薄明宮の奪還

ria

文字の大きさ
上 下
121 / 198
第3部.リムウル 第2章

12.痴話喧嘩

しおりを挟む
気がつかないうちに、すっかり夜は明けていた。

霧が立ちこめて太陽は見えなかったが、森には白々とした明るさが満ちてきていた。

その光に柔らかく照らされた狭い馬車の中に、アイリーンは立っていた。

足下には、ルバートが倒れて気を失っている。


「隙を見て、その剣で殴ってやったわ」

得意げに言うアイリーンの左頬が赤く、少し腫れているようだ。

唇が切れて血が付いていた。

「奴に何をされた?!」

ギメリックが、彼女を引っ張り上げながら問いただす。

アイリーンはギメリックの横に並ぶと、怒った顔でルバートを見下ろした。

「キスされそうになったから鼻にかみついたら、殴られたの。

 それから首を絞められて……もう少しで気を失うところだった」

「~~っ!! このバカ!! 心話なら使っていいと言っただろう?! なんで俺を呼ばなかった?」

アイリーンは怒りの余韻で興奮した面持ちをギメリックに向けた。

「バカって言わないでよ!! 本気で殺すつもりじゃないって、わかったからよ。

 それに金属の痛みに比べたらこれぐらい平気よ、何ともないわ」

「平気なものか、切れているじゃないか、見せてみろ」

プイッと顔を背けた彼女のあごをつまんでこちらを向かせようとしたが、アイリーンはその手を振り払って挑むように彼を見上げた。

「私、自分がこんな目に遭う理由を、聞く権利があると思うわ。

 いい加減話してくれてもいいでしょう?!」

怒りのため気丈さが前面に出た彼女の顔は少し上気し、見上げてくる大きな青い瞳が、キラキラと強く輝いていた。

ギメリックは顔を背け、ボソボソとつぶやいた。

「そんなことより、こいつらをどうにかしないとな……」

「ごまかさないでよ!」

「うるさい! 後だ、あと!!」

そう叫んでギメリックは馬車から飛び降りた。

アイリーンも後に続き、ギメリックがそこでひっくり返っているのを見て驚いた。

「ど、どうしたの?」

“くそっ……怒鳴ったら目眩が……”

さすがの彼も魔力を消耗しすぎたのだと気づき、アイリーンはあわてて彼のそばにひざまづいた。

その拍子に、彼が持っている剣に直接、手が触れる。

「きゃっ!!」

「バカ! 気をつけろ!!」

突然襲って来た鋭い痛みと罵倒された悔しさ、そして自分でも訳の分からない感情のために少し涙ぐみ、アイリーンは言った。

「……バカって言わないでよ……」

ギメリックはギクリとし、剣で体を支えて半身を起こしながら
「泣くな!」と一喝した。

「泣いてないわ!」

アイリーンは素早く彼の体の反対側に回り込み、彼が立ち上がるのに手を貸した。

“こんな痛い思い、ずっとしてたの……?”


魔力を持つ者が剣を携帯するつらさについては、ルバートの館で聞いていた。

なのに、ほとんど失念していたのは……ギメリックがよほど注意して、自分に剣が触れないよう気をつけてくれていたからだ、とアイリーンは気づいた。

“ そう言えば、私の肩を抱く時もいつも同じ側……剣を吊るしていない方だったわ”

自分と旅することがこの男にどれほどの忍耐を強いてきたのか、もちろん全てを知ることはできなかった。

が、この時アイリーンには何となく、感じることができたのだ。

 
ギメリックが低くうなり声を上げる。

どうやら自分のふがいなさに腹を立てているようだった。

額に汗を浮かばせた彼のしかめっ面を見上げ、アイリーンは言った。

「ねぇ、その剣、つらいんじゃないの? 私、代わりに持つわ、少しの間なら……」

「バカか! 使えない奴が持っていて何になる?」

「またバカって言った!!」

「いちいち反応するな!」

「痴話喧嘩もそこまでだ」

降って来た声を振り仰ぐと、馬車の上にルバートが立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...