薄明宮の奪還

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第2部.アドニア〜リムウル 第3章

7.愚痴

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自分の言に反し、レスターはかなりの勢いでグラスを空けた。

アルコールには相当強いはずの彼が、少々頬を染め、潤んだ瞳に憂いを宿らせて、とめどもなく愚痴を吐くのを、ウィリアムは驚きながら聞いていた。

「……どうして行かせたりしたんだろう。……後悔してる。

 あっちは馬に乗れないアイリーンを連れてるんだ、半日の遅れなどすぐに取り戻せると踏んだんだが……それも行く先がわかっていたからこそだ。

 まさかこんなことになるとは……。しかし自分で自分を一番許せないのは……」

レスターはそこで、もう何度目かも知れない大きなため息をついた。

「あの子は最後までぼくを巻き込むまいと口をつぐもうとしてた。

 “もし、お兄様まで殺されてしまったら……”

 打ち明け話をする前、確かにそう言ったんだ。

 それはつまり……自分に関わればぼくの命まで危ないと、彼女が危機感を抱いていた証拠だよ。

 何しろあの夜は、時間がなかった。何かまだぼくに話し切れていないことがあったに違いない。

 彼女は危険が去ったわけではないと知っていたんだ……。

 いくら彼女を逃がすためにあの数日間、不眠不休で動いていたからって、何だってそんな大事なことを失念していたんだろう?

 ……ぼくとしたことが、一世一代の不覚だよ。あの時あの場で、そのことに思い至っていれば……決して二人きりで行かせはしなかった。

 たとえ途中であの男と、刺し違えることになってもね……」

「しかし相手は得体の知れない術を使う魔法使いでしょう?

 いくらあなたの腕が確かでも、剣で対抗できるとは思えませんが……」

ウィリアムは、剣の腕なら誰にも引けを取らないと自負していたが、魔法だの魔力だのわけのからないことには、関わりたくもなかった。

 できることならそんな危険な相手に、大事な主君のレスターも関わらせたくはないのだが、それを言うとまた怒られそうなので賢明にも口をつぐんでいる。

「魔法使いと言っても相手は人間だ、弱点くらいあるだろう。

 頭からかなわないと決めてかかるもんじゃないよ。

 ……しかし、どうも、腑に落ちないのは……」

レスターはすっと表情を引き締め、目を細めた。

とたんに、酔いが回っていたはずのその端正な顔に、怜悧な印象が戻ってくる。

「お前も聞いたか? ギメリックの率いる侵略軍がいよいよリムウルに侵攻し、今月初めから国境周辺で小競り合いを繰り返しているという話を?

 リムウルから来たという商人に話を聞いたが、総指揮官は“黒髪の悪魔”に間違いないらしい。

 アイリーンは、石を奪いに来た男はギメリックだと言っていたけど……どう考えても、今月初めにエンドルーアとリムウルの国境近くにいた男が、エディスが殺されたあの日にしろその5日前にしろ、アドニアにいたと考えるのは……無理がある。

 遠すぎるじゃないか? そりゃね、そういう魔法があるのかも知れないが……そんな例は今まで一度も報告されていないし……」

「では、アイリーン様をさらって行ったのはギメリックの名を語る偽物だと? いったい、何のためにそんな嘘を?」

レスターは眉をひそめ、瞳を曇らせた。

「……わからない。侵略軍の大将の方が偽物、あるいは、影武者という可能性だってある。

 どちらが本物なのか、見当もつかない。

 ……くそ! どっちでもいい! とにかく彼女が無事なら……!!」

レスターは苛立ち、拳でテーブルを叩いた。

「そのう……言いにくいことではございますが、そんな得体の知れない輩に連れ去られて、もしやアイリーン様はもう……」

激しく怒るかと思いきや、レスターは案外冷静に言葉を継いだ。

「ああも無惨にエディスを殺したやつが、何でわざわざ他人になりすますようなことをしてアイリーンをさらっていったと思う?

 無理矢理連れて行くことも、その気になれば殺すことも出来ただろうに……。

 彼女におとなしくついてきてもらう必要があったんだ……それしかないだろう。

 てことは、彼女は無事だよ、きっと」

そこまで言ってレスターは、額に手をやってうなだれた。

「……そう思ってなきゃ……やりきれない。
 
 心配で気が狂いそうなんだ、頼むからこれ以上不安にさせないでくれ……」
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