薄明宮の奪還

ria

文字の大きさ
上 下
80 / 198
第2部.アドニア〜リムウル 第3章

12.しるし

しおりを挟む
「やられた!」

目を覚ましたウィリアムは、叫んでいた。

レスターに眠り薬を盛られたに違いない。

そうでなければ、武人として訓練されたこの自分が、彼が出て行く気配に気づかないわけがない。

おそらくアイリーンと城を出ようとしたときに使った薬を、何かの時のためにと残してあったのだろう。


ウィリアムは部屋から走り出ると、彼の剣幕に驚いている宿の主人に詰め寄った。

「おやじ! 私の連れはいつ頃ここを出た?」

「二刻ほど前ですが……」

「よし!」

勢い込んでうまやに走ろうとする彼に必死にしがみつき、宿の主人は懇願するように叫んだ。

「お待ちを! 手紙をお預かりしています!」

「手紙?」

「はぁ。あなた様がこれを読むところを、必ず見届けて欲しいと……チップも弾んでいただきました」

ウィリアムは仕方なく、はやる気持ちを抑え、手渡された手紙をその場で開いた。

手紙には大きく一文字、美しい飾り文字で “F”と書いてあるだけだった。

のぞき込んだ宿の主人が首をかしげる。

「何のことですかね?」

「……」

ウィリアムには心当たりがあった。自分がレスターの従者になったいきさつにまつわることだ。


池で溺れた後、レスターはさすがに水辺には近づかなくなったが、相変わらず、しょっちゅう従者をまいて行方をくらませていたという。

事故以来、神経質になった王や妃から、そのたびにとがめられるお守り役の従者は、たまったものではなかった。

次から次へと従者は変わったが、誰も彼も、半月と経たないうちに彼の従者を続けるぐらいなら王宮に仕える仕事を辞めさせてもらいたいと言い出すしまつだった。

困った大人達は一計を案じた。レスターの乳兄弟である7歳のウィリアムを従者に抜擢したのだ。

遊び友達や学友としてならともかく、いくら本人がまだ子供だからと言って、王子の従者を子供が務めるなど異例のことだった。

しかしレスターは気にもかけずに、やはり彼を置いて城の外に出かけてしまった。

そしてこれも異例のことだったが、彼の逃亡を阻止できなかった罪でウィリアムは鞭打たれた。

さすがに自分と同じ年頃の子供が体罰を受けるのを見て、思うところがあったのだろう。

それからしばらくレスターは、おとなしくしていた。

さぞや大人達はホッとしたことだろう。が、いくらもたたないうちにやはり彼は、勝手にウロウロし始めた。

しかし大人達が騒ぎ出す前にウィリアムが彼に追いつけるようにと、ウィリアムにだけわかる“しるし”を残していくようになった。

その中の一つがこの、アルファベット一文字の手紙だった。

それはしょせん子供が考えた他愛もない小細工だったから、大人達にはすぐにばれて結局二人とも後でひどく叱られた。

けれどそれぞれのアルファベットが何を、あるいはどこを示すのかということは、今に至るまでレスターとウィリアムしか知らぬことだった。

ほんの数年前まで、レスターは時折、思い出したようにこの暗号を用いて、ウィリアムに意志を伝えたものだ。


「おやじ、この屋敷に井戸はあるか?」

「井戸? へぇ、使っていない枯れ井戸なら一つありますが?」

そこへ案内してもらったウィリアムは、付近を調べた。

すると目立たないよう、でも探す者があればそれとわかるように石が積んである場所があり、その下から、小さな紙切れが出てきた。

そこには、豆粒のような小さな字で
『部屋に帰って服を脱ぐこと。注:これは大事なことだから、すぐ実行するように』
と書いてあった。

これにはウィリアムも首をかしげる。

“いったい何の冗談です? 時間稼ぎのつもりですか?”
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...