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第3部.リムウル 第4章
15.夕餉の食卓
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「アイリーン……あなた、やっぱり食が細すぎるわ。もっと食べないと」
「え……そう? でも、ホントにもう充分なの……」
心配そうに少し眉をひそめて自分を見つめるカーラに、アイリーンはとまどいの目を向けた。
長老の家に集まっているのは、ポルとカーラ、アイリーンにギメリック、そしてゲイルと、昨日村に迎え入れられたイェイツ、他2人の村人たちだ。
村の結界を破られてから今日で一週間。
昼間は、村から移動するための準備に追われ、夜は今後のことを話し合うため、こうして毎日、皆で夕餉の食卓を囲んでいる。
「ダメダメ、そんなじゃ大人の体になれないわ。食べる量は慣れなのよ、徐々に増やしていけばいいの。そうね……」
カーラは人差し指を頬に当てて少し考え込み、パッと目を輝かせて言った。
「そう! ある程度、体力がつかないと、魔力を使いこなす能力にも支障が出るの。だから、ね? もっと食べて」
そう言いながら、カーラは周りの人々に目くばせする。口裏を合わせろということだ。
案の定、アイリーンは困って視線をさまよわせながら、
「そうなの……?」と皆に尋ねた。
真っ先に目を向けたギメリックにはフイと目をそらされ、次にポルを見る。
彼女にウソをつくのは悪いと思ったけれど、ポルとしても姉と同じく、アイリーンにはもっと元気をつけてもらいたい。
それに姉に逆らうと後が恐いのだ。彼は黙ってコクコクと首を縦に振った。
体調も戻ったし、何より一刻の猶予もないということで、アイリーンはギメリックや長老、そしてポルやカーラから、彼らが手のあいている時に魔力の使い方を教わっているところだった。
皆が驚いたことに、呪文を唱えるのに必要なルーン語を、彼女はほとんど教わる必要がないほどマスターしていた。
普通は正確に発音できるようになるまで、かなりの時間を要すると言うのに。
なぜ、と聞かれてもアイリーンは曖昧に石から教わったと言うばかりだった。
前世の記憶はおぼろげなものが多かったが、少なくともルーン語に関する知識は、彼女の頭の中に完璧に宿っているようで……現在使われているものに限らず、古代のルーン語まで知っているという事実を、彼女自身どう皆に説明してよいかわからなかったのだ。
ただ、ルーン語を正確に発音できても、呪文そのものを覚えること、そして魔力を使いこなすこととは別だった。
呪文を覚える勉強は順調に進んでいたが、魔力を使い、コントロールすることにおいて、アイリーンの能力には妙にムラがあることがわかってきたところだった。
アイリーンは、村を守るために早く力をつけなくてはと気に病んでいた。
それで、カーラの言葉はテキメンに功を奏したのだ。
アイリーンは一瞬、途方に暮れたようにテーブルの上を眺め、それから、キッと目を怒らせて近くにあったパンを睨んだ。
フゥ、と大きく肩で息をしたかと思うとパンに手を伸ばし、ちぎって口に運ぶと黙々と食べ始める。
カーラにだまされたとも知らず、しばらく一生懸命に口を動かしていた彼女はふと、皆の視線が自分に集中していることに気づいて顔を上げた。
が、なぜ見られているのかわからず、パンをほおばったまま大きな目を見開いて、不思議そうに皆を見返す。
“か、……可愛い……”
思わずカーラは吹き出してしまった。
驚きながらパンを飲み下すと、アイリーンは事の次第を察して顔を赤らめた。
「いやだわ! カーラ、からかわないでよ……」
笑い続けながらカーラは言う。
「あぁ、ごめんなさい。でも本当に、もっと食べて栄養を摂った方がいいのよ。特に今は、ね……」
「え……そう? でも、ホントにもう充分なの……」
心配そうに少し眉をひそめて自分を見つめるカーラに、アイリーンはとまどいの目を向けた。
長老の家に集まっているのは、ポルとカーラ、アイリーンにギメリック、そしてゲイルと、昨日村に迎え入れられたイェイツ、他2人の村人たちだ。
村の結界を破られてから今日で一週間。
昼間は、村から移動するための準備に追われ、夜は今後のことを話し合うため、こうして毎日、皆で夕餉の食卓を囲んでいる。
「ダメダメ、そんなじゃ大人の体になれないわ。食べる量は慣れなのよ、徐々に増やしていけばいいの。そうね……」
カーラは人差し指を頬に当てて少し考え込み、パッと目を輝かせて言った。
「そう! ある程度、体力がつかないと、魔力を使いこなす能力にも支障が出るの。だから、ね? もっと食べて」
そう言いながら、カーラは周りの人々に目くばせする。口裏を合わせろということだ。
案の定、アイリーンは困って視線をさまよわせながら、
「そうなの……?」と皆に尋ねた。
真っ先に目を向けたギメリックにはフイと目をそらされ、次にポルを見る。
彼女にウソをつくのは悪いと思ったけれど、ポルとしても姉と同じく、アイリーンにはもっと元気をつけてもらいたい。
それに姉に逆らうと後が恐いのだ。彼は黙ってコクコクと首を縦に振った。
体調も戻ったし、何より一刻の猶予もないということで、アイリーンはギメリックや長老、そしてポルやカーラから、彼らが手のあいている時に魔力の使い方を教わっているところだった。
皆が驚いたことに、呪文を唱えるのに必要なルーン語を、彼女はほとんど教わる必要がないほどマスターしていた。
普通は正確に発音できるようになるまで、かなりの時間を要すると言うのに。
なぜ、と聞かれてもアイリーンは曖昧に石から教わったと言うばかりだった。
前世の記憶はおぼろげなものが多かったが、少なくともルーン語に関する知識は、彼女の頭の中に完璧に宿っているようで……現在使われているものに限らず、古代のルーン語まで知っているという事実を、彼女自身どう皆に説明してよいかわからなかったのだ。
ただ、ルーン語を正確に発音できても、呪文そのものを覚えること、そして魔力を使いこなすこととは別だった。
呪文を覚える勉強は順調に進んでいたが、魔力を使い、コントロールすることにおいて、アイリーンの能力には妙にムラがあることがわかってきたところだった。
アイリーンは、村を守るために早く力をつけなくてはと気に病んでいた。
それで、カーラの言葉はテキメンに功を奏したのだ。
アイリーンは一瞬、途方に暮れたようにテーブルの上を眺め、それから、キッと目を怒らせて近くにあったパンを睨んだ。
フゥ、と大きく肩で息をしたかと思うとパンに手を伸ばし、ちぎって口に運ぶと黙々と食べ始める。
カーラにだまされたとも知らず、しばらく一生懸命に口を動かしていた彼女はふと、皆の視線が自分に集中していることに気づいて顔を上げた。
が、なぜ見られているのかわからず、パンをほおばったまま大きな目を見開いて、不思議そうに皆を見返す。
“か、……可愛い……”
思わずカーラは吹き出してしまった。
驚きながらパンを飲み下すと、アイリーンは事の次第を察して顔を赤らめた。
「いやだわ! カーラ、からかわないでよ……」
笑い続けながらカーラは言う。
「あぁ、ごめんなさい。でも本当に、もっと食べて栄養を摂った方がいいのよ。特に今は、ね……」
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