を上げる。
「いつ見ても壮観だよなここ。よくこれだけの細かいレリーフを作れたもんだよ」
「時間潰しには丁度良い趣味だからな。まあつい作りこみすぎたのは否定しないけどよ」
「これはさっきの…?」
ウィルフレッドは、三人の女性がそれぞれ太陽、月、そして星に手を伸ばしているレリーフに目がつく。いや、延ばしているというよりは作ってる、という描写が相応しいか。
「ああ、これがさっき言ってた創世神話を描いたレリーフだ。そして例の神話は…と、あったこっちだ」
カイが示す壁には一連のレリーフ群が並んでおり、ウィルフレッドは一枚目であろうレリーフに目を向けると、おぞましく感じられる景色が刻まれていた。
中央には巨大な黒き影。その傍に無数の異形のものと、黒きローブを着たと思われる人間達を従え、人々と生き物を蹂躙している。
「これが、邪神戦争の神話か」
「ああ。今から千年前…、三女神の加護のもとで盛んだこの世界ハルフェンに、突如邪神ゾルドと邪神を信奉する教団ゾルデが現れた。混沌を糧とするゾルドの息吹は万物の命を無残に蝕み、その咆哮と嘲笑は聞く者の正気を狂わせる。ゾルドの邪なる瘴気は命を育む大地を汚し、数多くのの眷属を産み落とした」
次のレリーフには、翼を広げて空にブレスをまき散らす竜と、海に大波を立てる蛇、大地を闊歩する死霊らしき巨人が描かれ、他にも多くの怪物じみた者たちが人々を蹂躙していた。
「空を暗雲で覆った暗黒竜、大海原を荒らす邪蛇、蒼白の死霊達の王…、他にもゾルドにより多く創造された眷属達は、邪神とともにこの世界をその闇で覆いつくさんとしていた。三女神は人間、ドワーフやエルフ、竜達と協力してゾルデに対抗しようとするも、そのあまりの強大さに苦戦を強いられていた」
カイが次の二枚のレリーフを指さす。一枚は三人の女神がドワーフ達とともに武器を鍛えるもので、二枚目には、女神達がそれぞれ二人の男性と一人のエルフの女性に剣、弓、そして腕輪を授ける場面が描かれていた。
「そこでだ。苦戦した三女神はドワーフとともに輝く三神器を作り出し、それぞれ一人の勇者を選び出して神器を授けてともに邪神に対抗したんだ。太陽の女神エテルネは、テリオ村随一の勇者ダリウスに聖剣ヘリオス。月の女神ルミアナは、吟遊詩人でもある勇者ロジェロに神弓フェリア。そして星の女神スティーナは、女司祭であり、エルフでもある勇者カーナに腕輪ヴィータをそれぞれ与えたんだ」
「これはうちらドワーフ一族の自慢話でもあるな。稀代の名匠である祖先達が総力を挙げて作り上げた女神様との合作作品だ。一度でも良いから実物をこの目で直に見てみたいぜ」
エリネがガバンに同意するよう頷くと、カイに代わり次のレリーフの説明をした。
「三女神は神器を手にする三勇者とともに果敢に邪神やその眷属と戦い、激闘の末ついにゾルドを打ち破り、封印することに成功しました。でもその戦いで三女神はひどく傷つき、死を覚悟した女神様達はその命をこの世界を包む加護と化して消え去ったの」
更にレリーフを見ると、先ほど見た三位一体の紋章の真ん中に黒き影が三女神により封印された場面が描かれ、最後のレリーフには昇天する女神達が世界を照らし、その下に何かの紋章が後ろに描かれた三人の勇者の姿があった。
「そして三勇者は女神が消えた後、それぞれ国を作ってこの世界を繁栄に導いたの」
「三人の勇者の国…それってまさか…」
「うん、勇者ダリウスは今のヘリティア皇国、勇者ロジェロは私たちがいるルーネウス王国、そして勇者カーナは、今のエステラ王国の前身になる国を作り上げたの」
「となるとこの三人の後ろに描かれてるのは、三国の国旗なのか」
カイが頷く。
「そそ。これが俗に言う邪神戦争という神話の内容で、俺の大好きなお話でもあるんだ。いつか勇者様みたいな強い人なれればいいなぁ」
憧れに満ちた目でレリーフの勇者達を見るカイ。エリネは少し悲しそうな顔を浮かべて続けた。
「三つの聖王国はそのあと千年、多少不仲や小競り合いも時々あるけど、基本的には互いに尊重しあって盛んできたの。それがまさか今になってこんな大きな戦争をするなんて、勇者様が知ればきっと悲しむのでしょうね…」
確かに、この話だと今の戦争はいわば勇者の末裔同士が争いを起こしているともいえる。だが永遠に続く国同士関係など元からありえない。それは自分の世界の歴史でも散々証明していることだが…、さっきの魔晶石のように、異世界で地球の常識を持ち込んではいかがなものかと、ウィルフレッドは考えを払った。
「あ、それとね、この邪神戦争や女神達についてはもう一つ伝承があるの」
「伝承…?」
「うん、その内容はね…、…?あれ?」「…キュウゥ…」
説明しようとするエリネは何か気付いたように外の方向を向き、肩に乗ってるルルもまた毛を立たせては外に向けて唸る。
「ん?どうしたんだいエリー?」
「お兄ちゃん、何か変な音が…非常に大きなものが外で移動してるような…あとこれ…悲鳴っ?誰かが戦ってる音も聞こえる!」
「なんだって…っ?」
「見に行った方がいいな」
ウィルフレッドの意見にカイとエリネが頷いた。
「ああ?それって単にどっかのバカが酒場で喧嘩してんじゃねぇの?」
「そんな感じの音じゃなかったわ。とにかく見に行きましょうっ。ガバンさん今日はありがとうっ」
「またなおっさん!次の祭りの時にまた儀式用の彫刻お願いするよっ!」
そういって三人は急いで店を出て行った。
「おいおまえらっ…やれやれ、全く騒がしい子達なこった」
【続く】
「くどいわよっ!これはビルド様を弔うための戦い、やめる訳にはいかないのよ!」
クラトネ町の外にある、レクス達の騎士団がキャンプしている地点から丁度反対側の森の中で、ドハンとその部下達が遠くから町の様子を窺っていた。前の戦いで取り残されたドハンは、捕まらずに逃げ切れた部下達をかき集めては、敬愛するビルドを捕らえたレクスやウィルフレッドに復讐の執念を燃やしていた。
「ビルド様は別に亡くなった訳では…いや、問題はそこでなくてですね。せっかくあっしら運よく捕まえられずに済んだのに、何もわざわざ危ない橋渡らなくてもぐふぉっ!」
ドハンの逞しい手が部下の喉笛を強く締める。
「貴方!それでも偉大なるビルド様の下に付くものなの!?鍛えた二頭筋が泣いているわよ!?」
「ギブ!ギブェ!わ、わかりやした!わかりやしたから!」
部下を解放するドハン。
「偵察によればあのいけ好かないレクスとやら、護衛一人だけで町を歩き回ってる話しじゃない。しかもあの銀髪の男とは別行動。復讐をするにはまたとない好機よ」
「で、ですが騎士団は町のすぐ外で待機してますよ?町で騒ぎを立てたらすぐに駆けつけてくるし、町の入口も管制厳しくてそう簡単には入れはしやせんぜ」
「だから速攻をかけるのよ!心配ないわ。今回はちゃんと助っ人もいるのだから」
ドハンが振り返ると、そこには黒ローブを着込んだ男が立っていた。フードを被って顔は見えないものの、どこか漂う不気味な雰囲気に、手下達は少し畏縮する。
「さっき貴方の言ったこと、本当でしょうね?あたし達に騎士達をも倒せる力をくれるって、しかも無償で」
「ええ、勿論でございます」
低くて陰湿そうな男の声が響いた。
「我らは貴方がたのような罪人たちを助けることこそが本懐、我らが神の慈悲。盗賊といえども幸せを享受する権利はあるのですから。故に、貴方がたの願いがかなえることが最大の報酬、それ以上のものなぞ望みませんとも」
男の不穏に感じられる声に、ドハンさえも体が震えそうになった。
(ドハン様、本当にこやつのこと信頼できますかね?どう見ても怪しさ満点ですよ。いきなり現れて無償に助力するって胡散臭いなんてもんじゃありまへん)
(お黙りっ、人手を殆ど失ったあたし達に復讐を成し遂げるにはこれしかないのっ。それにいざとなれば始末すればいいことよ)
「それでは、願いをかなえる力をお貸ししましょう。少々、場を開けてください」
ドハンと手下達が場を空けると、男は枝で地面に円状の魔方陣を描き、四方に小瓶やら石やらを配置すると円から離れて手を併せて呪文を唱えた。
「大地よ、魔の殿堂へと繋げよ、遠き彼の地より、我が手足たるしもべを喚び起こさんがために―――ドゥ・アンデーキレ・シナ」
詠唱と同時に魔法陣からオーラが立ち上がり、盗賊達の驚嘆する声とともに黒き靄が立ち上って形をなした。牛の頭に足、強靭な人の形の体。高さは優に三メートルはあり、手には無骨なハンマーを持った魔獣である。
「タ、タウラー…実物なんて初めてみたわ…。」
ドハンがごくりと唾を飲む。タウラーは何かの動物が、年代のある遺跡や廃墟で積もった瘴気に長年触れて生まれる魔獣と噂されており、魔獣のなかでも珍しいものである。
召喚し終わると、黒ローブの男は紋様が描かれた一枚の符を取り出してさらに詠唱すると、符とタウラーがともに淡く発光した。
「どうぞ、ドハン様。この符を持って念じれば、タウラーは貴方の意の思うままに動くのでしょう」
「そ、そうなの…?じゃ…お座り!」
ドハンが試しに念じながら命令すると、凶悪な面相のタウラーはすんなりとその場にどしりと座り込む。盗賊達がどよめいた。
「おお…凄い…っ、これならたとえあの銀髪が来ても負けたりはしないわね!」
「ご満足いただけてなによりです。それでは私はこれで、貴方が無事願いをかなえることをお祈りしますよ」
「勿論よ!これであの生意気な奴らもイチコロよ!しかも魔獣にしては中々素敵な筋肉してるじゃない…。よし、今日からあんたはあたしのポチよ!その筋肉美、存分に披露しなさいポチっ!」
(…うちらって変な名前を魔獣につける慣わしとかあるの?)
(さあ…)
「ほらほらっ、皆すぐに出発の用意をして!これからひと暴れするわよ!」
順従で屈強な魔獣を見て、盗賊達も士気が高ぶり、ドハンももはや黒ローブの男は眼中にない。それを見た男は薄気味悪い笑みをフードの下に浮かべて囁く。
「罪人に幸福を」
そう言っては、男は静かにその場を離れた。彼のローブには、踊る悪魔の模様が描かれていた。
******
「ガバンのおっさんっ、ガバンのおっさんいるかっ?」
ウィルフレッドとカイ、エリネが町のとある工芸品の店に入ると、カイが店内で大声を上げた。程なくして白い立派な髭を生やした背の非常に低い、頑丈な肉体を持つ老人が店の奥からでてきた。
「へいへい聞こえてるよ、そんなに大声出さなくても――なんだカイじゃないかっ、ひっさしぶりだな!去年の三女神生誕祭以来か?」
「ああ、おっさんも相変わらず元気そうだな」
「ガバンさんお久しぶり」
「エリーちゃんも来とるんかっ、どういう風の吹き回しだ?まだ次の祭りにゃ遠いだろ?それとも何かの買出しか?」
「まあ、ちょっとね」
嬉しそうに歓談する三人に、ウィルフレッドは不思議そうにガバンを見る。
「ん?なんだこやつ、ジロジロと人を見おってて」
「ああ、彼は俺の兄貴、ウィルさんだ。…あ、ひょっとしたら兄貴はドワーフも忘れたのか?」
「ドワーフ?」
「エルフと同じ、あまり人前には出ない種族ですよ。ドワーフは石などの工芸に長けていて、その多くは洞窟などで暮らしてるの」
「まっ、ガバンのおっさんはちょっと変わり者だけどさ。作品を売り出すために人の町で店を出してるんだから。大抵のドワーフは作った作品を後生大事に家に抱えるのにさ」
カイの言葉にガバンは大笑いする。
「相変わらずズケズケと人のことを言うぜ。まっ、芸術品ってのはやはり誰かに見せて初めて意味がでるってもんよ。自分だけ作品を拝んで満足するってのもまあ悪くはないけどよ。更に精進したいなら誰かに見せてもらわないと始まらん」
「私はとても好きですよ。ガバンさんの作品の形。触るだけで訴えてくる何かが感じられるから」
「がははっ!エリーちゃんにそう言ってくれるのなら工匠冥利に尽きるわい!」
ウィルフレッドは改めて店内の棚などに展示されている工芸の数々を見渡す。彫刻に石像、装飾品など、石に限らず宝石や金属製の工芸品もある。芸術に疎い彼でも、それらの作品には何かと力強さ、時に繊細さを訴えてくる何かがあると感じられた。
「で、今日はこいつを連れてなんの用だ?お土産を買いに来たにゃ見えねえが」
「ああ、後ろの部屋にあるレリーフを兄貴に見せたくてさ」
「おおっ、あれか!カイも結構好きだもんな、あれを見るの」
「お願いできます?」
エリネもまたお願いする。
「勿論さ!あれらはどれも自信作だ。誰かに見てもらえるならそれ程嬉しいことはないっ。ついてこい」
一行はガバンの案内と共に店の後ろにある部屋に入ると、その壁に多くのレリーフが飾られていた。そのどれもが繊細な作りで何かの物語を描いているようで、ウィルフレッドは思わず感嘆の声を上げる。
「いつ見ても壮観だよなここ。よくこれだけの細かいレリーフを作れたもんだよ」
「時間潰しには丁度良い趣味だからな。まあつい作りこみすぎたのは否定しないけどよ」
「これはさっきの…?」
ウィルフレッドは、三人の女性がそれぞれ太陽、月、そして星に手を伸ばしているレリーフに目がつく。いや、延ばしているというよりは作ってる、という描写が相応しいか。
「ああ、これがさっき言ってた創世神話を描いたレリーフだ。そして例の神話は…と、あったこっちだ」
カイが示す壁には一連のレリーフ群が並んでおり、ウィルフレッドは一枚目であろうレリーフに目を向けると、おぞましく感じられる景色が刻まれていた。
中央には巨大な黒き影。その傍に無数の異形のものと、黒きローブを着たと思われる人間達を従え、人々と生き物を蹂躙している。
「これが、邪神戦争の神話か」
「ああ。今から千年前…、三女神の加護のもとで盛んだこの世界ハルフェンに、突如邪神ゾルドと邪神を信奉する教団ゾルデが現れた。混沌を糧とするゾルドの息吹は万物の命を無残に蝕み、その咆哮と嘲笑は聞く者の正気を狂わせる。ゾルドの邪なる瘴気は命を育む大地を汚し、数多くのの眷属を産み落とした」
次のレリーフには、翼を広げて空にブレスをまき散らす竜と、海に大波を立てる蛇、大地を闊歩する死霊らしき巨人が描かれ、他にも多くの怪物じみた者たちが人々を蹂躙していた。
「空を暗雲で覆った暗黒竜、大海原を荒らす邪蛇、蒼白の死霊達の王…、他にもゾルドにより多く創造された眷属達は、邪神とともにこの世界をその闇で覆いつくさんとしていた。三女神は人間、ドワーフやエルフ、竜達と協力してゾルデに対抗しようとするも、そのあまりの強大さに苦戦を強いられていた」
カイが次の二枚のレリーフを指さす。一枚は三人の女神がドワーフ達とともに武器を鍛えるもので、二枚目には、女神達がそれぞれ二人の男性と一人のエルフの女性に剣、弓、そして腕輪を授ける場面が描かれていた。
「そこでだ。苦戦した三女神はドワーフとともに輝く三神器を作り出し、それぞれ一人の勇者を選び出して神器を授けてともに邪神に対抗したんだ。太陽の女神エテルネは、テリオ村随一の勇者ダリウスに聖剣ヘリオス。月の女神ルミアナは、吟遊詩人でもある勇者ロジェロに神弓フェリア。そして星の女神スティーナは、女司祭であり、エルフでもある勇者カーナに腕輪ヴィータをそれぞれ与えたんだ」
「これはうちらドワーフ一族の自慢話でもあるな。稀代の名匠である祖先達が総力を挙げて作り上げた女神様との合作作品だ。一度でも良いから実物をこの目で直に見てみたいぜ」
エリネがガバンに同意するよう頷くと、カイに代わり次のレリーフの説明をした。
「三女神は神器を手にする三勇者とともに果敢に邪神やその眷属と戦い、激闘の末ついにゾルドを打ち破り、封印することに成功しました。でもその戦いで三女神はひどく傷つき、死を覚悟した女神様達はその命をこの世界を包む加護と化して消え去ったの」
更にレリーフを見ると、先ほど見た三位一体の紋章の真ん中に黒き影が三女神により封印された場面が描かれ、最後のレリーフには昇天する女神達が世界を照らし、その下に何かの紋章が後ろに描かれた三人の勇者の姿があった。
「そして三勇者は女神が消えた後、それぞれ国を作ってこの世界を繁栄に導いたの」
「三人の勇者の国…それってまさか…」
「うん、勇者ダリウスは今のヘリティア皇国、勇者ロジェロは私たちがいるルーネウス王国、そして勇者カーナは、今のエステラ王国の前身になる国を作り上げたの」
「となるとこの三人の後ろに描かれてるのは、三国の国旗なのか」
カイが頷く。
「そそ。これが俗に言う邪神戦争という神話の内容で、俺の大好きなお話でもあるんだ。いつか勇者様みたいな強い人なれればいいなぁ」
憧れに満ちた目でレリーフの勇者達を見るカイ。エリネは少し悲しそうな顔を浮かべて続けた。
「三つの聖王国はそのあと千年、多少不仲や小競り合いも時々あるけど、基本的には互いに尊重しあって盛んできたの。それがまさか今になってこんな大きな戦争をするなんて、勇者様が知ればきっと悲しむのでしょうね…」
確かに、この話だと今の戦争はいわば勇者の末裔同士が争いを起こしているともいえる。だが永遠に続く国同士関係など元からありえない。それは自分の世界の歴史でも散々証明していることだが…、さっきの魔晶石のように、異世界で地球の常識を持ち込んではいかがなものかと、ウィルフレッドは考えを払った。
「あ、それとね、この邪神戦争や女神達についてはもう一つ伝承があるの」
「伝承…?」
「うん、その内容はね…、…?あれ?」「…キュウゥ…」
説明しようとするエリネは何か気付いたように外の方向を向き、肩に乗ってるルルもまた毛を立たせては外に向けて唸る。
「ん?どうしたんだいエリー?」
「お兄ちゃん、何か変な音が…非常に大きなものが外で移動してるような…あとこれ…悲鳴っ?誰かが戦ってる音も聞こえる!」
「なんだって…っ?」
「見に行った方がいいな」
ウィルフレッドの意見にカイとエリネが頷いた。
「ああ?それって単にどっかのバカが酒場で喧嘩してんじゃねぇの?」
「そんな感じの音じゃなかったわ。とにかく見に行きましょうっ。ガバンさん今日はありがとうっ」
「またなおっさん!次の祭りの時にまた儀式用の彫刻お願いするよっ!」
そういって三人は急いで店を出て行った。
「おいおまえらっ…やれやれ、全く騒がしい子達なこった」
【続く】
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「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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