薄明宮の奪還

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第4部.リムウル~エンドルーア 第1章

18.決戦-1

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二人は激しい攻撃にさらされるものと覚悟していた。
しかしテントの外に出てみると、飛んで来る矢は思った程ではない。

理由はすぐにわかった。
すでにもう、敵の兵士が内陣にまで入り込んでいるのだ。
あちこちで味方の兵士と斬り結んでいる姿が、かがり火に照らされ浮かび上がっている。

“これは……味方の陣営は体勢を整える暇もない。まずいな……”

レスターがそう思ったとき、一人の敵兵が雄叫びを上げて斬りかかってきた。
タイミングを計って難なく盾で弾き返し、アイリーンを背中にかばって剣を構える。

「いいかい? ぴったりぼくの後ろにくっついているんだよ、離れないように……」

再び襲ってきた敵の剣を受け止め、じりじりと前に出るレスターの動きに、アイリーンは懸命についていった。


剣と剣を合わせ力で押し合いながら、レスターは相手に言った。

「お前たちの王と皇太子は偽物だぞ、わかっているのか?」

動じる様子がないのを見て取り、レスターは唇を噛む。

“情報操作は完璧ということか……仕方がない”

迷いを見せるようなら見込みがある、殺さずに済むかと思ったが、これでは……。
きれいごとは言っていられない、確実に倒していかないと味方が不利になるばかりだ。
そう判断したレスターは2、3度斬り結んだ後、相手を斬り捨てた。


途中さらに数人の敵を倒してギメリックのいるテントへと急ぐ。
もう少しでたどり着くというとき、抜き身の剣を携えて中へ侵入しようとしている敵の姿が見えた。

“間に合わない……!!”

アイリーンが心の中で悲鳴を上げたとき、レスターが投げた短剣が男の背に突き立った。
倒れた男の体を乗り越え、ようやく二人が中に入ってみると、ギメリックは何事も起こっていないかのようにまだ眠っていた。


「……」

レスターは息を切らせながら彼を見下ろし、アイリーンは崩れるように彼のそばに座り込んだ。

「良かった……無事だった……」

「……これだけの騒ぎの中で、まだ寝てるなんて……たいした神経じゃないか……」

レスターは引きつった笑いを浮かべてつぶやいた。
小突いて叩き起こしてやりたい衝動に駆られたが、アイリーンの前ではそうもいかない。


「きっとまだ魔力の回復が充分じゃないんだわ……」

アイリーンは不安そうに言った。
自分の魔力も今はほとんど、ないに等しい状態なのに、こんなことになるなんて……。

「どうしましょう、彼を起こして、どこか別の場所へ避難した方がいい?」
レスターを見上げて尋ねる。

「……」


レスターは中に人がいることを悟られないよう、点いていた小さなろうそくの明かりを吹き消した。
真っ暗闇になったが、魔力保持者としての視力を持つアイリーンにはほとんど影響はない。

レスターは少し考える様子で、テントの外から聞こえて来る剣戟の音に耳を澄ませ、戦闘の気配をうかがった。

「……いや、どこへ行っても同じだろう。火矢でも射かけられない限りここにいた方がいい。狭い入り口から入って来る敵を一人ずつ相手にできる点で有利だ。だけど……」

あとは言葉にせず頭の中で考える。

“これ以上、敵の数が増えるようなら困ったことになるな。大勢で囲まれてテントごと攻撃されたらどうしようもない。そうなる前に味方が力を盛り返し体勢を立て直してくれれば良いんだが……”


レスターは入り口に近寄り、垂れ幕をほんの少し持ち上げて外を見た。
かがり火が燃え移ったのか、それとも火矢によるものか、林立するテントのうち、いくつかが燃えている。
赤々とした光が微かにテントの中にまで差し込んで来た。
戦っている兵士の数は先ほどより増えているようだ。


突然、アイリーンがビクリと体を震わせた。

「来るわ……」

血の気の引いた唇でそうつぶやくと、彼女はサッと立ち上がった。

「お兄様、逃げて……!!」

「?! 何を馬鹿な……」

レスターの言葉が終わらないうちに、テントの一方が激しく傾いた。

「危ないっ……!!」

テントの支柱が倒れて来ると察し、レスターは叫んだ。アイリーンをかばい、そのままギメリックの上に覆いかぶさる。


ドサドサとテントの屋根が落ちてきて、重なり合う三人は生き埋め状態になった。

「……重い。お前たち、俺の上で何をしている?」

ギメリックが目を開け、すぐそばにあるアイリーンの顔を見て言った。
今度こそ本当の暗闇だったが、もちろんギメリックには見えているのだ。

「ギメリック!」

「お前だけならともかく、そのオマケは何だ?」

「随分な言い草だな! 重いのは君だけじゃない、こっちもだ!!」

レスターの声に滲む苦痛を感じ取り、アイリーンは心配になった。

「お兄様、大丈夫?!」


レスターは自分の下にいる彼女に(必然的にその下にいるギメリックにも)なるべく負担をかけまいとしたが、何か大きなものがテントの残骸の端から移動してきて、今にも押しつぶされそうだ。

「く……うぅ、ダメだ保たない……っ!!」

レスターが叫んだとき、アイリーンの耳にギメリックが低く呪文を唱える声が聞こえた。
一瞬、自分の体さえふわりと宙に浮くような感覚が襲い、覆い被さっていたテントの残骸が吹き飛ばされる。


思わず固く目を閉じていたアイリーンが次に目を開けてみると、ギメリックがしっかり自分を抱きかかえていて、上にいたはずのレスターの姿が見えない。

「お兄様……!!」

アイリーンは慌てて立ち上がって周りを見回した。
すぐにテントの残骸の下から、むっつりと不機嫌そうなレスターが起き上がってきた。

「……なんでぼくだけこうなるわけ?」

「いや、わざとでは……悪い、力をうまくコントロールできなかっ……」

そう言いかけたギメリックは次の瞬間、サッと身を沈めたかと思うと呪文を唱えて手を前に突き出した。
眩しい光の玉が放たれ、レスターの背後へと飛んでいく。

「ギャァァァッ……!!」

恐ろしい悲鳴を上げて、巨大な黒い物体が揺れ動いていた。


「乗っかっていたのはアレか? 何だ……?!」

レスターのつぶやきに、アイリーンが答える。

「幻獣……お姉様を殺した怪物よ、魔力でないと倒せないわ」

「いや、操っている人間を殺れば幻獣も消滅するはずだ。しかし大抵、そいつは魔力で姿を隠しているから、やはり常人には倒すことは難しい」

そう言いながら幻獣の様子をうかがっていたギメリックは、悔しそうに舌打ちをした。

「ダメだ、魔力にパワーが足りない……また向かって来るかもしれないぞ」

しかしゆっくりと動きを鈍くしていった幻獣は、やがて動かなくなったかと思うと溶けるように消えてしまった。
その瞬間、隣のテントの陰から苦しそうなうめき声が聞こえ、一人の男がドサリと倒れてこれも動かなくなった。

レスターが近づいて調べてみると、男は完全に事切れていた。

「これが幻獣を操ってた奴かい? ふぅん……ナルホド」

“逆の作用も働くんだな。アドニアでの事件も、こういうことだったワケか”

と思ったレスターだが、アイリーンが人ひとり殺したことになるのは、彼女にとってショックだろうと口をつぐんだ。


「ギメリック……体は大丈夫なの?」

アイリーンは彼に寄り添うように近寄って尋ねた。

「ああ。だが魔力が完全じゃない。……どこかに剣はないか? 常人相手にいちいち魔力を使っていては、すぐに力が尽きてしまいそうだ」

レスターは咳払いをしながら二人の間に割り込んだ。ほぼ同じ背丈のギメリックを、正面から見据える。

「君、ぼくを覚えている?」

「……」


もちろんギメリックは覚えていた。
アドニアで、アイリーンから石を奪おうと隙をうかがっていた間ずっと、邪魔な奴だと思っていたのだ。

エリアードに化けて彼女を奪い去るとき、万が一、この男が一緒について来るとでも言い出せば、途中で殺してやろうとも思っていた。
……あの時は正常な判断力を失っていたから、今となっては本気だったのか自分でもわからないが……。


とにかくそんなことは口が裂けても言えないので、ギメリックは黙ってうなずいた。

「それじゃ、ぼくが何のためにここにいるか、わかるよね? 返してもらうよ、この子は」

「お兄様……」

「だいたいのことは聞かせてもらった、だけどぼくには、どうして彼女がエンドルーアのお家騒動に巻き込まれなくちゃならないのか、さっぱりわからないな」

「……」

そう言われれば確かにその通りで、ギメリックには返す言葉がない。
しかしギメリックにしてみても、好きで彼女を巻き込んだわけではないのだ。
それを思うと、なぜ自分が責められなければならないのかと腹が立つ。


ギメリックは憮然とした面持ちで、冷ややかな眼差しをレスターに向けた。

「無理だな」

「……何だって?!」

「彼女は石の主だ、石の主はエンドルーアの王になると決まっている」

「……」

レスターが怒りに拳を震わせるのを見てアイリーンは慌てて彼の手にしがみついた。

「お兄様!! 彼のせいじゃないの!!」
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