ハルフェン戦記 -異世界の魔人と女神の戦士たち-

レオナード一世

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第一章 異世界ハルフェン

異世界ハルフェン 第一節

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あの日は、果物を採るには最良の天気だった。春の到来で鳴り踊る小鳥たちのさえずり。吸えば体の奥まで涼やかになる澄んだ空気。そして森に射す程よい暖かさの日差し。

そんな穏やかな雰囲気の木漏れ日の中で、いかにも村娘という風貌の小柄な少女が目を閉じたまま、茂みから熟れたばかりの黄色の果実をもぎ取っては籠の中へと入れていく。その腕に付けられた宝石付きの腕飾りが日差しを受けて光る。

暫くすると、少女はそばに置いていた木の杖を取っては小さく息を吸い、香る匂いを辿ってやや離れた茂みの中へ歩くと、そこに実ったベリーを採っていく。籠が大体一杯になると、少女は大きく背伸びた。

「う~んっ…と、これぐらいでいいかな。ルル~」
「キュキュッ」
少女の呼び声とともに長い尾を持ち、リスに似た小さな動物が、すぐそばの木の枝からぴょんぴょんと小さく飛び跳ねては少女の肩へと移っていく。

「はい、どうぞ」
少女が先ほど採ったベリーを差し出すと、ルルが美味しそうにそれを食べる。そのを聞いて少女は笑顔を浮かべる。

「美味しい?あとでもっと食べさせてあげるね。そろそろカイ兄ちゃんのところへ行こう。ルル、お願い」「キュッ」
ベリーを完食したルルは小さく鳴いて返事すると、まるで少女を導くように彼女の前に移動し、盲目の少女は何不自由なく森の中を歩いていった。


******


一匹のウサギが草むらから頭を出して見まわし、やや離れた茂みの中では一人の少年がウサギの動きをただ静かに観察していた。暫くしてウサギが草むらから体全体を出すと、少年はゆっくりと弓矢を引く。

警戒を解いてのんびりと歩き回るウサギとは対照的に、少年は微動だにせず、引いた弓矢以上に精神を締め付け、そして、解き放った。矢は一直線に、寸分の狂いもなくウサギの要害に直撃した。

「よっしゃ!」
少年は歓声とともに茂みから走り出て、動かなくなったウサギの前にひざまずいては手を当てて黙祷する。
(女神様、今日も良き獲物を授けてくださったことに感謝します…)

同年代の少年においてもしっかりとした体格。バンダナを付け、細く束ねた後ろ髪に、中世の村人のような服装をした少年は、他の三匹のウサギが括り付けてある腰に獲ったばかりのウサギも付けると、ふと森からルルと少女が自分に向かってくるのを見た。

「カイ兄ちゃ~ん!」
「キュキュッ」
「やあエリー、そっちの収穫はどうだい」
自分に飛び移るルルを撫でては、カイと呼ばれる少年は少女に問う。

「結構集めたわ。去年採ったものよりも大きく、音もいいからきっと甘く実ってると思うの」
「へえ~どれどれ…」
カイが籠の中の果物を一つ取って齧ると、甘美な果汁と、ショリショリとした果肉の食感が、狩りで乾いた喉を潤っていく。

「うまいっ、こりゃあとでの食事が楽しみだな」
「でしょ、カイ兄ちゃんの方はどうだった?」
「ああ、戦果はウサギ四匹、まずまずってところだな。本当は大きな鹿一匹ぐらいは獲りたかったけど、最近この周辺でもあまり見かけなくなったからなぁ…」
エリーと愛称される、少女エリネの表情が少々曇る。

「それってやっぱり、最近ここあたりを荒らしている盗賊のせいかな…?」
「かもな、まったくあいつら、戦争で騎士団の手が回れないのを見て好き勝手やりやがって、畑や獲物を荒らしてとんだ迷惑だぜ」
腹いせにシャクシャクと果物を齧っては残りの芯を投げ捨てるカイ。

「早く村に帰ろう。本当に盗賊に出会ってしまったら面倒だし、シスターの料理の手伝いもしないとな」
「うん。行こうルル」
「キュキュッ」
さっきのようにルルがエリネの先導をしては、二人は村への帰路につく。

――――――

「今回の戦争って結構規模大きいよね。今までずっと仲良くやってきたのに、まさかこんな大きな戦争に発展するなんて…」
相変わらず気持ちの良い木漏れ日の中を歩きながらエリネは言う。

「なにせ皇帝暗殺っていうとんでもない事件だったからなあ…。千年以来両国初めての大きな戦争にもなるよ」
「お兄ちゃんはあの事件のことどう考えてるの?」
「そりゃ皇国の言いがかりに決まってらあっ、うちのロバルト王が暗殺なんかするかよ。なのに勝手に決めつけて戦争なんざ起こして、皇国のやつら、とんだ迷惑だ、ぜっ!」
地面の石を気晴らしに思い切って蹴るカイ。

「レクス様も災難よな。ロムネス様が亡くなったばかりなのに、戦争や盗賊騒動と来たもんだ。いつも平気を装っているけど、きっと心中は穏やかじゃないんだろうな…」
「そうよね…あら?」
「…キュッ!キュキュッ!」
ふとエリネが立ち止まり、何もない空をじっと見つめ、ルルもまた同じ方向に向けて鳴いていた。

「どうしたんだエリー?」
「…なんか、変な音が上から…」
「変な音だって…?」

カイもまたエリネが見つめる方向の空に顔を向く、そこにはなんの変哲もないいつもの青空しかなく、小鳥の鳴き声以外何も聞こえないが、エリネが言うのならそれは間違いなくと彼は確信できた。

「音ってどんな音なんだ?」
「なんか…低い唸り声みたいなものが…段々とおおき」

ズドンッと、大地にさえ響く爆音と激しい閃光ともに、空に爆発が起こった。

「きゃあっ!?」
「うわぁっ!」
閃光によりカイの視界が真っ白に塗りつぶされると、爆発の中から一つの火の玉が吐き出された。二人が何が起こったのを確認する時間もなく、火の玉は瞬時に二人の近くの森の中へと叩き込まれ、二度目の爆発による爆風と轟音が森を震撼させる。

「エリー!」
「お兄ちゃん!」
「キュキュキュッ!」
エリネと彼女の懐に隠れるルルをカイがかばい、爆風と轟音が唸りながらカイ達の周りの木々を揺らし、砂塵を巻き上げては遠退いていく。

「…ペッペッ、大丈夫かエリー?」
「う、うん」
「キュキュッ!」
口に入った砂を吐いてはエリネ達の無事を確認するカイ。

「何が起こったの?いきなり空から物凄い爆音が…。そして何か近くに落ちて…?」
「俺もよく見えなかったけど、たぶん、空から何かが落ちて…、すぐそこに落ちてたんだと思う」
「行ってみましょう」
埃を振り払うと、二人は先ほど爆発が起きた方角へと走り出す。

爆発した場所はさほど遠くなく、二人はすぐにその場へと駆けつけた。先ほどの爆発の威力を物語っているような大きさのクレーターが、地面を大きく抉り出していた。

「うひゃ…これは凄い。大砲で撃たれてもこうはならないぞ普通」
「そんなに凄いの?」
「ああ、丁度トーマスじいさんの畑一つ分ぐらいの範囲で地面が抉られていてな。あちこちに火が燃えてるし、中心から凄い煙が立っている」
目の見えないエリネのために景色を説明するカイ。

「何か落ちてきたのか確認してみよう」
「気を付けて」
「分かってる」
エリネを後ろにかばいながら、二人はゆっくりと爆心地へと近づく。いまだ煙立つ爆心地だが、煙の勢いも接近するうちに徐々に弱まる。二人があと数歩のところまで近づくと、いきなりエリネが立ち止まった。

「あ…」
「? どうしたんだエリー?」
エリネが耳を済ませると、爆心地から微かに伝わってくる人の呼吸音が聞こえた。

「そこに人が倒れてるの、まだ息がある…っ」
「マジ!?」
エリネの言葉に驚きながら、二人は煙が散った爆心地のすぐそこに立つと、カイは思わず息を呑んだ。

埃まみれで所々煙が立っているが、それは間違いなく人間の男性で、仰向けに爆心地の中心で倒れていた。顔から見て20代前半ぐらいの男性か、どこか狼を連想させるぼさぼさとした銀色の長髪。例え服越しでもわかるほど精悍な体つき。黒いハーフフィンガーのグローブとロングコート。そして首には、何か銀色の首飾りを付けている。

けれどあんなスタイルのコート全然見たことがなく、靴も、ボトムスも三国の様式のどれにも似ていない。大都市とかで売っているものだろうか?そしてなによりも、外見は普通の人間なのに、薄々と引っかかるような異質な感覚がこの男から感じられ、カイはただ戸惑っていた。

「ねぇ、あの人ひょっとしたら傷ついてる?」
「え?そ、そういえば…」
エリネの言葉ではっと男を見直すと、確かにかなりの重傷を負っているように見えた。

「確かに、顔とか結構ひどい傷になってるみたいだ」
「じゃあ早く助けないと…っ」
「そ、そうだな。でも気を付けろよ」
「うん」
エリネの手を繋いでは二人はゆっくりと倒れた男へと近づき、特に異様はないと確認すると、エリネがさっそく男に杖をかざし、何かを唱えると手から淡く青い光が輝きだす。

「どうだ?治せそうか?」
「うん、傷は確かに深そうだけど、命に関わるほどじゃ…あれ?」
輝く光が教える男の体調に、エリネは不思議に思った。男の比較的浅い傷の方が、異様な速度で塞がりつつある。そしてもう一つ、ありえない違和感を彼女は感じた。

「どうした?」
「この人、マナが――」
突如、男の目がカッと開き、驚異的な速度で飛び起きてして二人から離れる。

「きゃっ!?」「うおっ!」「キュキュッ!?」
男の行動に驚いたカイがエリネをかばいながら二人で後退し、ルルもまた威嚇的に鳴いてはエリネの肩に跳びつく。男は地面に片手をついたまま息切れては、青紫色の鋭い目を見開いて目の前に立つ二人を見る。

「な、なんだお前!?やるのか!?」
弓矢を構えようとするカイを、男の息切れのを聞いたエリネは即座に阻止する。
「お兄ちゃんだめっ、単に驚いているだけだから!」
「え、そう、なのか?」

カイが弓矢を下ろしてよく見ると、確かに男は自分たちを見つめてはいるが、襲ってくるような気配はまったくない。寧ろ自分たちと同じく、状況を呑み込めていないように見えた。

「ここは…どこだ…?」
暫く見つめあったあと、荒い息をしたまま男がようやく言葉を発する。カイは依然として警戒しながら質問に答える。
「どこって…ここはブラン村近くの森だよ。…どこの国って意味なら、ルーネウス王国だ」
「ルーネウス…?ブラン村…?」
男はその答えに困惑しながら、周りの森を、さらに青空を見ては大きく目を見開き、ひたすら困惑と驚きに満ちた表情を浮かばせる。

「艦はどうなった…シティは…?あいつはどこに…うっ、ぐっ!」
元々息切れてた男は胸を鷲掴んでは地面に手をつくと更に苦悶して唸る。

「! 大丈夫ですか!」
「あっ、エリー!」
カイの後ろから飛び出すエリネは男の元に駆け付ける。自分に近づくエリネに男は少しびくついた。

「動かないでください。すぐに治療しますから。星の巡りよ、女神の慈悲深き御心をここに…治癒セラディン
杖をかざして先ほどとは違う言葉を唱えると、エリネの手からより強い青い光が輝きだして男を包む。男はその現象で驚き、体の痛みが徐々に引いていくことで更に驚いた。

「これは…?」
「治癒魔法だよ。別に珍しくもないだろ?」
「ま…ほう…?」
治療するエリネの傍で警戒するカイをよそに、男は驚きのオンパレードについていけずに目をぱちくりさせっぱなしだった。

暫くして立ち上がれるほど回復し、まだ少々痛む脇腹あたりを抑えては、男はゆっくりと立ち上がる。
「あ、まだ動いてはっ」
「もう、大丈夫だ」

ここまで回復すれば、あとはナノマシンにより勝手に治るからだ。体と気持ちを落ち着かせるよう男は息を整える。
「…ありがとう、それと、驚かせてしまって申し訳ない」

二人は意外と丁寧な言葉にきょとんとすると、エリネは微笑んで「どういたしまして」と答えた。カイも先ほど警戒はしなくなったが、依然として疑いの目でこの長身の男を見つめる。

「その、元気になったばかりで悪いけど、あんたいったい誰なんだ?さっき空から落ちてきたよな?何かの魔法実験に失敗したとか?てかあんな爆発の中でよく生きてたよな?」
当たり前すぎる質問に、男はどう答えるのか迷った。

「…自分も、その…良く、分からない…」
「はあ?」
カイはエリネの方を見て、気付いたエリネはカイに向けて小さく頷いた。嘘を言っている訳ではないようだ。

「さっき君はルーネウス王国って言ってたが、それは地球のどこら辺にある?」
「チキュウ…?」
聞いたこともない単語に戸惑う二人。
「なんだそれ、独立領の名前?それとも地名?」
「いや、その」

状況は思った以上に複雑だと感じた男は、改めて空と周りの景色を見て考え、そして答えた。
「…ちょっと、さっきの衝撃で記憶が混乱してて、色々と思い出せないんだ。記憶喪失というか…」

エリネの表情が少し動いたが、それ以上特に何もしなかった。
「そうなんだ?まあ、確かにこれほどの爆発だと、記憶喪失になるのも仕方ない、か…?」
まだ少し疑惑な目で男を見るカイ。

「あの…よろしければうちの家で少し休みませんか?まだ傷も完全に治ってないですし、ここ一帯、盗賊も出没しているようで危ないですから」
「おいエリー?」
目をぱちくりした男が聞こえないよう、カイはエリネに耳打ちする。

「いいのかよこんな空から降ってきた怪しい奴を家に連れ帰って?」
「だって別に悪い人のしてなさそうだし、傷ついた人をこのままここに置いて行く訳にもいかないでしょ。もし本当に盗賊に出くわしてしまったらどうするの?」
「そりゃまあそうだけど…」

二人が耳打ちするのを見て、男は言う。
「いや、ご好意には感謝するが、自分は一人でも大丈夫だから」
男は背を向けて離れようとする。
「あ、まって――」
「手当てありがとう、それじゃ…」

大きな空腹の声が鳴り響いた。男からのだ。

「あ…」
男は赤面してなんともいえない表情できょとんとした二人を見て、やがて二人とも笑い出す。男もまた恥ずかしそうに手を口に置く。

「うちに来てくれましたら美味しい食事をタンとご招待しますよ。来なきゃ損ですよ?」
緊張感が抜けたのか、カイもまた笑っては頭を掻いては男に言う。
「仕方ねえ、腹減ってる奴を見捨てるなんざ女神様から罰が当たるからな。来なよ、シスターとエリーの作る料理はめっちゃうまいぞ?」

男は迷った。自分には行く当てもなく、周り全てが明らかに自分が見慣れたものとは異なるところで一人で行動するのは確かに得策ではない。なによりも、自体に、男は違和感を感じながらも物言えぬ気持ちに満たされ、残ろうとする気持ちが強まっていく。

暫くして男は返答する。
「…すまない、その、お言葉に甘えて、お邪魔して、いいのだろうか」
「ええ、勿論っ」
エリネは嬉しく微笑む。

「自己紹介遅れましたけど、私はエリネ、エリネ・セインテールです。エリーって呼んで構いませんよ」
「俺はカイ・ジェリオってんだ。あんた記憶喪失って言ってたけど、名前の方はどうなんだ?」

男は少し考えると、応えた。
「ウィルフレッド。ただの、ウィルフレッドだ。同じく、ウィルと呼んでくれ」



【続く】
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