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第3部.リムウル 第4章
4.真実
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アイリーンはギメリックの腕の中で、泣き続けていた。
自分はどうしてこんなにも泣き虫になってしまったのかと思う。
しかし無理もないことだった。
幼い子供時代の延長のまま過ごしてきた日々の中、一人ぼっちの寂しさや人々から拒絶される悲しみは、あまりにも日常茶飯事ですっかり慣れ親しんだものになってしまい、泣くほどのことではなかったのだ。
なのにギメリックが彼女の前に現れてからというもの、恐ろしいことや訳のわからないことだらけで……心の中に止めておく涙の許容量など、とっくに限界を通り越してしまっていた。
たとえそうでなくても、自分にとって大切な人を失うと知れば……泣かずにはいられないだろう。
「あなたを愛してる。誰よりも好きよ」
あの言葉は嘘ではない。アイリーンは今でもティレルを愛しているし、少なくともあの時点では、彼のことが誰よりも好きだったのだ……。
ギメリックにとってヴァイオレットがそうであったように、アイリーンにとってのティレルもまた、何者にも代え難い、唯一無二の存在だった……。
「嫌い。お父様なんか、嫌いよ」
あれは、いつのことだったか……。
自分はまだ小さかったから、ティレルと初めて会って間もなくだったと思う。
「君は嘘つきだね、アイリーン」
心外な言葉に顔を上げると、ティレルの青い瞳が優しく、自分を見つめていた。
……そう、覚えている……白い月光に照らされた、彼の髪の銀の輝き。
季節はちょうど今と同じ初夏の頃、庭園にはバラの花が咲き競い、ベンチに座った自分の体もバラの香りに包まれていた……。
「嘘じゃないわ。嘘つきは、お父様よ。
今日は私とお食事してくれるって言ってたのに。
ひと月も前からの約束だったのに」
「嫌いな人に会えなくなったからって、そんなに悲しくなるものかな?」
「……」
またうつむいてしまったアイリーンに寄り添って座り、穏やかな声でティレルは続けた。
「自分の気持ちに嘘をついちゃダメだよ。
そんなことしてると、自分にさえ本当の気持ちがわからなくなってしまうから」
アイリーンはにじんできた涙を、手の甲でごしごしとこすった。
「……そうよ、嘘なの。本当は大好き。
なのにお父様は私を好きじゃないんだわ……それが悲しいの……」
「そんなことないよ、君の父上は君のこと愛してるよ」
「じゃ、どうして私にもっと会いにきてくれないの……?
私が悪い子だから……?」
「違うよ、王様はとっても忙しいんだ、わかってあげないと。
今日だって、どんなに君と会いたかったか……。
会議の途中で何度もため息をついていたよ。
君のこと考えてるんだって、ぼくにはわかったよ」
「……本当?」
優しくうなずき、ティレルはささやいた。
「ぼくも、君を愛してる……だから、君も愛して。
信じることをやめないで。
嫌いだなんて言って、君を愛している人たちを悲しませちゃいけないよ」
ああ、ティレル……!!
あの時だけじゃない。私が泣いたり怒ったり誰かを恨んだりするたびに、あなたは優しく私をさとして、私の心を明るい方へと導いてくれた。
ユリアがいなくなってしまった後、ひとりぼっちの私を慰めてくれたのはあなただけ。
あなたがいたから、私は人を愛し、信じる心を失わずにいられたの。そんなあなたが、なぜ……?
今こそ、本当のことを知らなければならない時なのだ。
真実から目を背けていては何も解決はしない……。
アイリーンは覚悟を決め、ギメリックの胸に埋めていた顔を離して涙を拭いた。
きっとひどい顔をしているに違いないと思い、うつむいたまま尋ねる。
「私に会いにきてくれたティレルはいつも、とても優しくて……狂王に強制されたからって、あんな恐ろしいことができるような人じゃないはずよ。
なのに……どうして彼が“黒髪の悪魔”なの?」
「……お前が会っていたのはティレルの、超自我と呼ばれるものに近いだろう」
「超自我……?」
「そうだ。二重人格の片割れと言ってもいい。
もともと、その気質があったのか、それともクレイヴの育て方に問題があったのかと思っていたが……。
今はわかる、おそらくクレイヴはたびたび、あいつに残酷な行いを強制した。
だからあいつは自分の心を守るために、自分の中に別の人格を作るしかなかったんだ」
自分はどうしてこんなにも泣き虫になってしまったのかと思う。
しかし無理もないことだった。
幼い子供時代の延長のまま過ごしてきた日々の中、一人ぼっちの寂しさや人々から拒絶される悲しみは、あまりにも日常茶飯事ですっかり慣れ親しんだものになってしまい、泣くほどのことではなかったのだ。
なのにギメリックが彼女の前に現れてからというもの、恐ろしいことや訳のわからないことだらけで……心の中に止めておく涙の許容量など、とっくに限界を通り越してしまっていた。
たとえそうでなくても、自分にとって大切な人を失うと知れば……泣かずにはいられないだろう。
「あなたを愛してる。誰よりも好きよ」
あの言葉は嘘ではない。アイリーンは今でもティレルを愛しているし、少なくともあの時点では、彼のことが誰よりも好きだったのだ……。
ギメリックにとってヴァイオレットがそうであったように、アイリーンにとってのティレルもまた、何者にも代え難い、唯一無二の存在だった……。
「嫌い。お父様なんか、嫌いよ」
あれは、いつのことだったか……。
自分はまだ小さかったから、ティレルと初めて会って間もなくだったと思う。
「君は嘘つきだね、アイリーン」
心外な言葉に顔を上げると、ティレルの青い瞳が優しく、自分を見つめていた。
……そう、覚えている……白い月光に照らされた、彼の髪の銀の輝き。
季節はちょうど今と同じ初夏の頃、庭園にはバラの花が咲き競い、ベンチに座った自分の体もバラの香りに包まれていた……。
「嘘じゃないわ。嘘つきは、お父様よ。
今日は私とお食事してくれるって言ってたのに。
ひと月も前からの約束だったのに」
「嫌いな人に会えなくなったからって、そんなに悲しくなるものかな?」
「……」
またうつむいてしまったアイリーンに寄り添って座り、穏やかな声でティレルは続けた。
「自分の気持ちに嘘をついちゃダメだよ。
そんなことしてると、自分にさえ本当の気持ちがわからなくなってしまうから」
アイリーンはにじんできた涙を、手の甲でごしごしとこすった。
「……そうよ、嘘なの。本当は大好き。
なのにお父様は私を好きじゃないんだわ……それが悲しいの……」
「そんなことないよ、君の父上は君のこと愛してるよ」
「じゃ、どうして私にもっと会いにきてくれないの……?
私が悪い子だから……?」
「違うよ、王様はとっても忙しいんだ、わかってあげないと。
今日だって、どんなに君と会いたかったか……。
会議の途中で何度もため息をついていたよ。
君のこと考えてるんだって、ぼくにはわかったよ」
「……本当?」
優しくうなずき、ティレルはささやいた。
「ぼくも、君を愛してる……だから、君も愛して。
信じることをやめないで。
嫌いだなんて言って、君を愛している人たちを悲しませちゃいけないよ」
ああ、ティレル……!!
あの時だけじゃない。私が泣いたり怒ったり誰かを恨んだりするたびに、あなたは優しく私をさとして、私の心を明るい方へと導いてくれた。
ユリアがいなくなってしまった後、ひとりぼっちの私を慰めてくれたのはあなただけ。
あなたがいたから、私は人を愛し、信じる心を失わずにいられたの。そんなあなたが、なぜ……?
今こそ、本当のことを知らなければならない時なのだ。
真実から目を背けていては何も解決はしない……。
アイリーンは覚悟を決め、ギメリックの胸に埋めていた顔を離して涙を拭いた。
きっとひどい顔をしているに違いないと思い、うつむいたまま尋ねる。
「私に会いにきてくれたティレルはいつも、とても優しくて……狂王に強制されたからって、あんな恐ろしいことができるような人じゃないはずよ。
なのに……どうして彼が“黒髪の悪魔”なの?」
「……お前が会っていたのはティレルの、超自我と呼ばれるものに近いだろう」
「超自我……?」
「そうだ。二重人格の片割れと言ってもいい。
もともと、その気質があったのか、それともクレイヴの育て方に問題があったのかと思っていたが……。
今はわかる、おそらくクレイヴはたびたび、あいつに残酷な行いを強制した。
だからあいつは自分の心を守るために、自分の中に別の人格を作るしかなかったんだ」
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