23 / 28
ふたりの気持ち(2)
しおりを挟む
メールのチェックと返信、急ぎでやるべき業務を終えると、休憩のため鈴は席を立って自販機へと向かった。お金を入れて、いつも飲んでいるホットミルクティのボタンを押そうとすると、後ろから伸びてきた手に、先にボタンを押されてしまう。
ガコンとミルクティが受け口に落ちて、鈴は後ろを振り返る。
「これで間違いないですよね、先輩?」
自販機からミルクティを取り出しながら、そう言ったのは梶川だった。
買おうとしていたのは彼がボタンを押したミルクティなのだが、勝手に買われては文句を言いたくなる。
「勝手に押さないでよ」
「すみません」
まるで反省していない顔で、彼は鈴に缶を手渡す――かと思いきや、鈴が受け取る直前で、おあずけをするように缶を持ち上げた。
「ちょっと」
「先輩。さっき、遊間先輩と何を話してたんですか?」
「遊間先輩?」
問いかけられて、今朝の話だと認識する。
梶川は鈴と離れたデスクにいたはずなのに、よく見ているものだ。
「特別な話はしてないよ。飲みに誘われただけ」
「ふぅん。……で、断ったんですよね?」
「行くつもりだけど?」
鈴が返答すると、梶川は驚いたように目を見開いた。
「は? なんで行くんですか?」
「いや、なんでもなにも、先輩に誘われたんだよ?」
「御影先輩は、そんなの気にする人じゃないですよね。誰に誘われようが一刀両断するのが御影先輩でしょ?」
「私をなんだと思ってるのよ」
確かに鈴は付き合いが悪いが、まさか梶川にまでそんな人間だと認識されていたとは。
これはやはり、他人との付き合い方を変える必要がある。
「まさか、遊間先輩と二人きりじゃあないですよね」
「さあ、どうだろう。他の人間を誘うとは言っていなかったけど」
「先輩、もうちょっと警戒してくださいよ」
「警戒って、遊間先輩を?」
あまりに意外なことを言われて、鈴は目を瞬いた。
もし飲みに行くのが二人きりだったとしても、遊間と鈴がどうにかなるなんて想像できない。
鈴はそう思ったのだけれど、梶川は怖いくらい真剣な目で鈴を見下ろしていた。
「梶川くん、まさか、怒ってる?」
「そうですね、怒ってるのかもしれません。俺にそんな資格なんかないって、知ってますけど」
掠れるような声でそう言われて、鈴の心が揺れた。
「梶川く……っ、んんんっ!」
名前を呼ぼうとしたら、自販機に身体を押し付けるようにして、いきなり唇を奪われる。
まさか会社でこんなことをされると思わず、鈴は慌てて彼の身体を押しのける。
「っ、んむっ…………梶川くん、なにするの!」
文句を言いながら、鈴は周囲を確認した。
他に人はおらず、誰かに見られた気配もない。鈴はほっと息を吐く。
「ここは会社だよ!」
「知ってますよ」
「だったらなおさら性質が悪い。誰かに見られたらどうするのよ」
「良いじゃないですか、見せつけたら。先輩は俺のモノだって、みんなに公表しちゃいましょうよ」
梶川は自販機に手をついたまま、鈴の太ももに膝を差し込んできた。
こんな密着したところを誰かに見られては、何を言われるか分からない。
「ふざけるのは止めて。そもそも、今は業務時間だよ。公私の区別はつけなさい、馬鹿!」
鈴は思い切り梶川を突き飛ばして、慌てて自分のデスクへと戻った。
すぐに追ってくるかと思ったが、梶川はなかなか戻ってこない。
(……くそ。まだ、心臓が煩い)
あんな風に、会社で迫られるなんて思っても見なかった。
今から、どんな顔をして仕事をすればいいのだ。
身体の奥で燻った熱を消したくて、何度も唇を手で擦っていると、ようやくオフィスに梶川が戻ってきた。
自分の席に戻るかと思いきや、彼はいつも通りの笑顔で鈴のデスクに歩いてくる。
「な、何の用?」
「御影先輩、こーれ、忘れてましたよ」
さっきのことなんて無かったみたいな顔で、梶川は鈴のデスクにミルクティの缶を置く。
ミルクティのことなどすっかり頭から消えていた鈴は、デスクに置かれた缶を見て複雑な顔をした。
「ありがとう」
「いーえ、どういたしまして。それじゃあ」
休憩室でみせた顔が嘘みたいに、あっさりと自分の席に戻っていく梶川の背中を見送って、鈴はミルクティのプルトップを押す。
少し温くなったミルクティは、いつもよりもなんだか苦く感じた。
ガコンとミルクティが受け口に落ちて、鈴は後ろを振り返る。
「これで間違いないですよね、先輩?」
自販機からミルクティを取り出しながら、そう言ったのは梶川だった。
買おうとしていたのは彼がボタンを押したミルクティなのだが、勝手に買われては文句を言いたくなる。
「勝手に押さないでよ」
「すみません」
まるで反省していない顔で、彼は鈴に缶を手渡す――かと思いきや、鈴が受け取る直前で、おあずけをするように缶を持ち上げた。
「ちょっと」
「先輩。さっき、遊間先輩と何を話してたんですか?」
「遊間先輩?」
問いかけられて、今朝の話だと認識する。
梶川は鈴と離れたデスクにいたはずなのに、よく見ているものだ。
「特別な話はしてないよ。飲みに誘われただけ」
「ふぅん。……で、断ったんですよね?」
「行くつもりだけど?」
鈴が返答すると、梶川は驚いたように目を見開いた。
「は? なんで行くんですか?」
「いや、なんでもなにも、先輩に誘われたんだよ?」
「御影先輩は、そんなの気にする人じゃないですよね。誰に誘われようが一刀両断するのが御影先輩でしょ?」
「私をなんだと思ってるのよ」
確かに鈴は付き合いが悪いが、まさか梶川にまでそんな人間だと認識されていたとは。
これはやはり、他人との付き合い方を変える必要がある。
「まさか、遊間先輩と二人きりじゃあないですよね」
「さあ、どうだろう。他の人間を誘うとは言っていなかったけど」
「先輩、もうちょっと警戒してくださいよ」
「警戒って、遊間先輩を?」
あまりに意外なことを言われて、鈴は目を瞬いた。
もし飲みに行くのが二人きりだったとしても、遊間と鈴がどうにかなるなんて想像できない。
鈴はそう思ったのだけれど、梶川は怖いくらい真剣な目で鈴を見下ろしていた。
「梶川くん、まさか、怒ってる?」
「そうですね、怒ってるのかもしれません。俺にそんな資格なんかないって、知ってますけど」
掠れるような声でそう言われて、鈴の心が揺れた。
「梶川く……っ、んんんっ!」
名前を呼ぼうとしたら、自販機に身体を押し付けるようにして、いきなり唇を奪われる。
まさか会社でこんなことをされると思わず、鈴は慌てて彼の身体を押しのける。
「っ、んむっ…………梶川くん、なにするの!」
文句を言いながら、鈴は周囲を確認した。
他に人はおらず、誰かに見られた気配もない。鈴はほっと息を吐く。
「ここは会社だよ!」
「知ってますよ」
「だったらなおさら性質が悪い。誰かに見られたらどうするのよ」
「良いじゃないですか、見せつけたら。先輩は俺のモノだって、みんなに公表しちゃいましょうよ」
梶川は自販機に手をついたまま、鈴の太ももに膝を差し込んできた。
こんな密着したところを誰かに見られては、何を言われるか分からない。
「ふざけるのは止めて。そもそも、今は業務時間だよ。公私の区別はつけなさい、馬鹿!」
鈴は思い切り梶川を突き飛ばして、慌てて自分のデスクへと戻った。
すぐに追ってくるかと思ったが、梶川はなかなか戻ってこない。
(……くそ。まだ、心臓が煩い)
あんな風に、会社で迫られるなんて思っても見なかった。
今から、どんな顔をして仕事をすればいいのだ。
身体の奥で燻った熱を消したくて、何度も唇を手で擦っていると、ようやくオフィスに梶川が戻ってきた。
自分の席に戻るかと思いきや、彼はいつも通りの笑顔で鈴のデスクに歩いてくる。
「な、何の用?」
「御影先輩、こーれ、忘れてましたよ」
さっきのことなんて無かったみたいな顔で、梶川は鈴のデスクにミルクティの缶を置く。
ミルクティのことなどすっかり頭から消えていた鈴は、デスクに置かれた缶を見て複雑な顔をした。
「ありがとう」
「いーえ、どういたしまして。それじゃあ」
休憩室でみせた顔が嘘みたいに、あっさりと自分の席に戻っていく梶川の背中を見送って、鈴はミルクティのプルトップを押す。
少し温くなったミルクティは、いつもよりもなんだか苦く感じた。
1
お気に入りに追加
244
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
契約妻ですが極甘御曹司の執愛に溺れそうです
冬野まゆ
恋愛
経営難に陥った実家の酒造を救うため、最悪の縁談を受けてしまったOLの千春。そんな彼女を助けてくれたのは、密かに思いを寄せていた大企業の御曹司・涼弥だった。結婚に関する面倒事を避けたい彼から、援助と引き換えの契約結婚を提案された千春は、藁にも縋る思いでそれを了承する。しかし旧知の仲とはいえ、本来なら結ばれるはずのない雲の上の人。たとえ愛されなくても彼の良き妻になろうと決意する千春だったが……「可愛い千春。もっと俺のことだけ考えて」いざ始まった新婚生活は至れり尽くせりの溺愛の日々で!? 拗らせ両片思い夫婦の、じれじれすれ違いラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる