薄明宮の奪還

ria

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第3部.リムウル 第3章

12.罪の記憶

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半時ほど後。

村へと帰っていくカーラの後ろ姿を見送って、ギメリックは再びアイリーンの枕元の椅子に座った。

“アイリーン……! 早く、目を覚ませ……”

祈るような気持ちで、彼女の手を取る。


ヴァイオレットも同じ気持ちで俺を見守ってくれたのだろうか……。

それとも、王子である自分に正当な王位を継がせるため、エンドルーアの家臣としての義務を果たそうとしていただけなのだろうか……。



あの夜。

父の寝室から石を持ち出したギメリックは、一人、地下の魔物の元へと階段を駆け下りていた。

それに気づいた父に途中で追いつかれ、押し問答をしているところにクレイヴが現れ……父は殺された。

忠実なエンドルーアの家臣として国政に尽力し、どんな野心もその怜悧な美貌の内にかいま見せたことのない叔父の、いきなりとった信じられない行動。

呆然とし、目の前で父を殺されたショックと相まって、クレイヴの攻撃をよけきれなかった。

気を失ったギメリックを部屋に閉じ込めておいて、クレイヴは素早く同僚の暦司たちを次々と襲った。

不意をつかれた彼らは為す術もなく殺されてしまった。


しかしヴァイオレットだけはその夜、城の中にいなかった。

庶民の魔力保持者が集められている城下の村に、泊まり込みで仕事に出かけていたのだ。

卓越した魔力によって異変に気づいた彼女は密かに城へ戻り、石を渡させようとするクレイヴから拷問のような攻撃を受けているギメリックを見つけ出した。

彼が持ちこたえていたのは、王が死んだことにより石が彼を主と認めたためだ。

しかし、並みはずれた魔力を持つとは言え、まだ9歳だった彼に石の力を十分にコントロールすることは出来なかった。

ヴァイオレットが駆けつけていなければ、クレイヴに殺されるか、石の力に精神を焼き切られて死ぬのは時間の問題だっただろう。


ヴァイオレットとギメリックは力を合わせてかろうじてクレイヴの手からのがれ、魔力保持者の村にひとまず身を潜めた。

しかし傷ついたギメリックが回復する暇もなく、追撃の手が迫った。

いつの間にか王宮軍をすっかり掌握していたクレイヴが、庶民の魔力保持者を皆殺しにせよと命令を下したのだ。

阿鼻叫喚の渦と化した村から、何とか脱出できた少数の村人たちと共に、二人はリムウルのこの森まで逃れて来た。


魔力の使い過ぎで消耗していた上に、クレイヴによってつけられた傷が旅の間に悪化し、ギメリックは数日間、生死の境をさまよった。

やっと目覚めたとき……彼は自分が犯した罪の記憶を失っていた。

まだ9才の少年の心に、その記憶はあまりに重すぎると判断したヴァイオレットが、魔力を使って封印したのだ。


そうして、16歳になるまでの7年間、ギメリックは彼女と暮らしながら魔力と武術の鍛錬を積んだ。

その最初の2年間を、二人はこの小屋で暮らしていたのだった。



ヴァイオレットの気配が、そこかしこに残っている気がする小屋の中を、ギメリックは再び見回した。

懐かしさと、彼女を失った時の悲しみが、すり切れた記憶の彼方からよみがえってくる。

“またここに、戻って来ることになるとは……思ってもいなかったな……”
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