薄明宮の奪還

ria

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第1部.アドニア 第3章

6.心残り

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牢の扉が開く音がして、レスターが入ってきた。彼も旅仕度を整えている。
背中の中程まである髪を後ろでゆるく一つに束ね、腰には長剣と短剣を下げていた。

初めて見る地味な服装は、かえって彼の顔立ちの美しさを引き立てるようだった。
アイリーンを見て、彼はにっこりした。

「うん、上々だね。後は、……はい、これを履いて」
差し出されたのは、軽くて丈夫な鹿革のブーツだった。

「準備はいい?」
「はい」

「じゃ、行こうか」
まるで散歩にでも出かけるように気軽な調子で、彼はアイリーンを促して牢を出た。

扉の外で、牢番が正体を失って倒れている。アイリーンは気がかりそうな顔をした。
レスターはそれに気づき、階段を下りながら、安心させるように言った。

「心配ない、兵舎の食事に混ぜた眠り薬で気を失ってるだけだよ。
 これを手に入れるのに時間がかかってしまってね。
 体に害が無くて適度な時間で効き始め、しかも効果が確かで強力なものじゃないとダメだから……。
 それに量も必要だったし。間に合わないんじゃないかと冷や冷やしたよ」

鮮やかに片目をつむってみせる。
アイリーンは安堵し、たった一人の味方が様々な意味で頼りになる人物であることに感謝した。

塔を降りると、城壁で囲まれた広場に出る。
城の中心である宮殿と、城の外とをつなぐ中間地点であり、どちらへ行くにも城壁を越えなければならない。

敷地は広大で、兵の宿舎や、うまやなどもここに建っている。

昼間は城に出入りする多くの人々が行き交い、兵士の統率訓練なども行われたりするのでとてもにぎやかだが、今は少し欠けた月が作り出す淡い光と濃い影の中で、静寂に包まれていた。

さすがに真夜中だと誰もいない……とアイリーンは思ったが、それは間違いだった。
門へ向かって歩く間に、おびただしい数の兵士が倒れて眠っている。

レスターはなんと大がかりなことをやってのけたのだろうと、アイリーンは唖然とした。
そして突然、立ち止まった。

「アイリーン?」
「お兄様は……ああ、どうしましょう、私……」

アイリーンは今にも泣き出しそうだった。
「こんなことして、お兄様と私が同時にいなくなったら、誰でもお兄様を疑うわ。お兄様まで、もう城に戻って来れなくなる……」

レスターはアイリーンの手を取って引っ張り、歩き出しながら行った。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないよ、ぼくも覚悟を決めてるんだから、もう何も言わないこと」

レスターにはむろん、始めからわかっていたのだ。アイリーンはそんなことに考えが及ばなかった自分のバカさ加減と無力さが身に染みた。

「お兄様……ごめんなさい……」
「大丈夫だよ、ぼくの舌先三寸を知ってるだろう? 何とかなるさ」

レスターは気安げに笑っている。
「何とかならなかったら、吟遊詩人として諸国を回るっていうのもいいね」

レスターはむしろウキウキと、口笛でも吹きそうな様子だった。
「思うに……ぼくのこの性格は父上に似たんだな。そうに違いないよ」

「……え?」
「父上も若い頃は勝手気ままに諸国を渡り歩いていたんだ。ぼくよりひどいさ、皇太子の身で、そんなことしてたんだからね。そうしてエンドルーアで、君の母上と巡り会ったってわけ」

「……」
今となっては心残りと言えば父のことだけだった。

最後に一目、父に会って行きたかったとアイリーンは思ったが、むろん、そんなことはできないと、諦めていた。
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