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第3部.リムウル 第2章
10.嘆息
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“我が国はすっかり変わってしまった……”
ジェイムズ・オー・イエィツは、暗鬱とした気分の中でそう思った。
厳しく長い冬の間は他国と分断され、決して肥沃とも広大とも言えない国土を持つ祖国エンドルーア。
しかし人々は大陸で最も古い歴史をもつ一族を王にいただき、その寛容で賢明な統治を誇りと敬愛を持って受け入れ、幸せに暮らしていた。
勤勉実直な国民性はよく知られ、住みやすい温暖な土地や豊かさを求め他国に野心を持ったことなど、ただの一度もない。
他国から攻め込まれ戦争に巻き込まれたことはあっても。
それもまた我々の誇りだったはずだ。それなのに……。
“何もかも、悪くなる一方だ。10年前のクーデター未遂事件以来……”
イェイツは嘆息した。
王を補佐する重要な役職であった12人の魔法使い。
そのうちの一人、女性でありながら強い魔力と明晰な頭脳、そして気高い美貌を備え、紫の貴婦人と呼ばれ人々から慕い敬われていたヴァイオレット……。
その彼女が突然、庶民の魔力保持者たちと結託して謀反を計画し、国王夫妻を襲ったのだと聞いている。
王妃は殺害され、11人の魔法使いたちも殺されてしまったが、幸い、この世で最も強い魔力を持つエンドルーア王は自らの力で自分と世継ぎの王子を守り、彼女を打ち負かした。
しかしそれ以来、王は少々気がおかしくなり、猜疑心の固まりとなってしまった。
補佐役の12の席は空けたまま、ほんの数人の重臣だけを回りに置いて、王宮内に閉じこもりがちになった。
そして謀反人の仲間だとして、庶民の魔力保持者をことごとく殺せという命令を下し、他国と交流することも一切禁じてしまったのだ。
その上、数年前から始まった、他国への侵略……。
イェイツは、自分の斜め前を歩かせている馬に乗った男を、じっと見つめた。
男は黒髪で、今は見えないが瞳はトパーズ色だった。
そんな容姿を持つ人間は、この世に一人しかいない。
エンドルーアの民なら皆、知っていることだった。
“……ルバート様は、この男がギメリック皇太子殿下に化けているのだと考えているようだが……果たして本当にそうだろうか?”
この男の魔力の、底知れぬ深さと強さに、自分が恐れを抱いていることをイエィツは認めざるを得ない。
上半身を鎖でぐるぐる巻きにされているというのに、平然と馬に乗っている。
普通の魔力保持者なら、とても耐えきれずに気を失ってしまうだろうに……。
いや、この男とて、全く平気と言うわけでもないことは、額にうっすらにじんでいる汗を見ればわかる。
しかしそれでも、驚異的な耐久力であることに変わりはなかった。
“もしもこの男が本当に皇太子殿下だったら……? いや、まさかそんなことは……。
しかしこれほどの魔力の持ち主が、王家との血縁から遠く離れた庶民の生まれとは考えられない。
庶民の魔力保持者は見つけ次第殺せと言われているが、そうでなければ、少なくとも本国へ報告する義務がある。
それに、あの娘は……”
イェイツは、今度は自分たちの遙か前を行く、豪奢な馬車に目をやった。
“正真正銘、王の姪御に当たるお方だ。このまま済ますわけにはいかないだろうに……”
しかしイェイツの見たところ、ルバートには本国に報告する気などまるでない様子だった。
“全く!……あの娘に対する欲望のため、何もかも目に入らなくなっているのか……どうすれば良いのだ私は……”
ジェイムズ・オー・イエィツは、暗鬱とした気分の中でそう思った。
厳しく長い冬の間は他国と分断され、決して肥沃とも広大とも言えない国土を持つ祖国エンドルーア。
しかし人々は大陸で最も古い歴史をもつ一族を王にいただき、その寛容で賢明な統治を誇りと敬愛を持って受け入れ、幸せに暮らしていた。
勤勉実直な国民性はよく知られ、住みやすい温暖な土地や豊かさを求め他国に野心を持ったことなど、ただの一度もない。
他国から攻め込まれ戦争に巻き込まれたことはあっても。
それもまた我々の誇りだったはずだ。それなのに……。
“何もかも、悪くなる一方だ。10年前のクーデター未遂事件以来……”
イェイツは嘆息した。
王を補佐する重要な役職であった12人の魔法使い。
そのうちの一人、女性でありながら強い魔力と明晰な頭脳、そして気高い美貌を備え、紫の貴婦人と呼ばれ人々から慕い敬われていたヴァイオレット……。
その彼女が突然、庶民の魔力保持者たちと結託して謀反を計画し、国王夫妻を襲ったのだと聞いている。
王妃は殺害され、11人の魔法使いたちも殺されてしまったが、幸い、この世で最も強い魔力を持つエンドルーア王は自らの力で自分と世継ぎの王子を守り、彼女を打ち負かした。
しかしそれ以来、王は少々気がおかしくなり、猜疑心の固まりとなってしまった。
補佐役の12の席は空けたまま、ほんの数人の重臣だけを回りに置いて、王宮内に閉じこもりがちになった。
そして謀反人の仲間だとして、庶民の魔力保持者をことごとく殺せという命令を下し、他国と交流することも一切禁じてしまったのだ。
その上、数年前から始まった、他国への侵略……。
イェイツは、自分の斜め前を歩かせている馬に乗った男を、じっと見つめた。
男は黒髪で、今は見えないが瞳はトパーズ色だった。
そんな容姿を持つ人間は、この世に一人しかいない。
エンドルーアの民なら皆、知っていることだった。
“……ルバート様は、この男がギメリック皇太子殿下に化けているのだと考えているようだが……果たして本当にそうだろうか?”
この男の魔力の、底知れぬ深さと強さに、自分が恐れを抱いていることをイエィツは認めざるを得ない。
上半身を鎖でぐるぐる巻きにされているというのに、平然と馬に乗っている。
普通の魔力保持者なら、とても耐えきれずに気を失ってしまうだろうに……。
いや、この男とて、全く平気と言うわけでもないことは、額にうっすらにじんでいる汗を見ればわかる。
しかしそれでも、驚異的な耐久力であることに変わりはなかった。
“もしもこの男が本当に皇太子殿下だったら……? いや、まさかそんなことは……。
しかしこれほどの魔力の持ち主が、王家との血縁から遠く離れた庶民の生まれとは考えられない。
庶民の魔力保持者は見つけ次第殺せと言われているが、そうでなければ、少なくとも本国へ報告する義務がある。
それに、あの娘は……”
イェイツは、今度は自分たちの遙か前を行く、豪奢な馬車に目をやった。
“正真正銘、王の姪御に当たるお方だ。このまま済ますわけにはいかないだろうに……”
しかしイェイツの見たところ、ルバートには本国に報告する気などまるでない様子だった。
“全く!……あの娘に対する欲望のため、何もかも目に入らなくなっているのか……どうすれば良いのだ私は……”
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