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第2部.アドニア〜リムウル 第2章
23.嘘つき
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ギメリックはベッドにアイリーンを座らせると、傷を洗い、手当を始めた。
「……っ!!……」
触れられるとひどく痛む傷もあり、アイリーンは悲鳴をかみ殺し、奥歯を食いしばった。
今まで緊張のためかそれほど感じなかったのに、二度も拳を食らったみぞおちも、少し腹部に力を入れるだけで激しく痛んだ。
てきぱきと手を動かしながら、ギメリックは言った。
「チクチクするところはないか? 異物が入っているなら取っておかないと、化膿でもしたらコトだ」
「……大丈夫みたい……チクチクは、しないわ……痛いけど」
「靴も履かずに飛び出したりするから、こんなことになる」
まぁそのおかげで、ある程度彼女の足跡をたどることができたのだが……。それにしても痛々しい足だった。
「履いてる暇がなかったんだもの」
「お前が部屋を出た理由はわかったが、なぜ、結界から出てすぐに心話を使わなかった」
「だって目で見て確認できるまで呼ぶなって……」
「……」
ギメリックは絶句し、あきれたように彼女の顔を見上げた。
「どうしてそういう……余計なところで、バカがつくほど素直なんだ? 非常事態の場合はそんなこと言ってられないだろう!」
「……」
言われてみれば確かにその通りだった。
“ほんと、バカみたい……私……”
いくら気が動転していたとはいえ、少し考えればわかりそうなものだったのに。
アイリーンは情けなくなってきた。あんなに怖い思いをしたのも、こんな痛い目にあう羽目になったのも、み~んな自分がバカだったせいなのだ……。
再び彼女の足に視線を落とし、手当を続けながら、彼は言った。
「だいたい、俺の後をつけていた奴の後ろから近づけば、俺に会う前にそいつに遭遇するのだということぐらい、気づくだろう普通。全く、妙に察しが良いかと思えば肝心な所で抜けている。バカなんだか利口なんだか……」
そう言いつつ手当を済ませたギメリックは、彼女の顔を見てギョッとした。
「あ?……っと……え、その……ああっ! もういい! 泣くなっ」
「……泣いてなんか、……」言葉は続かなかった。
ギメリックが彼女を引き寄せて、力一杯抱きしめたからだ。
彼の胸に顔を押しつけられて息苦しくなったアイリーンは、泣くのをやめて首をよじり、横を向いた。
「ギメリック、苦し……」
小さく抗議の声を上げかけたとき。彼の指が彼女のあごをすくい、唇がアイリーンのそれを塞いだ。
それはほんの一瞬で、アイリーンが何が起こったかわからないうちに終わっていた。
「その……こういうことを、されなかったか? あいつに……」
少々バツが悪そうに、彼は尋ねた。
「あ……されたわ」
どうして知ってるの?と、口元を押さえ、赤い顔をして聞いてくるアイリーンに、彼は何と言ってよいやら困ってしまう。
「……つまり、だから……ベッドで一緒には、眠れないわけだ……」
「? 何のこと?」
きょとんとしているアイリーンの様子に、たいしたことはされていなさそうだと胸をなで下ろしたが、それはそれでまた、何だかもの悲しいような複雑な気分になる彼だった。
「……いや、いい……何でもない」
……まあ、彼女が魔力を保っているところを見ると、大事なかったのだ……。
それで思い出したというように、アイリーンは尋ねた。
「ああ、そう言えば、あなた床で寝てたでしょ? どうして?」
“しまった、やぶ蛇だった……”
ギメリックは内心頭をかかえ、
「え、だから……、う……ええと……」
と言いながら、何かもっともらしい理由はないかと考えた。
「……お前の寝相が最悪だったからだ。何度も殴られたり蹴られたりしたんで、耐えられず……」
「うそっ!」
赤くなって叫んだ彼女だったが、すぐに心配そうになり、上目づかいで聞いてきた。
「……本当?」
その様子があまりに可愛らしかったので、彼は思わず白状した。
「……ウソだ」
そして彼女の反応が可笑しくて、笑い出した。
笑いながら背中を向けると、彼は出発の仕度をするために荷物をまとめ始めた。
「何よもうっ! あなたって、ほんっと、嘘つきね!」
怒りながらも、アイリーンは意外な思いで、彼を見つめた。
“……笑ったわ、この人”
初めて見た彼の笑顔は、何だか感じがよかった。
今まで、ただ恐ろしいだけだったギメリックのイメージとは、どこかちぐはぐな印象だった。
“この人も……こんなふうに、普通に笑えるのね……”
アイリーンはホッとした。
正直なところ、エンドルーアの皇太子であるはずのこの男が、なぜ自国の臣と戦ってまで自分を守ってくれるのか……さっぱりわけがわからない。
無理矢理石を奪われたことや、ティレルを殺すと言われたことなど、気になることもたくさんあったが、“基本的に嘘つき”と認識したこの男の、何が真実で何が偽りなのか、アイリーンには判断がつかなかった。
とにかく今は彼が自分を守ると言ってくれた言葉を、信じるほかなかった。
頼れる者は彼しかいないこの状況で、自分には選択の余地はないのだ。
それにしても……、さっきのあれは、何だったのだろう……?
何だか、うやむやになってしまったけど……キス……されたような……。
思い出すと顔が火照ってくる。
“なんであんなことしたの?……ほんとうに、この人、わけがわからない……”
「……っ!!……」
触れられるとひどく痛む傷もあり、アイリーンは悲鳴をかみ殺し、奥歯を食いしばった。
今まで緊張のためかそれほど感じなかったのに、二度も拳を食らったみぞおちも、少し腹部に力を入れるだけで激しく痛んだ。
てきぱきと手を動かしながら、ギメリックは言った。
「チクチクするところはないか? 異物が入っているなら取っておかないと、化膿でもしたらコトだ」
「……大丈夫みたい……チクチクは、しないわ……痛いけど」
「靴も履かずに飛び出したりするから、こんなことになる」
まぁそのおかげで、ある程度彼女の足跡をたどることができたのだが……。それにしても痛々しい足だった。
「履いてる暇がなかったんだもの」
「お前が部屋を出た理由はわかったが、なぜ、結界から出てすぐに心話を使わなかった」
「だって目で見て確認できるまで呼ぶなって……」
「……」
ギメリックは絶句し、あきれたように彼女の顔を見上げた。
「どうしてそういう……余計なところで、バカがつくほど素直なんだ? 非常事態の場合はそんなこと言ってられないだろう!」
「……」
言われてみれば確かにその通りだった。
“ほんと、バカみたい……私……”
いくら気が動転していたとはいえ、少し考えればわかりそうなものだったのに。
アイリーンは情けなくなってきた。あんなに怖い思いをしたのも、こんな痛い目にあう羽目になったのも、み~んな自分がバカだったせいなのだ……。
再び彼女の足に視線を落とし、手当を続けながら、彼は言った。
「だいたい、俺の後をつけていた奴の後ろから近づけば、俺に会う前にそいつに遭遇するのだということぐらい、気づくだろう普通。全く、妙に察しが良いかと思えば肝心な所で抜けている。バカなんだか利口なんだか……」
そう言いつつ手当を済ませたギメリックは、彼女の顔を見てギョッとした。
「あ?……っと……え、その……ああっ! もういい! 泣くなっ」
「……泣いてなんか、……」言葉は続かなかった。
ギメリックが彼女を引き寄せて、力一杯抱きしめたからだ。
彼の胸に顔を押しつけられて息苦しくなったアイリーンは、泣くのをやめて首をよじり、横を向いた。
「ギメリック、苦し……」
小さく抗議の声を上げかけたとき。彼の指が彼女のあごをすくい、唇がアイリーンのそれを塞いだ。
それはほんの一瞬で、アイリーンが何が起こったかわからないうちに終わっていた。
「その……こういうことを、されなかったか? あいつに……」
少々バツが悪そうに、彼は尋ねた。
「あ……されたわ」
どうして知ってるの?と、口元を押さえ、赤い顔をして聞いてくるアイリーンに、彼は何と言ってよいやら困ってしまう。
「……つまり、だから……ベッドで一緒には、眠れないわけだ……」
「? 何のこと?」
きょとんとしているアイリーンの様子に、たいしたことはされていなさそうだと胸をなで下ろしたが、それはそれでまた、何だかもの悲しいような複雑な気分になる彼だった。
「……いや、いい……何でもない」
……まあ、彼女が魔力を保っているところを見ると、大事なかったのだ……。
それで思い出したというように、アイリーンは尋ねた。
「ああ、そう言えば、あなた床で寝てたでしょ? どうして?」
“しまった、やぶ蛇だった……”
ギメリックは内心頭をかかえ、
「え、だから……、う……ええと……」
と言いながら、何かもっともらしい理由はないかと考えた。
「……お前の寝相が最悪だったからだ。何度も殴られたり蹴られたりしたんで、耐えられず……」
「うそっ!」
赤くなって叫んだ彼女だったが、すぐに心配そうになり、上目づかいで聞いてきた。
「……本当?」
その様子があまりに可愛らしかったので、彼は思わず白状した。
「……ウソだ」
そして彼女の反応が可笑しくて、笑い出した。
笑いながら背中を向けると、彼は出発の仕度をするために荷物をまとめ始めた。
「何よもうっ! あなたって、ほんっと、嘘つきね!」
怒りながらも、アイリーンは意外な思いで、彼を見つめた。
“……笑ったわ、この人”
初めて見た彼の笑顔は、何だか感じがよかった。
今まで、ただ恐ろしいだけだったギメリックのイメージとは、どこかちぐはぐな印象だった。
“この人も……こんなふうに、普通に笑えるのね……”
アイリーンはホッとした。
正直なところ、エンドルーアの皇太子であるはずのこの男が、なぜ自国の臣と戦ってまで自分を守ってくれるのか……さっぱりわけがわからない。
無理矢理石を奪われたことや、ティレルを殺すと言われたことなど、気になることもたくさんあったが、“基本的に嘘つき”と認識したこの男の、何が真実で何が偽りなのか、アイリーンには判断がつかなかった。
とにかく今は彼が自分を守ると言ってくれた言葉を、信じるほかなかった。
頼れる者は彼しかいないこの状況で、自分には選択の余地はないのだ。
それにしても……、さっきのあれは、何だったのだろう……?
何だか、うやむやになってしまったけど……キス……されたような……。
思い出すと顔が火照ってくる。
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