57 / 198
第2部.アドニア〜リムウル 第2章
13.精神攻撃
しおりを挟む
彼がもう一度、心の中でアイリーンに詫びたとき。
長いまつげが震えたかと思うと、彼女が目を覚ました。
パッチリ開いた大きな瞳は、澄んだ青色。その瞳に見つめられ、彼は激しく動揺した。
彼女は自分を横抱きにしている彼の顔をじっと見上げて、やがて言った。
「あなた……、あの時の人ね。森の中で、私たちを襲ってきた……」
彼の腕に抱かれていることに特に抵抗する様子はない。
先ほどの抵抗で疲れ果て、その気力も体力もないせいだが、彼女が敏感に、彼の心の中の彼女に対する同情心を感じ取ったからでもあった。
「気づいていたら……近づいたりしなかったのに」と、ため息をつく。
「……まだ魔力に目覚めて間もないのでしょう。力が不安定なのは仕方がありません。私も精一杯、自分の魔力を使って隠していましたから」
男はなぜ自分がこうも素直に、しかも丁寧に答えているのかわからなかったが、そうせずにはいられない何かが、彼女の中にあった。
アイリーンは、手首に巻かれている鎖のもたらす痛みに眉をひそめた。
両手を目の前に持ち上げて眺め、不思議に思う。
これほどの痛みを感じるのに、見た目には何の損傷もない。
先ほど吊られていた時にできたらしい跡が少し、ついているだけだった。
「どうしてこんなことするの? 私があなたに何かした?」
「すみません……助けて差し上げたいが、私は主人に逆らうことは、できません……その代わり、何でも、あなたの助けになりそうなことは教えて差し上げたいと思います。主人のこと以外なら……」
苦しげに答える男の顔を、アイリーンはまた、じっと見上げた。
「……私、幻獣を倒したことがあるけど、無意識で……攻撃の魔力をどうやって使えばいいのかわからないの。教えてくれない?」
「言葉で教わってすぐにマスターできるような簡単なものではないのです。
それに魔物相手と人間相手では、勝手も違う。
魔物に対抗する力はエンドルーア王家に備わった天性のようなものですから……無意識にでも倒せたというのは、納得できますが……」
「……」
不安そうな彼女の瞳を見て、男は思わず口走っていた。
「館の周りの結界を、私が一瞬だけ解きましょう。その時、彼を呼びなさい。あなたのナイトはとてつもない魔力をお持ちだ、必ずここを探し当てて助けに来るでしょう」
アイリーンは少し考えていたが、
「どうして、彼が私の敵だなんて言ったの?」と聞いた。
「あなたを彼から引き離すためですよ。
精神的に揺さぶりをかけるのが魔力戦での常套手段……。
防御や攻撃の魔力を使うには強い精神力と集中力が必要です。
それを崩すには、相手の心に迷いや疑いを吹き込んで自滅させるのが一番なのです。
彼には通用しそうもなかったから、防御の弱いあなたにターゲットを絞って精神攻撃をかけたのですが……あなたにも、通じませんでしたね」
男は薄く、苦い笑いを浮かべた。
そして一瞬、躊躇するように口をつぐみ、それから言った。
「……聞いてしまえば私は主人に問われたとき答えざるを得ませんから、彼が何者であるかは聞きますまい。
しかし……魔力を持つ者が腰に剣を携えているとは……驚きました。
柄に革を巻いた特殊な作りの剣のようでしたが……それにしても、鍛え上げた鉄を身につけて、辛くないわけがありません。
袋に空いた穴から水が漏れるように、常に魔力を消耗しているはずです。
それなのに……彼はその上、二人分の結界を張り続けながら旅をしている。
普通では考えられないほどの魔力です。私と主人の魔力を合わせても、魔力戦では彼にはかなわないでしょう。
しかしこちらには数を頼んだ武力がある。……お気をつけなさい。
魔力を持つ者にとって、刃物による傷は命取りになりかねない。常人の何倍ものダメージを受けるのですから。
体の回りに結界を張ることによってそれは防げますが、魔力で強化された剣だとそうもいかない、しかも魔力で攻撃を仕掛ける瞬間には、結界は解かねばなりません。
だから我らは、魔力を持つ者と常人の剣士、両方を混ぜたチームでもって、魔力を持つ者を狩るのです」
長いまつげが震えたかと思うと、彼女が目を覚ました。
パッチリ開いた大きな瞳は、澄んだ青色。その瞳に見つめられ、彼は激しく動揺した。
彼女は自分を横抱きにしている彼の顔をじっと見上げて、やがて言った。
「あなた……、あの時の人ね。森の中で、私たちを襲ってきた……」
彼の腕に抱かれていることに特に抵抗する様子はない。
先ほどの抵抗で疲れ果て、その気力も体力もないせいだが、彼女が敏感に、彼の心の中の彼女に対する同情心を感じ取ったからでもあった。
「気づいていたら……近づいたりしなかったのに」と、ため息をつく。
「……まだ魔力に目覚めて間もないのでしょう。力が不安定なのは仕方がありません。私も精一杯、自分の魔力を使って隠していましたから」
男はなぜ自分がこうも素直に、しかも丁寧に答えているのかわからなかったが、そうせずにはいられない何かが、彼女の中にあった。
アイリーンは、手首に巻かれている鎖のもたらす痛みに眉をひそめた。
両手を目の前に持ち上げて眺め、不思議に思う。
これほどの痛みを感じるのに、見た目には何の損傷もない。
先ほど吊られていた時にできたらしい跡が少し、ついているだけだった。
「どうしてこんなことするの? 私があなたに何かした?」
「すみません……助けて差し上げたいが、私は主人に逆らうことは、できません……その代わり、何でも、あなたの助けになりそうなことは教えて差し上げたいと思います。主人のこと以外なら……」
苦しげに答える男の顔を、アイリーンはまた、じっと見上げた。
「……私、幻獣を倒したことがあるけど、無意識で……攻撃の魔力をどうやって使えばいいのかわからないの。教えてくれない?」
「言葉で教わってすぐにマスターできるような簡単なものではないのです。
それに魔物相手と人間相手では、勝手も違う。
魔物に対抗する力はエンドルーア王家に備わった天性のようなものですから……無意識にでも倒せたというのは、納得できますが……」
「……」
不安そうな彼女の瞳を見て、男は思わず口走っていた。
「館の周りの結界を、私が一瞬だけ解きましょう。その時、彼を呼びなさい。あなたのナイトはとてつもない魔力をお持ちだ、必ずここを探し当てて助けに来るでしょう」
アイリーンは少し考えていたが、
「どうして、彼が私の敵だなんて言ったの?」と聞いた。
「あなたを彼から引き離すためですよ。
精神的に揺さぶりをかけるのが魔力戦での常套手段……。
防御や攻撃の魔力を使うには強い精神力と集中力が必要です。
それを崩すには、相手の心に迷いや疑いを吹き込んで自滅させるのが一番なのです。
彼には通用しそうもなかったから、防御の弱いあなたにターゲットを絞って精神攻撃をかけたのですが……あなたにも、通じませんでしたね」
男は薄く、苦い笑いを浮かべた。
そして一瞬、躊躇するように口をつぐみ、それから言った。
「……聞いてしまえば私は主人に問われたとき答えざるを得ませんから、彼が何者であるかは聞きますまい。
しかし……魔力を持つ者が腰に剣を携えているとは……驚きました。
柄に革を巻いた特殊な作りの剣のようでしたが……それにしても、鍛え上げた鉄を身につけて、辛くないわけがありません。
袋に空いた穴から水が漏れるように、常に魔力を消耗しているはずです。
それなのに……彼はその上、二人分の結界を張り続けながら旅をしている。
普通では考えられないほどの魔力です。私と主人の魔力を合わせても、魔力戦では彼にはかなわないでしょう。
しかしこちらには数を頼んだ武力がある。……お気をつけなさい。
魔力を持つ者にとって、刃物による傷は命取りになりかねない。常人の何倍ものダメージを受けるのですから。
体の回りに結界を張ることによってそれは防げますが、魔力で強化された剣だとそうもいかない、しかも魔力で攻撃を仕掛ける瞬間には、結界は解かねばなりません。
だから我らは、魔力を持つ者と常人の剣士、両方を混ぜたチームでもって、魔力を持つ者を狩るのです」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。
運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。
憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。
異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる