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第2部.アドニア〜リムウル 第2章
22.救出
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「ねぇ、もういいわ、降ろして」
ギメリックに抱かれたまま運ばれているのは落ち着かなかった。
最初、自分で歩くから、と言ってみたのだが、彼からは一言、
「この方が早い」と返されたきりだった。その後は何度訴えても無視され続けている。
あまりのそっけなさに、アイリーンは心の中でため息をついた。
“この人からいろんなことを聞き出すのは、至難の業だわ、きっと……”
ギメリックの魔力は驚くべきものだった。
ルバートの結界などものともせず、おそらく彼に気づかれないよう何らかの策を施して、ギメリックはアイリーンを抱いて塀を乗り越えた。
彼が少し助走をつけてジャンプすると、後は風が彼らの体を塀の向こうへと運んでくれたのだ。
屋敷は町はずれの丘陵地帯に続く森の中に、半ば埋もれるようにして建っていた。
ルバートの追っ手を警戒してか、ギメリックは急ぎ足で街へと向かっていた。
さっきはパニックになっていて、単純に、エンドルーアの密偵であるルバートが、この男の命令でそうしているのだと思ったが……よくよく考えてみればそれはおかしいということにアイリーンは気づいた。
もしそうなら、ルバートも部下の男も、エリアードが実は自分の主君だということぐらい、わかるだろう。
それに森で襲ってきた相手を、ギメリックは何人も倒している。
味方同士でそんなことをするはずもない。
でもそれなら……あの男が、ギメリックは自分の主君の名だと言ったのは……どういうことだろう?
“俺を信じろ、ですって? 信じられるのは……あなたとルバートたちの勢力が、今は敵対しているということ……それだけよ”
アイリーンがじっと彼の顔を見上げていると、視線を感じたのかチラリと見下ろしてきたギメリックと一瞬、目が合った。アイリーンはひやりとしてあわてて目をそらす。
相変わらず、刺すように鋭い視線だった。……とても恐ろしい。
でも、そうでなければ……非常にまれな、美しい宝石のような瞳なのに……と、アイリーンは思った。
どうして初めて会ったときすぐに、彼がエンドルーアの王族だと気づかなかったのかと、今更ながらアイリーンは不思議に思う。
トパーズの瞳は女神フレイヤの血を引く確かな印、ユリアからそう聞いたことがあったのに……。
アイリーンの頭に、乳母から聞かされた女神フレイヤの伝説がよみがえってきた。
エンドルーア王家の祖と言われるフレイヤは、月と太陽の女神。
その髪は月の光のごとく銀色に、瞳は太陽のごとく、熱く鮮烈なトパーズの黄色に輝いていたという……。
しかし、かの“暗黒の7日間”、彼女の髪は怒りと悲しみのため黒く染まった。
そして荒れ狂う彼女を鎮めるために、彼女の娘が自ら命を絶ったとき……フレイヤの瞳は紫に染まり、そこから一粒の涙がこぼれ落ちた……。
黒い髪、紫の瞳となったフレイヤは、傷ついた心を抱え、迎えに来た神々とともに、遠く西方の海の彼方、神々の住む地へと去って行ったのだ。
ああ、この人の姿を恐ろしく思うのは……きっと、フレイヤの“暗黒の7日間”の姿そのままだから……。
アドニアで育った自分でさえそう思うのだ。エンドルーアの人々に、黒髪にトパーズの瞳をしたギメリックは、どんな風に思われているのだろう……。
なぜだかアイリーンはそう思い、どうして自分がそんな想像をして、勝手に胸を痛めているのかわからなかった。
アイリーンが何となく沈んだ気持ちで物思いにふけっていると、ふいにギメリックが声をかけてきた。
「街に入るぞ。目くらましを使え」
「え……?」
アイリーンはギメリックの顔を見上げたが、彼は前を向いたまま言った。
「お前の様子は人目を引きすぎる。俺がいいと言うまで、姿を見せるな」
確かに……横抱きにされて運ばれているところを、人にじろじろ見られるのは恥ずかしい。
そう思ったアイリーンは言われたとおり魔力を使って自分の姿を隠した。
ギメリックも、再びエリアードの姿を身にまとった。
ギメリックが目立ちすぎる、と言ったのは違う意味だった。
アイリーン自身は全く気づいていない様子だが、彼女が着せられているのはどう見ても寝間着で、衿ぐりは広くあき、白い布地と言えば体のラインがぎりぎり透けるか透けないかという代物だった。
ルバートが何をもくろんでいたかは一目瞭然だ。ギメリックが彼女をあまり見ようとしないのは、目のやり場に困るからだった。
マントを被せてやればよいようなものだが、理由を聞かれると困る。それに本人が気づいていないのだ、別にかまうまい。
彼女の靴は持ってきていたが、こんなに足に怪我をしているのに、歩かせるわけにはいかなかった。
急いでいるのも本当だが、それはルバートの追跡を警戒する気持ちに加え、彼女の怪我の手当を早くしたいがためだった。
傷口から悪い病でも入り込んだりしたら、取り返しがつかない。消毒してやりたくても、荷物は全て宿に置いたままだったのだ。
人の多い大通りを避け、ギメリックはいつ覚えたのか、迷路のような裏道を通って朝方飛び出してきた宿に帰り着いた。もう昼を少し回っている。
「さて……宿屋のおやじに、馬と荷物を処分されていなければいいんだがな……」
ギメリックはつぶやいたが、それほど心配はしていなかった。
何かあった時のためにと用心し、良心的な経営者の宿を選んであるのだ。
思った通りその甲斐あって、宿の主人は心配していた様子で、驚きながらも暖かく迎えてくれた。
「迷惑をかけたな。もう一泊分の宿代を払うから、あと一時、空いている部屋を貸してくれ」
と言うギメリックの頼みにも快く応じてくれたのだった。
ギメリックに抱かれたまま運ばれているのは落ち着かなかった。
最初、自分で歩くから、と言ってみたのだが、彼からは一言、
「この方が早い」と返されたきりだった。その後は何度訴えても無視され続けている。
あまりのそっけなさに、アイリーンは心の中でため息をついた。
“この人からいろんなことを聞き出すのは、至難の業だわ、きっと……”
ギメリックの魔力は驚くべきものだった。
ルバートの結界などものともせず、おそらく彼に気づかれないよう何らかの策を施して、ギメリックはアイリーンを抱いて塀を乗り越えた。
彼が少し助走をつけてジャンプすると、後は風が彼らの体を塀の向こうへと運んでくれたのだ。
屋敷は町はずれの丘陵地帯に続く森の中に、半ば埋もれるようにして建っていた。
ルバートの追っ手を警戒してか、ギメリックは急ぎ足で街へと向かっていた。
さっきはパニックになっていて、単純に、エンドルーアの密偵であるルバートが、この男の命令でそうしているのだと思ったが……よくよく考えてみればそれはおかしいということにアイリーンは気づいた。
もしそうなら、ルバートも部下の男も、エリアードが実は自分の主君だということぐらい、わかるだろう。
それに森で襲ってきた相手を、ギメリックは何人も倒している。
味方同士でそんなことをするはずもない。
でもそれなら……あの男が、ギメリックは自分の主君の名だと言ったのは……どういうことだろう?
“俺を信じろ、ですって? 信じられるのは……あなたとルバートたちの勢力が、今は敵対しているということ……それだけよ”
アイリーンがじっと彼の顔を見上げていると、視線を感じたのかチラリと見下ろしてきたギメリックと一瞬、目が合った。アイリーンはひやりとしてあわてて目をそらす。
相変わらず、刺すように鋭い視線だった。……とても恐ろしい。
でも、そうでなければ……非常にまれな、美しい宝石のような瞳なのに……と、アイリーンは思った。
どうして初めて会ったときすぐに、彼がエンドルーアの王族だと気づかなかったのかと、今更ながらアイリーンは不思議に思う。
トパーズの瞳は女神フレイヤの血を引く確かな印、ユリアからそう聞いたことがあったのに……。
アイリーンの頭に、乳母から聞かされた女神フレイヤの伝説がよみがえってきた。
エンドルーア王家の祖と言われるフレイヤは、月と太陽の女神。
その髪は月の光のごとく銀色に、瞳は太陽のごとく、熱く鮮烈なトパーズの黄色に輝いていたという……。
しかし、かの“暗黒の7日間”、彼女の髪は怒りと悲しみのため黒く染まった。
そして荒れ狂う彼女を鎮めるために、彼女の娘が自ら命を絶ったとき……フレイヤの瞳は紫に染まり、そこから一粒の涙がこぼれ落ちた……。
黒い髪、紫の瞳となったフレイヤは、傷ついた心を抱え、迎えに来た神々とともに、遠く西方の海の彼方、神々の住む地へと去って行ったのだ。
ああ、この人の姿を恐ろしく思うのは……きっと、フレイヤの“暗黒の7日間”の姿そのままだから……。
アドニアで育った自分でさえそう思うのだ。エンドルーアの人々に、黒髪にトパーズの瞳をしたギメリックは、どんな風に思われているのだろう……。
なぜだかアイリーンはそう思い、どうして自分がそんな想像をして、勝手に胸を痛めているのかわからなかった。
アイリーンが何となく沈んだ気持ちで物思いにふけっていると、ふいにギメリックが声をかけてきた。
「街に入るぞ。目くらましを使え」
「え……?」
アイリーンはギメリックの顔を見上げたが、彼は前を向いたまま言った。
「お前の様子は人目を引きすぎる。俺がいいと言うまで、姿を見せるな」
確かに……横抱きにされて運ばれているところを、人にじろじろ見られるのは恥ずかしい。
そう思ったアイリーンは言われたとおり魔力を使って自分の姿を隠した。
ギメリックも、再びエリアードの姿を身にまとった。
ギメリックが目立ちすぎる、と言ったのは違う意味だった。
アイリーン自身は全く気づいていない様子だが、彼女が着せられているのはどう見ても寝間着で、衿ぐりは広くあき、白い布地と言えば体のラインがぎりぎり透けるか透けないかという代物だった。
ルバートが何をもくろんでいたかは一目瞭然だ。ギメリックが彼女をあまり見ようとしないのは、目のやり場に困るからだった。
マントを被せてやればよいようなものだが、理由を聞かれると困る。それに本人が気づいていないのだ、別にかまうまい。
彼女の靴は持ってきていたが、こんなに足に怪我をしているのに、歩かせるわけにはいかなかった。
急いでいるのも本当だが、それはルバートの追跡を警戒する気持ちに加え、彼女の怪我の手当を早くしたいがためだった。
傷口から悪い病でも入り込んだりしたら、取り返しがつかない。消毒してやりたくても、荷物は全て宿に置いたままだったのだ。
人の多い大通りを避け、ギメリックはいつ覚えたのか、迷路のような裏道を通って朝方飛び出してきた宿に帰り着いた。もう昼を少し回っている。
「さて……宿屋のおやじに、馬と荷物を処分されていなければいいんだがな……」
ギメリックはつぶやいたが、それほど心配はしていなかった。
何かあった時のためにと用心し、良心的な経営者の宿を選んであるのだ。
思った通りその甲斐あって、宿の主人は心配していた様子で、驚きながらも暖かく迎えてくれた。
「迷惑をかけたな。もう一泊分の宿代を払うから、あと一時、空いている部屋を貸してくれ」
と言うギメリックの頼みにも快く応じてくれたのだった。
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