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第3部.リムウル 第4章
3.思いやり
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カーラが帰る頃には日もすっかり暮れてしまい、小屋に入ると中は闇に包まれていた。
けれど魔力のおかげで、ギメリックがまだ眠っているのがちゃんと見て取れる。
丸三日眠り通した後、さらにほぼ一日眠ってしまったアイリーンは、さすがにもう眠れそうになかった。
少しお腹が空いてきたな、と思い、カーラが持ってきてくれた食べ物をテーブルに並べる。
その中には、動物の肉らしきものも入っていた。
それを見てアイリーンは、自分は旅の間、随分ギメリックに面倒をかけていたに違いないと思う……。
アイリーンは眠っているギメリックのそばに近寄って彼の寝顔を眺めた。
長いまつげも……少し伸びてきた黒髪も、とても綺麗。
でも一番綺麗だと思うのはやっぱり彼の瞳、トパーズのような、太陽のような、蜂蜜のような……。
だけどその“暗黒の7日間”のフレイヤを思わせる瞳と髪のせいで、そして強大な魔力の気配のせいで、エンドルーアの人々から恐れられて……。どれほどの孤独を、彼は抱えてきたのだろう。
そう思うと、彼を抱きしめてあげたい衝動にかられたが、もちろんそんなことはできない。
カーラが帰り際に、気遣うように言ってくれた言葉が印象に残っていた。
「あの……ずっと彼のそばにいて、平気なんですか?
もしもあなたがそうしたかったら、私たちの家に、来ていただいていいんですよ?」
……平気じゃないわ。私だって怖い。
でも私には、この恐怖の気配が、何だか昔から知っていた、馴染みあるもののような気がするの……。
だからなのかしら? きっと他の人よりは、私はこの気配に免疫があるんだわ……。
むしろ私は違う意味で、この人が怖かった。
そうよ、初めて会ったときから……私にとってこの人は、母の形見であり、ティレルとの絆だった石を奪いに来た、略奪者だったから。
彼を“黒髪の悪魔”と思い込み、残酷で恐ろしい人だという先入観もあった。
それに彼の私を見る、怒りと憎しみに満ちた目が、怖かった……。
だけど今ならわかるわ。彼が私を憎んだ訳が……。
ギメリックは父親が生きていた頃から、関係が希薄だった本当の母親の代わりに、ヴァイオレットをまるで母のように、姉のように慕っていたのだ。
そして父亡き後の長い間、彼女はギメリックにとって唯一の理解者であり、導師であり、そして何より、日々の暮らしの中で愛を注ぎ合う、たった一人の家族だった……。
その彼女を失い、凍えるような孤独と罪の記憶に苛まれながら何年も一人さまよい……やっと、見つけ出したフレイヤの涙がもう自分のものではないと知ったとき……彼の怒りと絶望は、どれほどのものだっただろう……。
“……ごめんなさい……本当に……ありがとう……”
「なんだ……お前、まだ泣いているのか……?」
声をかけられて顔を上げると、ギメリックが目を開けていた。
慌てて涙をぬぐい、アイリーンは首を振る。
そしてルバートとの戦いの最中に気付いてしまったこと……ティレルの真実を確かめるために、口を開いた。
「あなた、アドニアで、石を奪いに来たとき……ティレルは現エンドルーア王の息子、って言ったわよね」
ギメリックは一瞬、ハッとした様子ですぐに起き上がった。
そして真一文字に唇を引き結び、無表情にアイリーンを見返す。
嘘やごまかしはもう通用しない。
いや、始めから、いつわりなど言うつもりはなかった。
ただ、彼女が真実を悟るその時までは、口をつぐんでいようと思ったのだ。
ティレルを想う、彼女の心を守るために……。
この表情には見覚えがある……と、アイリーンは思った。
以前にも、誰かが、こんな顔をして自分を見つめていた……。
同情? 哀れみ?……違う、これは……私を気遣う優しさ……思いやり。
彼女の脳裏に突然、兄の言葉が蘇った。
“どうしても聞きたい? 君は知らなくていいことだと言っても?”
アイリーンは確信した。
この人は、私に聞かせたくなかったのだ……なぜなら、聞けば私が、ショックを受けるから……。
アイリーンは無理矢理、ほほえんでみせた。
「ありがとう、もういいの。……私、わかったから。ティレルが……」
声が震え、うまく笑えない。勝手に溢れ出した涙に気付かないふりをして、アイリーンは続けた。
「……偽物のあなただってこと。……ね、そうなんでしょ?」
痛ましげに見返す、彼の瞳がその答えだった。
けれど魔力のおかげで、ギメリックがまだ眠っているのがちゃんと見て取れる。
丸三日眠り通した後、さらにほぼ一日眠ってしまったアイリーンは、さすがにもう眠れそうになかった。
少しお腹が空いてきたな、と思い、カーラが持ってきてくれた食べ物をテーブルに並べる。
その中には、動物の肉らしきものも入っていた。
それを見てアイリーンは、自分は旅の間、随分ギメリックに面倒をかけていたに違いないと思う……。
アイリーンは眠っているギメリックのそばに近寄って彼の寝顔を眺めた。
長いまつげも……少し伸びてきた黒髪も、とても綺麗。
でも一番綺麗だと思うのはやっぱり彼の瞳、トパーズのような、太陽のような、蜂蜜のような……。
だけどその“暗黒の7日間”のフレイヤを思わせる瞳と髪のせいで、そして強大な魔力の気配のせいで、エンドルーアの人々から恐れられて……。どれほどの孤独を、彼は抱えてきたのだろう。
そう思うと、彼を抱きしめてあげたい衝動にかられたが、もちろんそんなことはできない。
カーラが帰り際に、気遣うように言ってくれた言葉が印象に残っていた。
「あの……ずっと彼のそばにいて、平気なんですか?
もしもあなたがそうしたかったら、私たちの家に、来ていただいていいんですよ?」
……平気じゃないわ。私だって怖い。
でも私には、この恐怖の気配が、何だか昔から知っていた、馴染みあるもののような気がするの……。
だからなのかしら? きっと他の人よりは、私はこの気配に免疫があるんだわ……。
むしろ私は違う意味で、この人が怖かった。
そうよ、初めて会ったときから……私にとってこの人は、母の形見であり、ティレルとの絆だった石を奪いに来た、略奪者だったから。
彼を“黒髪の悪魔”と思い込み、残酷で恐ろしい人だという先入観もあった。
それに彼の私を見る、怒りと憎しみに満ちた目が、怖かった……。
だけど今ならわかるわ。彼が私を憎んだ訳が……。
ギメリックは父親が生きていた頃から、関係が希薄だった本当の母親の代わりに、ヴァイオレットをまるで母のように、姉のように慕っていたのだ。
そして父亡き後の長い間、彼女はギメリックにとって唯一の理解者であり、導師であり、そして何より、日々の暮らしの中で愛を注ぎ合う、たった一人の家族だった……。
その彼女を失い、凍えるような孤独と罪の記憶に苛まれながら何年も一人さまよい……やっと、見つけ出したフレイヤの涙がもう自分のものではないと知ったとき……彼の怒りと絶望は、どれほどのものだっただろう……。
“……ごめんなさい……本当に……ありがとう……”
「なんだ……お前、まだ泣いているのか……?」
声をかけられて顔を上げると、ギメリックが目を開けていた。
慌てて涙をぬぐい、アイリーンは首を振る。
そしてルバートとの戦いの最中に気付いてしまったこと……ティレルの真実を確かめるために、口を開いた。
「あなた、アドニアで、石を奪いに来たとき……ティレルは現エンドルーア王の息子、って言ったわよね」
ギメリックは一瞬、ハッとした様子ですぐに起き上がった。
そして真一文字に唇を引き結び、無表情にアイリーンを見返す。
嘘やごまかしはもう通用しない。
いや、始めから、いつわりなど言うつもりはなかった。
ただ、彼女が真実を悟るその時までは、口をつぐんでいようと思ったのだ。
ティレルを想う、彼女の心を守るために……。
この表情には見覚えがある……と、アイリーンは思った。
以前にも、誰かが、こんな顔をして自分を見つめていた……。
同情? 哀れみ?……違う、これは……私を気遣う優しさ……思いやり。
彼女の脳裏に突然、兄の言葉が蘇った。
“どうしても聞きたい? 君は知らなくていいことだと言っても?”
アイリーンは確信した。
この人は、私に聞かせたくなかったのだ……なぜなら、聞けば私が、ショックを受けるから……。
アイリーンは無理矢理、ほほえんでみせた。
「ありがとう、もういいの。……私、わかったから。ティレルが……」
声が震え、うまく笑えない。勝手に溢れ出した涙に気付かないふりをして、アイリーンは続けた。
「……偽物のあなただってこと。……ね、そうなんでしょ?」
痛ましげに見返す、彼の瞳がその答えだった。
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