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第2部.アドニア〜リムウル 第3章
14.吟遊詩人の旅立ち
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道を行く間、少年は無口だった。
おそらく自分の行く先について、考えをめぐらせているのだろう。
そう思ったレスターはあえて話しかけようとはせず、そっとしておいた。
行く手に門が見えてきても、やはり少年は黙ったままだった。
二人は馬を並べてそろって門をくぐり、そこで馬を止めた。
レスターと向かい合った少年はようやく口を開き、そばかすの散った顔をほころばせた。
「お師匠様は、よくあなたのこと言ってたよ。
どうしようもない悪ガキだった、でも音楽の才は芸術の神アーロンの化身のようだった、って。
おれ、いつか会ってみたいと思ってた。でもこんなに早く会えるなんて、夢にも思わなかったな」
レスターは、追憶と微かな憂いに、目を細めた。
「君の師匠は……ハロルド・フルエリンかい?」
「うん、そうだよ」
「やっぱり……その竪琴、見覚えがあると思った。
引退して故郷に帰ったと聞いていたけど。……彼は亡くなったの?」
少年は目を伏せて言った。
「……この、春先に」
「そうか……。残念だったね。でも彼は良い弟子に恵まれていたようだ」
少年はパッと頬を紅潮させ、瞳を輝かせた。
「おれ、アレクっていうんだ! 今に、大陸中に名をとどろかす超有名な吟遊詩人になるから、覚えててよ!」
「ああ、もちろん」
レスターの目が、ほんの少し憂いを秘めて、眩しげに彼を見つめる。
未来へと羽ばたく若者の、明るさと可能性。自分にはもうないものだ。
「それから……」
少し遠慮するように口ごもったあと、少年は言った。
「何であなたが一人で旅をしなきゃならないのか、これからどこへ行くのか……おれは知らないけどさ。
でももしこの先、あなたがその気なら……十分やってけると思うよ、吟遊詩人として」
何も知らない少年の、残酷とも取れる言葉。
しかしレスターは大輪の花が咲くような、鮮やかな微笑みを見せた。
それは少年が思わず、我を忘れて見惚れるような笑顔だった。
「ありがとう……。そうだね、いつか……そんな日が来るかな……」
「そしたら、もう一度歌ってくれる? おれの竪琴で」
「……」
レスターは今度は曖昧に微笑み、それでも、微かにうなずいた。
「約束だよ! その時までに、おれ、うんと竪琴もうまくなっておくから。
……じゃあ、行くね。いろいろありがとう! さよなら、……レスター様!!」
少年はサッと馬を東へ向けると、町を囲む壁の外側に沿って走って行った。
おりしも雲の切れ間から、明るく輝きだした太陽が顔を覗かせる。
“さよなら、アレク。君の未来に女神の祝福があらんことを……!”
壁が南へと回り込む角のところで、少年は馬を止め、振り返った。
レスターに向かって、大きく元気よく、手を振ってみせる。
そして、壁の向こうに見えなくなった。
レスターはそれを見届け、自分の行く道へと目を向けた。
畑の間を縫って続く道はなだらかな丘陵地帯を通り、やがて国境のある深い森の中へと入っていく。
はるか遠くに黒い染みのように見えるその森を見つめ、彼はつぶやいた。
「ぼくの運命が彼女を守るものと定まっているのなら……必ず、生きて再びあの子に会えるはずだ。
……ブラン、お前もそう思うだろう?」
馬の首を軽く叩いてやりながら、レスターは言った。
「さぁ、ぼくたちも少し、道を急ぐことにしようか。おかげさまで頭痛は治ったよ」
合図を受けると、馬はやっと存分に体を動かせるのを喜ぶように、軽やかな足取りで駆け出した。
彼らの後ろ姿に、天頂へと登りつつ輝きを増していく太陽が、黄金の日差しを投げかける。
後を追っていくのは、一陣の、爽やかな初夏の風だけだった。
おそらく自分の行く先について、考えをめぐらせているのだろう。
そう思ったレスターはあえて話しかけようとはせず、そっとしておいた。
行く手に門が見えてきても、やはり少年は黙ったままだった。
二人は馬を並べてそろって門をくぐり、そこで馬を止めた。
レスターと向かい合った少年はようやく口を開き、そばかすの散った顔をほころばせた。
「お師匠様は、よくあなたのこと言ってたよ。
どうしようもない悪ガキだった、でも音楽の才は芸術の神アーロンの化身のようだった、って。
おれ、いつか会ってみたいと思ってた。でもこんなに早く会えるなんて、夢にも思わなかったな」
レスターは、追憶と微かな憂いに、目を細めた。
「君の師匠は……ハロルド・フルエリンかい?」
「うん、そうだよ」
「やっぱり……その竪琴、見覚えがあると思った。
引退して故郷に帰ったと聞いていたけど。……彼は亡くなったの?」
少年は目を伏せて言った。
「……この、春先に」
「そうか……。残念だったね。でも彼は良い弟子に恵まれていたようだ」
少年はパッと頬を紅潮させ、瞳を輝かせた。
「おれ、アレクっていうんだ! 今に、大陸中に名をとどろかす超有名な吟遊詩人になるから、覚えててよ!」
「ああ、もちろん」
レスターの目が、ほんの少し憂いを秘めて、眩しげに彼を見つめる。
未来へと羽ばたく若者の、明るさと可能性。自分にはもうないものだ。
「それから……」
少し遠慮するように口ごもったあと、少年は言った。
「何であなたが一人で旅をしなきゃならないのか、これからどこへ行くのか……おれは知らないけどさ。
でももしこの先、あなたがその気なら……十分やってけると思うよ、吟遊詩人として」
何も知らない少年の、残酷とも取れる言葉。
しかしレスターは大輪の花が咲くような、鮮やかな微笑みを見せた。
それは少年が思わず、我を忘れて見惚れるような笑顔だった。
「ありがとう……。そうだね、いつか……そんな日が来るかな……」
「そしたら、もう一度歌ってくれる? おれの竪琴で」
「……」
レスターは今度は曖昧に微笑み、それでも、微かにうなずいた。
「約束だよ! その時までに、おれ、うんと竪琴もうまくなっておくから。
……じゃあ、行くね。いろいろありがとう! さよなら、……レスター様!!」
少年はサッと馬を東へ向けると、町を囲む壁の外側に沿って走って行った。
おりしも雲の切れ間から、明るく輝きだした太陽が顔を覗かせる。
“さよなら、アレク。君の未来に女神の祝福があらんことを……!”
壁が南へと回り込む角のところで、少年は馬を止め、振り返った。
レスターに向かって、大きく元気よく、手を振ってみせる。
そして、壁の向こうに見えなくなった。
レスターはそれを見届け、自分の行く道へと目を向けた。
畑の間を縫って続く道はなだらかな丘陵地帯を通り、やがて国境のある深い森の中へと入っていく。
はるか遠くに黒い染みのように見えるその森を見つめ、彼はつぶやいた。
「ぼくの運命が彼女を守るものと定まっているのなら……必ず、生きて再びあの子に会えるはずだ。
……ブラン、お前もそう思うだろう?」
馬の首を軽く叩いてやりながら、レスターは言った。
「さぁ、ぼくたちも少し、道を急ぐことにしようか。おかげさまで頭痛は治ったよ」
合図を受けると、馬はやっと存分に体を動かせるのを喜ぶように、軽やかな足取りで駆け出した。
彼らの後ろ姿に、天頂へと登りつつ輝きを増していく太陽が、黄金の日差しを投げかける。
後を追っていくのは、一陣の、爽やかな初夏の風だけだった。
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