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第3部.リムウル 第4章
12.葬送
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始めは、ギメリックが苦戦しているのかと思った。
だが深い傷を負っているのは敵の方だ。
ギメリックは相手の攻撃をやり過ごしながら、徐々に敵が疲れていくのを待っているようだ……と、ポルは思った。
“やろうと思えば一撃で倒せそうなのに……なぜ?”
そう思った時、ついに、敵が倒れるのが見えた。
ギメリックが拳で額の汗をぬぐい、大きく吐息をついたのを見て、ポルは隠れていた木の陰から飛び出して彼のそばへ駆け寄った。
ギメリックは気づいていたのか驚く様子もない。
ポルには目もくれず、倒れた敵の方へ近づいて行く。ポルもその後に続いた。
そして恐ろしい姿をした敵を見て、死んだのではなく気を失っているだけだと悟る。
ギメリックはひざまずいて男の額にそっと手を当てた。
口の中で呪文をつぶやき、目を閉じる。
そのまましばらく動かない彼の額に新たな汗が浮かんでくるのを、ポルは黙って見つめていた。
聞かなくても、魔力の波動でわかる……これは癒しに属する魔法……。
“……ダメだ、完全に変化が固定してしまっている……おそらく長い間、魔物の瘴気に当てられていたんだろう……”
ギメリックはやるせない思いで手を離し、恐ろしく変化してはいたが見覚えのあるその男の、苦しげに歪んだ顔を見下ろした。
その時、かすかな心話が、ギメリックの心に響いてきた。
“王子……どうかあなたの手で、この苦しみを終わらせてください……お願いです……”
“お前は、……確かイルベリウス、といったな”
“覚えていて、くださったのですね……”
男の唇に微かに笑みが上る。
“他の者はどうなった?”
“お気をつけ下さい……みな、もう正気を失っております……私と同じ……”
“みな?……お前以外の暦司も、全員生きていると言うのか?”
“ええ……あなたが薄明宮に戻り、苦しみから解放される日を待って……さぁ……早く……”
ギメリックは歯を食いしばり、立ち上がった。
男の上に静かに手をかざしたのを見て、ポルが少し怯えたようにささやく。
「……殺すの?」
「見たくなければ向こうへ行っていろ」
「へ、平気さっ! おれだって……!!」
唇をへの字にむすんだポルから再び男の上に視線を戻し、ギメリックは呪文を唱えた。
男の鼓動が最後の一つを打ち、そして静まるのが感じられた。
苦しげな表情は消え去り、穏やかな顔でまるで眠っているようだ。
男の周りの土がザワザワと揺れ動き、崩れ、沈み始める。
あっという間に男の体は地面の下に隠れて見えなくなり、代わりに土の中からせり上がってきた小さな岩が、その場所にポツンと立っていた。
ギメリックはその石を撫でて土を落とすと、指で軽くこするようにして曲線を描く。
すると石にはその通りに、文字が刻まれていった。
“女神よ エンドルーアの忠臣 イルベリウスに 安らかなる眠りを与えたまえ”
だが深い傷を負っているのは敵の方だ。
ギメリックは相手の攻撃をやり過ごしながら、徐々に敵が疲れていくのを待っているようだ……と、ポルは思った。
“やろうと思えば一撃で倒せそうなのに……なぜ?”
そう思った時、ついに、敵が倒れるのが見えた。
ギメリックが拳で額の汗をぬぐい、大きく吐息をついたのを見て、ポルは隠れていた木の陰から飛び出して彼のそばへ駆け寄った。
ギメリックは気づいていたのか驚く様子もない。
ポルには目もくれず、倒れた敵の方へ近づいて行く。ポルもその後に続いた。
そして恐ろしい姿をした敵を見て、死んだのではなく気を失っているだけだと悟る。
ギメリックはひざまずいて男の額にそっと手を当てた。
口の中で呪文をつぶやき、目を閉じる。
そのまましばらく動かない彼の額に新たな汗が浮かんでくるのを、ポルは黙って見つめていた。
聞かなくても、魔力の波動でわかる……これは癒しに属する魔法……。
“……ダメだ、完全に変化が固定してしまっている……おそらく長い間、魔物の瘴気に当てられていたんだろう……”
ギメリックはやるせない思いで手を離し、恐ろしく変化してはいたが見覚えのあるその男の、苦しげに歪んだ顔を見下ろした。
その時、かすかな心話が、ギメリックの心に響いてきた。
“王子……どうかあなたの手で、この苦しみを終わらせてください……お願いです……”
“お前は、……確かイルベリウス、といったな”
“覚えていて、くださったのですね……”
男の唇に微かに笑みが上る。
“他の者はどうなった?”
“お気をつけ下さい……みな、もう正気を失っております……私と同じ……”
“みな?……お前以外の暦司も、全員生きていると言うのか?”
“ええ……あなたが薄明宮に戻り、苦しみから解放される日を待って……さぁ……早く……”
ギメリックは歯を食いしばり、立ち上がった。
男の上に静かに手をかざしたのを見て、ポルが少し怯えたようにささやく。
「……殺すの?」
「見たくなければ向こうへ行っていろ」
「へ、平気さっ! おれだって……!!」
唇をへの字にむすんだポルから再び男の上に視線を戻し、ギメリックは呪文を唱えた。
男の鼓動が最後の一つを打ち、そして静まるのが感じられた。
苦しげな表情は消え去り、穏やかな顔でまるで眠っているようだ。
男の周りの土がザワザワと揺れ動き、崩れ、沈み始める。
あっという間に男の体は地面の下に隠れて見えなくなり、代わりに土の中からせり上がってきた小さな岩が、その場所にポツンと立っていた。
ギメリックはその石を撫でて土を落とすと、指で軽くこするようにして曲線を描く。
すると石にはその通りに、文字が刻まれていった。
“女神よ エンドルーアの忠臣 イルベリウスに 安らかなる眠りを与えたまえ”
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