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第3部.リムウル 第3章
13.彼方からの訪問者
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風もないのに、高い梢の先の木の葉が揺れた。
その気配に、ヴァイオレットは眺めていたフレイヤの涙をサッと手の中に握り込み、窓の外を見た。
月齢3日の今夜、月はとうに沈んでしまい、外は真の闇だった。
しかしヴァイオレットの目には、小屋の周りの木々の姿がよく見える。
そのうちの一本の木の下に、淡く金色に光る人影があった。
ヴァイオレットは一瞬、ついこの前に村で亡くなった老人の、残留思念かと思った。
しかしそれは、金の髪に紫の瞳をした、美しい少女だった。
悪いものではなさそうだ……。そう思い、ヴァイオレットは緊張を解いた。
もっとも、結界で守られているこの村は、ここに存在することすら敵には知られていない。
悪いものなど入り込めるはずはないのだ。
ヴァイオレットが窓のそばに寄ると、少女もおずおずと近づいてきた。
途方に暮れたような、悲しげな顔をしたその少女が、何かつぶやいたようだったが、その声は聞き取れない。
ヴァイオレットは彼女に話しかけた。
「まぁ……珍しいお客様だこと。でも、……」
しばし眉をひそめ、じっと少女を見つめる。
「早く帰った方がいいわ、肉体との絆が切れかけているわよ?……ずいぶん遠くから来たのね」
そこでヴァイオレットは少し目を見開いて、驚いたようにつぶやいた。
「まさか……時を旅して来たの?」
少女はますます困惑した表情を浮かべ、わからない、と言うように、少し首を傾げた。
唇が動いたが、やはり声は聞き取れない。
おそらくこちらの声も彼女には届いていないのだろう……。
「帰れないの? 少しだけなら、手を貸してあげられるわ。
さぁ……力を受け取って。元いたところへ……」
ヴァイオレットが力を送った次の瞬間、少女の姿は消えた。
時折、こんなふうに、人には見えないものを感じたり見たりすることがある。
エンドルーアには魔力を持つ者が大勢いたが、その中でも、ヴァイオレットは特別な存在だった。
自分は、この世で果たすべき役目を負って生まれて来た魂。
いつのころからだろう。それを自覚したのは……。
うっすらと残る前世の記憶と共に子供時代を過ごし、強い魔力故に16才という異例の若さで、王宮の大神殿に仕える神官の職に就いた。
そして悟った。
王宮の地下深くに封じられている魔物を見張ること、そして魔物を封じる結界をメンテナンスする血筋が、絶えることのないよう尽力すること。
それが自分の“役目”だと……。
その時、世継ぎの王子ギメリックは3歳。
彼に初めて目通りしたとき、彼女は、役目を果たすために守るべき相手を見つけたのだった。
エンドルーアの国民は皆、3歳の時、“応答の儀”と呼ばれる儀式を受ける。
貴族や王族の儀式は王宮内の大神殿で、庶民の儀式はそれぞれの地域にある神殿で行われた。
表向きには女神フレイヤの加護を得るため、そして戸籍の確認のためとされているこの儀式は、魔力の有無を調べて国が魔力保持者を管理するという、重要な機能をも果たしていた。
王家に生まれた者の魔力の有無は、王位継承権に深く関わってくる。
そのため、王族の儀式は特に慎重に執り行われる。
ギメリックの応答の儀には、大神殿の神官となったヴァイオレットも立会人の一人として参加した。
神殿内の暗い一室に、親と離されたった一人でしばらく待機していなければならないその儀式の最中に、怖がって泣き出してしまう子供も多かった。
しかしギメリックは終始、暗闇を怖がる様子もなく、幼子とは思えない落ち着きと、王家の嫡男にふさわしい強い魔力の片鱗をうかがわせていた。
ヴァイオレットは満足だった。これでしばらくは、結界は安泰だと。
しかし……その魔力の強さが、まさかこんな事態を招いてしまうとは……誰に想像できただろうか。
その気配に、ヴァイオレットは眺めていたフレイヤの涙をサッと手の中に握り込み、窓の外を見た。
月齢3日の今夜、月はとうに沈んでしまい、外は真の闇だった。
しかしヴァイオレットの目には、小屋の周りの木々の姿がよく見える。
そのうちの一本の木の下に、淡く金色に光る人影があった。
ヴァイオレットは一瞬、ついこの前に村で亡くなった老人の、残留思念かと思った。
しかしそれは、金の髪に紫の瞳をした、美しい少女だった。
悪いものではなさそうだ……。そう思い、ヴァイオレットは緊張を解いた。
もっとも、結界で守られているこの村は、ここに存在することすら敵には知られていない。
悪いものなど入り込めるはずはないのだ。
ヴァイオレットが窓のそばに寄ると、少女もおずおずと近づいてきた。
途方に暮れたような、悲しげな顔をしたその少女が、何かつぶやいたようだったが、その声は聞き取れない。
ヴァイオレットは彼女に話しかけた。
「まぁ……珍しいお客様だこと。でも、……」
しばし眉をひそめ、じっと少女を見つめる。
「早く帰った方がいいわ、肉体との絆が切れかけているわよ?……ずいぶん遠くから来たのね」
そこでヴァイオレットは少し目を見開いて、驚いたようにつぶやいた。
「まさか……時を旅して来たの?」
少女はますます困惑した表情を浮かべ、わからない、と言うように、少し首を傾げた。
唇が動いたが、やはり声は聞き取れない。
おそらくこちらの声も彼女には届いていないのだろう……。
「帰れないの? 少しだけなら、手を貸してあげられるわ。
さぁ……力を受け取って。元いたところへ……」
ヴァイオレットが力を送った次の瞬間、少女の姿は消えた。
時折、こんなふうに、人には見えないものを感じたり見たりすることがある。
エンドルーアには魔力を持つ者が大勢いたが、その中でも、ヴァイオレットは特別な存在だった。
自分は、この世で果たすべき役目を負って生まれて来た魂。
いつのころからだろう。それを自覚したのは……。
うっすらと残る前世の記憶と共に子供時代を過ごし、強い魔力故に16才という異例の若さで、王宮の大神殿に仕える神官の職に就いた。
そして悟った。
王宮の地下深くに封じられている魔物を見張ること、そして魔物を封じる結界をメンテナンスする血筋が、絶えることのないよう尽力すること。
それが自分の“役目”だと……。
その時、世継ぎの王子ギメリックは3歳。
彼に初めて目通りしたとき、彼女は、役目を果たすために守るべき相手を見つけたのだった。
エンドルーアの国民は皆、3歳の時、“応答の儀”と呼ばれる儀式を受ける。
貴族や王族の儀式は王宮内の大神殿で、庶民の儀式はそれぞれの地域にある神殿で行われた。
表向きには女神フレイヤの加護を得るため、そして戸籍の確認のためとされているこの儀式は、魔力の有無を調べて国が魔力保持者を管理するという、重要な機能をも果たしていた。
王家に生まれた者の魔力の有無は、王位継承権に深く関わってくる。
そのため、王族の儀式は特に慎重に執り行われる。
ギメリックの応答の儀には、大神殿の神官となったヴァイオレットも立会人の一人として参加した。
神殿内の暗い一室に、親と離されたった一人でしばらく待機していなければならないその儀式の最中に、怖がって泣き出してしまう子供も多かった。
しかしギメリックは終始、暗闇を怖がる様子もなく、幼子とは思えない落ち着きと、王家の嫡男にふさわしい強い魔力の片鱗をうかがわせていた。
ヴァイオレットは満足だった。これでしばらくは、結界は安泰だと。
しかし……その魔力の強さが、まさかこんな事態を招いてしまうとは……誰に想像できただろうか。
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