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第3部.リムウル 第3章
24.風格
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「あの、さぁ。……あんまり、言いたくはないんだけど……」
部屋の隅で、黙って話を聞いていたポルが口を開いた。
「おれ、思うんだ。
あの人が村の外にいたから、今までこの村は見つからずに済んでいたんじゃないかな。
時々、密偵とやりあって、敵の注意をよそに引きつけていたのかも知れない。
……それにおれ、あの人の魔力の気配を知らなかったから、てっきり探りを入れてきてる敵のものかと思ってたんだけど……何度か感じたんだ。
この村の結界の外に、すごく強い魔力の気配。
もしかしたら、敵がここを見つけそうなとき、2重にここを守って……」
“勘違いするな。俺は別に、お前たちのために戦っていたのではない”
その場に集まっている者たちの中で、魔力保持者の全員がその声を聞いた。
皆、驚いて顔を見合わせ、それから一番近くにいた者が、サッと扉を開く。
閉め切っていた部屋に、風とともに新鮮な空気が流れ込んできた。
外で乱反射している強い初夏の日差しが、村人たちの目を射る。
その白い光を背にして、ギメリックが立っていた。
眩しげに目をしばたたく皆の前で、ギメリックは静かに歩を進め、長老の前に立った。
「久しぶりだな。長老殿」
「おぉ……ギメリック様……」
長老はつぶやき、そして絶句した。
村人たちは一言も発さず、彼を見つめた。
ほとんどの者は彼が11歳でこの村を去って以来、彼に会っていない。
長老でさえ、彼が16の時、一度会ったきりだった。
3年あまりの間、たった一人で、いったいどこでどのように過ごしてきたのか……
もともと大人びた少年だったが、長身で引き締まった体躯を持つ堂々とした若者に成長した彼は、王者の風格を思わせる落ち着きを身にまとい、研ぎ澄まされた鋭利な刃物に対峙するような緊張感と、強い魔力に対する畏敬の念を、見る者に感じさせた。
皆は心打たれた様子で我知らず頭を垂れる。
長老が感慨深げに口を開いた。
「ご立派に、なられましたな……」
その言葉を苦笑で受け流し、ギメリックは言った。
「アイリーンが目を覚ました。
あとは充分に体力が回復するのを待って、徐々に魔力を使うことに慣れさせればいい。
それまで、リムウル軍の元に身を寄せた方が良いという話は、カーラから伝えてもらった通りだ」
「……王よ、仰せの通りに。私たちは、あなたに付き従います」
皆の気持ちを代表し、長老が言うと、ギメリックは顔をしかめた。
「王は彼女だ」
「なぜですか? なぜ、ヴァイオレット様はフレイヤの涙を他国の王女に……?」
「それは……俺にもわからない」
塞がりかけた傷に触れるような、ヒリヒリした痛みを心に感じながら、ギメリックは言った。
「とにかく俺は、お役御免になったのだ」
ギメリックは皆の顔を見渡した。
「お前たちには、すまないと思っている……だが、俺にできることはもう何もない。
悪いが今後は、好きにさせてもらう」
「何もないなんて、そんなことないわ、一緒に戦ってくれないの?
アイリーン様に、魔術の手ほどきを……」
カーラが言いかけるのを、ギメリックは遮った。
「全てお前たちにまかせる。
彼女が真に魔力に目覚め、石の力を自在に操るようになれば、俺の助けなど必要ないはずだ。
それに彼女は前王の妹の娘、血統的に何の問題もない」
ポルはムカムカしながらその言葉を聞き、
“何だよコイツ、やっぱり気に入らない……少しでも見直したおれがバカだった!”
と思いながら声を張り上げた。
「それって、アイリーンとおれたちに戦いを押し付けて、自分は逃げるってこと?
そんなの、無責任じゃないか!」
「責任だと……?」
ギメリックはさも可笑しそうにククッと笑った。
とたんに、魔力保持者たちは震え上がった。
彼の心にわだかまる冷たい闇の気配が、吹き荒れる嵐のように彼らの心を打ったからだ。
「フレイヤの主となる資格がないと判断された者に、何の責任を負う義務がある?
文句があるなら、ヴァイオレットとフレイヤの涙に言え」
部屋の隅で、黙って話を聞いていたポルが口を開いた。
「おれ、思うんだ。
あの人が村の外にいたから、今までこの村は見つからずに済んでいたんじゃないかな。
時々、密偵とやりあって、敵の注意をよそに引きつけていたのかも知れない。
……それにおれ、あの人の魔力の気配を知らなかったから、てっきり探りを入れてきてる敵のものかと思ってたんだけど……何度か感じたんだ。
この村の結界の外に、すごく強い魔力の気配。
もしかしたら、敵がここを見つけそうなとき、2重にここを守って……」
“勘違いするな。俺は別に、お前たちのために戦っていたのではない”
その場に集まっている者たちの中で、魔力保持者の全員がその声を聞いた。
皆、驚いて顔を見合わせ、それから一番近くにいた者が、サッと扉を開く。
閉め切っていた部屋に、風とともに新鮮な空気が流れ込んできた。
外で乱反射している強い初夏の日差しが、村人たちの目を射る。
その白い光を背にして、ギメリックが立っていた。
眩しげに目をしばたたく皆の前で、ギメリックは静かに歩を進め、長老の前に立った。
「久しぶりだな。長老殿」
「おぉ……ギメリック様……」
長老はつぶやき、そして絶句した。
村人たちは一言も発さず、彼を見つめた。
ほとんどの者は彼が11歳でこの村を去って以来、彼に会っていない。
長老でさえ、彼が16の時、一度会ったきりだった。
3年あまりの間、たった一人で、いったいどこでどのように過ごしてきたのか……
もともと大人びた少年だったが、長身で引き締まった体躯を持つ堂々とした若者に成長した彼は、王者の風格を思わせる落ち着きを身にまとい、研ぎ澄まされた鋭利な刃物に対峙するような緊張感と、強い魔力に対する畏敬の念を、見る者に感じさせた。
皆は心打たれた様子で我知らず頭を垂れる。
長老が感慨深げに口を開いた。
「ご立派に、なられましたな……」
その言葉を苦笑で受け流し、ギメリックは言った。
「アイリーンが目を覚ました。
あとは充分に体力が回復するのを待って、徐々に魔力を使うことに慣れさせればいい。
それまで、リムウル軍の元に身を寄せた方が良いという話は、カーラから伝えてもらった通りだ」
「……王よ、仰せの通りに。私たちは、あなたに付き従います」
皆の気持ちを代表し、長老が言うと、ギメリックは顔をしかめた。
「王は彼女だ」
「なぜですか? なぜ、ヴァイオレット様はフレイヤの涙を他国の王女に……?」
「それは……俺にもわからない」
塞がりかけた傷に触れるような、ヒリヒリした痛みを心に感じながら、ギメリックは言った。
「とにかく俺は、お役御免になったのだ」
ギメリックは皆の顔を見渡した。
「お前たちには、すまないと思っている……だが、俺にできることはもう何もない。
悪いが今後は、好きにさせてもらう」
「何もないなんて、そんなことないわ、一緒に戦ってくれないの?
アイリーン様に、魔術の手ほどきを……」
カーラが言いかけるのを、ギメリックは遮った。
「全てお前たちにまかせる。
彼女が真に魔力に目覚め、石の力を自在に操るようになれば、俺の助けなど必要ないはずだ。
それに彼女は前王の妹の娘、血統的に何の問題もない」
ポルはムカムカしながらその言葉を聞き、
“何だよコイツ、やっぱり気に入らない……少しでも見直したおれがバカだった!”
と思いながら声を張り上げた。
「それって、アイリーンとおれたちに戦いを押し付けて、自分は逃げるってこと?
そんなの、無責任じゃないか!」
「責任だと……?」
ギメリックはさも可笑しそうにククッと笑った。
とたんに、魔力保持者たちは震え上がった。
彼の心にわだかまる冷たい闇の気配が、吹き荒れる嵐のように彼らの心を打ったからだ。
「フレイヤの主となる資格がないと判断された者に、何の責任を負う義務がある?
文句があるなら、ヴァイオレットとフレイヤの涙に言え」
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