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第3部.リムウル 第2章
5.過去の記憶
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「アイリーン……!!」
“誰……? 私を呼ぶのは……”
夢とうつつの狭間、ハッキリとは覚醒していない意識の中で、アイリーンは思った。
“お願い、放っておいて……今はまだ、目を閉じていたいの……”
目が覚めればそこに、悲しみが待っていると……胸の中にあふれる涙が知らせている。
「……XXXXX。人が、もう二度と目覚めたくはないと思うのは、どんな時だと思いますか……?」
突然、アイリーンの脳裏に鮮やかに、女性の声と姿が浮かび上がってきた。
したたる緑から降り注ぐ木漏れ日の中、黒紫のマントをかぶったヴァイオレットが静かにたたずみ、こちらを見つめている。
美しいまつげが落とす影の奥で、黒い瞳はやはり濃い紫色に見えた。
限りなく穏やかで、しかし強い意志を秘めたその眼差しから、アイリーンは目をそらすことができなかった。
優しく名前を呼ばれた気がするが、その名は“アイリーン”ではなかった。
「大きな悲しみや苦しみに見舞われた時……生きていくのは大変つらいことです。
けれど誰も皆、この世に生きる以上は大なり小なり、それを味わわねばなりません。
ですが、どのような悲しみや苦しみに苛まれようと、明日という日を迎える気持ちがあるなら、人は生きられる。
たとえそれが憎しみや怒りや……苦痛を伴う使命感からくるものであったとしても、明日を生きる糧となるならば、それもまた人を救うことになるのです。
真に人を殺すのは、絶望です。
自分の未来に何の光も見出せない、そんなとき……人は自らの死を思うのでしょう……。
だから、XXXXX、人間にとって希望がいかに大切か、わかるでしょう?」
……懐かしいヴァイオレット……。これはきっと過去の記憶なのね……。
でもおかしいわ。私は生まれてから一度もアドニアを出たことはない。
それなのに、彼女と一緒に旅をして、いろいろなことを教わった気がする……この記憶はいったい、何……?
「おい、起きろ! アイリーン!!」
腕をつかんで揺すぶられる感覚に、彼女の意識は徐々に現実に引き戻されていった。
“ああ、この力強い腕、温かい胸を……私は知っている……。
私を守り、時にはなぐさめるために、抱きしめてくれた……。
だけどあなた自身の心は、悲しみと苦しみでいっぱい……”
突如、口と鼻を塞がれ、アイリーンは苦しくて我に返った。
夢中でもがいてその手を振り払ってみると、間近で自分をのぞき込む、ギメリックのしかめっ面が見えた。
「なっ、何するのよっ?!」
荒い息の間から怒った声を上げ、アイリーンは半身を起こして後ずさった。
「苦しいか? なら良かったな、体に戻れたということだ」
ギメリックの冷たい声と憮然とした表情に、アイリーンは鼻白んだ。
“えーと……もしかしてこの人、……怒ってる……?
な、なんでよ……怒るとしたら……私の方じゃないの……”
パニックに陥りそうな頭を整理しようと、記憶をたどろうとした彼女だったが、ふと、周りの異変に気づく。
“誰……? 私を呼ぶのは……”
夢とうつつの狭間、ハッキリとは覚醒していない意識の中で、アイリーンは思った。
“お願い、放っておいて……今はまだ、目を閉じていたいの……”
目が覚めればそこに、悲しみが待っていると……胸の中にあふれる涙が知らせている。
「……XXXXX。人が、もう二度と目覚めたくはないと思うのは、どんな時だと思いますか……?」
突然、アイリーンの脳裏に鮮やかに、女性の声と姿が浮かび上がってきた。
したたる緑から降り注ぐ木漏れ日の中、黒紫のマントをかぶったヴァイオレットが静かにたたずみ、こちらを見つめている。
美しいまつげが落とす影の奥で、黒い瞳はやはり濃い紫色に見えた。
限りなく穏やかで、しかし強い意志を秘めたその眼差しから、アイリーンは目をそらすことができなかった。
優しく名前を呼ばれた気がするが、その名は“アイリーン”ではなかった。
「大きな悲しみや苦しみに見舞われた時……生きていくのは大変つらいことです。
けれど誰も皆、この世に生きる以上は大なり小なり、それを味わわねばなりません。
ですが、どのような悲しみや苦しみに苛まれようと、明日という日を迎える気持ちがあるなら、人は生きられる。
たとえそれが憎しみや怒りや……苦痛を伴う使命感からくるものであったとしても、明日を生きる糧となるならば、それもまた人を救うことになるのです。
真に人を殺すのは、絶望です。
自分の未来に何の光も見出せない、そんなとき……人は自らの死を思うのでしょう……。
だから、XXXXX、人間にとって希望がいかに大切か、わかるでしょう?」
……懐かしいヴァイオレット……。これはきっと過去の記憶なのね……。
でもおかしいわ。私は生まれてから一度もアドニアを出たことはない。
それなのに、彼女と一緒に旅をして、いろいろなことを教わった気がする……この記憶はいったい、何……?
「おい、起きろ! アイリーン!!」
腕をつかんで揺すぶられる感覚に、彼女の意識は徐々に現実に引き戻されていった。
“ああ、この力強い腕、温かい胸を……私は知っている……。
私を守り、時にはなぐさめるために、抱きしめてくれた……。
だけどあなた自身の心は、悲しみと苦しみでいっぱい……”
突如、口と鼻を塞がれ、アイリーンは苦しくて我に返った。
夢中でもがいてその手を振り払ってみると、間近で自分をのぞき込む、ギメリックのしかめっ面が見えた。
「なっ、何するのよっ?!」
荒い息の間から怒った声を上げ、アイリーンは半身を起こして後ずさった。
「苦しいか? なら良かったな、体に戻れたということだ」
ギメリックの冷たい声と憮然とした表情に、アイリーンは鼻白んだ。
“えーと……もしかしてこの人、……怒ってる……?
な、なんでよ……怒るとしたら……私の方じゃないの……”
パニックに陥りそうな頭を整理しようと、記憶をたどろうとした彼女だったが、ふと、周りの異変に気づく。
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