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第1部.アドニア 第3章
3.安堵
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アイリーンの体の震えが激しくなる。
思わず、レスターは隣に座ってその華奢な肩を抱き寄せた。
「大丈夫、ぼくが必ず何とかする!! だから気を確かに持って。
でも、どんな理由があるか知らないけど、話してくれないことには対処のしようがない」
アイリーンは弱々しく彼の抱擁を振り払おうとした。
それは彼女の心の葛藤そのままだった。
今となっては本当に、この兄がたった一人の自分の味方と思えたが、だからこそ、事件が恐ろしい展開を見せたこの状況に、彼を巻き込みたくはなかった。
しかし彼女の精神力は限界に近かった。
すがれるものなら、彼の手にすがりたい、それも真実の気持ちだった。
レスターはアイリーンの抵抗をやすやすと制し、さらに強く抱きしめた。
「アイリーン!!」
懇願するように、彼女を揺すぶって叫ぶ。
彼女はあえぐように、小さな声で言った。
「……ダメ……もしお兄様まで殺されてしまったら、私……」
涙で声が続かなかった。
レスターはようやくアイリーンの真意を理解し、安堵のため息を吐いた。
「……馬鹿だね。アイリーン、ぼくは君に借りがあると言ったろう?」
静かな声だった。
レスターは彼女の肩に手を置いて、涙に濡れた菫の瞳をのぞき込んだ。
「いい? よく聞いて。ぼくはね、君に命を助けられたんだ。
ずっと夢だと思っていた。いや、夢だと思いたかったのかも知れない。
心の奥で、夢だったということにして、それですっかり忘れていた。
あの宴の夜、君を見かけるまではね……」
怪訝そうな彼女の顔に、レスターは微笑んだ。
「子供の頃の話だよ。君は3つ、ぼくが7歳頃のことだ。
ぼくは当時からあまのじゃくで、大人たちの言うことに逆らってばかりいた。
一人で城の外に出てはいけないと言われていたのに、しょちゅう隠れて遊びに行っていた。
そしてその日も従者をまいて一人で出かけて、……池に落ちたんだ」
レスターは情けなさそうに苦笑いして、額にかかる金の髪をかき上げた。
「もうついでだから白状するけどね、ぼくは今でも水が怖くて仕方がない。
その時のトラウマだよ。追いついてきた従者に助け上げられたときには、呼吸も心臓も止まっていた」
「……それを、私が助けた? そんな、そんなこと、私……」
「誰も知らない。君も、忘れてる。
でもぼくだけは、忘れちゃいけなかったんだ……それなのに」
闇の中でも淡く輝く陽光のような、アイリーンのやわらかな髪を、レスターは優しくなでつけた。
「君は知らないんだね。
皆が君を恐れるのは、君がエンドルーア王家の血を引いているからだよ。
エンドルーアの王族は、神々の聖なる血とともにその魔力をも脈々と受け継いできたと、伝えられている。
それが本当かどうか、確かなことは分からないけれど……、わが国の最高機密文書には、過去の記録として、不思議なことが色々と記されているんだ」
アイリーンは驚きに声も出せずレスターの顔を見つめた。
思わず、レスターは隣に座ってその華奢な肩を抱き寄せた。
「大丈夫、ぼくが必ず何とかする!! だから気を確かに持って。
でも、どんな理由があるか知らないけど、話してくれないことには対処のしようがない」
アイリーンは弱々しく彼の抱擁を振り払おうとした。
それは彼女の心の葛藤そのままだった。
今となっては本当に、この兄がたった一人の自分の味方と思えたが、だからこそ、事件が恐ろしい展開を見せたこの状況に、彼を巻き込みたくはなかった。
しかし彼女の精神力は限界に近かった。
すがれるものなら、彼の手にすがりたい、それも真実の気持ちだった。
レスターはアイリーンの抵抗をやすやすと制し、さらに強く抱きしめた。
「アイリーン!!」
懇願するように、彼女を揺すぶって叫ぶ。
彼女はあえぐように、小さな声で言った。
「……ダメ……もしお兄様まで殺されてしまったら、私……」
涙で声が続かなかった。
レスターはようやくアイリーンの真意を理解し、安堵のため息を吐いた。
「……馬鹿だね。アイリーン、ぼくは君に借りがあると言ったろう?」
静かな声だった。
レスターは彼女の肩に手を置いて、涙に濡れた菫の瞳をのぞき込んだ。
「いい? よく聞いて。ぼくはね、君に命を助けられたんだ。
ずっと夢だと思っていた。いや、夢だと思いたかったのかも知れない。
心の奥で、夢だったということにして、それですっかり忘れていた。
あの宴の夜、君を見かけるまではね……」
怪訝そうな彼女の顔に、レスターは微笑んだ。
「子供の頃の話だよ。君は3つ、ぼくが7歳頃のことだ。
ぼくは当時からあまのじゃくで、大人たちの言うことに逆らってばかりいた。
一人で城の外に出てはいけないと言われていたのに、しょちゅう隠れて遊びに行っていた。
そしてその日も従者をまいて一人で出かけて、……池に落ちたんだ」
レスターは情けなさそうに苦笑いして、額にかかる金の髪をかき上げた。
「もうついでだから白状するけどね、ぼくは今でも水が怖くて仕方がない。
その時のトラウマだよ。追いついてきた従者に助け上げられたときには、呼吸も心臓も止まっていた」
「……それを、私が助けた? そんな、そんなこと、私……」
「誰も知らない。君も、忘れてる。
でもぼくだけは、忘れちゃいけなかったんだ……それなのに」
闇の中でも淡く輝く陽光のような、アイリーンのやわらかな髪を、レスターは優しくなでつけた。
「君は知らないんだね。
皆が君を恐れるのは、君がエンドルーア王家の血を引いているからだよ。
エンドルーアの王族は、神々の聖なる血とともにその魔力をも脈々と受け継いできたと、伝えられている。
それが本当かどうか、確かなことは分からないけれど……、わが国の最高機密文書には、過去の記録として、不思議なことが色々と記されているんだ」
アイリーンは驚きに声も出せずレスターの顔を見つめた。
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