25 / 28
ふたりのきもち(4)
しおりを挟む
「相手が問題なんですよ」
「なんかヤバい相手なのか?」
「その真逆です。優良物件過ぎるんです」
そこまで言って、鈴はどうしてすぐに返事ができなかったのか、やっと気づけた。
梶川は、何もかもができすぎなのだ。鈴とではつり合いが取れない。
「優良物件で何が悪い。良いことじゃあないか」
「そうですけど……私じゃあ、釣り合わないじゃないですか」
「ふぅん、なるほどねぇ」
遊間は、したり顔で頷いてジョッキを煽った。
「要するに御影は、自信がないわけだ」
遊間の言葉に、その通りだと鈴は内心で頷いた。
梶川に好かれる自信が無い。言葉で伝えてもらっても、その好意に答える自信がないのだ。
鈴はつまらない人間だ。なんの気まぐれか、梶川は鈴を好きだと思ってくれているらしいが、それがいつまでも続くとは思わない。
なにせ、彼の周囲にはもっと可愛い女性が大勢いるのだ。
彼に本気になってしまって、いつか捨てられるのが怖い。
なるほど。鈴の根っこにあるのは、そんなつまらない自己保身の感情だ。
「大やけどする前に身を引きたいってのは、馬鹿ですかね」
もし、今の関係を超えて彼氏彼女になってしまえば、きっと鈴は梶川に夢中になる。
そうなってから、飽きられるのが怖い。だから、必死でブレーキを踏んでいるのだ。
「案外繊細なんだな、御影は。何を言われても、ビクともしないような面をしておいて」
「人付き合いが苦手なんです。恋愛なんて、その最たるものじゃないですか」
傷つくのが怖いからこそ、鈴は人を避けるのだ。
最初から他人であれば、深く関わらなければ、傷つかずにすむ。
ずっとひとりきりでいられれば、楽なのに。
「じゃあ、やめとけばいいんじゃね?」
しごく簡単な答えのように、遊間はそう言った。
「恋愛なんて、面倒なことばっかりだろ。傷つくのが嫌なら、そこに足を踏み込まなきゃいい」
「そう……なんですけど」
遊間の言葉はもっともだ。理屈では納得できるのに、感情がついていかない。
鈴の感情を見透かして、遊間はにやりと笑った。
「理屈で考えても、どうしようもないのが恋愛ってもんだ。やめようと思ってやめられるなら、それは大した思いじゃないのさ」
「……遊間先輩、大人ですね」
「そりゃあ、お前とは経験が違う」
遊間はそういって、焼け過ぎた肉を皿に移した。
「まぁ、悩んだところでなるようにしかならん。しかし、お前からそんな人間らしい悩みを聞けて俺は安心したぞ」
「なんですか、それ」
「うちの部署で一番の問題児だからな、御影は。恋人でもできりゃ、愛想笑いのひとつでも出来るようになんだろ」
揶揄うような笑いから逃れるように、鈴はお酒を口に含んだ。
入社してから、なんだかんだで遊間には助けられてばかりだ。
「私みたいな人間に、誰かの彼女なんて務まりますかね」
「無理ならそれはそれで、そんときだ。失恋したからって死ぬわけじゃねぇ。傷は残るが経験も溜まる。だけど、逃げたら後悔しか残らない」
遊間は、人生の先輩ぶった顔で指を一本立てた。
「逃げてばっかの人間は薄っぺらいぞ。傷だらけの方が、渋みが増すってもんだ」
「遊間先輩のくせに、カッコいいじゃないですか」
「だろう? まぁ、そいつにフられたら泣きついてこいや。慰めるくらいはしてやろう」
「遠慮しておきますよ。そのときは、ひとりで泣きます」
「そりゃあ残念」
ちっとも残念そうじゃない顔で遊間が笑ったとき、鈴のスマホの通知が点滅しているのに気がついた。
着信履歴が一件。梶川からだ。
留守電が録音されているのに気づいて、鈴は息を飲んだ。
「すみません、遊間先輩。ちょっと失礼」
そう遊間に断って、鈴は録音された留守電を聞いた。
『御影先輩、俺です。梶川です』
名前を告げたあと、長い沈黙が落ちる。言うべきか迷っているような間だった。
『昨日と同じルームで待ってます。先輩が来てくれなくても、ずっと待ってますから』
それだけを告げて、ぷつりと録音が切れた。
鈴は慌てて電話があった時間を確認する。今から一時間も前だった。
「っ、遊間先輩、すみません。今日は先に失礼します!」
血相を変えて鈴が言うと、遊間は何も聞かずににやりと口元を歪めた。
「おうおう、行ってこい。面白い話を聞かせてもらったからな。ここは奢っといてやるよ」
「すみません、ありがとうございます!」
ひらひらと手を振る遊間に背を向けて、鈴は鞄をひっつかんで走り出した。
「なんかヤバい相手なのか?」
「その真逆です。優良物件過ぎるんです」
そこまで言って、鈴はどうしてすぐに返事ができなかったのか、やっと気づけた。
梶川は、何もかもができすぎなのだ。鈴とではつり合いが取れない。
「優良物件で何が悪い。良いことじゃあないか」
「そうですけど……私じゃあ、釣り合わないじゃないですか」
「ふぅん、なるほどねぇ」
遊間は、したり顔で頷いてジョッキを煽った。
「要するに御影は、自信がないわけだ」
遊間の言葉に、その通りだと鈴は内心で頷いた。
梶川に好かれる自信が無い。言葉で伝えてもらっても、その好意に答える自信がないのだ。
鈴はつまらない人間だ。なんの気まぐれか、梶川は鈴を好きだと思ってくれているらしいが、それがいつまでも続くとは思わない。
なにせ、彼の周囲にはもっと可愛い女性が大勢いるのだ。
彼に本気になってしまって、いつか捨てられるのが怖い。
なるほど。鈴の根っこにあるのは、そんなつまらない自己保身の感情だ。
「大やけどする前に身を引きたいってのは、馬鹿ですかね」
もし、今の関係を超えて彼氏彼女になってしまえば、きっと鈴は梶川に夢中になる。
そうなってから、飽きられるのが怖い。だから、必死でブレーキを踏んでいるのだ。
「案外繊細なんだな、御影は。何を言われても、ビクともしないような面をしておいて」
「人付き合いが苦手なんです。恋愛なんて、その最たるものじゃないですか」
傷つくのが怖いからこそ、鈴は人を避けるのだ。
最初から他人であれば、深く関わらなければ、傷つかずにすむ。
ずっとひとりきりでいられれば、楽なのに。
「じゃあ、やめとけばいいんじゃね?」
しごく簡単な答えのように、遊間はそう言った。
「恋愛なんて、面倒なことばっかりだろ。傷つくのが嫌なら、そこに足を踏み込まなきゃいい」
「そう……なんですけど」
遊間の言葉はもっともだ。理屈では納得できるのに、感情がついていかない。
鈴の感情を見透かして、遊間はにやりと笑った。
「理屈で考えても、どうしようもないのが恋愛ってもんだ。やめようと思ってやめられるなら、それは大した思いじゃないのさ」
「……遊間先輩、大人ですね」
「そりゃあ、お前とは経験が違う」
遊間はそういって、焼け過ぎた肉を皿に移した。
「まぁ、悩んだところでなるようにしかならん。しかし、お前からそんな人間らしい悩みを聞けて俺は安心したぞ」
「なんですか、それ」
「うちの部署で一番の問題児だからな、御影は。恋人でもできりゃ、愛想笑いのひとつでも出来るようになんだろ」
揶揄うような笑いから逃れるように、鈴はお酒を口に含んだ。
入社してから、なんだかんだで遊間には助けられてばかりだ。
「私みたいな人間に、誰かの彼女なんて務まりますかね」
「無理ならそれはそれで、そんときだ。失恋したからって死ぬわけじゃねぇ。傷は残るが経験も溜まる。だけど、逃げたら後悔しか残らない」
遊間は、人生の先輩ぶった顔で指を一本立てた。
「逃げてばっかの人間は薄っぺらいぞ。傷だらけの方が、渋みが増すってもんだ」
「遊間先輩のくせに、カッコいいじゃないですか」
「だろう? まぁ、そいつにフられたら泣きついてこいや。慰めるくらいはしてやろう」
「遠慮しておきますよ。そのときは、ひとりで泣きます」
「そりゃあ残念」
ちっとも残念そうじゃない顔で遊間が笑ったとき、鈴のスマホの通知が点滅しているのに気がついた。
着信履歴が一件。梶川からだ。
留守電が録音されているのに気づいて、鈴は息を飲んだ。
「すみません、遊間先輩。ちょっと失礼」
そう遊間に断って、鈴は録音された留守電を聞いた。
『御影先輩、俺です。梶川です』
名前を告げたあと、長い沈黙が落ちる。言うべきか迷っているような間だった。
『昨日と同じルームで待ってます。先輩が来てくれなくても、ずっと待ってますから』
それだけを告げて、ぷつりと録音が切れた。
鈴は慌てて電話があった時間を確認する。今から一時間も前だった。
「っ、遊間先輩、すみません。今日は先に失礼します!」
血相を変えて鈴が言うと、遊間は何も聞かずににやりと口元を歪めた。
「おうおう、行ってこい。面白い話を聞かせてもらったからな。ここは奢っといてやるよ」
「すみません、ありがとうございます!」
ひらひらと手を振る遊間に背を向けて、鈴は鞄をひっつかんで走り出した。
0
お気に入りに追加
244
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
契約妻ですが極甘御曹司の執愛に溺れそうです
冬野まゆ
恋愛
経営難に陥った実家の酒造を救うため、最悪の縁談を受けてしまったOLの千春。そんな彼女を助けてくれたのは、密かに思いを寄せていた大企業の御曹司・涼弥だった。結婚に関する面倒事を避けたい彼から、援助と引き換えの契約結婚を提案された千春は、藁にも縋る思いでそれを了承する。しかし旧知の仲とはいえ、本来なら結ばれるはずのない雲の上の人。たとえ愛されなくても彼の良き妻になろうと決意する千春だったが……「可愛い千春。もっと俺のことだけ考えて」いざ始まった新婚生活は至れり尽くせりの溺愛の日々で!? 拗らせ両片思い夫婦の、じれじれすれ違いラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる