16 / 28
逃げられない(5)
しおりを挟む
それまでの熱が嘘のように梶川は固い声でそういうと、鈴を立ち上がらせて浴室を出た。いったい急にどうしたのだろうと鈴は疑問に思ったが、梶川に言われるがまま浴室を出る。脱衣所に置いてあったバスタオルを掴むと、梶川は高い空気を霧散させて笑顔で鈴に向き直った。
「ほら、先輩。身体拭きましょう。拭いてあげます」
「じ、自分で拭ける!」
「いいから。俺がやりたいんです」
梶川はバスタオルを掴んで鈴の身体を拭き始めた。先ほどまで容赦なく鈴を責め立てていたとは思えないほど優しい手つきだ。
「先輩、メイク落ちちゃってますね。道具、持ってます?」
「ポーチは持ってきてるけど」
「今から直して間に合いますか?」
「大丈夫。そんなに濃いメイクじゃないし」
普段、鈴は最低限のメイクしかしていない。メイクに時間をかけていないので、崩れた分を直すだけならそう時間はかからないだろう。梶川に身体を拭いてもらったあと、玄関に落ちていた衣服を拾い集めていると、梶川は何かを考えるように口元に手を当てる。
「先輩、メイク、好きじゃないんですか?」
「そういうわけじゃないけど。私はキツイ顔をしているでしょう? しっかりメイクをしたら、キツさがさらに酷くなってしまうみたいで」
鈴はそこまで容姿は悪くないとは思うのだが、いかんせん気がきつそうな顔をしている。吊り上がった目はコンプレックスで、睨んでいないのに睨まれたと言いがかりをつけられることもあった。濃いメイクをすればそれがより引き立ってしまうので、常にナチュラルメイクを心がけているのだ。
「先輩の顔、俺は好きですけど」
「ありがとう。でも、リップサービスは要らないから」
「本心ですよ」
梶川の言葉に鈴は苦笑した。彼の周りにはいつも色んな女性が群がっている。それこそ、メイクも気合をいれた鈴よりも可愛い子ばかりだ。彼女達と比較したら自分は全く女性らしさが足りないだろうと鈴は自覚している。
「梶川くんの親しみやすさは素晴らしいと思うけど、あまりそういう言葉を気軽に言わない方がいいよ。女性を誤解させる」
「先輩は誤解してくれないんですか?」
「私は身の程を知っているので」
言葉を素直に受け取るには、梶川は鈴にとって眩しすぎた。彼は営業部のエースだ。人の懐にするりと入り込むトークスキルは素晴らしく、次々と案件を決めてきている。
いくらでも女性を選び放題である彼がどうして自分に目をつけたのか鈴は不思議で仕方がなかったが、おそらくは自分からセフレを募集するような女が珍しかったのだろう。
ほんの少しの興味。あるいは、いつでも切り捨てられる身体だけの関係。
そうでなければ、梶川が鈴を相手にするはずがない。営業スキルの高い彼の言葉を真に受けるなど愚の骨頂である。
「先輩、自己評価が低すぎません?」
「冷静だと言ってよね」
きちんとスーツを身にまとって背筋を伸ばす。梶川も既に衣服を身に着け、いつでも出社できる状態になっている。こうしてみれば、先ほどまで裸で抱き合っていたのが幻だったのではないかと鈴は感じた。
「梶川くんは先に出て。私は、メイクを直してから行くから」
一緒に出社して、怪しまれるのはごめんである。そう鈴が含んで言うと、梶川は不服そうに唇を尖らせた。
「それは構いませんけど。退職願はちゃんと処分してくださいね。俺のせいで先輩が会社を辞めるとか嫌ですから」
「分かった。梶川くんがちゃんと黙っていてくれるなら、辞めない」
「本当ですか? 絶対ですからね!」
梶川は嬉しそうに笑うと、お先に失礼しますといって、きちんとルーム代金を置いてホテルの部屋を出ていった。
「ほら、先輩。身体拭きましょう。拭いてあげます」
「じ、自分で拭ける!」
「いいから。俺がやりたいんです」
梶川はバスタオルを掴んで鈴の身体を拭き始めた。先ほどまで容赦なく鈴を責め立てていたとは思えないほど優しい手つきだ。
「先輩、メイク落ちちゃってますね。道具、持ってます?」
「ポーチは持ってきてるけど」
「今から直して間に合いますか?」
「大丈夫。そんなに濃いメイクじゃないし」
普段、鈴は最低限のメイクしかしていない。メイクに時間をかけていないので、崩れた分を直すだけならそう時間はかからないだろう。梶川に身体を拭いてもらったあと、玄関に落ちていた衣服を拾い集めていると、梶川は何かを考えるように口元に手を当てる。
「先輩、メイク、好きじゃないんですか?」
「そういうわけじゃないけど。私はキツイ顔をしているでしょう? しっかりメイクをしたら、キツさがさらに酷くなってしまうみたいで」
鈴はそこまで容姿は悪くないとは思うのだが、いかんせん気がきつそうな顔をしている。吊り上がった目はコンプレックスで、睨んでいないのに睨まれたと言いがかりをつけられることもあった。濃いメイクをすればそれがより引き立ってしまうので、常にナチュラルメイクを心がけているのだ。
「先輩の顔、俺は好きですけど」
「ありがとう。でも、リップサービスは要らないから」
「本心ですよ」
梶川の言葉に鈴は苦笑した。彼の周りにはいつも色んな女性が群がっている。それこそ、メイクも気合をいれた鈴よりも可愛い子ばかりだ。彼女達と比較したら自分は全く女性らしさが足りないだろうと鈴は自覚している。
「梶川くんの親しみやすさは素晴らしいと思うけど、あまりそういう言葉を気軽に言わない方がいいよ。女性を誤解させる」
「先輩は誤解してくれないんですか?」
「私は身の程を知っているので」
言葉を素直に受け取るには、梶川は鈴にとって眩しすぎた。彼は営業部のエースだ。人の懐にするりと入り込むトークスキルは素晴らしく、次々と案件を決めてきている。
いくらでも女性を選び放題である彼がどうして自分に目をつけたのか鈴は不思議で仕方がなかったが、おそらくは自分からセフレを募集するような女が珍しかったのだろう。
ほんの少しの興味。あるいは、いつでも切り捨てられる身体だけの関係。
そうでなければ、梶川が鈴を相手にするはずがない。営業スキルの高い彼の言葉を真に受けるなど愚の骨頂である。
「先輩、自己評価が低すぎません?」
「冷静だと言ってよね」
きちんとスーツを身にまとって背筋を伸ばす。梶川も既に衣服を身に着け、いつでも出社できる状態になっている。こうしてみれば、先ほどまで裸で抱き合っていたのが幻だったのではないかと鈴は感じた。
「梶川くんは先に出て。私は、メイクを直してから行くから」
一緒に出社して、怪しまれるのはごめんである。そう鈴が含んで言うと、梶川は不服そうに唇を尖らせた。
「それは構いませんけど。退職願はちゃんと処分してくださいね。俺のせいで先輩が会社を辞めるとか嫌ですから」
「分かった。梶川くんがちゃんと黙っていてくれるなら、辞めない」
「本当ですか? 絶対ですからね!」
梶川は嬉しそうに笑うと、お先に失礼しますといって、きちんとルーム代金を置いてホテルの部屋を出ていった。
0
お気に入りに追加
244
あなたにおすすめの小説
【R18】男嫌いと噂の美人秘書はエリート副社長に一夜から始まる恋に落とされる。
夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
真田(さなだ)ホールディングスで専務秘書を務めている香坂 杏珠(こうさか あんじゅ)は凛とした美人で26歳。社内外問わずモテるものの、男に冷たく当たることから『男性嫌いではないか』と噂されている。
しかし、実際は違う。杏珠は自分の理想を妥協することが出来ず、結果的に彼氏いない歴=年齢を貫いている、いわば拗らせ女なのだ。
そんな杏珠はある日社長から副社長として本社に来てもらう甥っ子の専属秘書になってほしいと打診された。
渋々といった風に了承した杏珠。
そして、出逢った男性――丞(たすく)は、まさかまさかで杏珠の好みぴったりの『筋肉男子』だった。
挙句、気が付いたら二人でベッドにいて……。
しかも、過去についてしまった『とある嘘』が原因で、杏珠は危機に陥る。
後継者と名高いエリート副社長×凛とした美人秘書(拗らせ女)の身体から始まる現代ラブ。
▼掲載先→エブリスタ、ベリーズカフェ、アルファポリス(性描写多め版)
やさしい幼馴染は豹変する。
春密まつり
恋愛
マンションの隣の部屋の喘ぎ声に悩まされている紗江。
そのせいで転職1日目なのに眠くてたまらない。
なんとか遅刻せず会社に着いて挨拶を済ませると、なんと昔大好きだった幼馴染と再会した。
けれど、王子様みたいだった彼は昔の彼とは違っていてーー
▼全6話
▼ムーンライト、pixiv、エブリスタにも投稿しています
お前を必ず落として見せる~俺様御曹司の執着愛
ラヴ KAZU
恋愛
まどかは同棲中の彼の浮気現場を目撃し、雨の中社長である龍斗にマンションへ誘われる。女の魅力を「試してみるか」そう言われて一夜を共にする。龍斗に頼らない妊娠したまどかに対して、契約結婚を申し出る。ある日龍斗に思いを寄せる義妹真凜は、まどかの存在を疎ましく思い、階段から突き落とす。流産と怪我で入院を余儀なくされたまどかは龍斗の側にはいられないと姿を消す。そこへ元彼の新が見違えた姿で現れる。果たして……
鬼上司の執着愛にとろけそうです
六楓(Clarice)
恋愛
旧題:純情ラブパニック
失恋した結衣が一晩過ごした相手は、怖い怖い直属の上司――そこから始まる、らぶえっちな4人のストーリー。
◆◇◆◇◆
営業部所属、三谷結衣(みたに ゆい)。
このたび25歳になりました。
入社時からずっと片思いしてた先輩の
今澤瑞樹(いまさわ みずき)27歳と
同期の秋本沙梨(あきもと さり)が
付き合い始めたことを知って、失恋…。
元気のない結衣を飲みにつれてってくれたのは、
見た目だけは素晴らしく素敵な、鬼のように怖い直属の上司。
湊蒼佑(みなと そうすけ)マネージャー、32歳。
目が覚めると、私も、上司も、ハダカ。
「マジかよ。記憶ねぇの?」
「私も、ここまで記憶を失ったのは初めてで……」
「ちょ、寒い。布団入れて」
「あ、ハイ……――――あっ、いやっ……」
布団を開けて迎えると、湊さんは私の胸に唇を近づけた――。
※予告なしのR18表現があります。ご了承下さい。
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
【R18】嫌いな同期をおっぱい堕ちさせますっ!
なとみ
恋愛
山田夏生は同期の瀬崎恭悟が嫌いだ。逆恨みだと分かっている。でも、会社でもプライベートでも要領の良い所が気に入らない!ある日の同期会でベロベロに酔った夏生は、実は小さくはない自分の胸で瀬崎を堕としてやろうと目論む。隠れDカップのヒロインが、嫌いな同期をおっぱい堕ちさせる話。(全5話+番外小話)
・無欲様主催の、「秋のぱい祭り企画」参加作品です(こちらはムーンライトノベルズにも掲載しています。)
※全編背後注意
【R18】ハッピーラッキーユー 〜好きな気持ちを伝える前に、処女を捧げてしまいました!〜
はこスミレ
恋愛
☆本編完結済み☆
ID:hakosmr_novel
木実(このみ)ほとり、28歳。元処女。
先日、卒業しました。
好きな人に、酔った勢いで拝み倒して。
好きな人は、灘川幸太(なだがわこうた)。
職場の3年先輩で、同い年。
担当職は違うけど、ふざけあったり、仲の良いグループでちょくちょく飲みに行く関係。
好きって気持ちを伝えたくて、飲み会終わりに二人っきりになったけど…
お酒の力に頼ったのが間違いだった!
「体、痛くない?」
耳元で吐息交じりに聞かれて、ドッキドキ。
「どうだった?初めてのセックス。良かった?」
えっ感想聞くの?
もしかしてこのままセフレ?!
ちゃんと、恋人になれる?!
この恋、どうなっちゃうのー!?
------------
女性向け恋愛ライトノベルは、
甘々でイチャラブ、そしてエッチであれ!
という作者の意向により、大変糖分の多いものとなっております。
※ この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは 一切関係ありません。
↑一度は書いてみたかった!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる