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第4部.リムウル~エンドルーア 第1章
3.交渉
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ギメリックが思った通り、ほとんどの兵士たちはろくに装備も身につけぬ姿で、何もない空間に斬りつけたり、味方同士で相打ちをしているという有様だった。
極度の動揺につけ込まれ、幻覚を見せられているに違いない。
ギメリックは目を閉じて念を込め、一言、鋭い声で呪文を唱えた。
低いが良く響く声が、力強い波動を伴って周りに伝播していく。
我に返った兵士たちはきょとんとした顔を互いに見合わせた。
「敵は未だ陣の外だぞ! 今のうちに体勢を整えろ!!」
ギメリックは叫びながら彼らの隙間を縫うようにして馬を急がせ、夜営地の中心へと走った。
暦司たちはすぐに、何者かに術を破られたと悟るだろう。
ギメリックは結界を閉じ、自分の魔力の気配を隠していたが、見破られるのは時間の問題だった。
一度に暦司8人、加えて常人の剣士に一緒になってかかって来られては、さすがにひとたまりもない。
一刻を争って、自分も体勢を整えなければならない。
やがて行く手にひときわ立派なテントが現れ、その周りに明々と焚かれた松明と、護衛の兵士たちが幾重にも並んでいるのが見えた。
馬に乗ったまま突き進んで来るギメリックを見て、彼らが叫び声を上げて槍を構える。
テントの入り口の垂れ幕が跳ね上がった。
それとほぼ同時に、ギメリックを阻止しようと向かって来た護衛たちを、彼は空気の波を送って後ろへ吹き飛ばした。
テントから出てきた甲冑姿の将軍たちが一斉に剣を抜いて身構える。
その目の前で、ギメリックは勢い余って竿立ちになる馬をいさめ、彼らを見下ろした。
「何だお前はっ!!」
「たった一騎で乗り込んで来るとは、いい度胸だ!!」
「来い! 相手をしてやる!!」
殺気立っている彼らとは対照的に、ギメリックはこの急場にあっては異常と思える程に静穏な眼差しで、彼らを見据えた。
時間はないが、焦りは禁物だ。
彼らに自分は敵ではないと解らせるためには、必死になって言葉を紡ぐのはむしろ逆効果だろう……。
「戦いに来たのではない。その証拠に、ここまで来る間に、俺は誰一人として傷つけてはいないぞ」
目線で先ほど吹き飛ばした護衛たちが頭を振りつつ起き上がって来るのを指し示し、ギメリックは静かに答えた。
「ついでに言うが俺は、攻撃してきた奴らの仲間ではない」
「……ならば、お前は何者だ? 何をしに来た?!」
剣を構えたまま詰問する彼らの殺気は、当然ながら解けてはいない。
しかし彼らは皆、腕の立つ剣士であり軍の最上位の武人たちだった。
手も触れずに護衛たちを突き倒した手腕ひとつ見ても、ギメリックがただ者ではないことは悟っている。
彼がその気になりさえすれば、たちまち殺戮と狂乱の嵐がこの場を吹き荒れることになると、肌で感じることが出来た。
そんな男が敵か、味方か……? 彼が次に発する一言で決まると思うと、男たちの額に汗が流れる。
「交渉に。総大将と話がしたい」
「……」
男たちは対応を決めかね、一瞬、返答に窮した。
と、テントの中で声が上がり、その声の制止を振り切って、一人の男が姿を現した。
きらびやかで美々しい装飾が施された甲冑は、明らかに王族のそれとわかるもの。
彼が進んで来ると、周りの男たちは一歩身を引いた。
彼の後ろには、彼の従者とおぼしき偉丈夫がぴったりと付き従って来る。
その従者は、ギメリックのそばまで近寄ろうとする主人の腕を掴み、距離を保った場所でひき留めた。
「……私はリムウル国の第二王子、ユリシウス。この軍の大将だ。……貴公は?」
若々しい声は多少の緊張は感じられるものの落ち着いていて、兜の奥からギメリックを見上げてくる眼差しも穏やかだった。
後ろに控えた従者の、殺気に満ちた眼差しとは、これまた対照的だ。
この軍全体の生死、そして自分の命運も、この男の器量一つにかかっている。
この男の父親であるリムウル王との交渉は決裂に終わったが、この男なら……ギメリックはそう思いながら答えた。
「無礼は承知だが、わけあって今ここで名乗ることは出来ない。交渉に応じてもらえるのならば、そこで明らかにしよう」
ユリシウスはうなずき、ついて来るよう、身振りでうながしてテントの方へ引き返して行く。
ギメリックは素早い身のこなしで馬から降り、チラチラと彼を警戒しながら先を行く、従者の後に続いた。
将軍たちのうちの何人かが、やはり警戒しながら彼の後に続く。
テントの入り口近くで従者は振り向き、ギメリックに向かって手を突き出した。
言われるまでもなく、ギメリックは腰から剣を引き抜き、無造作に彼に手渡した。
その時、陣を囲む草原の四方からワッとときの声が上がり、再び戦闘の始まる気配が夜の空を埋め尽くした。
見ると夜営地の一番外側の端のあちらこちらで、戦闘の土ぼこりと炎が上がっている。
「王子! どこの馬の骨ともわからん奴を相手に、悠長に交渉などしている暇はありません、囲まれてしまっているのですよ!!」
列の一番後ろについていた将軍が、焦った声を上げた。
すると従者の男もギメリックから身を引き、叫んだ。
「そうです、一刻も早く、方向を見定めて戦力を一方に集中させ、囲みを破らなくては……退路を確保できなければ、お命に関わります!!」
極度の動揺につけ込まれ、幻覚を見せられているに違いない。
ギメリックは目を閉じて念を込め、一言、鋭い声で呪文を唱えた。
低いが良く響く声が、力強い波動を伴って周りに伝播していく。
我に返った兵士たちはきょとんとした顔を互いに見合わせた。
「敵は未だ陣の外だぞ! 今のうちに体勢を整えろ!!」
ギメリックは叫びながら彼らの隙間を縫うようにして馬を急がせ、夜営地の中心へと走った。
暦司たちはすぐに、何者かに術を破られたと悟るだろう。
ギメリックは結界を閉じ、自分の魔力の気配を隠していたが、見破られるのは時間の問題だった。
一度に暦司8人、加えて常人の剣士に一緒になってかかって来られては、さすがにひとたまりもない。
一刻を争って、自分も体勢を整えなければならない。
やがて行く手にひときわ立派なテントが現れ、その周りに明々と焚かれた松明と、護衛の兵士たちが幾重にも並んでいるのが見えた。
馬に乗ったまま突き進んで来るギメリックを見て、彼らが叫び声を上げて槍を構える。
テントの入り口の垂れ幕が跳ね上がった。
それとほぼ同時に、ギメリックを阻止しようと向かって来た護衛たちを、彼は空気の波を送って後ろへ吹き飛ばした。
テントから出てきた甲冑姿の将軍たちが一斉に剣を抜いて身構える。
その目の前で、ギメリックは勢い余って竿立ちになる馬をいさめ、彼らを見下ろした。
「何だお前はっ!!」
「たった一騎で乗り込んで来るとは、いい度胸だ!!」
「来い! 相手をしてやる!!」
殺気立っている彼らとは対照的に、ギメリックはこの急場にあっては異常と思える程に静穏な眼差しで、彼らを見据えた。
時間はないが、焦りは禁物だ。
彼らに自分は敵ではないと解らせるためには、必死になって言葉を紡ぐのはむしろ逆効果だろう……。
「戦いに来たのではない。その証拠に、ここまで来る間に、俺は誰一人として傷つけてはいないぞ」
目線で先ほど吹き飛ばした護衛たちが頭を振りつつ起き上がって来るのを指し示し、ギメリックは静かに答えた。
「ついでに言うが俺は、攻撃してきた奴らの仲間ではない」
「……ならば、お前は何者だ? 何をしに来た?!」
剣を構えたまま詰問する彼らの殺気は、当然ながら解けてはいない。
しかし彼らは皆、腕の立つ剣士であり軍の最上位の武人たちだった。
手も触れずに護衛たちを突き倒した手腕ひとつ見ても、ギメリックがただ者ではないことは悟っている。
彼がその気になりさえすれば、たちまち殺戮と狂乱の嵐がこの場を吹き荒れることになると、肌で感じることが出来た。
そんな男が敵か、味方か……? 彼が次に発する一言で決まると思うと、男たちの額に汗が流れる。
「交渉に。総大将と話がしたい」
「……」
男たちは対応を決めかね、一瞬、返答に窮した。
と、テントの中で声が上がり、その声の制止を振り切って、一人の男が姿を現した。
きらびやかで美々しい装飾が施された甲冑は、明らかに王族のそれとわかるもの。
彼が進んで来ると、周りの男たちは一歩身を引いた。
彼の後ろには、彼の従者とおぼしき偉丈夫がぴったりと付き従って来る。
その従者は、ギメリックのそばまで近寄ろうとする主人の腕を掴み、距離を保った場所でひき留めた。
「……私はリムウル国の第二王子、ユリシウス。この軍の大将だ。……貴公は?」
若々しい声は多少の緊張は感じられるものの落ち着いていて、兜の奥からギメリックを見上げてくる眼差しも穏やかだった。
後ろに控えた従者の、殺気に満ちた眼差しとは、これまた対照的だ。
この軍全体の生死、そして自分の命運も、この男の器量一つにかかっている。
この男の父親であるリムウル王との交渉は決裂に終わったが、この男なら……ギメリックはそう思いながら答えた。
「無礼は承知だが、わけあって今ここで名乗ることは出来ない。交渉に応じてもらえるのならば、そこで明らかにしよう」
ユリシウスはうなずき、ついて来るよう、身振りでうながしてテントの方へ引き返して行く。
ギメリックは素早い身のこなしで馬から降り、チラチラと彼を警戒しながら先を行く、従者の後に続いた。
将軍たちのうちの何人かが、やはり警戒しながら彼の後に続く。
テントの入り口近くで従者は振り向き、ギメリックに向かって手を突き出した。
言われるまでもなく、ギメリックは腰から剣を引き抜き、無造作に彼に手渡した。
その時、陣を囲む草原の四方からワッとときの声が上がり、再び戦闘の始まる気配が夜の空を埋め尽くした。
見ると夜営地の一番外側の端のあちらこちらで、戦闘の土ぼこりと炎が上がっている。
「王子! どこの馬の骨ともわからん奴を相手に、悠長に交渉などしている暇はありません、囲まれてしまっているのですよ!!」
列の一番後ろについていた将軍が、焦った声を上げた。
すると従者の男もギメリックから身を引き、叫んだ。
「そうです、一刻も早く、方向を見定めて戦力を一方に集中させ、囲みを破らなくては……退路を確保できなければ、お命に関わります!!」
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