薄明宮の奪還

ria

文字の大きさ
上 下
52 / 198
第2部.アドニア〜リムウル 第2章

8.ため息

しおりを挟む
エリアード……いや、エリアードの姿をまとったギメリックは、足早に暗い通りを歩いていた。

宿から充分離れた場所まで来ると、エリアードの姿を脱ぎ捨て、本来の自分の姿に戻った。

眠っているときにまで姿変えの魔法の効力を保たせるのは、難しい。
彼ほどの魔力の持ち主でなければ到底、できないことだった。

その彼にしても、ずっと他人の姿をまとっていることは、かなりの魔力を消耗するのだ。

もう他人を装い続けることにも疲れ、嫌気がさしてきていた。
しかし彼女と旅を続ける限り、やむを得ない。

石を奪い、ティレルを殺すと宣言した自分が、何をどう説明しようと彼女が納得するとは思えなかった。
何より、彼女は自分を恐れている……。


彼はアイリーンから奪い取り、彼女に隠して肌身離さず身につけている“フレイヤの涙”を、服の上からそっと押さえた。

“いまいましい……手に入れさえすれば、この石に宿る力は即、自分のものになると信じて疑っていなかったのに……いったいなぜだ?

 ……石は自らあるじを選ぶことがあると、聞いた気もするが……。
 エンドルーアから遠く離れたこの国で、ぬくぬくと何も知らずに育ってきたあいつが、なぜ選ばれる……?! しかも、女とは!!”

もう数え切れないほど繰り返している同じ思い。
その激しい怒りにきつく拳を握りしめる。

“この石の力を必要としているのは俺だ!
 この石の正統な権利者も、俺だ!

 これはエンドルーア王家、直系の嫡男が代々受け継いできたものなのだから……。
 なのに、なぜだ?!”

「ヴァイオレット……」
ギメリックの唇が、苦しげにその名前をつぶやく。

“あなたの仕業か?! ……なぜだ……”

今は人っ子一人いない広場に佇み、打ちひしがれた子供のように、ギメリックはうなだれた。





どれくらいの時が経ったのか……。

広場の噴水のふちに腰掛け、物思いに沈んでいた彼はふと気配を感じ、顔を上げた。
通りの向こうから、一匹の犬が近づいてきていた。

この時代、ペットとして犬を飼う余裕など庶民にはない。
しかし狩猟や放牧を生業なりわいとする者にとって、犬は仕事に欠かせない大切なパートナーだった。

白にところどころ茶色のブチのあるその犬は、近くまでやってくると足を止め、警戒半分、期待半分といった様子でギメリックを見上げた。

群れていないことや、どこか人なつこそうな顔つきから、野犬ではないと思われた。
どうやら腹を空かせているらしい。

“……どうした。主人とはぐれたのか”

心でのつぶやきに、犬はピクリと耳をそばだたせ、さらに期待を込めて見つめてきた。
個体差が大きいが、動物の中には魔力での心話に反応するものがいる。

その様子に苦笑し、ギメリックは言った。
「悪いが何も持ち合わせちゃいない。他を当たるんだな」

犬は動こうとしないギメリックに期待しても無駄と悟ったらしい。
また歩き出し、ウロウロと辺りの匂いを嗅ぎながら離れて行った。


犬を見送りながら、ギメリックは自分たちの食料のことを考えた。

“出発前にもう少し、食料を仕入れておかなければ……”
彼の口から、ため息がもれた。

アイリーンのあの様子では、森で狩りをして食料の足しにするわけには、いかないだろう。

狩りで得られる鳥やウサギの肉は無料で手に入るし、持ち運ぶ必要もない。新鮮で栄養豊富な、申し分のない食料なのだが……。


宿での食事の際、彼女がシチューに浮かんでいる肉片を恐ろしそうに見つめたまま、いつまでも手をつけないでいるのを見かねて、ギメリックは一つ一つ丁寧に探し出しては、それを自分の器によけてやった。

「貧しい者にとっては、贅沢な話なのですよ」と言いながら……。

アイリーンは神妙な顔をしてうなずいていたが、王宮育ちの彼女が真の意味で貧しさや飢えを理解することはないだろう。

つくづく、どうして自分がこんな苦労をしなければならないのかとうんざりする。

できることなら街へはあまり寄らずに済ませたかったが、今後も狩りで食料が得られないとなると、どうしても定期的に街に寄らなければならない。

それは危険を冒すということに他ならなかった。

彼はまた一つ、ため息をつくと立ち上がった。もうすぐ夜が明ける。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...