ハルフェン戦記 -異世界の魔人と女神の戦士たち-

レオナード一世

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第二章 旅立ち

旅立ち 第六節

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まるで旅立つ三人を祝福するよう、輝かしい太陽が山の向こう側から顔を見せる。馬に荷物を積ませたカイとウィルフレッドは、エリネとともイリスに出掛けの挨拶をしていた。

「いよいよね、カイ」
「シスター」
イリスはカイの両肩をしっかりと掴む。
「忘れないで、何も前だけに突き進むだけが勇気ではない。時には逃げ出す勇気も必要なのですよ」
「分かってるよシスター」

イリスとカイが抱擁を交わす。
「…それと歯磨きもちゃんとするようにね」
「ちょっとシスター…」
苦笑するカイにウィルフレッドとエリネがくすりと笑う。

イリスがエリネの方に向いては、彼女の頭を優しく撫でる。
「エリー、今までの教え、忘れないようにね。それと言い付けもですよ」
「うん、分かてるシスター。安心して、何も一人で行く訳じゃない。お兄ちゃんも、ウィルさんも一緒だから」
微笑してはイリスはそっとエリネの額に口漬けをして抱擁する。

「ウィルさん」
「シスター」
イリスとウィルフレッドが向き合う。

「二人のこと、どうかよろしくお願いします。ウィルさんも、どうか気を付けていくのですよ」
「ええ、どうかご安心を。…シスター、この一週間、本当にお世話になりました。短い間ですが、自分にとっては何よりも勝る、とても大事なひと時でした。このご恩、決して忘れません。それと…シチュー、本当に美味かったです」

少々照れるウィルフレッドに。イリスは慈しむように微笑む。
「シチューが恋しくなったら、いつもエリーにお願いしてくださいね。レシピは教えてあるのですから。それに、昨日言ったように、いつもここに戻ること、歓迎しますから」
イリスが祝福するように抱擁すると、照れくさそうにぎこちなく抱擁し返すウィルフレッド。

そしてカイとエリネが一匹の馬に、ウィルフレッドがもう一匹の馬に乗り、ルルがエリネの肩に乗った。
「それじゃシスター、いってきます!」
「いってきまーす!」
「シスター、いつかまた」

イリスが手を振っては、彼らに祝福を送った。
「いってらっしゃい。貴方達に、女神様のご加護がありますように」
三人は、イリスが見てなくなるまで手を大きく振っては、レクスの館へと向かった。彼らを見送ったイリスは、手を合わせと女神に祈りを捧げた。

(エテルネ様、ルミアナ様、…スティーナ様、どうか彼らをお守りください―――)


******


レクスの館の前で、騎士団の騎士や兵士達が食料や装備の点検など出立の準備をしており、それを指揮するマティをレクスとラナ、アランが傍で確認していた。

「さすがレクス様、一晩だけでもうここまで用意できたとは」
「まあ今回は出せる騎士団の人数がそんなに多くないからね。一部を領地に残させる必要もあるし。それでもうちの精鋭百人だ。王都への支援としてはまずまずってことだね」

昨日の打ち合わせで、今回レクスの鷲獅子騎士団はラナ護衛という真の目的をカバーするために、王都への支援という名目で動くことになった。本来なら少人数による隠密移動も立案してたが、元々追われている身としては寧ろその方が目が付けられやすく、また、将来皇国へ進軍する必要が出る可能性も垣間見て、騎士団を動かす案をとった。

「十分よ。これ以上の人数を動かすとかえって目立つし、戦時中この規模の軍の移動も珍しくはないから、隠れ蓑にするには丁度良い。悪くない采配ね」
自分の采配を採点するラナにレクスは肩をすくめてはいつもの軽い笑顔を浮かべた。
「レイナ様の御気に召されて光栄の至りですよ」
ふふっと笑うラナとアラン。

「レクス様ぁ~!」
「おや」
館へ到着したカイ達三人が馬から下りて駆けつけた。
「三人とも来てくれたんだ。ということは、ちゃんとシスターの了承は得たんだね」
「ああ、しっかりとね」
「なら僕から何も言うことはない。改めて歓迎するよ、三人とも、これからよろしくね」
「うん!」

ラナもまた三人達の前に出る。
「私からも礼を言わせて。来てくれてありがとう三人とも。長い旅にはなるけれど、どうか宜しくお願いね」
はじめて見るラナの柔らかな笑顔と言葉に三人は呆然とする。理由を察したレクスが小さく含み笑いした。

「貴方は確かエリネって言うのね?治癒魔法が使える人がいるととても心強いわ。よろしく」
エリネもまた礼儀正しく一礼する。
「こちらこそよろしくお願いします。ラ…レイナ様」

「そうかしこまらなくても良いのよ。もっと気楽の方が私は嬉しいわ」
そう言われてエリネは屈託の無い笑顔を浮かべる。
「じゃあレイナ様も気楽に私のことエリーと呼んでくださいっ」
「ええ、嬉しいわ。改めてよろしくね、エリーちゃん」

握手する二人にルルもまた嬉しそうにラナの肩に飛び移る。
「あっ、こらルルっ」
「別にいいわよ。この子ルルって言うのね?貴方もよろしくねルル」
「キュキュッ!」
ラナが優しくルルを撫でると、ルルもまた嬉しそうな声を上げた。

ルルをエリネに返すと、ラナはカイの方を向いた。
「貴方はエリーちゃんの兄のカイくんよね?自分のことが気に入らないのは分かっているけど、どうか暫くの間我慢して頂戴ね」

カイはそっぽを向いてはいるが、まんざらでもない表情をしてぽりぽりと頬を掻く。
「ああ…、その、なんだ。確かにまだ完全に信用しきれないけどよ。あんたは戦争を止めるために動いてんだろう?だからまあ、俺ももうそこまで気にしちゃいねぇよ。一緒に旅するんだったらいがみ合うままじゃやり辛いしな…」

しどろもどろのカイに、ラナは満面の笑顔をして手を差し出す。
「そう言ってくれるととても嬉しいわ。改めてよろしくね、カイくん」
少し躊躇うカイだが、最後にやはりそっぽ向いたままその手を握り、レクス達はそれを温かな目で見守った。
(素直じゃないねカイくんは)

「最後に…ウィルフレッド殿。だったわね」
「ああ」
ラナは彼を見据える。昨日の戦いは大変印象的だったが、改めてみると実に奇妙な身なりの男だ。
「昨日の戦いは見事の一言だったわ。貴方がいてくれるととても心強いわね。二人の付き添いだとしても、来てくれたことに感謝させて頂戴」

差し出されたラナの手を握り返すウィルフレッド。
「ありがとう。これからよろしくね。ウィルフレッド殿」
「ウィルで構わない。よろしく頼む。レイナ、様」
「慣れないなら呼び捨てでも良いのよ?」
屈託なく微笑するラナを見て、本当に表情、動きの一つ一つが印象的な女性だと改めてウィルフレッドは思った。
「なら、お言葉に甘えて…よろしく、レイナ」

互いに笑顔を浮かべては、友好を示す手を改めて握り締めた。

――――――

カイとウィルフレッドは兵士に館内の武器庫まで案内される。狩りで使う木製のものでは心もとないので、レクスの手配で武器や装備をもらうことになった。カイは弓兵用の胸当てなどを着けては、鉄製の弓を引いてその使い心地を試す。

「さすが正規の軍装備、なかなか良い手応えだなっ」
興奮するカイに装備係のボルガがニカッと笑う。
「ったりめえだ、王都の工房には負けるかも知れねえが、それでも日々愛情を込めて整備してきたもんだ。うまく使えよ」
「ああ、サンキュボルガ」
「んで、あんちゃんはどうだ。気に入ったもの見つけたか?」

ウィルフレッドは武器庫の中を歩き、陳列された武器の数々をじっくりと見定めていた。長槍、戦斧、サーベル、弓…最後に彼は長剣が並ばれた棚に止まり、無造作に二本の長剣を抜き出した。
「剣を二つも?二刀流って奴か?珍しいスタイルだな」

柄を何度か握り締めて感覚を掴み、そしてくるくると回しては試しに空振りする。それを何度か繰り返すたびに、空気を引き裂く鋭い音が部屋に鳴り響いた。
「…かっけぇ…」
「…なかなか良い腕してるそうだな、あんた」
その仕草、音だけでも、ボルガはウィルフレッドの技量の高さを感じた。

使い慣れたタイプの武器。異世界にいながらも、これを握るだけで元の世界の感覚が戻ってくるようだ。血の焼ける匂い。硝煙。様々な色の血。切り結ぶたびに伝わる、激しい衝撃―――。この世界がいかに暖かさに満ちても、その感覚だけは、体の奥底に染み付いて、決して離れない。恐らくこれからも。

武器を持って立ったままのウィルフレッドを見て、カイは唾を飲んだ。今の彼から、初めて出会った時に感じた、異質な雰囲気を漂わせていると感じたからだった。

――――――

「レクス様。全軍用意できました。いつでもいけます」
「うん、ご苦労様」
マティの報告を受け、レクスが出発の待機をしていたラナ達やウィルフレッド達の方に振り向いた。
「それでは出発するよ。みんな準備は良い?」
全員が頷いて馬上に乗っていくと、騎士団達もまた己を激励するかのように声を上げた。

(さあて、この旅って果たしてどんな事になるのやら――さらば美しき隠居生活よ)

「全軍!出発!」
レクスの号令とともにマティが角笛を吹くと、騎士団が足並みを揃えて前進し始めた。ウィルフレッドの体が軽く引き締める。

硝煙の匂いもなく、数々の自動殺戮兵器の無機質な音や、生物兵器の恐怖を煽る呻き声もない。盗賊達との戦いや先ほどの騎士、兵士達の熱を帯びたときの声は、自分が経験した戦場に響く、ただ生きるための人々の叫び悲鳴とは大きくかけ離れたものだ。

それでも、彼はここに来て初めて戦場の雰囲気を感じた。周りの騎士達は戦意高揚としていても、顔や仕草に現れる微細な緊張感を彼は見逃さない。いかに形式が違っても、それが数多くの命が生死をかける場であることに違いはない。
(たとえ場所が変わっても、程度の違いがあっても、戦場はやはり戦場か)

チラリと隣のカイとエリネを見ると、二人の体は多少緊張で強張っているものの、その眼差しは昨日と同じように堅い決意が満ちていた。
(どちらにしても、二人だけはしっかりと守っておかないと)

その思いを胸に、ウィルフレッドはレクス達に続いて前へと進んでいった。



【第二章 終わり 第三章に続く】

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