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第2部.アドニア〜リムウル 第1章
14.偽物
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ウィリアムが絶句した、ちょどその時、部屋を激しくノックする音が響いた。
返事も待たずにドアが開き、入ってきたのは、何とアドニア王だった。
「レスター!」
取り乱した様子に、ただならぬものを感じたレスターが腰を浮かせる。
「父上、いかがされました?」
「エリアードが……」
レスターの表情がさらに引き締まった。
「アイリーンに何かあったんですね?!」
「昨夜のエリアードは、偽物だった……信じられないことだが、そうとしか……、今さっき自分の部屋で倒れているエリアードが見つかった。彼が言うには、昨夜食事を終えて部屋に帰ったとたん何者かに襲われたと……」
「なん……ですって?」
長年従者として仕えてきたウィリアムでさえ、レスターがこれほど青ざめたところを見たことがない。
アドニア王は、まるで熱に浮かされたように、言いつのった。
「し、しかし……! あれは確かにエリアードだった、あれほどよく似た人間など……」
王の言葉をレスターは聞いていなかった。
しばし、自分自身の考えを追い、そしてつぶやいた。
「……しまった! 何てことだ、信じられない……」
レスターは激しい勢いで席を立ち、部屋を出て行こうとした。
「レスター様!」
「レスター!!」
かけられた声に、戸口の一歩手前で彼は立ち止まり、王を振り返った。
厳しくひそめた眉に、もはや一歩も引く気はないという決意がにじんでいた。
「昨夜は引き下がりましたがね、父上。
本当のところ、ぼくはすぐ後を追うつもりだったんです。
そのために、昨夜あれから、軍の方には少しばかり手回しをしておきました。
後はぼくがいなくたって大丈夫です。
だいたい、ぼく一人いるかいないかでどうにかなってしまうような軍隊なら、それこそぼくがいようがいまいがどうせダメになるときはなりますよ。
立派な将軍が何人もいるんだ。ぼくのできることなど微々たるもの、父上は少し気弱になっておられるだけです。
大丈夫、兄上なら、立派に軍をまとめられますよ、信じて任せればよいのです」
そこまで一気にまくし立てると、ふいに気遣わしげな表情になったレスターは、立ちつくす父の元へととって返した。
父の手を取り、いたわるように自分の手の中に包み込む。
「父上……お許し下さい。長の別れとなるやも知れません。
御身、くれぐれもご自愛くださいますよう……!」
一瞬の抱擁の後、レスターは足早に出て行った。
あわてて、王に一礼すると、ウィリアムも後に続く。
帰ってきて旅仕度も解かずレスターに詰め寄ったのだが、それが幸いした……ウィリアムはそう思った。
出発するレスターに、無理矢理ついて来たのだ。
ぐずぐずしていれば、すっかり仕度を済ませていたレスターに置いて行かれたことは確実だった。
城の最も外側の壁をくぐり、堀に渡された橋の上にさしかかったとき。
「ウィリアム、ついてくるな」
それまで一言も発しなかったレスターが、前を向いたまま顔も向けずに言った。
「……」
「……邪魔だと言っている」
言葉も、口調も辛辣だった。
しかしウィリアムは何とかしようと口を開いた。
「エリアードが偽物なら、どこへ向かったかわからないでしょう。
手がかりを探るのに、人手がお入り用のはず。お手伝いをさせてください」
「帰れ」
「……」
とりつく島がない。
いつもひょうひょうとして誰にでも機嫌良く振る舞い、長年連れ添った従者である自分にさえ笑顔を絶やさないこの主人の、これほど冷淡な態度は初めてだった。
心配と焦燥で神経を尖らせているからに違いなかったが、それだけではなく、本当に自分はもう必要とされていないのか……。
ウィリアムは泣きたい気持ちになりながらも、一縷の希望にかけて黙々と後をついていった。
返事も待たずにドアが開き、入ってきたのは、何とアドニア王だった。
「レスター!」
取り乱した様子に、ただならぬものを感じたレスターが腰を浮かせる。
「父上、いかがされました?」
「エリアードが……」
レスターの表情がさらに引き締まった。
「アイリーンに何かあったんですね?!」
「昨夜のエリアードは、偽物だった……信じられないことだが、そうとしか……、今さっき自分の部屋で倒れているエリアードが見つかった。彼が言うには、昨夜食事を終えて部屋に帰ったとたん何者かに襲われたと……」
「なん……ですって?」
長年従者として仕えてきたウィリアムでさえ、レスターがこれほど青ざめたところを見たことがない。
アドニア王は、まるで熱に浮かされたように、言いつのった。
「し、しかし……! あれは確かにエリアードだった、あれほどよく似た人間など……」
王の言葉をレスターは聞いていなかった。
しばし、自分自身の考えを追い、そしてつぶやいた。
「……しまった! 何てことだ、信じられない……」
レスターは激しい勢いで席を立ち、部屋を出て行こうとした。
「レスター様!」
「レスター!!」
かけられた声に、戸口の一歩手前で彼は立ち止まり、王を振り返った。
厳しくひそめた眉に、もはや一歩も引く気はないという決意がにじんでいた。
「昨夜は引き下がりましたがね、父上。
本当のところ、ぼくはすぐ後を追うつもりだったんです。
そのために、昨夜あれから、軍の方には少しばかり手回しをしておきました。
後はぼくがいなくたって大丈夫です。
だいたい、ぼく一人いるかいないかでどうにかなってしまうような軍隊なら、それこそぼくがいようがいまいがどうせダメになるときはなりますよ。
立派な将軍が何人もいるんだ。ぼくのできることなど微々たるもの、父上は少し気弱になっておられるだけです。
大丈夫、兄上なら、立派に軍をまとめられますよ、信じて任せればよいのです」
そこまで一気にまくし立てると、ふいに気遣わしげな表情になったレスターは、立ちつくす父の元へととって返した。
父の手を取り、いたわるように自分の手の中に包み込む。
「父上……お許し下さい。長の別れとなるやも知れません。
御身、くれぐれもご自愛くださいますよう……!」
一瞬の抱擁の後、レスターは足早に出て行った。
あわてて、王に一礼すると、ウィリアムも後に続く。
帰ってきて旅仕度も解かずレスターに詰め寄ったのだが、それが幸いした……ウィリアムはそう思った。
出発するレスターに、無理矢理ついて来たのだ。
ぐずぐずしていれば、すっかり仕度を済ませていたレスターに置いて行かれたことは確実だった。
城の最も外側の壁をくぐり、堀に渡された橋の上にさしかかったとき。
「ウィリアム、ついてくるな」
それまで一言も発しなかったレスターが、前を向いたまま顔も向けずに言った。
「……」
「……邪魔だと言っている」
言葉も、口調も辛辣だった。
しかしウィリアムは何とかしようと口を開いた。
「エリアードが偽物なら、どこへ向かったかわからないでしょう。
手がかりを探るのに、人手がお入り用のはず。お手伝いをさせてください」
「帰れ」
「……」
とりつく島がない。
いつもひょうひょうとして誰にでも機嫌良く振る舞い、長年連れ添った従者である自分にさえ笑顔を絶やさないこの主人の、これほど冷淡な態度は初めてだった。
心配と焦燥で神経を尖らせているからに違いなかったが、それだけではなく、本当に自分はもう必要とされていないのか……。
ウィリアムは泣きたい気持ちになりながらも、一縷の希望にかけて黙々と後をついていった。
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