139 / 198
第3部.リムウル 第3章
12.罪の記憶
しおりを挟む
半時ほど後。
村へと帰っていくカーラの後ろ姿を見送って、ギメリックは再びアイリーンの枕元の椅子に座った。
“アイリーン……! 早く、目を覚ませ……”
祈るような気持ちで、彼女の手を取る。
ヴァイオレットも同じ気持ちで俺を見守ってくれたのだろうか……。
それとも、王子である自分に正当な王位を継がせるため、エンドルーアの家臣としての義務を果たそうとしていただけなのだろうか……。
あの夜。
父の寝室から石を持ち出したギメリックは、一人、地下の魔物の元へと階段を駆け下りていた。
それに気づいた父に途中で追いつかれ、押し問答をしているところにクレイヴが現れ……父は殺された。
忠実なエンドルーアの家臣として国政に尽力し、どんな野心もその怜悧な美貌の内にかいま見せたことのない叔父の、いきなりとった信じられない行動。
呆然とし、目の前で父を殺されたショックと相まって、クレイヴの攻撃をよけきれなかった。
気を失ったギメリックを部屋に閉じ込めておいて、クレイヴは素早く同僚の暦司たちを次々と襲った。
不意をつかれた彼らは為す術もなく殺されてしまった。
しかしヴァイオレットだけはその夜、城の中にいなかった。
庶民の魔力保持者が集められている城下の村に、泊まり込みで仕事に出かけていたのだ。
卓越した魔力によって異変に気づいた彼女は密かに城へ戻り、石を渡させようとするクレイヴから拷問のような攻撃を受けているギメリックを見つけ出した。
彼が持ちこたえていたのは、王が死んだことにより石が彼を主と認めたためだ。
しかし、並みはずれた魔力を持つとは言え、まだ9歳だった彼に石の力を十分にコントロールすることは出来なかった。
ヴァイオレットが駆けつけていなければ、クレイヴに殺されるか、石の力に精神を焼き切られて死ぬのは時間の問題だっただろう。
ヴァイオレットとギメリックは力を合わせてかろうじてクレイヴの手からのがれ、魔力保持者の村にひとまず身を潜めた。
しかし傷ついたギメリックが回復する暇もなく、追撃の手が迫った。
いつの間にか王宮軍をすっかり掌握していたクレイヴが、庶民の魔力保持者を皆殺しにせよと命令を下したのだ。
阿鼻叫喚の渦と化した村から、何とか脱出できた少数の村人たちと共に、二人はリムウルのこの森まで逃れて来た。
魔力の使い過ぎで消耗していた上に、クレイヴによってつけられた傷が旅の間に悪化し、ギメリックは数日間、生死の境をさまよった。
やっと目覚めたとき……彼は自分が犯した罪の記憶を失っていた。
まだ9才の少年の心に、その記憶はあまりに重すぎると判断したヴァイオレットが、魔力を使って封印したのだ。
そうして、16歳になるまでの7年間、ギメリックは彼女と暮らしながら魔力と武術の鍛錬を積んだ。
その最初の2年間を、二人はこの小屋で暮らしていたのだった。
ヴァイオレットの気配が、そこかしこに残っている気がする小屋の中を、ギメリックは再び見回した。
懐かしさと、彼女を失った時の悲しみが、すり切れた記憶の彼方からよみがえってくる。
“またここに、戻って来ることになるとは……思ってもいなかったな……”
村へと帰っていくカーラの後ろ姿を見送って、ギメリックは再びアイリーンの枕元の椅子に座った。
“アイリーン……! 早く、目を覚ませ……”
祈るような気持ちで、彼女の手を取る。
ヴァイオレットも同じ気持ちで俺を見守ってくれたのだろうか……。
それとも、王子である自分に正当な王位を継がせるため、エンドルーアの家臣としての義務を果たそうとしていただけなのだろうか……。
あの夜。
父の寝室から石を持ち出したギメリックは、一人、地下の魔物の元へと階段を駆け下りていた。
それに気づいた父に途中で追いつかれ、押し問答をしているところにクレイヴが現れ……父は殺された。
忠実なエンドルーアの家臣として国政に尽力し、どんな野心もその怜悧な美貌の内にかいま見せたことのない叔父の、いきなりとった信じられない行動。
呆然とし、目の前で父を殺されたショックと相まって、クレイヴの攻撃をよけきれなかった。
気を失ったギメリックを部屋に閉じ込めておいて、クレイヴは素早く同僚の暦司たちを次々と襲った。
不意をつかれた彼らは為す術もなく殺されてしまった。
しかしヴァイオレットだけはその夜、城の中にいなかった。
庶民の魔力保持者が集められている城下の村に、泊まり込みで仕事に出かけていたのだ。
卓越した魔力によって異変に気づいた彼女は密かに城へ戻り、石を渡させようとするクレイヴから拷問のような攻撃を受けているギメリックを見つけ出した。
彼が持ちこたえていたのは、王が死んだことにより石が彼を主と認めたためだ。
しかし、並みはずれた魔力を持つとは言え、まだ9歳だった彼に石の力を十分にコントロールすることは出来なかった。
ヴァイオレットが駆けつけていなければ、クレイヴに殺されるか、石の力に精神を焼き切られて死ぬのは時間の問題だっただろう。
ヴァイオレットとギメリックは力を合わせてかろうじてクレイヴの手からのがれ、魔力保持者の村にひとまず身を潜めた。
しかし傷ついたギメリックが回復する暇もなく、追撃の手が迫った。
いつの間にか王宮軍をすっかり掌握していたクレイヴが、庶民の魔力保持者を皆殺しにせよと命令を下したのだ。
阿鼻叫喚の渦と化した村から、何とか脱出できた少数の村人たちと共に、二人はリムウルのこの森まで逃れて来た。
魔力の使い過ぎで消耗していた上に、クレイヴによってつけられた傷が旅の間に悪化し、ギメリックは数日間、生死の境をさまよった。
やっと目覚めたとき……彼は自分が犯した罪の記憶を失っていた。
まだ9才の少年の心に、その記憶はあまりに重すぎると判断したヴァイオレットが、魔力を使って封印したのだ。
そうして、16歳になるまでの7年間、ギメリックは彼女と暮らしながら魔力と武術の鍛錬を積んだ。
その最初の2年間を、二人はこの小屋で暮らしていたのだった。
ヴァイオレットの気配が、そこかしこに残っている気がする小屋の中を、ギメリックは再び見回した。
懐かしさと、彼女を失った時の悲しみが、すり切れた記憶の彼方からよみがえってくる。
“またここに、戻って来ることになるとは……思ってもいなかったな……”
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる