薄明宮の奪還

ria

文字の大きさ
上 下
179 / 198
第4部.リムウル~エンドルーア 第1章

3.交渉

しおりを挟む
ギメリックが思った通り、ほとんどの兵士たちはろくに装備も身につけぬ姿で、何もない空間に斬りつけたり、味方同士で相打ちをしているという有様だった。

極度の動揺につけ込まれ、幻覚を見せられているに違いない。


ギメリックは目を閉じて念を込め、一言、鋭い声で呪文を唱えた。

低いが良く響く声が、力強い波動を伴って周りに伝播していく。


我に返った兵士たちはきょとんとした顔を互いに見合わせた。

「敵は未だ陣の外だぞ! 今のうちに体勢を整えろ!!」

ギメリックは叫びながら彼らの隙間を縫うようにして馬を急がせ、夜営地の中心へと走った。


暦司たちはすぐに、何者かに術を破られたと悟るだろう。

ギメリックは結界を閉じ、自分の魔力の気配を隠していたが、見破られるのは時間の問題だった。

一度に暦司8人、加えて常人の剣士に一緒になってかかって来られては、さすがにひとたまりもない。

一刻を争って、自分も体勢を整えなければならない。


やがて行く手にひときわ立派なテントが現れ、その周りに明々と焚かれた松明と、護衛の兵士たちが幾重にも並んでいるのが見えた。

馬に乗ったまま突き進んで来るギメリックを見て、彼らが叫び声を上げて槍を構える。

テントの入り口の垂れ幕が跳ね上がった。

それとほぼ同時に、ギメリックを阻止しようと向かって来た護衛たちを、彼は空気の波を送って後ろへ吹き飛ばした。

テントから出てきた甲冑姿の将軍たちが一斉に剣を抜いて身構える。

その目の前で、ギメリックは勢い余って竿立ちになる馬をいさめ、彼らを見下ろした。


「何だお前はっ!!」

「たった一騎で乗り込んで来るとは、いい度胸だ!!」

「来い! 相手をしてやる!!」


殺気立っている彼らとは対照的に、ギメリックはこの急場にあっては異常と思える程に静穏な眼差しで、彼らを見据えた。

時間はないが、焦りは禁物だ。

彼らに自分は敵ではないと解らせるためには、必死になって言葉を紡ぐのはむしろ逆効果だろう……。


「戦いに来たのではない。その証拠に、ここまで来る間に、俺は誰一人として傷つけてはいないぞ」

目線で先ほど吹き飛ばした護衛たちが頭を振りつつ起き上がって来るのを指し示し、ギメリックは静かに答えた。


「ついでに言うが俺は、攻撃してきた奴らの仲間ではない」

「……ならば、お前は何者だ? 何をしに来た?!」


剣を構えたまま詰問する彼らの殺気は、当然ながら解けてはいない。

しかし彼らは皆、腕の立つ剣士であり軍の最上位の武人たちだった。

手も触れずに護衛たちを突き倒した手腕ひとつ見ても、ギメリックがただ者ではないことは悟っている。

彼がその気になりさえすれば、たちまち殺戮と狂乱の嵐がこの場を吹き荒れることになると、肌で感じることが出来た。

そんな男が敵か、味方か……? 彼が次に発する一言で決まると思うと、男たちの額に汗が流れる。


「交渉に。総大将と話がしたい」

「……」


男たちは対応を決めかね、一瞬、返答に窮した。

と、テントの中で声が上がり、その声の制止を振り切って、一人の男が姿を現した。

きらびやかで美々しい装飾が施された甲冑は、明らかに王族のそれとわかるもの。

彼が進んで来ると、周りの男たちは一歩身を引いた。

彼の後ろには、彼の従者とおぼしき偉丈夫がぴったりと付き従って来る。

その従者は、ギメリックのそばまで近寄ろうとする主人の腕を掴み、距離を保った場所でひき留めた。


「……私はリムウル国の第二王子、ユリシウス。この軍の大将だ。……貴公は?」

若々しい声は多少の緊張は感じられるものの落ち着いていて、兜の奥からギメリックを見上げてくる眼差しも穏やかだった。

後ろに控えた従者の、殺気に満ちた眼差しとは、これまた対照的だ。


この軍全体の生死、そして自分の命運も、この男の器量一つにかかっている。

この男の父親であるリムウル王との交渉は決裂に終わったが、この男なら……ギメリックはそう思いながら答えた。


「無礼は承知だが、わけあって今ここで名乗ることは出来ない。交渉に応じてもらえるのならば、そこで明らかにしよう」


ユリシウスはうなずき、ついて来るよう、身振りでうながしてテントの方へ引き返して行く。

ギメリックは素早い身のこなしで馬から降り、チラチラと彼を警戒しながら先を行く、従者の後に続いた。

将軍たちのうちの何人かが、やはり警戒しながら彼の後に続く。


テントの入り口近くで従者は振り向き、ギメリックに向かって手を突き出した。

言われるまでもなく、ギメリックは腰から剣を引き抜き、無造作に彼に手渡した。


その時、陣を囲む草原の四方からワッとときの声が上がり、再び戦闘の始まる気配が夜の空を埋め尽くした。

見ると夜営地の一番外側の端のあちらこちらで、戦闘の土ぼこりと炎が上がっている。


「王子! どこの馬の骨ともわからん奴を相手に、悠長に交渉などしている暇はありません、囲まれてしまっているのですよ!!」


列の一番後ろについていた将軍が、焦った声を上げた。

すると従者の男もギメリックから身を引き、叫んだ。

「そうです、一刻も早く、方向を見定めて戦力を一方に集中させ、囲みを破らなくては……退路を確保できなければ、お命に関わります!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...