薄明宮の奪還

ria

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第2部.アドニア〜リムウル 第3章

8.第二の追尾者

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夜が明けたばかりの街はいまだ夢から覚めやらず、薄闇と静寂の中でまどろんでいた。

街を貫く大通りにも、人影はほとんどない。

しかし今、石だたみに穏やかなひづめの音を響かせ、一頭の栗毛の馬が歩いていく。

「ああ、ブラン……ゆっくりね。もう少しゆっくり……」

レスターは低く馬に声をかけた。

顔色は冴えず、うつむいて目を閉じ、馬が進むにまかせている。

「うう……さすがに飲み過ぎたな……」

鈍い頭痛に見舞われている頭を押さえ、つぶやく。

「やけ酒は体に応えるというのは本当らしい……もうやめる……から、頼むよブラン、もう少しゆっくり歩いてくれないかな……」

馬の歩みは極端に遅かったが、やがて道の行く手に門が現れた。

隣国リムウルへと続く街道の、最後の宿場として興ったこの町は、北と南に向かってその出入り口を開いている。

平和な時代が長く続いたこともあり、門と言っても名ばかりだ。門番がいるわけでもない。


背筋を伸ばして騎乗してはいたが、うつむいたままだったレスターは、ほとんど気づかずに門を通りすぎるところだった。

しかしその時。後ろから聞こえてくる早駆けの馬の足音に、レスターはハッと顔を上げた。

一瞬、ウィリアムが追いかけてきたのかと身構える。が、

“まさかね……そんなはずはない”

と、思い直した。

「ぼくに関係ない人が道を急いでいるのなら御の字……そうじゃなきゃ誰にせよ隠れた方が良さそうだが……、」

とつぶやきながらも、彼は同じ調子でそのままゆっくり馬を歩ませ、門をくぐり抜けた。


門の外には畑が広がっていて、隠れる所などどこにもない。

背後からの馬はついにレスターに迫り、精一杯張り上げたかすれた少年の声が響いた。

「待って……ねぇ、待ってよ!!」

レスターは頭痛がさらにひどくなるのを感じながら、手綱を引いて立ち止まった。

ゆっくりと振り返り、追いついてきた馬の乗り手に言う。

「やあ君か。おはよう、早起きだね」

「ひどいや! 酒場に行ったら、とっくに帰ったって……」

レスターは少年の手に硬貨の袋が握られているのを見て微笑んだ。

「何がひどいって? よせばいいのにあの男、急ピッチであおるもんだからすぐ酔いつぶれてしまってね。

 お陰で君の財産にも手をつけずにすんだよ。あそこの店主はなかなかの好人物だな。

 君と馴染みだそうだから頼んでおいたんだが、ちゃんと受け取ってくれたんだろう?」

少年はちっとも聞いていなかった。

思い詰めた目をして、相変わらず風邪の治りきっていない少しかすれた声で、叫ぶように言った。

「おれ、決めたんだ! あなたと一緒に、おれもこの町を出る!!」

“あ……”

レスターはうなだれ、優美な指で眉間を押さえて目を閉じた。

“嫌な予感、的中……”
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