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第三章 魔人
魔人 第一節
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「独立領リカート?」
「ええ、できれば一度そこに寄って欲しいの」
騎士団が館から出発する前、レクスとラナは会議室でこれからの行軍ルートについて相談していた。
「まあルートからそこまで外れても無いから別に構わないけど、どうしてリカートに?」
「あそこの領主メルベ公は父の旧知でね。父には恩もあるから、今回の件について何かの形でサポートをお願いしようと考えてるの。例の件について何か情報を持ってないかも確認したいから」
邪神教団のことを指していると理解するレクス。
「なるほどね。あい了解した。となるとまず最初に寄る街は、僕の領地レタからすぐ隣の領地にある…」
レクスは机に置いた地図を指でなぞり、ある場所で止まった。
「このクラトネ町だね」
******
数日後、遠方の空が白ばみはじめた頃、騎士団の野営地で既に数名の騎士や兵士達が起きて朝食と移動の前準備をしていた。
「ふぁ~あ…だりぃ…」
まだ眠気が残ってるカイは頭を掻きながらテントを出ると、手に食材を持って朝食用意の手伝いをしていたエリネが怒り気味にカイを呼んだ。
「お兄ちゃんだらしないっ。早く顔を洗ってこっち手伝ってよね」
「ふぇ…?ってうわっ」
「キュキュッ!」
エリネの肩からルルがカイに飛び移っては、眠気を飛ばすように彼の頭で暴れ出す。
「わわっ、分かったよ分かったよ!…ふぅ~、行軍って意外とだりぃな、教会だと普通まだ二度寝の時間だぜ…」
「お兄ちゃんが情けないだけなのっ、ほらそっち見て」
何かが声のする方向を見ると、そこではテントの収納や荷物の運びを手伝ってるウィルフレッドの姿が見えた。
「おお、凄い手際だな」
瞬く間にテント一つをたたんで収納し終わったウィルフレッドに、老齢の兵士ボルガが驚嘆する。
「ありがとよウィルフレッド殿、お陰様でいつよりも早く片付けが終わりそうだ」
「いえ、お力になれればこちらも嬉しいです。それとウィルで構いませんから」
「まったく、うちの若い奴らにも見習って欲しいもんだな。がははっ!」
ウィルフレッドの肩を嬉しそうに叩くボルガ。
「ほら、お兄ちゃんもウィルさんを見習って早く支度してっ」
「エリーちゃ~ん!食材まだか~い?」
「は~いっ、今すぐ持っていきます!」
傍に跳び戻るルルとともにエリネは食事担当の兵士達のところへと小走りしていき、カイはやはりそのまま立っては頭を掻いた。
「…顔、洗おっか」
――――――
(ふう、まだ少し体がだるい。やっぱちょっと隠居生活に怠けすぎたかな~)
朝早く起きて野営地の騎士団の様子を見回るレクスは大きく背を伸びて体を慣らすと、騎士や兵士達と雑談しているラナの声が聞こえた。
「ポポルの実って揚げて食べることもできるのっ?あの甘さってそのまま食べるしか食べ方はないと思ったわ…」
「これが意外といけてるんですよ。レイナ様もご機会があればぜひ塩とかかけて食べてみてください」
「いやいや、塩よりやっぱ辛いソースですよ」
和気藹々と、何気ない食べ物論議して談笑するラナ達。館から出発して間もないのに、既にラナは騎士団の殆どの成員達とこうして気軽にお話するよう仲良くなっている。護衛する騎士団の様子見だけでなく、有事の際に円滑にコミュニケーションが取れるようにするため、なのだろうか。
護衛任務という性質上、護衛してくれる騎士団との仲は確かに士気などに直結する。そういう意味では彼女の仕事の一環とも思えるが、ラナの楽しそうな表情を見ると、彼女も結構会話を楽しんでるようだ。父が暗殺され、二ヶ月も逃亡を続いていることも含めて考えると、実に大したものだと感心するレクス。
「…逞しい皇女様ねぇ。ほんと」
「やはりそう見えますか?」
「おわぁっ!」
後ろからのいきなりの声で振り返ると、そこはラナの近衛騎士アランが立っていた。
「ア、アラン殿、驚かさないでくださいよ~」
「ははは、これは失礼」
詫びながらレクスと同じようにラナの方を見るアラン。
「今回の護衛の件、改めてお礼を申し上げます。お陰でラナ様もようやく気を緩めることができました。この二か月間、ラナ様はずっと張り詰めたままでしたからね」
「前にも言ったように気にしなくていいよ。ある意味自分たちにも関係する話ですからね」
いつものように軽い感じで返答するレクス。
「…先ほどの話、ラナ様は一見普通のように振舞ってはいますが、それでも心の中は亡きエイダーン陛下を偲び、そして帝都にいるヒルデ陛下の安否をご心配されてると思われます。そのあたり、レクス様にも時々ご配慮頂ければ嬉しく思います」
アランに言われてレクスは改めて思い出す。ヘリティア皇妃ヒルデ、つまりラナの母は皇帝亡き後、体調を崩して二ヶ月間ずっと療養中とされている噂を。
「…ヒルデ皇妃のこと、アラン殿はどう思ってます?」
噂のことを察するアラン。
「ヒルデ陛下のことはよく存じています。エイダーン陛下が亡くなってショックは確かにあるのでしょうが、それで二ヶ月も公衆の前に出ないようなお方では決してありません」
「…となると、はやりあのオズワルド宰相が…?」
「どうでしょうね。憶測に過ぎませんが、仮にオズワルド卿が何かをしたとしても、すぐに命の危険はないと思います。皇族においてヒルデ陛下はいまだに大きな影響力を持ってますし、なによりも陛下はオズワルドの実の姉、奴が誠にエイダーン陛下を手にかけた下賤な奴でも、己の肉親まで危害を加えることはない…と思いたい」
「とはいえ、その可能性がまったくないとは言い切れないでしょうね」
「ええ、ラナ様もそれを存じてますし、立場上それを顔に出さなくても、心の中ではやはり母のことを案じているはず。ですので先ほども申したように、そのあたりレクス様にはどうか気を配っていただければと」
「ああ、勿論さ。うちは無料サービスとして心のケアも承ってますからね」
ウィンクするレクスにアランは笑い出す。
「ははは、レクス殿はやはり面白い御方ですな」
「ご称讃、ありがとうございます」
にへらと笑うレクス。
「…そういうアラン殿も、皇国にご家族は?」
「はい、妻は三国から離れてますが、帝都には娘が一人おります。クラリスと申しまして、自分と同じくラナ様の直属騎士ですが、まだ叙任されて間もないので、今回の親善には参加せずに帝都で留守してました」
「そっか…心配ですよね、彼女のこと」
「ええ、ですが彼女は今やヘリティアの騎士の一人。そこで彼女なりに騎士の責務を果たしていると自分は信じています」
「う~むさすが三国で一番騎士道を重んじるヘリティア、割り切ってますね」
「信頼しているのですよ、自分の娘故にね」
苦笑するレクスにアランが微笑み返すと、マティがレクスに話しかけた。
「レクス様、出発前の最終確認をお願いします」
「ああ、すぐ行くよ。そんじゃアラン殿、またあとで」
「ええ」
マティと共に離れるレクスを見送ると、アランは改めてラナの方を見ては、娘のクラリスのことを案じた。
(クラリス、君が無事であると信じてますよ―――)
******
同時刻、ヘリティア皇国とルーネウス王国の国境近くの森に潜む女性あり。フードを深く被りながら、懐に細長い包みを抱えて、慎重深く周りを見渡していた。
(…どうやら撒いたようね)
つけられていないのを確認すると、彼女は木の影から出てフードを下す。歳若く、明るい長髪に皇国近衛騎士の正装。女性は包みを大事そうに抱えては、ルーネウス王国の方向へと移動する。
先ほど関所を通ろうとするも、皇国兵が不審そうに自分を見ていることに気づいた彼女は急いで森の中へと身を隠し、追ってくる兵士達をようやく撒いたところだった。
(やはり、オズワルドの奴は私を探しているのね。これを持ってるのを知って―――)
女性は包みを見ては、二ヶ月前の帝都での出来事を思い出す。
――――――
「せいっ!やぁっ!」
壮大なヘリティア帝都の皇城で、いつものように訓練場で剣技の訓練に励む彼女。まだ騎士になったばかりの彼女はさほど場数を踏んではいないが、その冴えた剣技は確実に光るものがあった。
ふと、城内が騒いでいるのに気付くと、彼女は剣を収めて、通路で走る侍女の一人を引き留めた。
「ちょっと、何を騒いでいるの?」
顔が真っ青な侍女が震えた声で答える。
「へ、陛下が…っ、先ほど陛下が書斎で倒れているのが確認されて…っ」
「エイダーン陛下が!?」
「ルーネウスの親善団が、陛下を暗殺したようで…詳しくはわたくしも…っ」
顔色を変えたクラリスもまた急いでエイダーンの書斎へと駆けていく。
今や城の警鐘までも鳴らされて、臣下が慌てて走り回る通路を走るクラリスは、いきなり誰かに手を掴まされて隣の小さな通路へと引っ張られていく。
「なっ…」
落ち着いて自分の口を塞ぐ人物を見ると、それは青ざめた顔を浮かべた一人の諸侯らしき男だった。
「クラリス殿…っ!」
「ルドルフ卿!?どうなされたのですかいきなり!」
「しっ!どうか何も言わずにこっちに来てくだされ!」
「え?ですが今それどころでは…」
「急いでくれっ!時間がないんだ!」
困惑するクラリスを強引に引っ張っては、ルドルフは彼女を地下へと通じる通路へと連れていく。
「ちょっ…説明してくださいルドルフ卿!今は皇帝陛下の一大事ですよ!?」
クラリスに手を振り払われたルドルフが激しく動揺した目で彼女を見る。
「ルドルフ卿…一体何が…」
「…オズワルドだ、オズワルド宰相がエイダーン陛下を手にかけたんだ…っ!」
「なんですって…っ」
驚愕な顔を浮かべるクラリスの手をルドルフは再び引張っていく。
「先ほど私がエイダーン陛下の書斎に書類を届くために行った時、見たのだよっ。血だまりの中で倒れている親善団とエイダーン陛下をっ。そして陛下の傍で奴らと共に立っているオズワルドを…!」
「そんな…あのオズワルド様がそのようなっ…」
「奴だけではない、どうやら皇国の多くの諸侯や要人はすでにオズワルドに手懐けされているようだ。迂闊だった…まさかあのオズワルドめが彼らを手引きしていたとは…っ」
二人はやがて地下倉庫の一角に辿り着く。ルドルフは壁の松明の台座を動かしたら、壁がスライドして隠し通路への道ができた。
「この通路で帝都の外へと逃げよ。すぐにオズワルドが兵で帝都を封鎖するだろう。そうとなれば手遅れだ」
そして彼は懐から、何か長い包みをクラリスへと手渡す。
「良いかクラリス殿、今ルーネウスにいるラナ様にこれを渡してくれ。それだけでラナ様は意味を理解するはずだ」
包みを受け取ったクラリスが包み中身をチラ見する。
「こっ、これは…っ!」
「よいか、オズワルドが奴らと一緒にいる以上、その狙いはこれとラナ様ご自身に違いない。これをラナ様に渡し、お守りするのだ。良いな!」
ルドルフはクラリスの背中を押して隠し通路へと進ませる。
「待ってくださいルドルフ卿!奴らとはいったい誰のことですかっ!?」
「…邪神教団だ」
「なっ…」
「追手には気を付けろ!皇国内の誰も信じるな!」
ルドルフが松明の台座を戻すと、隠し通路の扉が閉じていった。
「ルドルフ卿!」
「早く行くんだ!」
壁の向こう側でルドルフが台座を壊した音を聞いて、躊躇いながらも通路の奥へと進むクラリス。気のせいか、途中で後ろから悲鳴らしき声を聞いたような気がするが、クラリスは振り向かずに一心に駆けていった。
――――――
(ルドルフ卿…っ)
歯軋りすると、ふと前の景色が広がる。森をようやく抜けたクラリスの前に、広大なルーネウス王国の景色が広がっていた。帝都から抜け出し、オズワルドの追手や兵士達を避け、時には迂回しては、ようやくルーネウス王国へと辿りついたのだ。
「ラナ様、お父様、どうかご無事で…っ」
包みを再度確認し、彼女は丘を下っていった―――
******
「ほらウィルさんこっち!」
「キュキュッ!」
空も晴れた昼頃、ウィルフレッドとカイはエリネとルルが呼ぶ方向へと歩く。彼らの前には、ブラン村よりも大きい規模のクラトネ町があった。
「はしゃいでるなエリー、まあ久しぶりだから仕方ないけどよ」
そう言っては同じぐらい嬉しそうなカイの後ろに、ウィルフレッドはこの世界で初めて見る大きな町を、好奇心に満ちた目で見渡していた。
クラトネ町へと到着したレクスの騎士団は町の外で待機し、レクスとラナは町の衛兵と共に町長のところへと顔を出していた。騎士団がここを経過する事情の説明や、町の外で野営地を設けて一晩滞留する許可を得るために。その間、マティはアランと共に騎士団の装備チェックや物資の確認をし、一部人員は交代して自由時間を得ることになっている。
そして昔から時折買い物のために来ているエリネとカイは、久しぶりのこの町で散策するとともに、初めてこの町にくるウィルフレッドの案内をしていた。
「相変わらず賑やかだなあここも」
「そうよね。空気も音も昔のままでとても気持ちいいわ」
大きく深呼吸するエリネ。
カイは振り返ってウィルフレッドを見ると、彼は興味津々とあちこちの建物や人々を観察していた。
「はは、兄貴めっちゃ楽しんでるよな。まるで町そのものが初めてみるような顔しててさ。見ているこっちまでワクワクしそうだよ」
「ふふ、そうよね。食事の時もそうだし、ウィルさんと一緒だと色んなことが改めて面白いと感じられて凄く楽しいよね」
ウィルフレッドは目の前に広がる見たこともない景色や物事に軽く興奮していた。ブラン村とは違って、かつてデータで見た昔の欧州建築を思わせる多くの建物が建てられている。窓のウィンドウボックスには華やかな花達が美しく咲き乱れており、一部建物には美しくも優雅な彫刻が飾られ、そこで足を止めて囀る小鳥も相まって、風流のある景色が彼の目を惹き付けてはなさい。
「行こう兄貴、そんなに珍しいものが見たいのならもっと良いところに連れてくからさ」
「あ、ああ」
そこから離れるのが惜しそうな表情を浮かべながら、ウィルフレッドはカイとエリネについていく。
【続く】
「ええ、できれば一度そこに寄って欲しいの」
騎士団が館から出発する前、レクスとラナは会議室でこれからの行軍ルートについて相談していた。
「まあルートからそこまで外れても無いから別に構わないけど、どうしてリカートに?」
「あそこの領主メルベ公は父の旧知でね。父には恩もあるから、今回の件について何かの形でサポートをお願いしようと考えてるの。例の件について何か情報を持ってないかも確認したいから」
邪神教団のことを指していると理解するレクス。
「なるほどね。あい了解した。となるとまず最初に寄る街は、僕の領地レタからすぐ隣の領地にある…」
レクスは机に置いた地図を指でなぞり、ある場所で止まった。
「このクラトネ町だね」
******
数日後、遠方の空が白ばみはじめた頃、騎士団の野営地で既に数名の騎士や兵士達が起きて朝食と移動の前準備をしていた。
「ふぁ~あ…だりぃ…」
まだ眠気が残ってるカイは頭を掻きながらテントを出ると、手に食材を持って朝食用意の手伝いをしていたエリネが怒り気味にカイを呼んだ。
「お兄ちゃんだらしないっ。早く顔を洗ってこっち手伝ってよね」
「ふぇ…?ってうわっ」
「キュキュッ!」
エリネの肩からルルがカイに飛び移っては、眠気を飛ばすように彼の頭で暴れ出す。
「わわっ、分かったよ分かったよ!…ふぅ~、行軍って意外とだりぃな、教会だと普通まだ二度寝の時間だぜ…」
「お兄ちゃんが情けないだけなのっ、ほらそっち見て」
何かが声のする方向を見ると、そこではテントの収納や荷物の運びを手伝ってるウィルフレッドの姿が見えた。
「おお、凄い手際だな」
瞬く間にテント一つをたたんで収納し終わったウィルフレッドに、老齢の兵士ボルガが驚嘆する。
「ありがとよウィルフレッド殿、お陰様でいつよりも早く片付けが終わりそうだ」
「いえ、お力になれればこちらも嬉しいです。それとウィルで構いませんから」
「まったく、うちの若い奴らにも見習って欲しいもんだな。がははっ!」
ウィルフレッドの肩を嬉しそうに叩くボルガ。
「ほら、お兄ちゃんもウィルさんを見習って早く支度してっ」
「エリーちゃ~ん!食材まだか~い?」
「は~いっ、今すぐ持っていきます!」
傍に跳び戻るルルとともにエリネは食事担当の兵士達のところへと小走りしていき、カイはやはりそのまま立っては頭を掻いた。
「…顔、洗おっか」
――――――
(ふう、まだ少し体がだるい。やっぱちょっと隠居生活に怠けすぎたかな~)
朝早く起きて野営地の騎士団の様子を見回るレクスは大きく背を伸びて体を慣らすと、騎士や兵士達と雑談しているラナの声が聞こえた。
「ポポルの実って揚げて食べることもできるのっ?あの甘さってそのまま食べるしか食べ方はないと思ったわ…」
「これが意外といけてるんですよ。レイナ様もご機会があればぜひ塩とかかけて食べてみてください」
「いやいや、塩よりやっぱ辛いソースですよ」
和気藹々と、何気ない食べ物論議して談笑するラナ達。館から出発して間もないのに、既にラナは騎士団の殆どの成員達とこうして気軽にお話するよう仲良くなっている。護衛する騎士団の様子見だけでなく、有事の際に円滑にコミュニケーションが取れるようにするため、なのだろうか。
護衛任務という性質上、護衛してくれる騎士団との仲は確かに士気などに直結する。そういう意味では彼女の仕事の一環とも思えるが、ラナの楽しそうな表情を見ると、彼女も結構会話を楽しんでるようだ。父が暗殺され、二ヶ月も逃亡を続いていることも含めて考えると、実に大したものだと感心するレクス。
「…逞しい皇女様ねぇ。ほんと」
「やはりそう見えますか?」
「おわぁっ!」
後ろからのいきなりの声で振り返ると、そこはラナの近衛騎士アランが立っていた。
「ア、アラン殿、驚かさないでくださいよ~」
「ははは、これは失礼」
詫びながらレクスと同じようにラナの方を見るアラン。
「今回の護衛の件、改めてお礼を申し上げます。お陰でラナ様もようやく気を緩めることができました。この二か月間、ラナ様はずっと張り詰めたままでしたからね」
「前にも言ったように気にしなくていいよ。ある意味自分たちにも関係する話ですからね」
いつものように軽い感じで返答するレクス。
「…先ほどの話、ラナ様は一見普通のように振舞ってはいますが、それでも心の中は亡きエイダーン陛下を偲び、そして帝都にいるヒルデ陛下の安否をご心配されてると思われます。そのあたり、レクス様にも時々ご配慮頂ければ嬉しく思います」
アランに言われてレクスは改めて思い出す。ヘリティア皇妃ヒルデ、つまりラナの母は皇帝亡き後、体調を崩して二ヶ月間ずっと療養中とされている噂を。
「…ヒルデ皇妃のこと、アラン殿はどう思ってます?」
噂のことを察するアラン。
「ヒルデ陛下のことはよく存じています。エイダーン陛下が亡くなってショックは確かにあるのでしょうが、それで二ヶ月も公衆の前に出ないようなお方では決してありません」
「…となると、はやりあのオズワルド宰相が…?」
「どうでしょうね。憶測に過ぎませんが、仮にオズワルド卿が何かをしたとしても、すぐに命の危険はないと思います。皇族においてヒルデ陛下はいまだに大きな影響力を持ってますし、なによりも陛下はオズワルドの実の姉、奴が誠にエイダーン陛下を手にかけた下賤な奴でも、己の肉親まで危害を加えることはない…と思いたい」
「とはいえ、その可能性がまったくないとは言い切れないでしょうね」
「ええ、ラナ様もそれを存じてますし、立場上それを顔に出さなくても、心の中ではやはり母のことを案じているはず。ですので先ほども申したように、そのあたりレクス様にはどうか気を配っていただければと」
「ああ、勿論さ。うちは無料サービスとして心のケアも承ってますからね」
ウィンクするレクスにアランは笑い出す。
「ははは、レクス殿はやはり面白い御方ですな」
「ご称讃、ありがとうございます」
にへらと笑うレクス。
「…そういうアラン殿も、皇国にご家族は?」
「はい、妻は三国から離れてますが、帝都には娘が一人おります。クラリスと申しまして、自分と同じくラナ様の直属騎士ですが、まだ叙任されて間もないので、今回の親善には参加せずに帝都で留守してました」
「そっか…心配ですよね、彼女のこと」
「ええ、ですが彼女は今やヘリティアの騎士の一人。そこで彼女なりに騎士の責務を果たしていると自分は信じています」
「う~むさすが三国で一番騎士道を重んじるヘリティア、割り切ってますね」
「信頼しているのですよ、自分の娘故にね」
苦笑するレクスにアランが微笑み返すと、マティがレクスに話しかけた。
「レクス様、出発前の最終確認をお願いします」
「ああ、すぐ行くよ。そんじゃアラン殿、またあとで」
「ええ」
マティと共に離れるレクスを見送ると、アランは改めてラナの方を見ては、娘のクラリスのことを案じた。
(クラリス、君が無事であると信じてますよ―――)
******
同時刻、ヘリティア皇国とルーネウス王国の国境近くの森に潜む女性あり。フードを深く被りながら、懐に細長い包みを抱えて、慎重深く周りを見渡していた。
(…どうやら撒いたようね)
つけられていないのを確認すると、彼女は木の影から出てフードを下す。歳若く、明るい長髪に皇国近衛騎士の正装。女性は包みを大事そうに抱えては、ルーネウス王国の方向へと移動する。
先ほど関所を通ろうとするも、皇国兵が不審そうに自分を見ていることに気づいた彼女は急いで森の中へと身を隠し、追ってくる兵士達をようやく撒いたところだった。
(やはり、オズワルドの奴は私を探しているのね。これを持ってるのを知って―――)
女性は包みを見ては、二ヶ月前の帝都での出来事を思い出す。
――――――
「せいっ!やぁっ!」
壮大なヘリティア帝都の皇城で、いつものように訓練場で剣技の訓練に励む彼女。まだ騎士になったばかりの彼女はさほど場数を踏んではいないが、その冴えた剣技は確実に光るものがあった。
ふと、城内が騒いでいるのに気付くと、彼女は剣を収めて、通路で走る侍女の一人を引き留めた。
「ちょっと、何を騒いでいるの?」
顔が真っ青な侍女が震えた声で答える。
「へ、陛下が…っ、先ほど陛下が書斎で倒れているのが確認されて…っ」
「エイダーン陛下が!?」
「ルーネウスの親善団が、陛下を暗殺したようで…詳しくはわたくしも…っ」
顔色を変えたクラリスもまた急いでエイダーンの書斎へと駆けていく。
今や城の警鐘までも鳴らされて、臣下が慌てて走り回る通路を走るクラリスは、いきなり誰かに手を掴まされて隣の小さな通路へと引っ張られていく。
「なっ…」
落ち着いて自分の口を塞ぐ人物を見ると、それは青ざめた顔を浮かべた一人の諸侯らしき男だった。
「クラリス殿…っ!」
「ルドルフ卿!?どうなされたのですかいきなり!」
「しっ!どうか何も言わずにこっちに来てくだされ!」
「え?ですが今それどころでは…」
「急いでくれっ!時間がないんだ!」
困惑するクラリスを強引に引っ張っては、ルドルフは彼女を地下へと通じる通路へと連れていく。
「ちょっ…説明してくださいルドルフ卿!今は皇帝陛下の一大事ですよ!?」
クラリスに手を振り払われたルドルフが激しく動揺した目で彼女を見る。
「ルドルフ卿…一体何が…」
「…オズワルドだ、オズワルド宰相がエイダーン陛下を手にかけたんだ…っ!」
「なんですって…っ」
驚愕な顔を浮かべるクラリスの手をルドルフは再び引張っていく。
「先ほど私がエイダーン陛下の書斎に書類を届くために行った時、見たのだよっ。血だまりの中で倒れている親善団とエイダーン陛下をっ。そして陛下の傍で奴らと共に立っているオズワルドを…!」
「そんな…あのオズワルド様がそのようなっ…」
「奴だけではない、どうやら皇国の多くの諸侯や要人はすでにオズワルドに手懐けされているようだ。迂闊だった…まさかあのオズワルドめが彼らを手引きしていたとは…っ」
二人はやがて地下倉庫の一角に辿り着く。ルドルフは壁の松明の台座を動かしたら、壁がスライドして隠し通路への道ができた。
「この通路で帝都の外へと逃げよ。すぐにオズワルドが兵で帝都を封鎖するだろう。そうとなれば手遅れだ」
そして彼は懐から、何か長い包みをクラリスへと手渡す。
「良いかクラリス殿、今ルーネウスにいるラナ様にこれを渡してくれ。それだけでラナ様は意味を理解するはずだ」
包みを受け取ったクラリスが包み中身をチラ見する。
「こっ、これは…っ!」
「よいか、オズワルドが奴らと一緒にいる以上、その狙いはこれとラナ様ご自身に違いない。これをラナ様に渡し、お守りするのだ。良いな!」
ルドルフはクラリスの背中を押して隠し通路へと進ませる。
「待ってくださいルドルフ卿!奴らとはいったい誰のことですかっ!?」
「…邪神教団だ」
「なっ…」
「追手には気を付けろ!皇国内の誰も信じるな!」
ルドルフが松明の台座を戻すと、隠し通路の扉が閉じていった。
「ルドルフ卿!」
「早く行くんだ!」
壁の向こう側でルドルフが台座を壊した音を聞いて、躊躇いながらも通路の奥へと進むクラリス。気のせいか、途中で後ろから悲鳴らしき声を聞いたような気がするが、クラリスは振り向かずに一心に駆けていった。
――――――
(ルドルフ卿…っ)
歯軋りすると、ふと前の景色が広がる。森をようやく抜けたクラリスの前に、広大なルーネウス王国の景色が広がっていた。帝都から抜け出し、オズワルドの追手や兵士達を避け、時には迂回しては、ようやくルーネウス王国へと辿りついたのだ。
「ラナ様、お父様、どうかご無事で…っ」
包みを再度確認し、彼女は丘を下っていった―――
******
「ほらウィルさんこっち!」
「キュキュッ!」
空も晴れた昼頃、ウィルフレッドとカイはエリネとルルが呼ぶ方向へと歩く。彼らの前には、ブラン村よりも大きい規模のクラトネ町があった。
「はしゃいでるなエリー、まあ久しぶりだから仕方ないけどよ」
そう言っては同じぐらい嬉しそうなカイの後ろに、ウィルフレッドはこの世界で初めて見る大きな町を、好奇心に満ちた目で見渡していた。
クラトネ町へと到着したレクスの騎士団は町の外で待機し、レクスとラナは町の衛兵と共に町長のところへと顔を出していた。騎士団がここを経過する事情の説明や、町の外で野営地を設けて一晩滞留する許可を得るために。その間、マティはアランと共に騎士団の装備チェックや物資の確認をし、一部人員は交代して自由時間を得ることになっている。
そして昔から時折買い物のために来ているエリネとカイは、久しぶりのこの町で散策するとともに、初めてこの町にくるウィルフレッドの案内をしていた。
「相変わらず賑やかだなあここも」
「そうよね。空気も音も昔のままでとても気持ちいいわ」
大きく深呼吸するエリネ。
カイは振り返ってウィルフレッドを見ると、彼は興味津々とあちこちの建物や人々を観察していた。
「はは、兄貴めっちゃ楽しんでるよな。まるで町そのものが初めてみるような顔しててさ。見ているこっちまでワクワクしそうだよ」
「ふふ、そうよね。食事の時もそうだし、ウィルさんと一緒だと色んなことが改めて面白いと感じられて凄く楽しいよね」
ウィルフレッドは目の前に広がる見たこともない景色や物事に軽く興奮していた。ブラン村とは違って、かつてデータで見た昔の欧州建築を思わせる多くの建物が建てられている。窓のウィンドウボックスには華やかな花達が美しく咲き乱れており、一部建物には美しくも優雅な彫刻が飾られ、そこで足を止めて囀る小鳥も相まって、風流のある景色が彼の目を惹き付けてはなさい。
「行こう兄貴、そんなに珍しいものが見たいのならもっと良いところに連れてくからさ」
「あ、ああ」
そこから離れるのが惜しそうな表情を浮かべながら、ウィルフレッドはカイとエリネについていく。
【続く】
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転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ズボラ通販生活
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西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
30年待たされた異世界転移
明之 想
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気づけば異世界にいた10歳のぼく。
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こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
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大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
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田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
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