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第2部.アドニア〜リムウル 第1章
10.月光
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アイリーンを攻撃していた男の声がふいに止んだ。
風の刃が、その男にも被害を与えたらしい。
闇に吸い込まれるように、気配が消えた。
「あ……」
倒れそうになるアイリーンをエリアードが支えた。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
大きく肩で息をしながらも、気丈に、アイリーンは答えた。
「魔力で攻撃してきたやつを逃がしてしまいました。
また襲ってこないとも限らない。
幸い馬は結界の中で無事です、出来るだけ早く、ここを離れましょう」
まだ夜は明ける兆しもなかったが、再び馬に乗り、二人は出発した。
大きく欠けた月齢20日の月が昇っていた。
木の葉の間からこぼれ落ちてくる月光が、行く手の闇の底を所々、白くまだらに染めている。
馬はゆっくりと進んだ。
しばらく迷った末、アイリーンは口を開いた。
「エリアード、私……、聞きたいことがいっぱいあるの。……聞いてもいい?」
「……」
沈黙の中には否定も肯定も読み取れない。
アイリーンは自分の体の両脇から前に伸び、目の前で馬の手綱を取っている彼の両手を見つめた。
後ろにいる彼の、表情が見えないのがもどかしかった。
しかしもちろん、聞かずにはいられない。
「魔力は、エンドルーアの王家の血に伝わると聞いたわ。あなたも、エンドルーアの王族なの?」
「……」
またも沈黙を返され、アイリーンは怖くなった。
魔力で攻撃されたとき頭の中に響いた声はそう言ったが、盗賊や、あの化け物と戦って自分を守ってくれたエリアードを、よもや敵とは思わなかった。
けれど……自分が背中を預けているこの男は、いったい何者なのだろう……?
互いの体温を感じるほどそばにいるのに、相手の得体の知れないことが怖かった。
ようやく、意を決したように、彼が口を開いた。
「違います、私は……私の両親は二人とも、エンドルーアの下級貴族の生まれです」
低い、よく響く声は穏やかで、アイリーンはホッとした。
一度話し出すと、エリアードは何かふっきれたようになめらかに語り出した。
「神々の血を色濃く受け継いでいるのは言うまでもなく王家の直系ですが、魔力を持つ者が王家からしか生まれないわけではありません。
長い歴史の間に、王家から別れて分家となった貴族の家柄や、それらの貴族や王家と婚姻関係を結んだ血筋の中に、魔力の血統がいくつか生まれたのです」
「王家と血縁関係があるような家柄なら、下級ではなく大貴族だったんじゃないの?」
「いえ……魔力の血統とは違う家系からも、ごくまれにですが、魔力を持つ者が生まれてくることがあるのです。
数は少ないですが、貴族の中だけでなく庶民の間にも、魔力の血統はありますし。
遠い昔に流れ込んだ王家の血が突然現れる、そんなことだろうと思われます。
私の場合、それが父の血筋なのか母の血筋なのか、それすらもハッキリしません」
アイリーンは首をかしげた。記憶の糸をたぐり寄せる。
「待って……ユリアは、夫はアドニアの役人だと、言っていた気がするのだけど……?」
「ええ、それは再婚相手の今の夫です。私の父は私が生まれてすぐにこの世を去りました。
その後、母はエンドルーア王宮に仕官し、あなたのお母様……フェリシア様の侍女となり、アドニアへお輿入れの際も一緒にこちらへ移ってきたのです。そしてこちらで再婚しました」
「……では、私の乳兄弟だという弟さんとは、お父様が違うのね?」
「ええ」
異母兄弟が当たり前のようにいる王家に育ったアイリーンには、王家以外でそのようなことがどれほど特殊なのか、またはそれほど珍しいことではないのか、よくわからなかった。
けれど決して喜んで自分から語るような種類の話でもないことが、エリアードの重い口調から察せられた。
「……ありがとう、話してくれて。
あの……私の父があなたを選んだのは、魔力のことを知っていたからなの?」
風の刃が、その男にも被害を与えたらしい。
闇に吸い込まれるように、気配が消えた。
「あ……」
倒れそうになるアイリーンをエリアードが支えた。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
大きく肩で息をしながらも、気丈に、アイリーンは答えた。
「魔力で攻撃してきたやつを逃がしてしまいました。
また襲ってこないとも限らない。
幸い馬は結界の中で無事です、出来るだけ早く、ここを離れましょう」
まだ夜は明ける兆しもなかったが、再び馬に乗り、二人は出発した。
大きく欠けた月齢20日の月が昇っていた。
木の葉の間からこぼれ落ちてくる月光が、行く手の闇の底を所々、白くまだらに染めている。
馬はゆっくりと進んだ。
しばらく迷った末、アイリーンは口を開いた。
「エリアード、私……、聞きたいことがいっぱいあるの。……聞いてもいい?」
「……」
沈黙の中には否定も肯定も読み取れない。
アイリーンは自分の体の両脇から前に伸び、目の前で馬の手綱を取っている彼の両手を見つめた。
後ろにいる彼の、表情が見えないのがもどかしかった。
しかしもちろん、聞かずにはいられない。
「魔力は、エンドルーアの王家の血に伝わると聞いたわ。あなたも、エンドルーアの王族なの?」
「……」
またも沈黙を返され、アイリーンは怖くなった。
魔力で攻撃されたとき頭の中に響いた声はそう言ったが、盗賊や、あの化け物と戦って自分を守ってくれたエリアードを、よもや敵とは思わなかった。
けれど……自分が背中を預けているこの男は、いったい何者なのだろう……?
互いの体温を感じるほどそばにいるのに、相手の得体の知れないことが怖かった。
ようやく、意を決したように、彼が口を開いた。
「違います、私は……私の両親は二人とも、エンドルーアの下級貴族の生まれです」
低い、よく響く声は穏やかで、アイリーンはホッとした。
一度話し出すと、エリアードは何かふっきれたようになめらかに語り出した。
「神々の血を色濃く受け継いでいるのは言うまでもなく王家の直系ですが、魔力を持つ者が王家からしか生まれないわけではありません。
長い歴史の間に、王家から別れて分家となった貴族の家柄や、それらの貴族や王家と婚姻関係を結んだ血筋の中に、魔力の血統がいくつか生まれたのです」
「王家と血縁関係があるような家柄なら、下級ではなく大貴族だったんじゃないの?」
「いえ……魔力の血統とは違う家系からも、ごくまれにですが、魔力を持つ者が生まれてくることがあるのです。
数は少ないですが、貴族の中だけでなく庶民の間にも、魔力の血統はありますし。
遠い昔に流れ込んだ王家の血が突然現れる、そんなことだろうと思われます。
私の場合、それが父の血筋なのか母の血筋なのか、それすらもハッキリしません」
アイリーンは首をかしげた。記憶の糸をたぐり寄せる。
「待って……ユリアは、夫はアドニアの役人だと、言っていた気がするのだけど……?」
「ええ、それは再婚相手の今の夫です。私の父は私が生まれてすぐにこの世を去りました。
その後、母はエンドルーア王宮に仕官し、あなたのお母様……フェリシア様の侍女となり、アドニアへお輿入れの際も一緒にこちらへ移ってきたのです。そしてこちらで再婚しました」
「……では、私の乳兄弟だという弟さんとは、お父様が違うのね?」
「ええ」
異母兄弟が当たり前のようにいる王家に育ったアイリーンには、王家以外でそのようなことがどれほど特殊なのか、またはそれほど珍しいことではないのか、よくわからなかった。
けれど決して喜んで自分から語るような種類の話でもないことが、エリアードの重い口調から察せられた。
「……ありがとう、話してくれて。
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