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第2部.アドニア〜リムウル 第2章
11.夢
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暗い森の中を、アイリーンは走っていた。
闇の中から不意に、瘤だらけの幹に陰鬱な影のような葉をからませた、不気味な木々が立ちはだかる。
悪意に満ちた曲がりくねった木の根と、うっそうと生い茂る下生えのため、思うように前へ進まない。気が焦るばかりだ。
アイリーンにはわかっていた。後ろから、あの男が追いかけてくる。
黒い髪とトパーズ色の目をしたあの男。その目は、憎しみに燃えている。
“殺される! 捕まったら、殺される!”
冷たい恐怖に体がこわばり、ますます足が動かない。逃げても逃げても、男は追ってくる。
何かに足をとられ、アイリーンは倒れた。
振り返ると、黒いシルエットとなった男の姿が、すぐそこに立っている。
「きゃぁぁぁっっっ!!」
男の手がアイリーンの首にのびてくる。
“もうダメ!”
そう思ったとき、辺りがパアッと明るくなった。
あまりの眩しさに男は腕を上げて目をかばい、そしてそのままの姿勢で消えていった。
次の瞬間、アイリーンは明るい森の中に立っていた。
目の前に、満々と水を湛えた美しい泉がある。
そばに誰か立って、同じように泉を見つめていた。女性の声で、その人が言った。
「力は、この自然界の至るところにあふれています。
古いものほど、大きな力を持っているのです。
太古の昔から存在する火や水や光には、私たちが利用したくらいではびくともしないほどの力が秘められています。
自らの魔力以上の力を必要とするとき、私たちはそこに在る“力”を集め、利用するのです。
さあ、やってみてごらんなさい。自分の中を空にして、周りの力を引き込むのです。
ちょうど水が、高いところから低いところへと流れるように……力を呼び落とすのです、自分という器の中へ……」
見るとその人は、女性にしては背が高く、黒紫のマントを頭からかぶって手には自分の背丈ほどもある長い杖を持っていた。
彼女はその杖を軽く、トン、と地面に降ろした。
とたんに、ザァッと強い風が吹いてきて、辺りの木々の葉を散らす。
アイリーンは思わず目を閉じた。深い時の重みを感じさせる、静かで凛とした彼女の声が、頭の中にこだますように響いてくる。
「……ですが、気をつけなければいけませんよ。決して、力を集めすぎてはいけません。
魔力を受ける器の大きさも、生まれながらに定まっているのですから……。
集めすぎた力を放出することができなければ、その力は自らを滅ぼしてしまいます……」
次に目を開けると、どこか知らない、建物の中だった。
荘厳な飾りのついた太い大理石の柱が何本も立ち並び、天井は見上げるような高さでアーチ型に集束している。
あまりに広いので、一番奥まった場所はよく見えないほどだが、どうやら玉座らしい、これもまた美々しく荘厳な飾りの施された椅子があった。
「アイリーン!」
強い声で呼ばれて振り向くと、ティレルが立っていた。
蒼い薄闇がただよう虚ろな空間の中、彼の周りだけが淡い銀の光に包まれている。
「ティレル……!」
アイリーンは広げられた彼の腕の中に飛び込んだ。
「良かった……! 無事だったのね?」
「いけない、こんな所に来ては……早く帰るんだ! やつらに気づかれる前に……!」
せっぱ詰まった口調の彼を見上げ、アイリーンは困ってしまう。
「帰り方がわからないわ。どうやってここに来たのかも、わからないのに……ここはどこ? あなたはいつもは、ここにいるの?」
やっぱり、彼はちゃんと人間として生きているんだわ、ここで……。
そう思うと無性に嬉しかった。ここでは、こんなに自然に彼と触れ合うことができる……。
「目を閉じて。ぼくが、帰してあげる……もといた所へ」
「どうしても、……すぐに帰らなくちゃいけない?」
悲しそうに尋ねるアイリーンに、ティレルは青い瞳を曇らせたが、決然としてうなずいた。
仕方なく、アイリーンが目を閉じると、ティレルは優しく彼女の額に口づけ、ささやいた。
「でも良かった、伝えなくちゃいけない大切なことがあったんだ。
忘れないで欲しい……ぼくと君の魔力は二人で一つ。
新月の夜は君に、満月の夜はぼくに、二人分の魔力が集まる。
だから満月の夜には気をつけて……。君にはほとんど魔力が残っていないから。
このことは誰にも言っちゃいけないよ。どんなに気を許した人にもね。
万が一敵に知られたら君の命取りになるし、逆に誰にも知られなければ、このことが、いつか君の助けになるかも知れない……」
アイリーンを抱きしめる彼の腕に一瞬、強く力がこもる。
「……さあ、行って!!」
ふわりと放されたかと思うと、自分の周りの空気が渦を巻いて流れていくのがわかる。
彼の気配とともに、最後につぶやいた彼の声がだんだん遠くなっていく……。
「アイリーン……愛してる。会えて、嬉しかったよ……ぼくの大事な……」
闇の中から不意に、瘤だらけの幹に陰鬱な影のような葉をからませた、不気味な木々が立ちはだかる。
悪意に満ちた曲がりくねった木の根と、うっそうと生い茂る下生えのため、思うように前へ進まない。気が焦るばかりだ。
アイリーンにはわかっていた。後ろから、あの男が追いかけてくる。
黒い髪とトパーズ色の目をしたあの男。その目は、憎しみに燃えている。
“殺される! 捕まったら、殺される!”
冷たい恐怖に体がこわばり、ますます足が動かない。逃げても逃げても、男は追ってくる。
何かに足をとられ、アイリーンは倒れた。
振り返ると、黒いシルエットとなった男の姿が、すぐそこに立っている。
「きゃぁぁぁっっっ!!」
男の手がアイリーンの首にのびてくる。
“もうダメ!”
そう思ったとき、辺りがパアッと明るくなった。
あまりの眩しさに男は腕を上げて目をかばい、そしてそのままの姿勢で消えていった。
次の瞬間、アイリーンは明るい森の中に立っていた。
目の前に、満々と水を湛えた美しい泉がある。
そばに誰か立って、同じように泉を見つめていた。女性の声で、その人が言った。
「力は、この自然界の至るところにあふれています。
古いものほど、大きな力を持っているのです。
太古の昔から存在する火や水や光には、私たちが利用したくらいではびくともしないほどの力が秘められています。
自らの魔力以上の力を必要とするとき、私たちはそこに在る“力”を集め、利用するのです。
さあ、やってみてごらんなさい。自分の中を空にして、周りの力を引き込むのです。
ちょうど水が、高いところから低いところへと流れるように……力を呼び落とすのです、自分という器の中へ……」
見るとその人は、女性にしては背が高く、黒紫のマントを頭からかぶって手には自分の背丈ほどもある長い杖を持っていた。
彼女はその杖を軽く、トン、と地面に降ろした。
とたんに、ザァッと強い風が吹いてきて、辺りの木々の葉を散らす。
アイリーンは思わず目を閉じた。深い時の重みを感じさせる、静かで凛とした彼女の声が、頭の中にこだますように響いてくる。
「……ですが、気をつけなければいけませんよ。決して、力を集めすぎてはいけません。
魔力を受ける器の大きさも、生まれながらに定まっているのですから……。
集めすぎた力を放出することができなければ、その力は自らを滅ぼしてしまいます……」
次に目を開けると、どこか知らない、建物の中だった。
荘厳な飾りのついた太い大理石の柱が何本も立ち並び、天井は見上げるような高さでアーチ型に集束している。
あまりに広いので、一番奥まった場所はよく見えないほどだが、どうやら玉座らしい、これもまた美々しく荘厳な飾りの施された椅子があった。
「アイリーン!」
強い声で呼ばれて振り向くと、ティレルが立っていた。
蒼い薄闇がただよう虚ろな空間の中、彼の周りだけが淡い銀の光に包まれている。
「ティレル……!」
アイリーンは広げられた彼の腕の中に飛び込んだ。
「良かった……! 無事だったのね?」
「いけない、こんな所に来ては……早く帰るんだ! やつらに気づかれる前に……!」
せっぱ詰まった口調の彼を見上げ、アイリーンは困ってしまう。
「帰り方がわからないわ。どうやってここに来たのかも、わからないのに……ここはどこ? あなたはいつもは、ここにいるの?」
やっぱり、彼はちゃんと人間として生きているんだわ、ここで……。
そう思うと無性に嬉しかった。ここでは、こんなに自然に彼と触れ合うことができる……。
「目を閉じて。ぼくが、帰してあげる……もといた所へ」
「どうしても、……すぐに帰らなくちゃいけない?」
悲しそうに尋ねるアイリーンに、ティレルは青い瞳を曇らせたが、決然としてうなずいた。
仕方なく、アイリーンが目を閉じると、ティレルは優しく彼女の額に口づけ、ささやいた。
「でも良かった、伝えなくちゃいけない大切なことがあったんだ。
忘れないで欲しい……ぼくと君の魔力は二人で一つ。
新月の夜は君に、満月の夜はぼくに、二人分の魔力が集まる。
だから満月の夜には気をつけて……。君にはほとんど魔力が残っていないから。
このことは誰にも言っちゃいけないよ。どんなに気を許した人にもね。
万が一敵に知られたら君の命取りになるし、逆に誰にも知られなければ、このことが、いつか君の助けになるかも知れない……」
アイリーンを抱きしめる彼の腕に一瞬、強く力がこもる。
「……さあ、行って!!」
ふわりと放されたかと思うと、自分の周りの空気が渦を巻いて流れていくのがわかる。
彼の気配とともに、最後につぶやいた彼の声がだんだん遠くなっていく……。
「アイリーン……愛してる。会えて、嬉しかったよ……ぼくの大事な……」
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