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第2部.アドニア〜リムウル 第1章
2.おびえ
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アイリーンは息が止まるかと思うほど驚いた。
いや、正確には、おびえたのだった。
なぜなら、こちらに向かってかがみこんでいる黒いシルエット、その顔もわからない男の髪が、黒髪に見えたからだ。
さっと半身を起こし、非常な恐怖に駆られた様子でおびえた目を向けてくるアイリーンに、エリアードは声をかけた。
「姫……?」
穏やかな声の響きに、アイリーンはパニックから立ち直った。
ホッと息をつき、頭を振って、恐怖を振り払う。
「……ここは?」
「イプサの町近くの森の中です。夜明けまで、ここで休みましょう。どうぞ、お眠り下さい。お疲れになったでしょう?」
「あなたは? 眠らないの?」
「我ら武人は訓練されていますから。必要になれば眠ります、お気遣いなく。……さあ」
うながされ、アイリーンは再び横になった。
エリアードは少し離れた木の根元に腰を下ろし、その木にもたれてゆったりと身を落ち着かせた。
晩春の夜の森には、湿った土の匂いと夜行性の生き物たちの密やかな息吹が満ちている。
アイリーンは眠れなかった。
先ほどの目の錯覚が引き起こした動揺が、心の中に尾を引いていた。
闇の中に目をこらし、じっと横たわっているうちに、その動揺は消えるどころかどんどんふくれあがり、一つの恐ろしい連想に育っていった。
ティレルに化けていたあの男が……今度はエリアードに化けて父をあざむいたかもしれない。
一度思いついてしまうと、その考えが頭から離れなくなった。
そうではないと誰が言い切れるだろう?
あの時、ティレルが偽物だとすぐに見破ることができたのは、自分がティレルのことをよく知っていたからだ、とアイリーンは思った。
子供の頃から知っている彼の言葉遣い、ちょっとしたしぐさ、自分に対する態度……、そういった、はっきりとは意識されないがその人が醸し出す雰囲気といったものによって、たとえ姿形はそっくりだったとしても別人なら違和感を感じるのはむしろ当然だろう。
しかしエリアードという人物をよく知らない自分には、彼が本物かどうかなど判断できない。
“でも、そんなこと、あるはずがない……”
アイリーンはバカげていると、その考えを頭から追い払おうとした。
第一、ギメリックが自分を連れ出して殺すつもりなら、もうとっくにそうしているはずだ。
何もこんな手間をかけなくても、城の中でだってその機会は十分あっただろう。
アイリーンは城を出るとき、レスターに対して何か言い忘れていると感じたことが何だったのか突然思い当たった。
打ち明け話が長引き、途中で一旦、牢番が帰ってきたから、アイリーンは話を端折った。
エディスが殺されたあの晩のことを、ギメリックが襲ってきて石を奪って行った、その時ちょうど居合わせたエディスが巻き添えになった、と簡単に話したのだ。
だからレスターは、ギメリックがティレルに化けて姿を現したことや、石を奪って去った後になぜか再びやってきてエディスを殺したことは知らない。
つまり彼は、ギメリックは目的を果たして去っていった、再び襲ってくる心配はもうないと考えていたはずだ。
そうでなければ……たぶん、きっと、兄は自分のそばから離れなかっただろう。
そして命をかけて、自分を守ろうとしてくれたに違いない。
いや、正確には、おびえたのだった。
なぜなら、こちらに向かってかがみこんでいる黒いシルエット、その顔もわからない男の髪が、黒髪に見えたからだ。
さっと半身を起こし、非常な恐怖に駆られた様子でおびえた目を向けてくるアイリーンに、エリアードは声をかけた。
「姫……?」
穏やかな声の響きに、アイリーンはパニックから立ち直った。
ホッと息をつき、頭を振って、恐怖を振り払う。
「……ここは?」
「イプサの町近くの森の中です。夜明けまで、ここで休みましょう。どうぞ、お眠り下さい。お疲れになったでしょう?」
「あなたは? 眠らないの?」
「我ら武人は訓練されていますから。必要になれば眠ります、お気遣いなく。……さあ」
うながされ、アイリーンは再び横になった。
エリアードは少し離れた木の根元に腰を下ろし、その木にもたれてゆったりと身を落ち着かせた。
晩春の夜の森には、湿った土の匂いと夜行性の生き物たちの密やかな息吹が満ちている。
アイリーンは眠れなかった。
先ほどの目の錯覚が引き起こした動揺が、心の中に尾を引いていた。
闇の中に目をこらし、じっと横たわっているうちに、その動揺は消えるどころかどんどんふくれあがり、一つの恐ろしい連想に育っていった。
ティレルに化けていたあの男が……今度はエリアードに化けて父をあざむいたかもしれない。
一度思いついてしまうと、その考えが頭から離れなくなった。
そうではないと誰が言い切れるだろう?
あの時、ティレルが偽物だとすぐに見破ることができたのは、自分がティレルのことをよく知っていたからだ、とアイリーンは思った。
子供の頃から知っている彼の言葉遣い、ちょっとしたしぐさ、自分に対する態度……、そういった、はっきりとは意識されないがその人が醸し出す雰囲気といったものによって、たとえ姿形はそっくりだったとしても別人なら違和感を感じるのはむしろ当然だろう。
しかしエリアードという人物をよく知らない自分には、彼が本物かどうかなど判断できない。
“でも、そんなこと、あるはずがない……”
アイリーンはバカげていると、その考えを頭から追い払おうとした。
第一、ギメリックが自分を連れ出して殺すつもりなら、もうとっくにそうしているはずだ。
何もこんな手間をかけなくても、城の中でだってその機会は十分あっただろう。
アイリーンは城を出るとき、レスターに対して何か言い忘れていると感じたことが何だったのか突然思い当たった。
打ち明け話が長引き、途中で一旦、牢番が帰ってきたから、アイリーンは話を端折った。
エディスが殺されたあの晩のことを、ギメリックが襲ってきて石を奪って行った、その時ちょうど居合わせたエディスが巻き添えになった、と簡単に話したのだ。
だからレスターは、ギメリックがティレルに化けて姿を現したことや、石を奪って去った後になぜか再びやってきてエディスを殺したことは知らない。
つまり彼は、ギメリックは目的を果たして去っていった、再び襲ってくる心配はもうないと考えていたはずだ。
そうでなければ……たぶん、きっと、兄は自分のそばから離れなかっただろう。
そして命をかけて、自分を守ろうとしてくれたに違いない。
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